5-28 シーサーペント祭り~肉と毒と賢さと~
時は夜。一刻前まで顔を見せていた太陽も、既に西の海の更に遠くに姿を隠しており、代わりに濃紺に染まった空には眩いまでの星々が輝きを見せていた。
船着き場の西に広がる海の先には、もう怪物の姿は見えない。
海からは、穏やかな波の音が返るだけである。
夜の静けさを遮ったのは、マイトの渋い声であった。
「討伐に解体と皆、ご苦労。今回の仕事も上々な出来だ。皆も、そして騎士の方々も、この場に礼儀は不要だ。存分に飲み存分に食らえ。では――」
「シィィーサァァーペントォォ祭りぃ! 開催じゃぁぁ!!」
「「「「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」」
音頭を取るマイトから『乾杯』の言葉を奪ったフィルの力強い掛け声に、周囲の男たちが喝采にも似た叫びを上げた。
一斉に掲げられた手には、ぶ厚い肉が刺さった串焼きが握られている。
掲げられぬもう片方の手には木製ジョッキがあり、満ちたエールが淵の上に泡を作っていた。
熱気が船着き場を包む中、一番槍は頂きと言わんばかりに、フィルが豪快に串焼きへかぶりつく。そして、もしゃもしゃと咀嚼した肉を酒の代わりである茶で喉の奥へと流し込んだ。
フィルが一口目を飲み込んだのを皮切りに、皆も串焼きを食べ始める。
まるで毒身でもさせるかの様なその動きに、既に食べ始めていたアイヴィが呆れたような視線を同僚たちへと向けたのも無理はなかろう。
そう。フィルたちが食べているのは、祭りの名の通り昼に討伐したシーサーペントの肉である。なので、魔物であるシーサーペントの肉を食べたことがない者たちが躊躇するのも、これまた無理はないことであろう。
図らずも毒見役となったフィルであったが、本人は全く気にした様子もなく、二口目、三口目と串焼きを堪能していた。
咀嚼するフィルの口の中で、やや弾力のある肉質がフィルの頑強な歯に抗っている。だが抵抗虚しく、シーサーペントの肉は口の中で解けてしまった。
シーサーペントの肉は、噛めば噛むほど旨味があふれるのはタコのようであり、解けた肉に少々パサつきを感じる所は、どこか鶏肉のようでもあった。
味わいは海の物というよりも、山の物に近い。
シンプルに塩と黒胡椒で味付けしたシーサーペントの串焼きは、フィルのお眼鏡には適ったらしく、彼女は次の一口を頬張りながら口をニンマリとさせている。
どうやらアイヴィの考えは杞憂でしかなかったらしい。
事実フィルは、アイヴィが男たちの合間を縫って近付いて来るのを見て、口をもぐもぐとさせたまま串焼きを振り、アイヴィへ歓迎の笑みを浮かべていた。
そんなフィルの後ろで、ふわふわと浮くメフィスト。
喋れぬ相棒の代わりに、後ろのメフィストがアイヴィへの応対を始める。
「よっ、アイヴィ。食ってるか? 足りないならまだまだあっちにあるぜ」
「これ一本でお腹いっぱいになるわよ。フィルメイル、祭りってこれのことだったのね」
「……もぐもぐ……ぷはぁー。この一杯の為に生きてるぅ」
ゴクゴクとジョッキを傾けていたフィルが豪快に息を噴き出し、そんな事を口走った。再び示すが、フィルが飲んでいるのは普通の茶である。
一息ついたフィルが、一口だけ齧られたアイヴィの串焼きを見て、大きく頷く。
「そうだよ、アイヴィちゃん。魔物を狩ったらみんなで食べる! あっ。安全に食べられる奴だけね」
「あと余裕がある時だけな」
「それと高級食材は凍らせて売っちまうんだけどな。食ってるか? お前ら」
フィル、そしてメフィストに続いた声は男のものであった。
フィルたちは、その同僚の声を聞き違えたりはしない。
先程のメフィストと同じようなことを言いながら現れたのは、顔に傷持つ厳つい男ビルザーであった。
ビルザーは串焼きと酒を持っておらず、代わりに丸い大皿を右手の上に乗せていた。大皿には、楊枝の刺さった一口大の肉が大量に乗っている。
出来立てであることを示すように、肉からは湯気が立ち昇っていた。
「おぉお。串焼き以外も作り終えたんだ」
「まだ順次調理中だ。けど、まずはフィルちゃんが食いてぇかなって思ってな」
「ヘイヘイ、ビルザーさんや。こんな可憐な乙女がそんな食いしん坊さんに見えんのかい?」
「それ以外の何に見えんだよ」
鼻で笑うビルザーに、アイヴィとメフィストは自然と頷いてしまう。
フィルは『そんな馬鹿なぁ』を顔に表現しながらも、食べかけの串焼きを持つ手で器用に楊枝をつまみ、大皿の上から肉を奪取していた。
緑の香草をまとう焼き目香ばしい肉が、フィルの口の中へと消えていく。
はふ、はふ、と出来たての熱さに苦戦しながらも、フィルは舌が味わう力強いニンニクの味わいと、反対に爽やかに鼻を通り抜ける香草の香りを堪能していた。
「……んーん……イケるよ、これ。ガツンとニンニクがグッド」
「お口に召してなによりだ。個人的にはあと一日味を染み込ませたかったけどな」
「こだわるねぇ。はむっ」
「時間も野菜もねぇし贅沢は言ってられねぇけどよ。それでだフィルちゃん、何かリクエストあるか? アイヴィやメフィストも」
ほぼ残っている串焼きを掲げ充分であると示すアイヴィと、「あるわけねぇだろ」とツッコミを入れるメフィスト。
フィルはというと奪取した二つ目の香草焼きを味わいながら、ふむふむと意識を思考の海へ飛び込ませていた。魔物と戦う時よりも真剣な面持ちである。
思考の海から戻って来たフィルが、空になった口を開く。
「元が結構おいしいし食感はタコっぽいから薄焼きにして、味付けはお酢とオリーブオイルで充分かなぁ。でも、ちょっとは野菜も欲しい」
「ワインビネガーと玉葱はまだあったな。使うなら白だな。あとは岩塩をパラりって感じか……よし。あとで作ってやるよ」
「やっほーい! で、それは?」
そう言いながら三つ目を奪うフィル。
よく食べるフィルを「ハハハ」と笑いながら、ビルザーが空いた左手で酒飲みたちを指差した。ダグやミィミンも、その中に混ざり酒を飲んでいる。
「あいつらへの貢物だ。そうしねぇと、あいつら酒のあてに内臓とか食い始めるからなぁ。んじゃ、あとで」
「お疲れ様です」
「おめぇも食えよな」
酒盛りしている集団の中へと消えるビルザーの背に、アイヴィとメフィストの声が飛ぶ。フィルはモグモグ中だ。
美味しそうに食べるフィルに触発されてか、アイヴィも串焼きに噛り付く。
「……ねぇ、フィルメイル。内臓って食べたら危険なの?」
「うん。特にシーサーペントの内臓は毒を生成してる部位もあるから危ないんだ。ただ世の中にはさぁ、魔物の毒を『舌にピリリと来るのがたまらん』とか言って口に入れる酒飲みがいるんだよ……おぉ怖い怖い。良い子のアイヴィちゃんは真似しちゃ駄・目・だ・ぞっ」
「しないわよ、そんなこと」
少し離れた場所でギクッと反応した同僚たちの姿を、フィルたちは見逃さなかった。が、別段言及はしない。
「そもそもシーサーペントぐらいになると毒も高値で売れるから、手を出したら全員にボコられちゃうよ。やるなら見つからないようにね」
ヒソヒソ話でもするかのような小声のフィルに「だからしないって」と、アイヴィは素っ気なく返し、串焼きを食む。
そんなアイヴィであるが、頭の中ではフィルのことを考えていた。
生来の実直さゆえか、嚥下したアイヴィの口から素直に考えが零れてしまう。
「貴女はシーサーペントの毒、使わないの? 毒って薬になるんでしょう?」
「……もぐもぐ……使い方次第ではね。まぁ私は使わないかなぁ。高い素材なら良いって話じゃないし」
「研究とかに使わないの? 薬作ってる人ってそういうイメージあるけど」
「おっ? そんなに知的に見えるぅ?」
フィルはそう言うと、キリッと作った顔を傾け、両腕で自身を抱きしめるポーズを決めた……だが、手に持った一口分残った串焼きと木製ジョッキが知的さからかけ離れてしまっている。
それを正面から見つめるアイヴィは、一つ間を置きメフィストへ視線を送ると、首を横に振った。
何を通じ合ったのかは、彼女らにしか分からない。
「見えないわね」
「その発言が知的じゃねぇな」
「ちぇー。メフィちゃんまで何だい! まぁ私、先人の知恵に頼ってばかりで研究なんてしてないから仕方がないね。知性あふれる魔女にはまだまだ遠いかぁ」
フィルは一瞬すねたように口を尖らせたものの、すぐに「アハハ」と笑い最後の一口を頬張った。幸せそうに食べるその姿に、一切の悲観さはない。
自然とアイヴィの目も柔らかに曲がっていた。
「フフッ。賢そうに見えないだけで、貴女が本当は賢いって知ってるわよ」
「ほんとにぃ~?」
「本当よ。私、貴女みたいにあれこれ知らないし、薬だって作れないもの。今日のシーサーペントだって、貴女が機転を利かせなかったら逃げられてたわ。それを賢いって言うんでしょ」
「うっ。いきなり褒めないでよぉ……」
恥ずかしそうに明後日の方向を向き、茶で口元を隠すフィル。
そんなフィルをアイヴィはクスクスと笑う。
「おーい。フィルちゃん。別の料理も出来たぜ」
遠くからビルザーの呼び声が聞こえた。
「俺たちにも寄越せぇ」と周囲で酒飲みたちが騒ぐ中、フィルとアイヴィが視線を交わす。互いに苦笑いを浮かべながら。
「いこっ」「いきましょ」
重なる声に合わせ、二人は同時に歩き出す。
背に響く、メフィストの楽し気な笑い声を聞きながら。




