第35話 特別講義
私達ヴァルトラント留学生は、気象関係の学習・研究を中心に女子大生活を送ることになった。先の戦争の主な原因は天候不順である。すぐには無理でも将来、長期的な天候の予測ができるようになれば、このような不幸を避けることができるかもしれない。そんな願いを大聖女様は私達に託したのだ。
大聖女様を中心とした女子大の関係者の方々との打ち合わせの結果、夏までの今年度は現在履修している科目に加え、週に1回の特別講義を受講することになった。そのほか、聖女庁でノルトラント全国から集められる気象観測結果の集計を私達が手伝うことにもなった。もともと忙しい女子大生活がもっと忙しくなるわけだが、私達は皆ヴァルトラントの国費で留学させてもらっているので文句はない。敢えて言うならば、レオパルド様とお会いする機会が減ってしまうかもしれないのが不安である。
週に1回の特別講義は「気象観測の基礎」と名付けられ、新規の講義として女子大の掲示板で来週から始まると告知された。講師は大聖女様御本人で、私達だけに講義をするのはもったいないということで、他の学生にも参加機会を与えることになった。もちろん半年分の単位もつく。
ただ、第1回の講義の前日、突如掲示板に講義の教室の変更が発表された。当初女子大の1教室を予定していたのだが、聖騎士団の大講堂に変更になった。時刻も少し遅くなった。その掲示をシュテフィ嬢といっしょに見たのだが、シュテフィ嬢は、
「殿下、これはきっと聴講希望者が殺到したのですね」
と感想を述べた。私もそうなのだろうと思う。私は、
「そうですね。とても重要な講義になることでしょう。しっかりとノートをとって、ヴァルトラントでも気象観測要員が育成できるようにしていきたいですね」
と言ったら、シュテフィ嬢は、
「はい、大聖女様のお仲間を、私達自身でつくれるようになりたいものですね、殿下」
と返してくれた。
最初の講義は雪がちらつく日、もうすっかり真っ暗になった中聖騎士団まで歩いていった。ヴァルトラントの仲間たちと一緒にである。学年の途中で突如始まった講義だから、夕方にしか開講できなかったのだ。その暗い中、多くの学生が私と同じ目的地に向かっているのがわかる。聖騎士団の入口で身分証を示すと女騎士の一人が、
「お待ちしておりました殿下。ご案内いたします」
と先導してくれた。講義の行われる講堂には何回か行ったことがあるので必要な雲思うが、せっかくのことなのでありがたく案内してもらう。
その女騎士は講堂に入っても、
「どうぞこちらへ」
と先導を続けてくれた。どういうことかと思っていると、
「こちらの席におかけください」
と最前列に導かれた。
「あの、特別扱いは……」
と言うと、
「ヴァルトラントの方々のための講義だから、必ず最前列を確保するよう聖女団長から言われておりますので」
と笑顔をみせてくれた。
「ありがとうございます。しっかりと勉強させていただきます」
講義の開始を待っていると、次々と人が入ってくる。その中に男性の話し声も聞こえたので振り返ると、騎士の格好をした男性や学生と思しき男性が何人も入ってきた。その際気づいたのは、すぐ近くに帝国を始めとした各国からの留学生が何人も見える。帝国の聖女候補であるカトリーヌ嬢もいる。彼女は神学部なのに出席している理由は、彼女が熱烈な大聖女様信奉者であるからだろう。
また、こんな話し声も聞こえた。
「この講義だけど、騎士団でも行うよう要請があったらしいの。でも聖女様、お断りになったんですって」
「そうなんですの?」
「忙しくて無理ということらしいです。しかたがないので、女子大以外からの聴講をお認めになったんですって」
「まあ、でしたら気象業務につくことになったら、同僚になるかもしれない方たちなのですね」
「そうですけど、出会いなんてあるかしら」
「聖女様はそういうことには寛容だとおもいますけど……」
二人の会話はそこで途切れた。私は、なんとなく二人が口をつぐんだ理由が思い浮かんだ。おそらく宿題とか復習とかが大変で、せっかく出会った男性とも交際する時間がとれるか心配なのだ。
おそらく大聖女様は、恋愛に寛容というよりは積極的に応援されるだろう。ただ、そのことで学業が遅れるようであれば厳しい態度をおとりになる。勉学に励みつつ、恋愛も励む、それが大聖女様の理想なのだ。
やがて大聖女様が現れ授業が始まった。ヘレン先生、フローラ先生、ネリス先生、レイコ先生もいらっしゃる。警備かと思ったら違った。レイコ先生は大先生のそばに立ち、資料を渡している。ヘレン先生たちは大きな紙をひろげ、大聖女様の背後に掲示した。
「みなさん、この講義に参加していただきありがとうございます。今皆さんに見ていただいているのは、過去10年間の王都の冬の始まりの天気です。どうですかみなさん、なにか気づくことはないですか?」
そこここから手が上がる。私も気づくことがあったのだが、ちょっと出遅れてしまった。
「はい、そこのあなた」
「はい、いずれの年も、晴れの日が少なくなり、雨の日の間隔が短くなっています」
「そうですね、その他、ありますか?」
私は手を上げることができた。
「はい、オクタヴィア殿下」
「はい、初めの降雪から、2回目、乃至3回めの降雪で根雪になっています。なお、3回めの降雪で根雪になる年は、降雪の間の晴れの日があたたかいようです」
「なるほど、そうですね。その他は?」
また方方で手が挙がる。
「ではそこの男性の騎士の方」
「はい、天候の移り変わりの周期から、先の天気が予想できそうです」
「そのとおりです、ですがそのこと自体は、地元の住民はみなやっていることです。私達はその予想を科学的に行い、より正確にしたいと考えています。その基礎となる科学的知識を、この講義でみなさんと共有したいと考えています」




