↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
事故死した風俗店員がなぜか高校時代に戻ったのでせめてボッチオタクから抜け出してみようと思って頑張っていたらいつの間にかハーレムになっていた件  作者: 水源
夏は急接近の季節

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

207/214

コスプレ衣装が完成したよ

 そして翌日、昨日と同じように、俺は白檮山さんと待ち合わせをしてから弥生ちゃんの家へ向かっていた。


 昨日の帰り道では、まさか翌日もまた洋裁をすることになるとは思っていなかったというか、すること自体は最初から決まっていたのだが、あれだけ細かい作業を長時間にわたってしていると一日置けば少しくらい気が重くなるものだと思っていた。


 それなのに、家を出るときには不思議と昨日の続きが気になっていて、自分でもちょっと意外だったがそれだけ楽しかったのだろう。


「今日は完成させたいねー」


 隣を歩く白檮山さんが、こちらの顔を覗き込むようにして言った。その声には昨日と変わらない楽しそうな響きがあり、これからまた一日かけて服を作ることが、よほど楽しみらしい。


「昨日の時点では、まだまだ終わらないと思ってたんですけどね。

 正直医に言えなコミケに間に合わないんじゃないかって思ってました」


 俺が苦笑しながら答えると、白檮山さんは歩調を合わせたまま、少しだけ胸を張った。


「でも、昨日かなり進んだじゃない」


「まあ、それはそうですし、今日で終わらせたいですね」


 そう返しながら、俺は昨日の作業を思い出していた。最初はただの布だったものを型紙に合わせて切って、それを慎重に縫い合わせる。途中で少しずれればやり直しになり、うまくいったと思ったところでも確認すると直す場所が見つかる。服を作るというのは、思っていた以上に地道で丁寧さが必要なものだった。


 けれど、その地道な作業の先で、確かに形はできていて、昨日の最後に机の上へ置かれていた衣装は、まだ完成からは遠かったが、それでももう「ただの布」と呼ぶのは違うような姿になっていた。


「秦くん、ちょっと楽しみになってきた?」


 白檮山さんが急に足を緩め、俺の顔を横から見る。


「……そうですね、結構楽しみになってると思います」


 少し考えてからそう答えると、白檮山さんは一瞬だけ目を丸くしたあと、すぐにぱっと笑った。


「やったー」


「そんなに嬉しいですか?」


「だって、昨日はあんなに面倒そうにしてたじゃない」


 からかうように言われて、俺は少しだけ顔をしかめた。確かに、昨日はコスプレ衣装制作を舐めすぎていたが、作業量を見て何度も先が長いとか言っていた気がする。


「面倒そうにはしてないですよ」


「してたよー」


「してませんって」


「してたってば」


 白檮山さんが楽しそうに笑うので、俺もつられて笑ってしまう。昨日までなら、そこでまた何か言い返していたと思うのだが、今日はそれほど嫌な気がしなかった。


 そんなことを話しているうちに、弥生ちゃんの家が見えてきた。


 玄関の前まで行って声をかけるより先に、中から足音が近づいてきて扉が開く。


「いらっしゃーい」


 弥生ちゃんが顔を出し、俺達を見るといつものように明るく笑った。


「おはよう、弥生ちゃん」


「おはよう、あっくん。今日は完成させるんだよね?」


「その予定」


 俺が答える横で、白檮山さんが元気よく手を上げる。


「今日は完成させます!」


「おー。白檮山さん、やる気満々だね」


「昨日からずっと楽しみだったんだよー」


 白檮山さんは靴を脱みながら振り返って笑う。その勢いに弥生ちゃんも思わず笑い、俺はそんな二人を見ながら、今日一日で本当に完成するのだろうかと改めて少し不安になった。


「それなら安心だね」


 弥生ちゃんにそう言われると、白檮山さんは満足そうに頷いた。


「うん」


 洋裁用の部屋へ入ると、昨日の続きの生地や道具がそのまま準備されていた。机の上には、途中まで仕上がった黒い隊服の部分と、その上へ重ねられるのを待っている白い羽織の生地が置かれている。その羽織には、蝶の羽を思わせるような線が入る予定になっていて、淡い色合いも少しずつ形になっていた。


「お母さんがもう準備してくれてるよ」


 弥生ちゃんが机へ手を向ける。


「ありがとうございます」


 俺が礼を言うと、皐月おばさんがこちらを振り返って笑った。


「昨日の続きですから、すぐ始められるようにしておきました」


「今日はどこからですか?」


 白檮山さんが机の上を覗き込みながら尋ねる。昨日のような勢いだけの質問ではなく、実際に自分が続きの作業をすることを分かっている人の顔になっていた。


「昨日縫ったところを確認して、問題がなければ続きを縫っていきましょう。そのあと、細かい部分を仕上げて、最後に実際に着てみて調整します」


「着てみるんですか?」


 俺が聞き返すと、皐月おばさんは落ち着いた顔で頷いた。


「服ですからね。実際に着てみないと分からないところもあります」


「なるほど」


 その一言を聞いた瞬間、俺は昨日までと少し違う緊張を覚えた。ここまでは「服を作る」という作業だったが、実際に着るところまで来れば、いよいよ本当に衣装を完成させなければならない。どうしても間に合わないようなら縫った場所が少しくらい曲がっていても、形になっていればいいのではないかと思っていた自分が、急に気になり始めた。


「じゃあ、昨日の続きからですね」


「はい」


 白檮山さんは頷くと、すぐにミシンの前へ座った。昨日は椅子に腰を下ろしてから布の位置を何度も見直していたが、今日は迷う時間が少ない。もちろん慣れきったわけではないのだろうが、少なくとも「何をするのか分からない」という不安は昨日より薄れていた。


「じゃあ、ここを合わせて……」


 白檮山さんが隊服の布を重ね、襟の部分を指先で確かめながら皐月おばさんを見る。


「そうです。そこを合わせてから縫ってください」


「分かりました」


 返事をすると、白檮山さんは小さく息を吐いてミシンを動かし始めた。


 ダダダダダ……。


 昨日も聞いた音なのに、今日はその音を聞いていても、ただ大きいと感じるだけではなかった。針が上下するたびに布が少しずつ進み、そこに一本の線ができていく。その線が黒い隊服の生地をつないでいき、昨日までばらばらだったものが、一着の衣装へ変わっていくのを見ていると、単純な作業のはずなのに妙に目が離せなくなる。


「昨日よりだいぶ上手くなってません?」


 俺が言うと、白檮山さんは手元を見たまま、口元だけで笑った。


「でしょ? 慣れだと思うけど私もそう思ってた」


「自分で言うんですね」


「だって昨日より上手になってるんだから、言ってもいいじゃない」


 その言い方がおかしくて、俺は思わず吹き出した。


「まあ、それはそうですね」


 白檮山さんは満足そうに頷いたが、ミシンを止める様子はない。自分が上手くなったことを喜びながらも、今はその先へ進むことのほうに気持ちが向いているらしい。


「秦くん、そこ押さえてて」


「ここですか?」


「そうそう」


 俺が言われた場所へ手を添えると、白檮山さんが布の端をゆっくりと送っていく。昨日は俺も何を手伝えばいいのか分からず、その場にいるだけになってしまう時間があったが、今日はこうして自然に手を出せる。たった一日なのに、自分でも少しだけ作業する側へ入ってきたような気がした。


「なんか、共同作業って感じですね」


「でしょ?」


 白檮山さんが笑う。


「コスプレって、一人で衣装を買って終わりじゃなくて、こうやって作るのも楽しいね」


「まあ、確かに」


 そう答えながら、俺は自分でも妙だと思った。最初は、どうしてわざわざこんな手間のかかることをするのかと思っていたはずなのに、昨日と今日で実際に手を動かしてみると、完成していく過程そのものを見たくなっている。


 人間、やってみないと分からないというのは本当らしい。


 そんなことを考えているうちに、白檮山さんがミシンを止めた。縫った部分を持ち上げ、表と裏を交互に見ながら眉を寄せる。


「ここ、ちょっとだけずれてる?」


 俺も横から覗き込む。


「本当だ、ずれてますね」


 ぱっと見では分からない程度だったが、よく見ると確かにわずかに線がずれていた。


「一回ほどいてやり直しましょう」


 皐月おばさんがそう言うと、白檮山さんの顔に一瞬だけ「せっかくここまでやったのに」という気持ちが浮かんだ。それでも、すぐに小さく息を吐いて頷く。


「せっかくここまで縫ったのに……」


「でも、ここで直しておいたほうが後が楽ですよ」


「そうですよね」


 白檮山さんは残念そうにしていた手を動かし、縫い目をほどき始める。


「じゃあ、やり直そう」


「切り替え早いですね」


「だって完成させたいもん」


 白檮山さんは顔を上げると、いかにも当然だと言いたげに笑った。


 その顔を見ていると、俺まで途中で諦める気がなくなってくる。昨日なら、少しくらいならこのままでもいいんじゃないかと思っていたかもしれない。でも、ここまで来ると中途半端なまま終わるほうが気になる。


 やり直して、もう一度縫う。


 それから隊服の細かな部分を仕上げていき、続いて、その上に羽織る白い生地にもミシンを入れていく。こちらは黒い隊服とは違い、白を基調にしているぶん、縫い目のわずかな乱れも目に入りやすい。しかも、ただ白い羽織を作ればいいわけではなく、蝶の羽のように広がる袖や、下へ行くほど淡い色が重なっていく部分を合わせていかなければならないので、さっきまでとはまた違う神経を使う。


「この色のところ、ちゃんとつながるようにしないといけないんですね」


 俺が生地を合わせながら言うと、白檮山さんは真剣な顔で頷いた。


「うん。ここがずれると、蝶の羽っぽく見えなくなるから」


 そう言って白檮山さんは、白地に入った細い線を指先でなぞった。


 その模様は、まだ途中までしか形になっていないのに、なんとなく蝶の羽を思わせる。完成したときには、これが大きな羽織の両袖へ広がるのだと思うと、昨日までただの布だったものが急に「コスプレの衣装」に見えてきた。


「こうやって見ると、ちゃんとコスプレ衣装になってきましたね」


 俺が言うと、白檮山さんが嬉しそうにこちらを見る。


「でしょ? そこ、大事なんだよー」


「最初は普通の白い布にしか見えなかったんですけどね」


「私も最初はそうだった」


 白檮山さんは笑ったあと、すぐに布へ視線を戻した。


「でも、こういう柄が入って、隊服と合わせると一気にそれっぽくなるんだよね」


「なるほど」


 言われてみれば、その通りだった。


 それからも作業は続いた。


 細かなところを縫い、糸を始末し、形を確認して、また必要な部分だけ手を入れる。昨日なら一つ作業を終えるたびに「まだあるのか」と思っていたのに、今日は「あとこれだけ」と考えるようになっていた。終わりが見えているからというのもあるだろうが、それだけではない気がする。


 作っているうちに、俺自身も完成させたいと思うようになっていた。


「ちょっと休憩しようか」


 弥生ちゃんが飲み物を持って入ってくる。


「ありがとう」


 俺が受け取ると、白檮山さんも椅子から腰を浮かせて飲み物を手に取った。さすがに集中し続けて疲れたのか、いつもの軽い笑顔が少しだけ大人しくなっている。


 俺も一口飲みながら時計を見ると、思っていたより時間が進んでいた。


「もうこんな時間なんだ」


「集中してると早いよねー」


 白檮山さんも時計を見て、それから机の上へ視線を戻す。


 そこには昨日とは比べものにならないくらい、衣装らしい形ができていた。


 黒い隊服の上着。


 その上へ重ねる白い羽織。


 袖を広げれば、蝶の羽を思わせる模様が左右へ広がる。その端へ入った淡い色合いも、かなり形になっている。


「でも、あとちょっとだよ」


 皐月おばさんがそう言うと、白檮山さんはすぐに顔を上げた。


「本当ですか?」


「うん。あとは細かいところを仕上げれば大丈夫」


 さっきまで少し疲れたようにしていた白檮山さんの表情が、その瞬間だけで明るくなる。


「じゃあ、頑張ろう!」


「急に元気になりましたね」


 俺が笑うと、白檮山さんは椅子から立ち上がりながらこちらを振り返った。


「だって、完成するんだよ?」


「まあ、そうですけど」


「ほら、秦くんも」


「はいはい」


 俺も飲み物を置いて立ち上がる。


 そこから先は、妙に集中していた。


 羽織の端を整え、隊服との重なりを確かめ、必要な部分をもう一度縫う。何度も確認するうちに、布を持つ白檮山さんの手も、最初の日とは比べものにならないくらい迷いが少なくなっていた。


 やがて、皐月おばさんが全体を確認する。


「……これで最後です」


 白檮山さんの手がぴたりと止まった。


「本当に?」


 少し驚いたように聞き返す。


「ええ。糸を切って、全体を確認すれば大丈夫です」


 白檮山さんは衣装を見つめ、それから小さく息を吐いた。


「……できた」


 最後の糸を切る。


 ほんの小さな音だった。


 それなのに、昨日から続いていた作業がそこで一度区切られたのだと思うと、不思議なくらい大きな意味のある音に聞こえた。


「できましたね」


 俺が言うと、白檮山さんは返事をせず、完成した衣装を両手で持ち上げた。表から見て、裏から見て、縫い目を確かめるように指先で触れ、最後に少し離して全体を眺める。


「なんか……すごいね」


 その声には、昨日までの勢いとは少し違う、素直な感動が混じっていた。


「ですね」


 俺も頷く。


 机の上に広げた羽織は白く、そこへ蝶の羽のような模様が走り、端へ近づくにつれて淡い紫や水色、桃色の色合いが重なっている。黒い隊服と合わせて見れば、俺が知っている胡蝶しのぶの姿が、ようやく目の前へ現れ始めていた。


「これ、ちゃんとそれっぽいですね」


「やった」


 白檮山さんが小さく拳を握る。


「そこ、一番心配だったんだよ」


「でも、ちゃんと分かりますよ」


「ならよかったー」


 それまで張り詰めていたものが一気に抜けたのか、白檮山さんはほっとしたように笑った。


「じゃあ、実際に着てみようか」


 皐月おばさんに言われて、白檮山さんが顔を上げる。


「はい!」


 白檮山さんが着替えに向かい、俺と弥生ちゃんは部屋の外で待つことになった。


「なんか、こっちまで緊張するね」


 弥生ちゃんが小声で言う。


「そう?」


「だって、ちゃんと着られるか分からないじゃん」


「それは確かに」


 さっきまで作ることに夢中だったせいで、俺もそこまで考えていなかった。服として完成していても、実際に人が着たときにどこか苦しかったり動きにくかったりすれば調整が必要になる。


 だから、白檮山さんが着替えている間、俺も妙に落ち着かない気分になっていた。


 やがて、向こうから声がする。


「どうかな?」


 扉が開き、白檮山さんが姿を見せる。


 俺は思わず言葉を失った。


 黒い毀殺隊の隊服に、白い羽織を重ねている。詰め襟の黒い上着の上からふわりと羽織が肩へ落ち、その袖を広げると、白い布が左右へ大きく広がって蝶の羽のように見えた。細い線で描かれた羽の模様に、下へ行くほど淡い紫や水色、桃色が混じっていて、端の濃い色との境目までちゃんと仕上がっている。


 昨日まで机の上にあった布が、今は漫画で見慣れた衣装として目の前にある。


 それだけで、少し息を呑んでしまった。


「……どう?」


 白檮山さんが少し不安そうに、けれど期待する気持ちを隠しきれない顔で俺を見る。


「似合ってますよ」


 俺が答えると、白檮山さんの表情が一気に明るくなった。


「本当?」


「はい。ちゃんとコスプレ衣装に見えます」


「ちゃんとって何よー」


 白檮山さんが頬を少し膨らませる。


「いや、いい意味ですよ」


「分かってるって」


 そう言って笑いながら、白檮山さんは羽織の袖を軽く持ち上げた。


 そのまま身体を少し横へ向ける。


「これ、ちゃんと蝶みたいに見える?」


「見えますよ」


 俺が答えると、白檮山さんは満足そうに頷いた。


「よかったー」


 それから鏡の前へ移動し、自分の姿をじっと見つめる。少し身体を横へ向けたり、袖を広げてみたり、隊服の襟元を確認したりしているうちに、だんだん顔が嬉しそうに緩んでいく。


「すごいなー……」


「嬉しそうですね」


 俺が言うと、白檮山さんは鏡越しにこちらを見る。


「そりゃ嬉しいよ。自分で作ったんだもん」


 その言葉は、本当にその通りなのだろう。


 買った服なら、「似合っている」で終わるのかもしれない。でもこれは、ただ白や黒の服を作ったわけではない。胡蝶しのぶの姿になることを考えながら、布を選び、裁断し、蝶の羽のような模様を合わせ、何度も縫い直して、ようやく目の前にある。


 だからこそ、鏡に映った姿を見るだけで、昨日までの苦労までまとめて報われたように感じるのだろう。


「秦くん」


 白檮山さんが振り返る。


「はい?」


「昨日言ったこと覚えてる?」


「何でしたっけ?」


 俺がわざととぼけると、白檮山さんは少しだけ目を細めた。


「完成したら、楽しかったって言わせるって話」


「ああ」


 思い出した。


 まだ布を切ったばかりの段階で、白檮山さんは妙に自信満々にそんなことを言っていた。


 白檮山さんは、今度はいたずらっぽく笑った。


「どう?」


 そう聞かれて、俺は完成した衣装を見る。


 黒い隊服も、白い羽織も、蝶の羽のように広がる袖も、全部、昨日まで俺達が作っていたものだ。


 何度も縫い直した。


 面倒だと思ったこともあった。


 もう少し簡単にできないものかと思ったこともある。


 それでも、こうして完成したものを目の前にすると、その面倒さまで含めて悪くなかったと思える。


「……楽しかったですよ」


 口にした瞬間、白檮山さんの顔がぱっと輝いた。


「ほらー!」


「そこまで喜びます?」


「だって約束したもん」


「約束ってほどでもなかったと思いますけど」


「いいのいいの」


 白檮山さんは笑いながら、その場で羽織の袖を広げてみせた。


 白い布がふわっと左右へ広がる。


 その瞬間、俺は「ああ、これを夏コミで着ていくんだな」と妙に実感した。


「これで夏コミに間に合いましたね」


 俺がそう言うと、白檮山さんは羽織の襟元を整えながら大きく頷いた。


「うん。あとは本番だね」


「ちゃんと忘れ物しないようにしないと」


「それ、私にも言ってる?」


「二人ともですよ」


「あはは。二人とも忘れ物しそうだもんね」


 弥生ちゃんが横から笑う。


「私は大丈夫だよー」


 白檮山さんが胸を張る。


「本当ですか?」


 俺がすかさず聞くと、白檮山さんの顔がほんの少しだけ固まった。


「たぶん」


「たぶんなんだ」


 三人で顔を見合わせる。


 それから、ほとんど同時に笑った。


 これで一番大きな問題だった衣装は完成した。


 まだ当日までに細かな準備は残っているし、実際の会場へ行けば行ったで何かしら起きるような気もする。それでも、昨日の帰り道で「本当に間に合うのか」と考えていたことを思えば、まずは一つ片付いた。


 そして何より、作っている途中では気づかなかったのだが、こうして完成した胡蝶しのぶの衣装を目の前にすると、俺自身も夏コミが少し楽しみになっていることに気づいた。


 白檮山さんはまだ鏡の前で自分の姿を眺めている。

 白い羽織の袖を少し広げては閉じ、また横を向いて確認する。そのたびに蝶の羽のような模様が揺れて、さっきまで机の上にあった布とはまるで違う表情を見せていた。

 その横顔を見ながら、俺は小さく息を吐いた。


ちなみに俺の衣装も完成できた。


 夏コミまで、あと少し。

 今度は作る側ではなく、実際にこれを着て会場へ行く。

 そう考えると、さっきまでとはまた少し違った緊張が胸の中へ湧いてきたが、不思議と嫌な感じはしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。