第34話 応諾
「みなさん、大学での学習内容の中心を気象分野にしませんか?」
ゼミ室に私達ヴァルトラントからの留学生を呼び出した大聖女様は、そうお話を始めた。
「どういうことでしょうか。私とシルヴィー嬢は理学部ですからそうすることも理解できますが」
「ええ、マルティナさんとシュテフィさんは神学部、カレンさんとグリゼルダさんは法学部でしたね。ですがどなたも教養課程で理数分野も基礎は学習されていますし、気象分野の活動において、神学面、法律面からの後ろ盾も必要になるでしょうから」
「はい、それもそうですね。ですがそもそも、なぜ気象分野なのでしょうか」
「ええ、嫌な思い出となるでしょうが、先の戦争の大きな原因は不作でしたね」
「ええ、何年にもわたって我が国は苦しめられました」
「不作の要因はご存知の通り、天候不順です。私はそれを予想したいのです」
「大聖女様、すでにヴァルトラントは気象観測において、ノルトラントにご協力されていただいていると思いますが」
「ええ、ありがたいことに。ただ現在は、明日の天気が予報できるかどうかです。それでは不作の対策にはなりません」
「それでは私達ができることは少ないのではないでしょうか」
「現段階ではそうです。ですが将来、不作をもたらすような天候の不順を予想できるようになるには、人員の確保が欠かせません。また、教会や行政の協力が不可欠ですから、そちらの専門知識のある人員も必要です」
「失礼ですがノルトラントだけでは、人員の確保ができないのでしょうか」
大聖女様は、一呼吸置いて言葉をつないだ。
「正直なところ、人員は常に不足です。ですがそういことではないのです」
「はい」
「まず、現段階長期の天候予測はできていません。農業に役に立つような予測ができるようになるには何年、いや何十年かかるかわかりません」
「はい」
「そのような将来まで、ヴァルトラントとノルトラントが協力関係にいられるかはわかりません」
「お言葉ですが大聖女様、そのようなことは」
「ええ、現段階ヴァルトラント側にそのような考えがないということは理解しています。しかし復興なれば、愛国心からヴァルトラントが独立の道を選ぶかもしれません」
「そんな」
「私自身はそれはそれで喜ばしいことと思いますよ。ただそのときにヴァルトラントだけでも気象関係の業務をつづけられるようにしておく必要があると思うのです」
「つまり」
「ええ、そのためにもヴァルトラントの方で気象に理解のある方は一人でも多いほうが良いと考えるのです。もちろんこのことはお勧めしていると言うだけで、強制力はありません。他のことで注力すべきことがあるならば、そちらに集中していただく方が良いと思います。また、できる範囲ではありますが、気象関係の学習、研究面で、ご協力できる部分はさせていただきます」
「わかりました。たいへんありがたいお話であることは理解いたしました。ただ、一人ひとりの事情もありますので、お返事は少しお時間をいただけると」
「もちろんです。ゆっくりお考えください」
「あと大聖女様、私個人といたしましては、どうしたらよいものかよくわかりません。卒業後は気象業務に関わるかどうかわかりませんし」
「あら、アルターハーフェンで海洋気象について研究されてもいいのではないですか」
「は、はい。そ、そうですね」
顔が真っ赤になるのがわかる。
「とにかくすぐにお返事を頂く必要はありません。あくまで私個人からの提案ですから」
「ありがとうございます」
その日の夕食後、私達ヴァルトラント留学生は寮のラウンジに集まった。寮には学生同士が歓談したり議論したりするためのラウンジがところどころに用意してあるのだ。
シルヴィー嬢が話を始める。
「オクタヴィア姫殿下、私は大聖女様のお話、受けるべきだと思うんです。姫殿下がお忙しいようであれば、私だけでも気象を専門分野としたいと考えております」
私はすぐに返事する。
「ええ、私もそうは思います。ですが同じく理学専攻のあなたはいいとして、他の皆さんはそれぞれのご志望もあるでしょうから……」
するとカレン嬢は、
「私とグリゼルダも参加致します。法学部所属としては、法律面から我が国の気象観測網の整備にお役に立ちたいと二人で話し合いました」
と言ってくれた。シュテフィ嬢も、
「ノルトラントでは各地の教会で気象観測をしているとお聞きしています。ですから私とマルティナも、問題ありません」
と言ってくれた。
「みなさん、ありがとうございます。では早速明日朝一番で、大聖女様にお返事しましょう」
翌朝、朝食のとき、私は大聖女様にお会いできた。
「大聖女様、気象分野のことですが、私達全員、お受けしようと思います」
するとぱあっと大聖女様のお顔が明るくなった。
「そっか、それはよかった」
横にいらしたヘレン先生が渋い顔で仰った。
「聖女様、口調」
「あ、ごめんあそばせ、ホホホホホ」
楽しい朝になった。




