コスプレ作成も佳境に入ったな
ふみちゃんの誕生日には、無事にプレゼントを渡すことができた。
まあ、クラスメイトを招いてパーティをしているとは予想していなかったので、ふみちゃんにはちょっと悪いことをしたかもしれない。
そして、今年の夏コミは8月17日(土)~18日(日)なので、もう一週間前になってしまったし、コスプレ衣装もそろそろ完成させないといけない時期になっている。
俺は白檮山さんと弥生ちゃんに連絡を取り、コスプレ衣装を作るための集合日を2日後の12日に決め、そして当日、俺はまず白檮山さんと待ち合わせをしていた。
今回は、前回水通しをした生地を実際に裁断して服の形にし、それを組み合わせながら問題がないか確かめ、少しずつ完成へ近づけていく予定だ。
「こんにちは、白檮山さん」
俺が声をかけると、スマホを見ていた白檮山さんはぱっと顔を上げ、明るく笑った。
「こんにちはー。秦くん、今日はちゃんと来てくれたんだね。
良かった良かった」
どこかからかうような調子でそう言いながら、白檮山さんは軽く手を振る。
「いやいや、約束してたんだから来ますよ」
俺としては当然のことを言ったつもりだったのだが、白檮山さんはいたずらっぽく目を細めた。
「いやいや、夏休みって予定いっぱいじゃない。途中で面倒になって来なくなるんじゃないかなって、ちょっと思ってたんだけど」
「いやいや、さすがにそこまで無責任じゃないですよ」
まあ、たしかに予定はぎゅうぎゅうだったし、今後もそれなりに詰まってるけど。
そんなことを思いつつ俺が苦笑しながら返すと、白檮山さんは安心したように小さく頷いた。
「ならよかった。これで安心して作れるね」
そう言って、白檮山さんは満足そうに笑った。
「それじゃあ、今日はどこまでやるんですか?」
俺が尋ねると、白檮山さんは少し考えるように視線を上へ向け、それから今日の作業を確認するように話し始めた。
「前回作ってもらった型紙を使って、生地を裁断するところから。そのあと、できるところまで縫っていくけど、可能なら完成まで持っていく感じになるかな」
「いよいよコスプレ衣装を本当に作るわけですね」
思わず声が弾むと、白檮山さんも俺の反応が嬉しかったのか、楽しそうに頷いた。
「うん、そうだよ」
「なんか楽しみだなー。前回は水通しとか採寸とかで終わっちゃったから、今日はちゃんと形になっていくんでしょ?」
白檮山さんは、これから作る服が少しずつ完成していく様子を思い浮かべているのか、期待を隠しきれないような笑顔を浮かべている。
「たぶんそうだと思います」
「たぶんなんだ」
俺の返事が少し曖昧だったのが気になったのか、白檮山さんは不思議そうに首を傾げた。
「いやあ、俺も服を作るのは初めてなので、あんまり自信はないんですよね」
「そっか。じゃあ私と一緒に初心者だね」
そう言って、白檮山さんは自分を指差し、楽しそうに笑った。
「白檮山さんは洋裁経験があるんじゃなかったでしたっけ?」
俺が首を傾げながら尋ねると、白檮山さんは「あー」と思い出したような顔をした。
「あるけど、服は初めてだよ。だから今日は私も勉強する側」
「それでコスプレ衣装の制作にチャレンジとか、チャレンジャーですよね」
「何事も挑戦しないと、何もできないでしょ」
「まあ、たしかにそれはそうですよね」
白檮山さんは少し照れたように笑った。
そんなことを話しながら、俺達は弥生ちゃんの家へ向かった。
家に到着すると、今度は弥生ちゃんがすぐに出迎えてくれた。
「いらっしゃーい。今日はコスプレ衣装制作の続きだよね?」
弥生ちゃんは玄関からひょこっと顔を出し、俺達の姿を見つけると笑顔で手を振った。
「うん、今日は実際に服を作っていく予定なんだ」
俺がそう答えると、白檮山さんも靴を脱ぎながら何度か頷き、前回の作業を思い出したように口を開く。
「前回は採寸とか水通しとかで終わっちゃったからね」
「なんか大変そうだね」
弥生ちゃんが俺達の持っている荷物へ目を向けながら、少し感心したように言う。
「実際、大変だね。思っていたよりずっと」
俺が正直に答えると、白檮山さんがすぐ横からひょいと顔を覗き込んできた。
「でも楽しいじゃない?」
期待するような目で見られて、俺は一瞬だけ言葉に詰まった。
「白檮山さんはね」
それでも俺が即答すると、白檮山さんは少し不満そうな顔をした。
「えー、秦くんも楽しもうよー」
「まあ、やってみないと分からないですけどね。できたものを実際着たら、テンション上がりそうな気もしますし」
俺がそう言うと、白檮山さんの表情がぱっと明るくなった。
「じゃあ、完成したときに楽しかったって言わせてみせるから」
白檮山さんは妙に自信満々な顔で、びしっと俺を指差した。
「まあ、結局は言いそうですけどね、それ」
俺が呆れたように返すと、弥生ちゃんが堪えきれないように口元を押さえて吹き出した。
「あはは。あっくん、だいぶ温度差あるね」
「いや、別に嫌ってわけじゃないんだけど」
俺が弁解するように両手を軽く上げると、白檮山さんが横でくすくすと笑った。
そんなことを言いながら、俺達は洋裁用の部屋へ向かった。前回と同じように裁断机の上には必要な道具が並べられていて、その横には前回水通しした生地がきれいに畳まれて置かれている。
「おー、ちゃんと準備できてる」
「すみません皐月おばさん」
俺が感心しながら机の上を見回すと、弥生ちゃんは少し肩をすくめて笑った。
「前回使ったものがそのままあるだけ、だからそんなに大変じゃないよ」
「でもこういうの見るとテンション上がるよね」
白檮山さんは裁断机の周りを見回しながら、まるで宝物でも見つけたように目を輝かせている。
「じゃあ、まずは型紙を置いていきましょう」
皐月おばさんの声がすると、白檮山さんはすぐに背筋を伸ばした。
「はい」
返事をすると、白檮山さんは真剣な表情になり、皐月おばさんの指示に従って型紙を生地の上へ並べていく。
「これ、この向きで大丈夫でしょうか?」
型紙を両手で押さえながら、白檮山さんが皐月おばさんの顔を見上げる。
「ええ。生地には縦と横がありますから、型紙を置く方向を間違えないようにしてくださいね」
「なるほどー。こういうのもちゃんと考えないといけないんですね」
白檮山さんは生地と型紙を交互に見ながら、感心したように何度か頷いた。
「それと、ここは生地を二つ折りにして裁断します」
「二つ折りですか?」
白檮山さんが不思議そうに眉を少し上げる。
「左右対称になる部分だから、こうやって折って一緒に切るんです」
「あー、そういうことですか。なるほどなるほど」
白檮山さんは実際に生地を二つ折りにしてみて、納得したように大きく頷いた。
説明を聞きながら型紙を並べていくと、型紙の形を見ているだけならそれほど難しそうには見えないのだが、それを実際に服として組み立てるとなると話はまったく別らしい。
「では、ここを待ち針で留めていきましょう」
「はい」
白檮山さんは待ち針を一本手に取ると、生地を傷めないように指先へ注意を向けながら慎重に刺していく。
「……これ、思ったより細かいですね」
一本刺すたびに手元を確認しながら、白檮山さんが小さく呟いた。
「前回も似たようなこと言ってませんでした?」
俺が横から指摘すると、白檮山さんはぴたりと手を止め、待ち針を持ったままこちらを振り返った。
「言ったっけ?」
「言ってましたよ」
「じゃあ、今回も同じ感想ってことでいいやー」
白檮山さんはあっさりそう言って笑うと、また何事もなかったように待ち針を刺し始めた。
「それでいいんですかね」
俺が思わず苦笑すると、白檮山さんは顔だけこちらへ向けた。
「いいのいいの。初心者なんだから、分からないものは分からないってことで」
そう言って気楽そうに笑う白檮山さんに、俺も思わず苦笑した。
そんなやり取りをしながら少しずつ作業を進めていき、待ち針で型紙を固定し終えると、いよいよ本格的に生地へはさみを入れることになった。
「では、はさみを入れてください」
「はい」
皐月おばさんに促され、白檮山さんは少し緊張したように裁ちばさみを握り直した。一度、生地と型紙をじっと見つめてから、失敗しないように慎重に刃を入れていく。
ザク、ザク、と厚みのある布を切る音が部屋の中に響き、そのたびに、さっきまで一枚の大きな布だったものが少しずつ違った形へ変わっていく。
「おお……」
その様子を見ていると、思わず俺の口から声が漏れた。
「どうしたんですか?」
白檮山さんが手を止め、少し不思議そうな顔でこちらを振り返る。
「いや、なんか本当に服を作ってる感じがします」
俺が少し興奮したように答えると、白檮山さんはその反応が面白かったのか、嬉しそうに笑った。
「まだ布を切ってるだけですけどね」
皐月おばさんがそういう。
「それでもだよー。こういうのって、布がだんだん服になっていくところが楽しいんじゃない?」
白檮山さんは切り進めていく生地を眺めながら、完成した衣装を想像しているのか、期待を隠しきれないような声で言った。
「なるほど」
白檮山さんは妙に楽しそうだったが、そんな様子を見ているうちに、俺も少しだけ気分が乗ってくる。
こういうのも、実際に自分でやってみると意外と面白いのかもしれない。
ただし、切り終えた生地を改めて机の上に並べてみると、ここから先の作業量もなんとなく想像できてしまった。
「……これ、全部縫うんですよね?」
俺が切り終えた生地を眺めながら尋ねると、白檮山さんは当然のことを聞かれたような顔で頷いた。
「もちろんですよー」
「先が長いなぁ、まあミシンだからそこまで大変でもないと思うけど」
俺は思わず肩を落とした。
「まだ始まったばっかりだよー?」
白檮山さんは呆れたように笑う。
「そうなんですけど」
「大丈夫大丈夫。今日一日で全部完成させるわけじゃないんだから」
白檮山さんは笑いながら俺の隣へ来ると、励ますようにぽんぽんと俺の肩を軽く叩いた。
その言葉を聞いて、俺も少しだけ気が楽になった。
そして裁断が終わると、今度はいよいよミシンの前へ移動することになった。
「では、まずはここを縫ってみましょう」
「はい」
白檮山さんがミシンの前に座ると、少し緊張した様子で布を慎重にセットし、何度か位置を確認してから足元のペダルを踏んだ。
ミシンが勢いよく動き出す。
ダダダダダ……。
「おおー」
俺は思わず身を乗り出し、上下に素早く動いている針をじっと見つめた。
「音、大きいでしょう?」
皐月おばさんのその言葉に白檮山さんがちらりとこちらを見て笑う。
「確かに大きいですねー。でも、なんか本格的って感じがする」
そしてさつきおばさんがまたいった。
「だから専用の部屋なんですよ」
「なるほどねー」
「なるほど、色んな意味で専用の部屋があったほうが良さそうですね」
前回聞いた話を思い出しながら改めて周囲を見ると、実際にミシンを動かしてみれば、確かに普通の家の居間で使うにはなかなかの音量だと分かる。
「ここは布を送る力を一定にして、無理に引っ張らないようにしてください」
「はい、分かりました」
皐月おばさんの声に、白檮山さんはすぐ真剣な表情になって返事をした。
「それと、最初はゆっくりで大丈夫ですよ」
「分かりました」
白檮山さんは小さく息を吐き、慎重にミシンを動かしていく。少しずつではあるが、さっきまで別々だった布と布が縫い合わされ、一つの形になっていく。
「……なんかすごいですね」
思わず呟くと、白檮山さんが手を止めないまま尋ねる。
「何がですか?」
「さっきまでただの布だったのに、ちゃんと服っぽくなってきてます」
俺が縫い合わせた部分を指差すと、白檮山さんもそこへ視線を落とした。
「でしょう?」
自分のことを褒められたわけでもないのに、白檮山さんは嬉しそうに笑った。
「こういうの、やっぱり楽しいなー」
「白檮山さん、完全にハマってますね」
俺が半分呆れながら言うと、白檮山さんは楽しそうにこちらを振り返った。
「うん。だって自分で作った服を着られるんだよ? 楽しくない?」
白檮山さんはそう言いながら、自分が縫った部分を嬉しそうに眺める。
「まあ、それは確かに」
こうして見ると、確かに完成した姿が少しずつ見えてくるのだが、俺にはまだまだ先が長いようにしか思えない。
「……白檮山さん」
「なに?」
白檮山さんがミシンから顔を上げる。
「今日、何時くらいまでやります?」
「えー、どうしようかなー」
白檮山さんはミシンから手を離し、少し考えるように首を傾げた。
「できればキリのいいところまではやりたいかな」
「それ、一番終わらないやつですよ」
俺が即座に突っ込むと、白檮山さんは一瞬きょとんとしたあと、くすっと笑った。
「えー、でもせっかくここまで来たんだし、もうちょっとやりたくない?」
白檮山さんはそう言いながら、まだ途中までしかできていない衣装へ未練がありそうに視線を戻す。
「まあ、それはそうなんですけど」
「じゃあ、もうちょっとだけ頑張ろうよー」
白檮山さんが振り返り、にこっと人のよさそうな笑顔を向けてくる。
「分かりました」
そんな顔をされると、こちらとしても強く断る気にはなれない。
結局、俺達は皐月おばさんに区切りのいいところまで教えてもらいながら、そのまま夕方まで作業を続けることになった。
前回は採寸や水通しだけで一日が終わったが、今回は裁断して、実際にミシンまで使った。それでも服はまだ完成していない。
「……洋裁って、本当に時間かかるんですね」
帰り道、俺が歩きながらそう呟くと、白檮山さんは隣で楽しそうに笑った。
「だから楽しいんじゃないかなー」
「その感覚はまだちょっと分からないですね」
俺が苦笑すると、白檮山さんは前を向いたまま、どこか確信しているように笑う。
「じゃあ、完成したら分かるかもよ?」
「そうだといいんですけどね」
「絶対分かるって。だって今日だけでも、ちょっと楽しかったでしょ?」
白檮山さんが歩きながら少し身を乗り出し、横から俺の顔を覗き込んできた。
「……まあ、少しは」
俺が少し照れくさくなって視線を逸らしながら答えると、
「ほらー!」
白檮山さんが勝ち誇ったように声を上げ、嬉しそうに笑った。
「じゃあ次も頑張ろうね」
「はい」
俺が頷くと、白檮山さんも満足そうに頷き返し、弥生ちゃんたちとも相談して、俺達はまた明日も集まることを決めた。
コスプレ製作を進め、すぐ後にコミケが待っているのだが、果たして本当に間に合うのだろうか。
そう思わなくもないが、まあ、今さら心配しても仕方がない。
とにかく頑張って完成させようじゃないか。
楽しげな白檮山さんを見ながら俺はそう思ったのだった。




