5-30 シーサーペント祭り~消えた船と幽霊船~
王国西の海の先には大小様々な島が存在しており。そこには多くの国々が存在していた。王国と彼らの関係は、海を隔てた地理的なものもあり比較的友好的な距離を保っており、昔から互いに海路を介した交易国という立ち位置を維持し続けている。
そんな諸島の国の一つにファラナという国があった。
諸島の国々の中でも、最も王国と距離が近く、最も交友を深めている国である。
だが、ふた月ほど前に事件が起こった。
ファラナ国の公女が、王国へと向かう際中に船ごと行方不明になったそうな。
ファラナ国に頼まれ王国も調査はしたものの、公女の名を冠した船『シルフィード号』の残骸一つ見つけることが出来なかった。
他所の港に寄港したという話もなく、船がどこかに漂着したという話もない。
別段、海は荒れておらず、船が嵐に呑まれた可能性も低い。
そこで浮かんだ可能性の一つが、幽霊船であった。
リヴィアとファラナ国の港町を繋ぐ海路から少し南へ逸れた場所に、とある曰く付きの島があるのだ。
名をゼブ島という。
古来からゼブ島に近づくものは呪われ、雷に打たれ死ぬとも、海竜にかみ砕かれるとも、突如として現れた渦潮に飲み込まれるとも、将又、骨と化して永遠の奴隷にされるとも……まぁ、よくある噂である。
だがここ一年の間に、噂が一つ増えていた。
それが幽霊船の噂である。
ゼブ島に近付くと突如として霧に包まれ、幽霊船に襲われてしまうという……そんな出所不明な噂が。
だが、噂だけならば騎士隊が動くはずもない。
騎士隊が、いや王国が動かねばならなくなった理由。
それは。公女の行方を追いゼブ島を調べようと派遣されたファラナ国の調査隊が、ただの一人も戻らなかったからである。
ファラナ国の中では『此度の一件と公女失踪事件は王国による陰謀である』との説も出ており、友好的な関係を保ちたい王国としても、急いで調べねばならない状況になってしまったのだ。
そんな中、この港町に実際に幽霊船を見たという男が現れた。
とある晴れた日のこと。漁師であるその男は魚群を追うあまり、噂の絶えぬゲブ島に不用意に近付いてしまったそうな。
唐突に立ち込める霧。不明瞭な視界の中、揺らぐ影から姿を現す大型の帆船。
漁師の男は、その光景を不気味に思い一目散に逃げた。
逃げる漁船。追う幽霊船。
幽霊船から放たれた魔法により漁船はボロボロになるも、漁師の男は命からがら逃げのびた。そして男は仲間たちに語った。
自分たちを追ってきた幽霊船に掲げられていた船首像に見覚えがあったのだと。
それは、風まとう精霊の姿を模った美しき真鍮の像。
シルフィード号の船首像と瓜二つであったと。
それが、ひと月ほど前の話である。
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「なるほどねぇ。漁師さんの話の真偽を確かめる為にゲブ島に乗り込むつもりが、シーサーペントが暴れてて水の泡になっちゃったと」
「ああ。船は壊され、多くの部下が怪我を負った。だが、君たち銀水晶の活躍で、我ら騎士隊を阻む障害が一つ消えたわけだ。怪我も君のお陰で何とかなった」
ボルグ隊長は、称賛に続けて安堵の息を吐き、話で乾いた口を茶で潤した。
一息つくボルグ隊長を見るフィルの表情は、どうも浮かない。
「あんまり感心しないなぁ。怪我人をこき使っちゃ駄目だよ」
「だぜ。髭のおっさん。俺様と違って人間なんてすぐにぶっ壊れちまうんだから、安全に安全を重ねるぐらいがちょうどいいんだよ」
「あぁ杖よ、耳が痛い」
少々眉を困らせながら、ボルグ隊長が右手で首の裏を押さえた。
フィルも、目の前の隊長さんが好きで部下に無理をさせようとしている訳ではない事ぐらい分かっていた。
言っても『仕方がない』ということも。
「まぁそっちの事は横に置いといて、問題は船の方だよね。すぐに用意出来そ?」
「交渉を急がせてはいるが、今日明日にとはいかんな」
「だよねぇ……うーむ……」
フィルはあからさまに悩む素振りを見せながら、ボルグ隊長へと手の平を向け、『ちょっと待ってね』と示した。
その間にフィルは、脳内会話でメフィストと相談を始める。
『メフィちゃん。どう思う?』
『行方不明者の捜索って感じじゃねぇよな。消えたの二か月も前だろ?』
『らしいね。大方、幽霊船もとい海賊を倒して遺品か遺骨でも探すって感じじゃないかなぁ。行方不明に王国は関与してませんよって証拠が欲しい訳だ』
『やる気でねぇな、それ。あと時間の問題もあるぜ』
ボルグ隊長へ手の平を向けたまま、フィルは自然と頷いてしまっていた。
ボルグ隊長が静かに見守る中、フィルはメフィストとの脳内会議を続ける。
『船だよね、船。もう用意されてるなら『ちょっくらやりますかぁ』って言えるけど、私たちは私たちで、師匠に呼ばれた理由を探さないといけないし……うーむ』
『案外メロウが俺様たちを呼びつけたのって、これのことだったりするか?』
『わかんない。ファラナ国、行方不明の公女様、呪われたゼブ島、幽霊船、美味しい魚介類……何が師匠に関係しているのか、はたまた全部外れなのか……うぅん、情報が足りない。圧倒的情報不足!』
頭を掻きむしりたい衝動を抑え、フィルは想像の中で七転八倒する。
その想像の中に、メフィストの笑い声が混ざった。
『ケッケッケッ。考え過ぎんなよ。まっ判断は任せるぜ。何が待ち構えていようとも、俺様は相棒についてくだけだ』
『えへへ。ありがと。よぉーし』
掲げていた手の平を下げ、フィルは実際の口を動かし、ボルグ隊長へ言った。
「保留で。保留でお願いします」
「保留、か」
「うん、保留。やっぱりいつまで掛かるか分からない仕事は、簡単には受けられないよ」
半ば断るフィルの言葉に、ボルグ隊長は小さく頷く。
表情一つ変えぬまま、己の髭を横へ引っ張っている。
「だが、君たちはシーサーペントを討伐し終えたのだから、明日にでもヴァルミオンに帰るのでは?」
「それは大丈夫。私とメフィちゃんはマイトさんとは別口でこの町に来たから、しばらくは滞在するよ。仕事を受けるのは、その間に船が手に入って、かつ私が暇してたら、かな」
そう言うとフィルは、己の大きな胸の前で両の手の平を重ね、少しだけ首を左へ倒した。そのまま右目をパチッと閉じ、ボルグ隊長へウインクを送る。
お道化ているのか謝罪したいのか分からぬポーズだ。
「用があれば呼んでって言いながら、ごめんね」
「いいや。こちらは断られると思っていたのでな。むしろ嬉しい返事だ。その時に条件が合えば、宜しく頼む」
「昨日も思ったけど、話が分かる隊長さんでよかった」
フィルとボルグ隊長は腰を上げ、料理の並ぶ机の上で握手を交わす。
そのまま再び椅子に腰かけたフィルと違い、ボルグ隊長は座らず一歩机から離れた。話は終わり、ということだろう。
「では、失礼するよ」
「えー。一緒に食べてくれないの?」
「これ以上君を独占していると、皆に恨まれそうだからな」
「みんなが待ってるのは私じゃなくて肉だけどね、肉ぅ」
フィルの言うことを証明するかのように、酒飲みたちが「肉が足りねぇ」「うぉおぉ肉を寄越せぇ」「俺の筋肉がぁ肉を渇望しているぅ」と声を上げていた。
酒飲みたちの方へ肉が行かぬ理由は簡単だ。
フィルの目の前に並んだまま、そこで流れが止まっているからである。
ボルグ隊長との話し合いの最中にも作り続けられていた料理たちが、整然と机の上に並び、まだかまだかとフィルに食べられるのを待っていたのだ。
「じゃ隊長さん、引き続き楽しんでいってねぇ」
左手でボルグ隊長へ手を振りながら、右手で巧みにフォークを操るフィル。
顔はボルグ隊長の方を向いているのにもかかわらず、的確に料理を自分の小皿へと取り分けている光景に、ボルグ隊長も生真面目そうな顔を崩してしまう。
フィルに見送られ立ち去ったボルグ隊長は、遠くで酒飲みたちの中に溶け込んでいった。
ボルグ隊長が立ち去るのと入れ替わりに、アイヴィが料理を取りにやってくる。
「騎士からの仕事だなんて、貴女も大変ね」
「まぁねー」
「でも意外ね。ああいう依頼なら二つ返事で受けると思ってた」
「んー? 私は別に何でもかんでも助けて回るお人好しじゃないよ。騎士さんの仕事は騎士さんがやるべきさぁ」
そんな台詞を陽気に言うフィルに、アイヴィは物言わず目で語る。
『このお人好しが。どの口が言っている』と。
それに気付いてか気付かずか、フィルは楽し気だった表情に影を作り、少し悲し気に言葉を続けた。
「ただ保留って言ったのはいいけど、今日からしばらくアイヴィちゃんとは離れ離れになっちゃうんだよなぁ。およよ、およよぉ……」
「何言ってるの? 私も残るわよ」
泣きまねするフィルを気にする様子もなく、アイヴィは平然とそう言い放った。
そんな至極当然だと言わんばかりの声を受け、フィルは泣く演技と右手のフォークを止め「およ?」っと隣に立つアイヴィを見上げた。
「いいの? アイヴィちゃんって、マイトさんたちのお手伝いに来たんでしょ?」
「ええ。だからあとは自由でしょ。付き合うわよ」
そう言って「フフン」と笑うアイヴィに、フィルの目尻はふにゃりと落ちてしまう。気の抜けた表情のまま、フィルは猫を愛でるような声を出した。
「アイヴィちゃんはやっぱりいい子だなぁ」
「その子供をあやすような声やめてよね。私と貴女は同い年よ。お・な・い・ど・し」
一瞬前まで『フフン』だったのが、瞬時に「フンッ!」に変わってしまう。
アイヴィは顔に怒りを溜めたまま、フィルが毒見し終えた料理を奪うと、いそいそと酒飲みたちの元へと行ってしまった。
フィルはその背を見送りながら、右手のフォークを口へと運ぶ。
『旨いか? 相棒』
『うん。さっきよりも、ねっ』
料理の質が上がった訳でもないのだが、フィルの舌が喜び跳ねている。
酒飲みたちは肉を肴に酒を飲み、フィルはその声を肴に肉を喰らう。
船着き場以外人がおらず、夜の静けさが広がる町で、勝利を祝う祭りが続く。
調子はずれな酒飲みたちの歌声は、東の空が明るむまで続いた……。




