第40話 森
離宮の朝は早い。そもそも北国の夏だから、日の出がものすごく早い。カーテンを閉めていても部屋が明るくなるし、窓の外からは小鳥の声が沢山聞こえる。同室のシルヴィー嬢を起こさないようにそっと足を忍ばせ、ベランダに出てみる。手すりにとまっていた小鳥たちが私を見ている。
「おはよう」
声をかけると、鳥たちは飛び立っていった。
人の気配がした気がして振り返ると、マルガレーテさんがいた。
「おはようございます」
「おはようございます、殿下」
「離宮の小鳥たちは、人懐っこいのですね」
「失礼ですが殿下、小鳥たちがあんなふうに朝待っているのは、聖女様だけかと思っておりました」
「大聖女様ですか?」
「そうです。聖女様が離宮にいらっしゃると、毎朝小鳥たちが挨拶にくるんですよ」
「大聖女様だけなのですか?」
「そうですね、ああ、ステファン王子殿下には、小鳥が挨拶に来ますね」
「王族がわかるのでしょうか、小鳥たちは」
「そうかもしれませんね、そういえば殿下、フィリップ様がですね、あ、失礼しました」
マルガレーテさんは、私語を慎むべきだと思ったのだろう。
「マルガレーテさん、どうぞ続けてください」
「あ、はい、フィリップ様がですね、ご自身も鳥を呼びたいと言い出してですね、パンくずをまいたりしたんですよ」
「そうですか」
「するとですね、小鳥は来るんですよ。ですけどフィリップ様が起きる頃には全部食べられてしまって、もういないんですよ、小鳥たち」
「そうですか、それはくやしいでしょうね」
「ええ、ですから殿下、フィリップ様には先程のこと、お話にならないほうがいいかもしれません」
「わかりました、ありがとうございます」
朝食後、大聖女様たちはお仕事をされるという。だから私たちは子どもたちといっしょにお散歩に出ることにした。
離宮のまわりを散歩にちょうどいい小径が一周している。朝ベランダからは、ネリス先生とマルス先生が若い騎士たちを率いて走っていた道である。
「ねえ殿下、気持ちいいでしょ、この道」
私の手をとるミホちゃんが話しかけてきた。
「そうですね、風も気持ちいいわね」
「そうなの。木のいい匂いもするでしょ。王都ではかげないよね」
「そうね、森に来たのが実感できるわ。きっと体に良い成分が入っているのね、ここの空気」
「そうだと思うけどその話、あんちゃんにしちゃだめよ」
「え、なんで?」
「きっと空気を採取して、中にどんなものが入っているか、調べだしちゃうよ」
「そっか、またお仕事、忙しくなっちゃうもんね」
小径を一周して離宮に戻るとミホちゃんが、
「ね、屋上行こ、屋上」
と誘ってくれた。
明るい屋上は森の木々の高さを超えて、遠くの山まで見える。もう夏なのにその山には白いところが見える。ヴァルトラントにも山はあるが、夏に残雪はない。
「いいけしきでしょ。好きなんだ、この景色」
ミホちゃんが教えてくれる。
「あとね、ここ、ここ。ほら、見て」
ミホちゃんが導いてくれた場所には、レリーフが埋め込まれている。その図案には二人の人物が描かれていて、一人が空に輝く星を指差し、一人の女性が何事か記録している。
「ここでお二人が新星を発見されたのですね」
「そうなんだって。私この絵、好きなんだ! 二人、とっても仲良さそうでしょ」
「そうね、科学者夫婦の理想かもね」
「殿下、それあんちゃんに言ってあげてよ。喜ぶよ!」
「そうね、申し上げるわ」
私は今一度景色を見回した。遠くの山まで、針葉樹の森がずっと続いている。故郷のヴァルトラントは森の国だが広葉樹が多い。豊かな森で、多くの小動物が暮らしている。今見えている針葉樹林も豊かなのだが、故郷とは少し違う気がする。もちろんそれは気温や降水量、日照量のちがいによるのは明らかだ。ここヴァイスヴァルトの冬の寒さでも生き残れる動植物だけがここに生息している。それを詳しく調べることは私の手にはあまり、将来の女子大の卒業生がその謎をあきらかにするだろう。
故郷ヴァルトラントが数年前飢饉に苦しめられたのは、我が国の耕地面積が少ないことにも原因がある。国土に広がる森は開墾が難しいのだ。だから森に住む国民は、わずかな畑を耕しながら狩猟生活を送るか、林業に携わる者が多い。狩猟生活はどうしても収入が不安定になりがちだ。林業についてはまだましだが、無計画に伐採してしまえば木材資源が枯渇しかねないから国家が厳しく統制している。だから我が国の税収を安定して増やしていくには、国土に広がる森林はあまり当てにならない。もしかして私の後輩が、女子大で学んだことをもとにして森林の有効活用法をみつけることができてくれればと思う。
「殿下のお国って、森のくになんでしょう?」
ミホちゃんが話しかけてきた。
「そうですよ。木の種類はちがいますけど、ここと同じくらい、ずっとずっと森が広がっているんです」
「じゃあ、その森を大事にしなきゃね」
「どういうことですか?」
「木って育つのに何十年もかかるんですよね」
「そうですね」
「だから切りすぎちゃうと、森が壊れちゃうよね」
「そうですね」
「だから殿下、無理して木を切っちゃ、絶対だめだよ」
「はい」
「私はね、木を切りすぎちゃった国を知ってるの。切りすぎちゃうと、砂漠になっちゃうよ」
「砂漠ですか」
驚いていた。ミホちゃんは十歳くらいであろうか。それなのにすでに我が国の森林保護政策を理解している。それどころか森林の荒廃した場合の未来まで知っている。今私達は気象について学習している。それはそれで大事なことだが、我が国の根幹である森についても、深く学ばなければならないと自覚した。




