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第39話 学問の幸せ

 ヴァイスヴァルトの離宮では、スタッフたちから大聖女様は「奥様」と呼ばれていた。アカネちゃんたちは「あんちゃん」と呼ぶ。ついでにいうと女子大や聖女庁関係者からは「聖女様」、騎士たちからは「団長」とか「聖女団長」、メイドや女官たちからは「奥様」と呼ばれている。たまにレイコ先生とマルス先生は「先輩」と呼ぶこともあり、彼女の呼称は混乱している。ついでに私達ヴァルトラント組と帝国の聖女候補カトリーヌ嬢は「大聖女様」である。それでもだれも困らず会話が成立しているのは、王族として敬称について厳しい教育を受けてきた私からすると不思議なものだ。


 夕食は離宮の大食堂でだった。案内された席は食堂奥の主賓席であり、私の仲間の留学生たちは、私の近いところにバラバラに案内された。大食堂はほとんどいっぱいである。大聖女様のスタッフ、騎士、女騎士もいる。服装からすると職人やメイドと思われる人もいる。人数からすると、離宮に勤める人のほとんどが出席しているように思える。大聖女様からすると、離宮の職員すべてが家族なのだろう。


 席についているとすぐに大聖女様が現れ、全員一斉に起立した。ステファン殿下がエスコートしている。それを大聖女様は笑顔で片手をあげて押さえ、みなすぐに着席した。私の席の隣が空席だったのでそこに大聖女様がお座りになるのは理解できていたので、私は立ったまま大聖女様がいらっしゃるのを待った。

「お待たせいたしましたわ。さっそくいただきましょう」

 大聖女様が着席されると、すぐに食事が開始された。


 最初に出てきたのはソーセージの盛り合わせだった。

「今夜はあなたがたの歓迎会だからフルコースだけど、明日からは普通の食事だからね、ごめんなさい」

 大聖女様がいたずらっぽく笑いながら仰る。コースということは、これが前菜なのだろう。

「とんでもないです。大聖女様。お招きいただいただけでも光栄です」

 パリッと弾けるソーセージがとてもおいしい。辛子とよくあう。

「子どもたちがね、ソーセージが大好きなのよ」

 確かにマホちゃんたちがうれしそうに頬張っている。

「私も大好きです。大聖女様」

「アン、君もだろう」

 ステファン殿下が微笑む。


 その日のコースは、じゃがいものスープ、川魚のパイ皮づつみ、ステーキとつづき、フルーツのタルトがデザートだった。

「どれがお好みだったかしら、殿下」

「はい、魚料理がおいしかったです、大聖女様」

「お魚、お好きなのね」

「好きというか、ヴァルトラントではあまり食べられていないので、新鮮なのです」

「そう、ここは内陸だから川魚しかお出しできないけれど、海のものはどうですか?」

「そうですね、冬にアルターハーフェンに伺いましたとき、とてもおいしかったのを覚えております」

「そのうちまた、行かれることもあるでしょう」

「ええ、ぜひ」

 私は本心から答えた。そして急にレオパルド様に会いたくなった。


 夕食後、私たちは屋上に案内された。

「殿下、足元にお気をつけください」

 案内の騎士が声をかけてくれる。案内のままドアの外に出たら真っ暗だった。


 しばらくすると、星が目に入ってき始めた。

「殿下、今夜は運よく、雲一つありませんわ」

「そうですね、大聖女様」

「お空も殿下たちを、歓迎してるのよ」

 子どもの声がする。あの声はアカネちゃんだったか。

「失礼ですけど、アカネちゃん、でしたか?」

「はい、アカネです、殿下」

「アカネちゃんも、星が好きなのですか?」

「はい! でもね、観測は聖女様が手伝わせてくれないの」

「そうですか、あなた方は夜ふかしはいけないのでしょうね」

「たまにはいいと思うのよ、たまには」

「そうですか、折を見て、大聖女様に頼んでみますね」

「うん、ありがと!」

「そのうちね」


 故郷から見上げる星空と、見える星の位置が少し違う。北国へ来たことが実感される。

「殿下」

「どうされましたか、シルヴィー嬢」

「今見える星は、ヴァルトラントで見るのと少し位置が違いますよね」

「そうですね、私も今、それを考えておりました」

「女子大で学んだおかげで、それがなぜだか理解できるようになりました。そのことが今、とても幸せに感じられるのです、殿下」

「そうですね、幸せですね、私たちは」

「はい、学問ができることは、幸せですね。殿下。ノルトラントに連れてきていただいて、ありがとうございます」

「いいえ、こちらこそ、いっしょに来ていただいてありがとうございます」


「殿下」

 今度はマホちゃんの声がした。

「はい、マホちゃん」

「お勉強、楽しいですか?」

「ええ、楽しいですよ」

「難しくないですか」

「ええ、難しいです。でも、難しいからこそ、やる価値があるのではないでしょうか」

「はい、そうですね」

「ちょっとかっこつけちゃいましたけど」


 離宮の屋上に、笑いが溢れた。

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