5-24 いざ、作戦会議を
フィルがリヴィアを訪れた次の日の朝。
ギルド銀水晶が仮拠点として利用している酒場の一階には、シーサーペント討伐の為に町を訪れた狩人達が集まっていた。
皆の前には硬いパンと薄味のスープ、干し肉と少しのチーズが置かれている。
フィル、メフィスト、アイヴィもまた、近くで卓を囲んでいた。
皆が黙々と食べる中、銀水晶の実働部隊のまとめ役であるマイトが口を開いた。
「ビルザー、ボンス、昨夜も見張りご苦労だった。今日もシーサーペントの見張りはローテーションで続ける。皆、気を抜くなよ」
あちこちから快活な返事が飛ぶ中、フィルもまた口をモグモグしたまま元気に手を振っていた。
俄かに活気立つ中、マイトの近くに座っていたミィミンが口を挟む。
「それはいいけどさ、マイトさん。このままじゃ埒が明かないよ。ここにある物は好きに使っていって言われてるけど、あんまり長居も出来ないからね」
「生の食材は殆ど使っちまったからな……あとあるのは乾燥パンとチーズと干し葡萄と干し肉。それとちょっとの野菜ぐらいか。酒じゃ腹は膨れねぇしなぁ」
顔に傷持つ厳つい男ビルザーの言葉に、マイトは憮然と頷く。
「このまま待機するにも補給は必要か」
「うむ。健全な筋肉には健全な食が欠かせない。この弾ける上腕二頭筋の為にも、さっそく魔物を狩りにいくとしよう」
「却下だ、ダグ。それでシーサーペントの動きに対処が遅れては本末転倒だ。騎士団がいつ船を調達してくるかも分からんしな。すぐ動けるようにしておきたい」
渋い声で冷静に語るマイトに、立ち上がろうとしていた大男ダグの筋肉がしゅっと萎んでしまう。
その後も喧々諤々と話し合う銀水晶の面々。
その間、二人と一杖は話に混ざらず、黙々とパンをかじっていた。
話し合いが一息ついた頃、機を窺っていたミィミンがマイトへ提案を出した。
「あたしらだけでやってみないかい。昨日までとは状況も変わったことだしね」
「……フィルとメフィスト。そしてアイヴィか……フィル、見立てを頼む」
マイトの言葉に、皆の視線が一斉にフィルへと向く。
大勢に注目されても、モグモグしているフィルは気にした様子なく、ちょっと待ってと手でサインを送り、自分のタイミングでゴクリと口を空にした。
「ふぅ。空から攻撃出来る私達だけでシーサーペントを狩れるかって話だよね? 遠くから攻撃すればいいだけだし、追い返すのは簡単だよ。けどそれだと、たぶん逃げられちゃうかなぁ」
そう言いながらフィルは、手をうにょうにょと波打たせ、徐々に下へ下へと下ろしていく。海の底へ逃げるシーサーペントの動きを表現したいのだろう。
お道化るフィルを見て、マイトの渋い顔が微かに歪む。
「餌が必要、ということだな」
「そこまで言ってないってば、もぅ。たとえば船に巻き付かせるとか、接近戦を仕掛けるとか、近くでちょろちょろ動き回るとか。そうでもしないと、普通に逃げられちゃうだけだからね」
そう普通に提言をしたフィルであったが、途端に「フッフッフッフッ……」と、怪し気に笑い始めてしまう。
口元を歪めたまま、フィルが冗談交じりにマイトへ言う。
「私が餌になってもいいけど、特別手当は貰うからね。餌代は高くつくよぉ」
その言葉が、周囲の男たちの心に火をつけた。
「フィルちゃんにそんなことさせられねぇぜ。俺に縄付けて餌にしてくれぇ!」
「いいや。餌は俺だ。臭いお前じゃ餌にならん」
「少し腹の出た俺こそが、ナンバーワンだ」
「俺の筋肉ならば、一噛み二噛み耐えてみせるぅ!」
突然騒ぎだした男たちに対し、アイヴィは何ごとかと目を大きくさせている。
「相変わらずだな、こいつら」とは、メフィストの談。
一方、マイトの冗談に後乗りしたフィルはというと「あはは……」と乾いた笑い声を返すだけであった。
次々と『餌役』を買って出る男たちに、ミィミンは冷めた声を投げつけた。
「あんたら落ち着きな。餌なんて冗談に決まってるだろ」
一喝を受けてもざわざわと騒ぎ続ける男たちに、ミィミンも大きなため息を吐いてしまう。
「おれだ!」「おれだ!」と無意味な餌論争が続く中、アイヴィは、フィルが少し気恥ずかしそうにパンを齧る姿を見て、隙を見つけたとばかりにニンマリと目と口を曲げていた。
「フィルメイル。貴女モテるのね」
「……うーん。たぶんそう言うんじゃないよ、これ。まぁ気にかけて貰えるのは純粋に嬉しいけどねぇ」
「ケッケッケッ。悪乗りすんのが玉に瑕だよな」
そう。メフィストの言う通り、彼らは別に自分が餌になることを本気で望んでいる訳ではない。
フィルに危険な真似をさせたくない。
その一心以外、ただの悪乗りした冗談である。
「お前たち。これ以上続けるなら本当に釣りの餌にするぞ」
そんな凄みの効いたマイトの声に、酒場は一瞬にして静まり返った。
すっと流れるように食事に戻ったみなに変わり、フィルが「はいはーい」と手を上げ、元のシーサーペント討伐の話へと戻す。
「マイトさんしっつもーん。そもそも元々どうやって戦うつもりだったの? 船は領主さんから借りる手筈だったのは聞いたけど、その後は?」
「作戦はシンプルだ。大型船で接近。船をモノスが魔法で守り、全員で迎撃。そして俺とミィミンとダグが海上に降りて戦う。以上だ」
外洋を渡る様な大型船が帆を張り、鬨の声が上がる。
吹き荒ぶ魔法の風。速度を上げ海原へと進む船。
向かう先には巨大なシーサーペント。
接近した巨大な蛇が船へと巻き付き軋みを上げる中、各々武器を手に果敢に立ち向かう狩人たち。
そうマイトの言葉の通りに頭の中でイメージしていたフィルであったが、マイト、ミィミン、ダグが船から颯爽と飛び降りたところで、三人が海に落ちたまま浮かんでこなくなってしまった。
そのまま締め砕かれる船。海に投げ出される狩人たち。
流石にこれは違うな。
そう思ったフィルは、素直に疑問をぶつけることにした。
「マイトさん。船から降りて戦えるの? モノスさんの魔法?」
「私のではありませんよ」
「ああ。海上を動けるレリックをユリカに用意してもらった」
「おっ。博士の作品なら安心だ。博士はほんと何でも作れるねぇ」
『海上を動けるレリック』に目をキラリと輝かせたアイヴィを尻目に、フィルはこの場に居ない『博士』ことユリカ女史のことを考えていた。
ギルドの地下に住まう、長い銀の髪で片目を隠した白衣の美女のことを。
フィルは想像する。彼女はきっとこう言っただろう、と。
『自分で試したのか、だと……馬鹿め。我が発明は至高ぞ』
『死んでも運用データだけは持ち帰ってこい』
そうつっけんどんに言いながらも、根は良い人であるとフィルは知っている。
唐突に『おいフィル! 〇〇を調達してこい!』と、無茶な命令をしてくること以外は……。
まぁ博士の事はいいか、と思考を戻し、フィルはチーズをパクリと口へ運ぶ。
「……もぐもぐ……マイトさんたちが海の上で戦えるなら、私が三人を獲物の近くまで運べばいいってこと、だよね?」
「そう簡単な話ではない。お前とメフィストだけでは、負傷や海中に引き摺り込まれた時の援護がままならん。シーサーペントに取り付くのは俺たちだけで良いが、少なくともバックアップ要員は必要だ」
「結局、船が必要って話になるわけかぁ……」
フィルの呟きに、マイトは一つ頷きパンを口へ運ぶ。
それに倣い、フィルも残りのパンを口へと放り込んだ。
フィルとマイトが口を閉じたことで、周囲のギルド員達がああだこうだと話し合いを始める。
そんな中、顔に傷持つ厳つい男ビルザーがボソリと呟いた。
「一応、船ならあるんだけどなぁ……」
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雲一つない青空から、眩き太陽がじりじりと熱を放っている。
魔物狩りじゃなければ水着になって泳ぎたいのになぁ、等と考えながらも、フィルはメフィストに乗り空を飛んでいた。
フィルの横にはアイヴィが座っている。
フィルたちの下は青く透き通った海が一面に広がっており、そのなかに三人、水上に立つ者たちがいた。
一人目は、刃渡り二メートルを越える長刀を両手で構える男マイト。
空から見ると、身を包む黒革の鎧が海の青に溶け込む様である。
長刀の刃は特別製のものらしく、複雑に波打っていた。
二人目は、まるでミノタウロスが振るうかの如き長い柄の両刃斧を軽々しく持つ女性ミィミン。
金属加工した胸当てと胴当てで、戦士然とした筋肉質な肉体を包み込んでいる。
今は、ウォーミングアップするかのように大斧をブンブンと振り回していた。
三人目は、筋肉の塊にも見える大男ダグ。
特に防具は身に着けておらず、武器も金属製のナックルガードだけだ。
その大きな体を目覚めさせるためにか、海上でスクワットしている。
三人の両手首、両足首には白銀に光る金属の輪がはめ込まれており、フィルはそれが、水上で行動する為の魔法の道具『アメンボ』であると見て取った。
博士のネーミングセンスはよくわからないなぁ。
そんな事を思いながらも、フィルは彼らや彼らが身に着けている魔法の道具については、一切心配していなかった。
フィルが心配しているのは――
「あの船。大丈夫かなぁ……」
陸から遠く離れた海上に居る三人の更に後方。
そこに八つの船が浮かんでいる。
その船は、どう考えても戦闘など出来そうにない、まるで三人四人で釣りにでも行くかのような、手漕ぎの小舟であった。
どの船も日が高い時間にも拘わらず松明を煌々と掲げており、シーサーペントが嫌うとされる炎を絶やさぬよう努めている。
船々には屈強なる狩人たちが乗船しており、緊急時に動く為の保険として待機している……のだが、大波一つで全滅しそうな心許なさが、そこにはあった。
「まぁ、あいつ等の出番がないように頑張るしかねぇよ」
「ええ。私たちで仕留めましょう」
そう言ってアイヴィが腰から二丁の魔法の銃を抜いた。
右手には、儀式剣めいた装飾美しい銃『スティンガー』を。
左手には、簡素な見た目で白い魔法の杭を放つ銃『レイ』を。
腕をクロスし胸の前で構えるアイヴィを一瞥し、フィルが進行方向である海の奥へと視線を向ける。
まだ距離が離れた海の上。
そこには今回の狩りの獲物であるシーサーペントが、長い体で海上に幾つもの半円を描きながら、優雅に海を泳いでいた。
「それじゃあ、作戦開始といきますかぁ」
「油断すんなよ、相棒」
「おーけーおーけー。メフィちゃん、レッツゴー」
軽快なフィルの声に合わせ、フィルたちは空の中を加速した。
シーサーペントへ向け、一直線に。




