報告書
<イエについての考察>
名称生態不明の生物。
ハルトの家に住み着き、家そのものを変化させて見せる(幻覚)などして住人の認知を歪ませ食らっていた。
仮称イエとする。
**発見の経緯**
大部分は「上池ハルト」の証言による。
最初の聞き取りは応接室にて校長、養護教諭、学級担任の同席のもと当番日で出張していた学校カウンセラーが行った。
ハルトは話している最中相当陰惨な内容であるにもかかわらず感情の乱れや混乱を起こすこともなく気丈であったようだ。
当人が知り得るはずのない情報、理解できないであろう知識(弟の記憶や捕食の状況、イエの生態についての情報など)についても滔々と語り、始終当人らしくない年齢不相応の言葉遣いであった。
登校後すぐに職員室に出向いたハルトは担任を呼び出し「家にはもう誰もおらず、帰ることができない。家族はみんな死んでしまった」と発言。
ハルトの普段とは明らかに違う様子に異常を感じた担任はすぐさま聞き取りを行い相談体制をとった。
確認に訪れた家のリビングで幼児の人骨の一部が発見され警察に通報。
さらに警察による詳細な聞き取りが行われた。
その際のハルトの様子はふだんのやや落ち着きのない姿とは別人のように大人びたものであったという。
のちに人骨はハルトとDNAが一致。
また成長の度合いがハルトの母親の母子手帳(出産の記録はない)から計算し、誕生していたものとして推測した年齢と一致。
ところどころ溶け出したように変質しており、付着していた物質の性質を解析したところ未知の物質であることがわかる。
荒唐無稽に思えたハルトの証言と一致する点が多く見られ、子供の話ではあるが内容には信憑性があると考えられるようになった。
確実に記録、認識されたことを確認するとハルトはつきものが落ちたように言動の大部分を忘却。
家族の記憶をも失っていた。
現在は母方の妹夫妻の元に引き取られ、自らを彼らの一人息子と信じきり生活している。
以下ハルトの言より明らかになったことを記載する。
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**形状**
常態は液体。
空気に触れる部分(体表)を非常に薄く脆い透明な湯葉のような形状に変質させ自在に形を作ることができる。
非常に細かな物質でハルトのケースでは家の外壁に溶け込み捕食対象である住人を包みこんで生活させていた。
家の内側に幻覚作用のある体液を気化させ散布していた。
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**能力1 幻覚について**
幻覚により住人は外界とつながる玄関口や窓に障害の妄想を生じ、外出が困難になる。
住人はそのような状態であることを異常と感じる感覚を失い、日常とみなし生活していた。
実際ハルト一家から外界へ訴えかける行動は一切見られなかった。
幻覚効果は相当の持続性があるか、もしくは脳内の認知機能そのものになんらかの変革を起こすものではないかと考えられる。
どのようにして幻覚を起こさせるのか、その効果がどの程度持続するかについては不明。
現在もハルトは過去の記憶を失った状態を持続している。
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**能力2 捕食について**
消化酵素を含む体液を散布、もしくは食事等によって直接対象の体内に体液を入れることによって溶かし弱らせ、動けなくなったところを菌糸状の糸で溶かしながら体内に取り込み消化している。
消化には数ヶ月を要し、また吸収に人間の成体一体につき四〜五年程度を要すため捕食行動は頻繁には見られない。
吸収の際には栄養を湯葉のような薄い膜で包み一時貯めておく袋のようなものを作る。
体液には消化の他に認知を歪ませる効果があり、住人は薄い膜の膨らみであったイエの一部を母親と認識し、イエの体液をこねたものを料理と疑わず摂取していた。
必要な栄養分を含んでいるのか成長期の住人の発育状態は年齢相応であった。
イエの分泌する体液に含まれる消化酵素は人間の幼生には影響を及ぼすことができない。
証言によると生殖腺の未発達な人間の幼生はイエの消化酵素に対する抵抗物質が分泌され、消化の働きをブロックしているようだ。
抵抗物質の分泌は生殖腺の発達に伴い急激に減少する。
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**補足と憶測**
イエの生態発覚の状況に関して記録者の想像的見解。
ハルト自身が幻覚の状態であったにもかかわらず幻覚状態について分析的に語ったり、イエの体内の状況について感覚的表現が見られたりなど証言時の言動にはハルトの弟自身の記憶(それも胎児から幼児)ではないかという視点が多く含まれていた。
非科学的な見解だが語り手は弟自身であったのではないかと考えている。
しかし、そう仮定しても弟の知能、知識の持ち方は年齢相応とは言いがたい。
イエの体液には記憶知識伝達の機能があり胎児の頃よりイエの体内で育った弟の脳内にそれが記憶されていたとは考えられないだろうか。
また弟の体が人間の形をしていても皮膚が破れ外の世界に適応しなかったように、知能にもなんらかの変容があった。
イエの体液の成分には知能発達させる効果があるのだろうか。
弟は自らの舌をハルトに飲ませることでハルトの体を借りて人間に語りかけ、情報の確実な伝達を確認したのちに消滅した。
そして入れ替えに目覚めたハルトはイエの幻覚作用によるものか、はたまたショックによるものか記憶を完全に失っていた。
弟の目的は人間への警告であったのだろうか。
それともイエによる別の目的があったのだろうか。
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今後も「上池ハルト」の成長、動向の観察を続けイエの生態、目的、人体への影響等の解明を目指すものとする。
記録: 未確認生物研究所 高波瑞樹




