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流星の魔女〜魔女見習いは魔都を飛ぶ〜  作者: ごこち 一
第五話「フィルの過去と月の魔女」

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5-22 傷によく効く魔女の秘薬


 ここは怪我を負った者たちが横たわるベッドが幾つも並ぶ病室。

 苦痛によって生まれる(うめ)き声を裂くように、高い女性の大声が響き渡った。


「隊長、私は反対です。大聖堂で作ったものでもなく市井(しせい)に流れるものでもない、こんな怪しげな女性の薬を使うだなんて」


 やや感情的に思えるこの声の主は、騎士隊付きの治癒師である女性ウルザ。

 彼女は、まるで舞台女優であるかの如く目鼻立ちのハッキリとした、褐色の肌が美しい女性である。


 普段は知的な美しさを感じる女性なのだが、今はその褐色の肌に汗と疲れをにじませており、二十五の実年齢よりやや老けて見えた。

 彼女のキリッとした目が(にら)みつけているのは、騎士隊にとっては部外者であるフィルであった。

 病室の入口で見つめ合う美女二人の横に、ボルグ隊長とその部下の男もいる。

 ウルザの感情的な声を聞いても表情一つ変えぬボルグ隊長と違い、部下の男は、どうやらウルザに近い考えのようであった。


 それを感じ取ったフィルは、わざとらしく左手で頬を掻きながら右手に握る杖メフィストに話しかけていた。


「怪しげだなんて酷いなぁ。そう思わない? メフィちゃん」

「まぁ、知らねぇ奴からすれば魔女なんて怪しいもんだろ」

「それもそっか。そもそも私たちのことなんて普通知らないからね」


 猜疑(さいぎ)の視線を向けられてなお、右手に握る杖とする会話は呑気(のんき)なものである。

 それを見てか、ウルザの褐色の額に青筋が立ってしまった。


「やっぱりこんな得体のしれない(やから)に、彼らを任せられません。隊長。皆の治癒は私が責任を(もっ)て行います」

「あちゃー、輩にランクアップしちゃったよ」

「ケッケッケッ。俺様も含めてだな」

「それとあなた、ふざけるのは止めなさい。杖で腹話術するなんてここは病室よ。てか何で杖なの!」


 ウルザの目がクワッと開き、鬼気迫る形相へと変わる。

 当然、威嚇(いかく)されているのはフィルだ。

 平時のウルザは、もっと聡明で冷静であり、それが見た目にも(にじ)み出ている女性なのだが、今は重圧と疲れでやや感情的になってしまっている。


 それを知ってか知らずか、フィルは全く気にした素振りを見せない。

 むしろ「アハハ。腹話術じゃないよ」と訂正する口調は、あまりにも軽い。

 それが余計に、神経を尖らせているウルザのかんに(さわ)る。


 カタカタと音を立ち始めたウルザの歯を止めるように、ボルグ隊長がしかつめらしい顔のままウルザの肩に手を置いた。


「ウルザ。責任は私が持つ」

「信用……なさるのですか?」


 (いか)れる形相を少し落ち着かせたものの、隊長へ向けられたウルザの眉間には深い(しわ)が刻まれていた。

 そんな猜疑に満ちた彼女の疑問に答えたのは、ボルグ隊長ではなく、『仕方ないなぁ』とばかりに息を零すフィルであった。 


「信用してるのは私じゃなくてコルちゃんを、だよね」

「ああ。コルレオーネ様のご友人を無下(むげ)には出来まい」


 それを聞いた瞬間、ウルザの褐色の肌を赤らめていた疑念と怒りが(しお)が引くように消え、そのまま青ざめてしまった。


「コルレオーネ様の――これは失礼致しました」

「やめてやめて。別に私は偉くないから。けど、持つべきものは友人だねぇ」

「だが、それだけではない。『蠍の尾(スコーピオン・テイル)』討伐作戦における君の功績を加味しての判断だ。クリスタ殿、部下のことを頼む」


 丁寧に腰を折ったボルグ隊長が、フィルへ頭を下げる。

 それに合わせるように、部下の男とウルザも頭を下げた。

 フィルは、その光景を少し意外そうに見ていた。


「おっ? ちょっとは評価して貰えてるんだ。なら頑張らないと、ねっ」


 フィルは真面目腐った表情を崩さぬボルグ隊長へ一つ笑顔をむけると、広い病室の奥へと歩き始めた。


「さぁて……一番危なそうな人はぁ……」


 軽薄な口調と違い、怪我人の横たわるベッドへ向けるフィルの目は、真剣そのものである。

 フィルの目が、静かに横たわる金髪の男を捉えた。

 男は上半身に服を着ておらず、代わりに右腕と胴を真っ白な包帯でグルグル巻きにされていた。

 その男は、痛みで(うめ)く他の怪我人と違い、ほぼ音を立てず、ほぼ動いていない。


「メフィちゃん。他の人もチェックしといて」


 そう言って右手を開き、フィルが金髪の男の横たわる寝台へと歩みよる。

 一方、フィルの右手から解放されたメフィストは「任せな」と、病室の中をふわふわと飛び始めた。


 フィルの目はメフィストの行方を追わず、側に来ても身じろぎ一つしない男へと向けられている。視線は、男の足元から上へ上へと進む。

 虚ろな目で天井を見上げていた男の目が、ゆっくりとフィルへと向いた。

 虚ろな瞳に、人好きする様な柔らかな笑みが映る。


「もう大丈夫だよ。私に任せて。えっと、ウルザさん。包帯切っちゃっていいですかぁ」

「私がやります」


 表情を引き締めたウルザが、ベッドの横に立つフィルの反対側へと向かい、手慣れた手付きで(はさみ)を用い、男の胴を巻く包帯を切り始めた。

 その間にフィルは、腰の鞄に手を突っ込み、乳白色の液体が満ちた小瓶を取り出し、(ふた)を外――そうとした手を、男が掴んでいた。


「だいじょーぶ。魔女の秘薬は効くよぉ」

「違う……薬があるなら……他の者に、はぁはぁ……使ってくれ」

「ん? どゆこと?」


 話をしている間に包帯が取り払われ、男の上半身が露わになっていた。

 その体には、傷一つ見つからない。

 だが、傷を負っていたであろう幾つもの裂けた痕跡が体に刻まれており、その部分の皮膚の色が他の部分と違っている。


 フィルは、男の目から体へと視線を動かし、『よく治療してある』と思いながらも、これだけでは不十分であることも見て取っていた。

 充分な治療が行えないのは、決して治癒師の実力不足でないことも、同時に。


「シーサーペントに噛まれた?」

「はい。既に毒は抜いてあります」

「おぉ。ウルザさんって優秀なんだ。ねぇ、えっと……」


 フィルは言葉を濁し、ベッドの横にある小さな台の上に置かれた小さな金属板を一瞥(いちべつ)し、続けてそこに書かれた名を呼んだ。

 

「ガルムさん。このままだと辛いだけだよ。それでもガルムさんは、この薬を他の人に使えって言っちゃう?」


 フィルは、ガルムに『自分に使ってくれ』と言わせるため、彼の虚ろな視線に映るよう小瓶を振る。

 (かす)かに揺れる乳白色の薬を見ても、ガルムの意思は変わらなかった。


「ああ……今は、はぁ……やつと戦える者が……一人でも多く……ふぅ……必要なんだ……俺に薬は、要らない」


 騎士ガルムの目に、(わず)かながら光が戻る。

 だが、すぐに虚ろな目に戻ってしまう。


 (かたく)なな騎士の態度と言葉に、フィルは『強情だなぁ』と思いながらも悪い気分ではなかった。

 フィルの左手が、自分の右腕を弱々しく掴むガルムの手に重なり、ガルムの手をそっとベッドのシーツへと導いた。そしてガルムから視線を外したフィルは、ベッドの近くまで来ていたボルグ隊長へ顔を向けた。

 問いのまなざしを青い瞳に浮かべながら。


「隊長さん。ガルムさんはこう言ってますけど、どーしましょ」

「何を言っているの、あなた」


 ウルザの責めるような声に反応一つせず、フィルはボルグ隊長を見続けている。

 僅かな沈黙の後、ボルグ隊長は表情一つ変えずに、フィルへ答えを返した。


「君の答えは、もう決まっているのだろう」

「ありゃりゃ。試すつもりが試されちゃってたみたい」


 フィルはそう言うと、歯を見せ笑った。

 やや子供っぽい笑みに、ボルグ隊長の口元がニヤリと曲がる。

 それが問いの答えであると、言わんばかりに。


「じゃ、好きにやらせてもらうね、隊長さん。という訳でガルムさん。あなたの意思は無視させて貰う、よっと」


 フィルは小気味よい声と共に小瓶の蓋を開けると、ガルムの「待て」の言葉を聞かず、傷跡の上で小瓶を傾けた。

 ポタリ、ポタリ、ポタリと乳白色の液体が落ちる。


 ガルムの傷跡に触れた薬は、そのまま溶け込むようにガルムの体に()み込む。

 すると、周囲の肌と明確に差異があったシーサーペントに噛まれた傷跡に変化が生まれ、みるみるうちに側の正常な皮膚と変わらぬ状態へと戻り始めた。


 その不可思議な光景に、ウルザの目が驚きでカッと開いた。


「嘘……何、この薬……冗談よね」

「冗談じゃないよ。作るの大変なんだから、ちゃんと効いてくれないと困っちゃうよぉ。あっウルザさん。光魔法、おっ願いしまぁす」

「そ、そうね……ふぅ……癒しの光よ≪エクストラ・ヒーリング≫」


 ウルザの声に反応した発動体が彼女の右指で白く輝くと、続けて彼女の両手から白い光が放たれた。

 輝く手がガルムへと向き、横たわるガルムの全身を淡い光で包み込む。

 ウルザが魔法による治癒を試みている間も、フィルはゆっくり、ゆっくりと薬を垂らし続けていた。


 治癒が続く中、ガルムが「間違っている」と声を上げた。

 どこか(はかな)げであった先程よりも落ち着いた、ハッキリとした声で言葉を続ける。


「お前も、ウルザも、隊長も、間違っている」


 それは糾弾の声ではなく、悔しさのにじむ声。

 そんな声に、フィルは自然とクスッと笑い返していた。

 横たわるガルムに睨まれても、フィルは嬉しそうな笑みを崩さない。


「そうかもねぇ。なら、今から正解にしないと、ねっ」

「出来るものか」

「出来るか出来ないかなんて、やりながら考えればいいよ。今は黙って美女二人の甘ぁい看病を受け入れ(たま)えよ、色男さん」


 そう言ってフィルは、冗談めかしてフフンと笑う。

 対して、治癒により活力が戻り始めたガルムは天井へと視線を向け、光の戻り始めている瞳をまぶたで隠した。

 そしてガルムは、光魔法の心地良さに身を委ねながら口を開いた。


「俺は、もっとお(しと)やかな女の方が好みだ」


 そんな不要な一言を。


「ねぇウルザさん。この人引っ(ぱた)いていい?」

「私の分もお願い……いえ、元気になってからにしましょう」

「さんせーい。いやぁ、また一つ楽しみが増えましたなぁ」


 小さな共感が、フィルとウルザの口元を愉快に歪める。

 ガルムが失言を挽回しようと何かを言おうとしたその時、少し離れた場所から高い子供の声、メフィストの声が聞こえた。


「おーい、相棒。こっちにもやべぇ奴いたぜ」

「はーい、すぐ行く。ウルザさん、と、そこの人、こっちは任せてもいい?」


『そこの人』と指名された男、ボルグ隊長の側にいた部下の男は、自分自身を指差している。

 フィルはコクリと頷くと、男の返事を待たずに追加の薬を鞄から取り出し、今し方まで使っていた半分ほど残っている薬ごとベッド横の小さな台の上に置いた。


「クリスタさん。薬の使い方は?」

「患部にゆっくり垂らすと効果的。持続的にね。光魔法とセットだとなお良し。少しは手持ちがあるから、足りなくなったら言ってね。じゃ、あとは、よ・ろ・し・くぅ」


 フィルは、自分の代わりとなるべくベッド脇に来た部下の男と無理矢理ハイタッチを決め、メフィストの声のする方へと向かった。

 フィルが歩くと、それだけで重苦しかった雰囲気が少しだけ(やわ)らいでいく。


 それは、傷が重く、放っておけば死に(まみ)えたであろうガルムの治癒が進んでいるからだろうか? はたまた、少々子供っぽい可笑(おか)しな少女のせいだろうか?


 フィルは周囲の雰囲気など気にもせず、病室とは程遠い軽やかなステップを決めながらメフィストの元へと辿り着いた。そして、ベッドに横たわる騎士の足元から頭の先まで流し見ると、苦し気な騎士の顔に目掛け満面の笑みを贈る。


「これまた派手にやられたねぇ、リバーさん。けど、私が来たからには、もー大丈夫。では治療を開始します。メフィちゃん、ハサミ」

「俺様助手にはなれねぇぜ。なんせ杖だからな」

「ちぇー。おっ、ここにあった。じゃぁチョキンとするから動かないでねぇ」


 側に置いてあった治療道具一式に手を伸ばしたフィルは、そのまま横たわる騎士をくるむ包帯をハサミで切り始めた。

 騎士に有無を言わさずに。

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