ふみちゃんの誕生日プレゼント選びは大変だったぜ
キャンプから一晩明けた翌日の――八月九日。
明日は文ちゃんの誕生日だ。そう思い出したのは、朝だった。
「……そういえば」
朝飯を食べながら、ふと手が止まる。八月十日。文ちゃんの誕生日。……プレゼント、どうするかな。
そこからだった。
「ごちそうさまー」
朝の食事を終えてからも、そのことが頭の片隅から離れない。別に、忘れていたわけじゃない。ちゃんと夏休みのいつに誰と何があるかはメモしてある。だが、何を贈るかまでは、まだ決めていなかった。
正直、宿題やらホタル観賞やら海やら山やらで浮かれていたのはあった。しかし、今になってみると困ったことになる。親しいとはいっても、実は文ちゃんのことを俺はあまり知らない。
本当なら本人が欲しいものを聞いて、それを買えば早い。でも、それじゃあやっぱり味気ない気もする。
「……何がいいんだ」
ソファに座ってスマホを手に取り、こういうときはネットだと思って、とりあえず検索してみる。検索欄に『高校生 女子 誕生日プレゼント 男子から』と入力した。
「……っと」
検索結果がずらっと出てきた。ランキングやおすすめ、失敗しないプレゼントに彼女が喜ぶ誕生日プレゼントといった記事が並んでいて、……なんというか、思った以上に多い。
アクセサリー、財布、バッグ、コスメ、雑貨、文房具、お菓子。高校生の女の子って、こんなに色々欲しいのか?
いや多分これは単なる一般論なんだろう。それともダイマってやつか? 欲しいというより、贈る側が悩むように出来ているんだろうな、これ。
「なるほどねえ……」
画面をスクロールしていくと、アクセサリーが定番だけど好みが分かれるとか、財布やバッグは無難だけど普段使っているものと被らないようにとか、実用的なものも人気だとか、そんなことが書かれている。
……結局、本人の好みを知ってることが重要じゃないか。
「畜生め。
それを今悩んでるんだよ」
思わずスマホに向かって突っ込む。
さらに別のページを見て、今度は『高校生 女子 男子 誕生日 プレゼント』で調べると、すると今度はちょっと雰囲気が変わった。「彼女へのプレゼント」みたいな記事が多い。
「彼女ねえ……」
文ちゃんは彼女ではない。だがお互い好意はあると思う。
友達以上恋人未満の昔近くに住んでいてつい最近再会した幼馴染。つい最近家族ぐるみで海に一緒に旅行に出かけるくらいだしな。でも、こういう関係って珍しいよな。これがまた難しい。
画面を眺めていると、女子高校生に人気の雑貨や可愛い小物、日常で使えるもの、ちょっとしたアクセサリーなど、色々出てくる。
「……なるほど」
なんとなく方向は見えてきた。高すぎるものじゃなくていい。毎日使えるものか、もらってちょっと嬉しいもの、できれば、いかにも「プレゼント」って感じがするもの。
……とはいえ、これだけ調べても、いまひとつ決め手がない。
「よし」
スマホを置いて、これだけ調べたんだし、あとは店へ行って実物を見れば何か浮かぶだろうと思う。
……たぶん。
◇
雑貨店へ入ると、店内には色々なものが並んでいる。小物や文房具、食器にインテリア雑貨まであって、見て回るだけでも結構楽しい。
でも今日は遊びに来たわけじゃない。文ちゃんの誕生日プレゼントを探しに来た。
「さて……」
棚の前で立ち止まり、まずはバッグを見る。さっきネットで見たけど、高校生の女子向けとしては、まあ定番らしい。
「これ……」
手に取ってみると、大きさも悪くないし、デザインも派手すぎない。値段も、とんでもないわけじゃない。……ありかな。
そう思ったところで、すぐに別のことが頭に浮かぶ。文ちゃん、こういうの使うか? そもそも似たようなの持ってなかったか?
「……いや」
商品を棚へ戻す。ネットで見るのと、実物を見るのでは全然違うな。
次に文房具の棚へ移動すると、ペンやノート、ちょっと洒落た小物なんかが並んでいる。
「これなら……」
また手が伸びる。今度は悪くない。普段使いもできそうだ。
でも、誕生日プレゼントとしては、ちょっと普通すぎる気もする。いや、普通でもいいのか? 本人が使うなら、それでいい。
……でも、せっかくの誕生日だ。もう一歩、何か欲しい。その「もう一歩」が難しい。
「うーん……」
頭を掻く。周りから見たら、かなり怪しい客だろうな。雑貨屋で一人、商品を手に取っては戻しているし、しかも、いちいち真剣に悩んでいる。
何をしているんだ、俺。
アクセサリーショップとかだったら絶対店員に、
「彼女へのプレゼントですか?」
「それならこういうのがおすすめですよ」
なんてグイグイこられそうな気がする。でも仕方ない。こっちは真剣なんだ。
さらに店内を歩いて、今度は食器のコーナーへ向かう。カップが並んでいて、少し可愛らしいものやシンプルなものなど、色々ある。
その中の一つを手に取った。
「……これも悪くないな」
持った感じもいいし、デザインも派手じゃない。普段使いもできそうだし、さっきネットで見た「日常で使えるもの」という条件にも合っている。
……まあ、ネットの情報に振り回されすぎだな。カップ一個選ぶのに、そこまで条件を考える必要があるのか。
そう思いつつ、やっぱり悩む。文ちゃんがこれを使っているところは想像できる。でも、誕生日にこれを渡されて、どう思うだろう。
「……分からん」
また棚へ戻して、店の奥へ進む。
今度は小さな雑貨が並んでいる。アクセサリーケースや小物入れ、置物なんかが並ぶ中、その中に、ちょっと変わったデザインのものがあった。
「……ん?」
手に取ってみる。見ているうちに、なんとなく文ちゃんの顔が浮かんだ。
「……これ、いいかもしれない」
今までのものとは少し違う。なんとなく、文ちゃんに似合いそうな気がする。
でも。
「……いや、待て」
また考える。似合うと思ってるのは俺だけじゃないのか? こういうときの直感ほど信用できないものもない。
しばらく商品を手にしたまま棚の前で悩んでいると、店員がこちらを見た。目が合う。なんとなく気まずい。
俺は商品をそっと棚へ戻した。
「……また来よう」
今日は決められない。
店を出ると、外の昼の空気が少し暑かった。
「さて……」
歩きながら考える、あまりにも悩みすぎて現実逃避してしまったが、明日は文ちゃんの誕生日だ。
つまり、今日中に決めないとどうかんがえてもまずいのに何やってるんだ俺は。
なのに、ネットで調べて、店まで来て、それでも決まらない。
「……困ったな」
歩きながらスマホを見る。
そのとき。
「……ん?」
ふと、あることを思いついた。
女の子へのプレゼントなんだから、女の人に聞けばいいんじゃないか?
「……母さんに聞いてみるか」
なんでもっと早く思いつかなかったんだ。文ちゃんと年齢が近いわけじゃないが、俺よりはずっと女心が分かるだろう。少なくとも、俺一人で悩むよりはマシだ。
……たぶん。
俺はスマホを開いて母さんとのメッセージ画面を出し、少し考えてから文字を打った。
『文ちゃんの誕生日プレゼントって、何がいいと思う?』
送信すると、すぐに既読がついた。
早いな。
すぐに返事が来る。
『どうしたの? 急に』
……そりゃそうだ。
俺は事情を簡単に説明する。明日が誕生日であること、プレゼントを決めていないこと、ネットで調べて店まで来たけれど、どうにも決まらないことを伝えた。
すると、
『それなら、文ちゃんが普段何を使っているか考えてみたら?』
と返ってきた。
「……なるほど」
それは確かにそうだ。ネットのランキングを見るより、よっぽど参考になる。
さらにメッセージが届く。
『あと、あまり高いものじゃなくてもいいと思うわよ』
続けて、
『大事なのは、文ちゃんのことを考えて選んだって分かることじゃない?』
「……」
画面を見つめる。
たしかに。俺はプレゼントそのものばかり考えていた。何を贈れば喜ぶか、何が流行っているか、何が定番か。
でも、そうじゃないのかもしれない。
そこで俺は、さっき見ていた店の商品を思い出す。バッグ、文房具、カップ、それから、小さな雑貨。
……いや。
「母さん」
俺はメッセージを打つ。
『具体的には、何かおすすめある?』
少しして返ってきた。
『ハンカチとかポーチみたいな、普段使えるものは?』
さらに、
『あと、少し可愛い小物とか』
それを見て、俺は店内を思い出した。
さっき見た小物。あれならどうだ?
『アクセサリーは?』
そう送ると、
『文ちゃんが普段つける子ならいいと思うけど』
と返ってきた。
『そういうのは好みがあるから、無理に選ばなくてもいいんじゃない?』
「なるほど」
確かに。アクセサリーはちょっとハードルが高い。
学校につけていくのも多分無理だろう。
なら、普段使える、少し可愛い、誕生日らしさもある、そういう物がいいか。
そう考えると、ポーチとか小物入れあたりが無難だな、多分。
俺はもう一度、店内へ戻った。
◇
今度は目的がはっきりしている。ポーチや小物が並んでいる棚を見て、いくつか手に取る。
花柄。
シンプルなもの。
少し可愛いもの。
「……これはどうだ」
シンプルな黒いポーチを手に取って、また考える。文ちゃんが持っているところを想像してみる。
……うん。
これはありかもしれない。派手すぎないし、普段でも使える。それでいて、ちゃんとプレゼントっぽい。
何より、さっきまで見ていたものより、文ちゃんに似合いそうな気がした。
「これにするか」
一度棚へ戻し、別のものと見比べる。
やっぱりこっちだ。
手に取る。
今度は戻さなかった。
レジへ向かう。
「これ、お願いします」
商品を店員へ渡す。
「プレゼント用でしょうか?」
「はい」
そう答えた瞬間、さっきまで一人で悩んでいた時間が、妙に長かったように思えた。
「ラッピングはどうされますか?」
「お願いします」
「かしこまりました」
店員が商品を受け取り、包装紙を選ぶ。丁寧に包んでいく。紙を折り、角を合わせ、テープで留めて、最後に小さなリボンがつけられた。
「こちらでよろしいでしょうか?」
「はい」
受け取る。
思ったより、ちゃんとしたプレゼントっぽい形になっている。
「……よし」
これで、プレゼントは決まった。
明日は文ちゃんの誕生日。今日中に決めないと間に合わないと思っていたけど、なんとか間に合った。
ラッピングされた包みを眺める。
「……喜んでくれるかな」
少しだけ不安になる。
でも、これ以上悩んでも仕方ない。
俺は包みを鞄へしまった。
「よし」
これで一つ片付いた。
あとは明日だ。
……まあ、明日、渡すときのほうが緊張するんだろうけどな。




