第43話 母校へ
大聖女様の講義ノート出版のための原稿をかかえて帰国した私は多忙を極めた。もちろん最初は、父でもある国王陛下への報告である。
「それで大聖女様とステファン殿下は、我が国に来てくれそうかね?」
通り一遍の報告を聞いた父は、そう尋ねてきた。
「はい陛下、お二人は、なんとかしてヴァルトラントの民を救いたいとお考えであることは間違いありません。しかしながらご承知のように、大聖女様が育てていらした女子大や聖騎士団と離れがたいお気持ちも強く、大聖女様に関わるすべての方々もお二人と離れてしまうことは受け入れがたいと思います」
「そうであろうな、それで、そなた自身の考えはどうだ、オクタヴィア」
「はい、お二人のお力をお借りできれば、ヴァルトラントはきっと救われるでしょう。また、我が国が苦しめば苦しむほど、お二人が我が国にいらっしゃる決断をされる可能性も高くなるとは思います」
「うむ、しかしその口ぶり、オクタヴィアはお二人をお迎えするのに反対のようだな」
「申し訳ありません、陛下。私は親しく大聖女様のちかくで勉強させていただいておりますが、大聖女様はおひとりではありません。大聖女様、ステファン殿下を含めた八名の方々の結束はとても強く、大聖女様がこちらにいらっしゃれば、結局みなさんこちらにいらっしゃるでしょう。それはノルトラントにとって大きな損失です」
「うむ、いくら我が国のため問いは言え、ノルトラントにかける迷惑が大きすぎるであろう」
「はい、そして大聖女様は、スタッフ全員を一つの家族のようにお考えです。私は家族が引き裂かれるのを見たくはありません」
「そうだな、私も王として、沢山の家族を引き裂いてしまった罪がある。その罪を重ねるわけにはいかぬだろう」
父の言う罪とは、戦争を始めたことであろう。父はすぐには言葉を継がなかった。
ややあって、父は口を開いた。
「あいわかった、オクタヴィア。ステファン殿下に王位を継いでいただきたいという要請は取り下げないが、他の道も探そう。それは簡単ではないだろうから、並行して大聖女様が喜んで来ていただけるような国の体制をつくることもやっていこう」
「承知いたしました、陛下」
続いて訪れたのは女学校だった。我が国にもノルトラントと同じく女学校がある。私にとっては母校である。父との面会は私だけだったが、シルヴィー嬢たちいつもの仲間が同行してくれた。
我が国の女学校は首都のはずれにあり、広々とした敷地を持つ。ノルトラントの女学校は何回か訪れさせていただいたが、あちらは王都の中心部にあり、敷地はせまい。女学校の敷地いっぱいに建物が建てられ、体を動かす活動は中庭で行われていた。久しぶりに訪れる母校は夏休み中ということもあり、生徒の姿をほとんど見かけない。
女学校訪問については、算術の主任教諭タチアナ先生からの要請による。もうずいぶん前にタチアナ先生からお手紙を頂いていたのだ。以前の帰省の際、タチアナ先生にはノルトラントの王立女学校や国立女子大の算術のレベルを報告してあった。私達が女子大入学後、数学の講義についていくのに苦労したことも伝えてあった。
馬車のまま校門をくぐり、校舎のすこし裏手にある来客用玄関へと向かう。馬車が停まるとすぐ、なつかしいトルディ先生が迎えに出てきた。私達は皆、一度はトルディ先生に教わったことがある。
「殿下、お越しいただきありがとうございます」
「ご無沙汰しております。先生もお元気そうで」
「ええ、夏になって、やっと一息つけました、殿下」
「それはどういうことですか? 先生」
「もちろん、女子大の入試準備ですよ、殿下」
「今日のお話は、そのことでしょうか」
「まあ、そうとも言えますね、殿下」
懐かしい女学校の廊下を歩く。先程のトルディ先生との会話で今日の話題はだいたいわかってしまったから、考え事をせず、在学中とほぼ変わっていない母校の景色を楽しむことができた。そして校長室の隣の会議室に私たちは案内された。
会議室には私を呼んだタチアナ先生、ヘンリエッタ校長、そして見知らぬ男性が待っていた。
「皆さんお待たせいたしました」
そう私が言って入室するとヘンリエッタ校長が立ち上がり、
「お越しいただきありがとうございます、オクタヴィア殿下」
と挨拶してくれた。
「校長先生、ご無沙汰しております。お元気そうで、なによりですわ」
「ありがとうございます、殿下。殿下、ご紹介いたします。王立中等教育学校の数学主任、フーベルト先生です」
「初めてお目にかかります殿下。フーベルトでございます」
「オクタヴィアです、フーベルト先生、どうかよろしくお願い致します」




