5-29 シーサーペント祭り~騎士の頼み~
夜の船着き場に置かれた調理用の魔法の道具。
燃え上がる炎の上で鉄の鍋が振るわれ、熱を帯びた肉と玉葱から立ち昇る香りが周囲の者たちの胃と唾液を刺激している。
追加で鍋へと投入されたワインビネガーが鍋肌でじゅわっと音を立て、その芳醇な香りを拡散させた。
しばしの間、焼けた薄切り肉が熱い酢の海を泳ぐ。
今が頃合いかと、鉄鍋を握るビルザーが鉄鍋を調理用レリックの上から退けた。そして手際よく鍋の中の肉と玉葱をお玉で取り、既に薄切り玉葱が盛りつけてある白い皿の上に並べた。
白い薄切り玉葱の上に整然と並べられた肉と色付いた玉葱。その上にオリーブオイルで円が描かれ、更にその上にパラりと岩塩が舞う。
ビルザーは、出来立ての一皿を待ち人の前にさっと置いた。
「待たせたな。これも毒見頼むぜ」
「フィルちゃんにお任せあれ」
厳つい顔をフッと歪め、休む間もなく次の料理に取り掛かるビルザー。
目の前の卓に料理を置かれた待ち人フィルはというと、簡素な椅子に腰かけたまま、素早い動きで自身の小皿に料理を取りわけていた。
周囲の者がその新たな一品に気付いた時には既に、彼女はフォークで突き刺した肉と玉葱を己が口へと運び終えていた。
なんと無意味な電光石火の早業であろう。
もぐもぐと顎を動かすフィルの後ろから、メフィストが感想を問う。
「で? 味はどうだ? 相棒」
「うむ。深い酸味がシーサーペントの旨味に合っててナイス。しっとりとしゃっきりな二種の玉葱がいいアクセントだぁ。旨い! 合格! 持っていって良し!」
「ああ、もう。今戻った所なのにぃ」
そう文句を言いながらもアイヴィは、フィルの前に置かれた一皿を持ち、足早に酒飲みたちの元へと消えていった。
アイヴィは現在、次々と出来上がる料理という名の供物を騒ぐ酒飲みたちに献上し、その荒ぶる魂を鎮めている真っ最中なのである。
簡単に言うと使い走りだ。
祭りの為に急遽船着き場に作られたこの調理場に立つ者は、ビルザー以外にも居るには居る。だが、皆が皆、大量の肉との戦いに忙しく手が離せないため、暇を持て余す者を使い走りにするのも致し方ない。
アイヴィと同じく暇を持て余していたフィルには、奇しくも再び毒見という大役を任される事となった。
まぁ当然ながら、毒見など不要なのであるが。
そもそも元より、シーサーペント討伐の功労者であるフィルやアイヴィが働く必要などない。なので、フィルが毒見という名の味見をしていても、誰も文句は言わない。
アイヴィが使い走りをしているのも、その流されやすい性格ゆえである。
「フィルちゃん。こっちもいいよ」
「いっただっきまぁーす」
次々と運ばれてくる料理たちを、フィルは自分の小皿へと運び、一つ一つ堪能していく。とは言え食材が少ないため、そのほとんどが焼くか煮るか蒸すか揚げ、味付けをしただけのシーサーペントの肉である。
それでもビルザーたちが丹精込めて作った料理は、どれもフィルの舌を満足させるだけのものであった。
ご満悦なフィルの元へ、ふと、一人の男が近付いて来た。
それは、フィルが昨日診療所で会った騎士隊の隊長ボルグであった。
シーサーペント祭りに参加している他の騎士たちはラフな格好をしているのだが、ボルグ隊長は今も騎士を示す金属鎧を身にまとっていた。
ボルグ隊長は生真面目そうな顔を少々弛緩させながら、特徴的な髭をピンッと引っ張っている。
「お邪魔だったかな? クリスタ殿」
「……もぐもぐ……ふぅ。別にいいよ。隊長さんも食べる?」
「いや。もう充分に頂いたよ」
そう言ってボルグ隊長は、フィルの正面に置かれた椅子に腰かけた。
正面にボルグ隊長が居ても、フィルは食べるのを止めない。
どこか辛気臭さもある顔と見つめ合いながら、フィルは顎を動かし続ける。
ボルグ隊長もまた、食べるフィルを気にせず話し始めた。
「まずは騎士の皆を招待してくれたことを感謝させて欲しい。ありがとう」
「私は『呼んだら?』って軽~く提案しただけだよ。決めたのはマイトさん」
「いいや。マイト殿から聞いたよ。君が『シーサーペントと最初に戦ったのは騎士さんなんだから一緒に食べなきゃ駄目だよ』と進言したことをね」
「もぅ。マイトさんも意外とお喋りなんだから」
フィルは困った風にそう言うと、視線をシーサーペント祭りを楽しむ皆の方へと向け――苦々しさを乗せた声で、ボルグ隊長に苦言を呈した。
「まぁ私が来て欲しかったのは、元気な騎士さんだけなんだけどねぇ……」
フィルの視線の先では酒飲みたちが踊り歌い、夜を忘れるほどに騒いでいた。
その中には、折れた腕を首から三角に吊るしている騎士の男や、持参した杖を横に置いている騎士もいる。
他にも、昨日フィルが治療を施した騎士がちらほらと混じっていた。
誰も彼もが、顔を赤に染めながら「ガハハハハ」と豪快に笑っている。
騒ぐ彼らの姿を見るフィルの目は薄く細まっており、怪我を押して祭りに参加している彼らのことを、あまり好意的に見てはいない様子であった。
当然、正面に座るボルグ隊長にも、それは伝わっている。
そして、少女の内にあるその感情が、侮蔑や嫌悪でないことも。
「安静にしていろと言いたいのも分かるが、苦汁を飲まされた魔物を食えるチャンスは今を逃せばないのだ。多少の無理は目を瞑ってやって欲しい」
「ジンクスみたいなものかぁ。まぁ私は治癒師じゃないし、好きにすればいいよ。それにシーサーペントの肉は滋養にいいらしいし――はぁむっ」
新しく運ばれてきた料理を頬張るフィルと、彼女の側で「どうも」とボルグ隊長に頭を下げているアイヴィ。
フィルがグッと親指を立て『持って行って良し』の合図を送ると、アイヴィは皿を持ってそそくさと酒飲みたちの方へと逃げていった。
「……ふぅ。チーズがトロッとして美味しいぃぃ。チーズを挟んで揚げるなんて不味い訳ないじゃん。ねー、隊長さん」
「ああ。そうだな」
素っ気ないボルグ隊長の反応に、フィルはクスッと笑い、持っていたフォークを小皿に置いた。本題へと切り出すことにしたらしい。
「それで隊長さんは、私と何をお喋りしたいのかなぁ? 残念だけど薬の在庫はそんなにないよぉ」
「そちらは問題ない」
「あれれ? 違ったか。じゃあ、自分たちが倒したかったシーサーペントを横取りしたことをお叱りに――な訳ないか。もうマイトさんと話したなら、態々私の所には来ないよねぇ」
「然り」
ボルグ隊長は、フィルの言葉にどこか違和を覚えていた。
フィルの口調は軽く、声色も機嫌良さそうであるのだが、ボルグ隊長はどこか詰問されている気分になっていたのだ。
ゆえにボルグ隊長は、正面で「んー何だろう?」とわざとらしく首を傾げる少女に対し、駆け引きなしで用件を伝えることを決める。
それは、フィルへの小さな信頼もあったのかもしれない。
「単刀直入に言おう。仕事の依頼だ」
「仕事?」「仕事だぁ?」
フィルの後ろから聞こえたメフィストの声にも、ボルグ隊長は視線を向け、生真面目な顔でしっかりと頷いていた。
「酒だ肉だと盛り上がっている最中に無粋と思うかもしれないが、君が町を出る前に伝えておかねばならんのでな。すまない」
「いいよ。たぶんもうマイトさんにも頼んで、直、断られちゃったんでしょ?」
「ああ」
表情一つ変えずに頷くボルグ隊長に、フィルは肩を揺らしクスッと微笑む。
「だよねぇ、うんうん。マイトさんって、余計な仕事を勝手に受けるような無責任な人じゃないから」
「伊達に俺らのリーダーは務めてねぇよな」
「ねー。って横道横道。何のお仕事か聞かせてちょーだいなっ」
水を向けてもらいこれ幸いと、ボルグ隊長が口を開く。
「君には幽霊船の調査に同行して貰いたい」
「「幽霊船?」」
演技ではなく本気で首を横に倒すフィルと、その後ろで横に傾くメフィスト。
彼女らの反応から、ボルグ隊長は彼女らが全く事情を知らないのだと知る。
「どうやら、我々がこの町を訪れた理由から話さねばならないな。実は……」
ボルグ隊長が、鎮長な面持ちで事のあらましを語り始めた。




