第44話 謝罪
夏休みに帰省した私は、母校であるヴァルトラントの王立女学校を訪れていた。会議室ではヘンリエッタ校長、算術の主任教諭タチアナ先生、さらには男子中等教育学校の数学主任、フーベルト先生がお待ちだった。
着席すると早速お茶がだされた。
「ありがとうございます」
お茶を淹れてくれた事務員の女性にお礼を言う。するとヘンリエッタ校長がニコニコとされた。
「どうかされましたか、先生」
「殿下、少しおかわりになりましたね」
「そうでしょうか」
「ええ、以前からお茶をお出しした者にはお声をおかけになられていましたが、そのお声がより柔らかくなられました」
なんとなくピンとくるものがあった。
「ああ、意識しておりませんでしたが、大聖女様のおかげかと思います」
「大聖女様ですか、殿下」
「ええ、先生。大聖女様は身分というものへの考え方が、少し変わっていらっしゃいます」
「どういうことでしょうか」
「大聖女様は、身分とか職業というものは、その人その人に与えられた役割だとお考えです。どのような仕事であれその与えられた仕事をきちんとこなしている方には大聖女様は敬意を表されます。また、大聖女様のお仕事をサポートする方はすべて、お仲間だとお考えです。それは徹底されていて、聖騎士団の下働きの方々も大聖女様の大事なお仲間なのです」
「なるほど、よくわかりました。その精神は、ぜひともこの女学校でも実現したいものですね、殿下」
「それはすばらしいことですわ、先生」
「そのためにはこちらの教員を、ノルトラントへ研修に行かせたいものですね」
「そのお話、大聖女様にしてみます。きっとお喜びになるでしょう」
「殿下、お手数をおかけ致しますが、感謝致します」
「とんでもないです先生。私の仕事です」
そうは言ったものの、今日の議題はこれではないだろう。
「殿下、今日お越しいただいたのはですね、ヴァルトラントの中等教育について、ご意見をいただきたいのです。以前お手紙で、我が国の理数教育は、ノルトラントに比べ大幅に遅れているとご指摘でしたね」
「そうですね、失礼なお手紙を差し上げてしまいました」
「いえいえ、殿下が我が国の将来をご心配のあまりということは、重々承知しております。それでですね殿下、女学校と中等教育学校の算術のレベルを、ノルトラントなみに引き上げていきたいと考えているのです」
「やはりそうですか、それではちょとお待ちいただけますか」
私は同行のシルヴィー嬢に合図した。シルヴィー嬢はカバンから書類を取り出した。
「ありがとうございます、シルヴィー嬢。先生、こちらがノルトラント王立女学校のカリキュラムです」
シルヴィー嬢から何枚かの書類を受け取ったヘンリエッタ先生は、すぐにそれらをタチアナ先生、フーベルト先生、そして私たちを会議室まで案内してくれたトルディ先生に回した。皆険しい顔つきで、その書類を読んでいた。
ややあってタチアナ先生が仰った。
「私は専門が文学ですからよくわかりませんが、フーベルト先生、どうですか」
「ええ、ヘンリエッタ校長、大まかに言って中等教育学校で6年かけて教える範囲を4年半、いやおよそ4年で終えています」
「そんなに」
するとタチアナ先生も、
「女学校も同じです。シルヴィーさん、女子大入試、よく受かりましたね」
「おそらくノルトラント女子大は、私たち外国勢の入試には手加減しているのではないかと思います。入学後にも留学生対象の補習もしていただきましたし」
私もその発言に頷く。思い出せば、かなり内容的に厳しい補習ではあった。そしてフーベルト先生がまた発言された。
「この6年時に選択科目である複素数というものは何でしょう?」
それには私が答える。
「二乗するとマイナス1になる数、これを虚数と言いますが、普通の数である実数と、この虚数を同時に扱う数学です」
「殿下、それを学ぶとどういうことがわかるのでしょう」
「ええ、フーベルト先生。女学校ではそこまで学びませんが、女子大では三角関数を自然体数の虚数乗として扱うことで、数学的な扱いがとても楽になるのです」
「三角関数ですか、先の戦争ではノルトラントがそれを駆使して砲撃の精度が相当高かったとのことですね」
「ええ、そういった改良やそのもととなる算術の教育は、大聖女様が女学校在学中に騎士団でおこなったと聞いています」
「我が国は、とんでもない方に戦争を仕掛けてしまったのですね」
フーベルト先生はそうおっしゃって、下を向いてしまった。卒業生が何人も戦死されたのだろう。もちろんヘンリエッタ先生の表情も厳しい。女学校の卒業生も未亡人となったり、婚約者を失った方も多いはずだ。
「みなさん、父王になりかわり、国民に苦労をかけたこと、お詫び申し上げます」
「殿下、そんな……」
しばらく重い空気が会議室を支配したが、ヘンリエッタ校長は明るく強い声で仰った。
「みなさん、未来を向きましょう。戦争を仕掛けたのは私たちヴァルトラントですが、大聖女様はもう、私たちを仲間とお考えです。私としては大聖女様の学問をぜひお手伝いしたい、そのために中等教育学校、女学校から、大聖女様の許へ卒業生を送り出したいのです」




