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金曜クラブ  作者: しうちさん
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第七章  学園の平和を求めて

 秘密結社「金曜クラブ」。その本拠地となっている校舎片隅の秘密の部屋には時計も窓もない。いま何時だろう。野沢はふとそんなことを考えたが、麻生晴美がクラブの設立の経緯を話すというので、否が応にも緊張感が高まっていた。

「思い返せば早いものね……」麻生は感慨深げに言った。野沢も、他の幹部も麻生に注目していた。

「クラブができたのは二年前。今でこそ、ほとんどすべての部に会員がいる大所帯になったけど、はじめはたった二人だった」

「桜木高校は昔から生徒の自主的な活動が盛んなことで有名なの。県下有数の伝統校だからOB、OGもたくさんいて、教頭の高山先生や三年四組担任の大山先生も確かここの出身よ。でも、生徒の自主性に任せきりにしているうちに、だんだんとおかしくなっていった。わたしたちが入学したころは、今では信じられないくらい荒れていたの。生徒会の予算を取り合って、大きな部活同士がしょっちゅう衝突していた。野球部、サッカー部、それに剣道部は、利害の一致する部活をそれぞれ傘下に従えて派閥をつくって、学校の覇権を争った」

「その中でもとくに野球部がひどかったわ。うちの学校で一番人数が多いし伝統もある。なにより力が強い。デカブツばっかりだし。反抗する部活の部長やキャプテンを大勢で囲んで脅したり、酷いときには闇討ちにしたりして、力ずくで従わせていた。実際に暴力事件も起きたんだけど、警察沙汰にするほどの被害でもなかったのもあって、すでに野球部の言いなりになっていた生徒会が『伝統ある生徒の自治』を盾にとってもみ消した。問題が表面化しなかったのは、決して学級崩壊までしていたわけではなかったから。だから、先生たちもなかば放置していたの。一種の恐怖支配よね。それなのに、そうまでして手に入れた部費は、陰で部員の飲み食いに使われた。当然のように桜木高校の部活はどんどん力が落ちていった……」

麻生はここで一呼吸置いた。黙って聞いていた佐久間が口を開いた。

「当時は新聞部にも圧力がかかっていたようです。歴代の編集長の記録を読みますと、告発できないように脅されていた節がります」

「あのときが最悪。まさに『暗黒時代』ね」と日高が応じた。「単なる不良と違って、生徒の自主的な活動、その行き過ぎと捉えられたから、誰も手が出せなかったんでしょうね」

 古谷もうなずきながら言った。

「おれなんか野球部が他の部のキャプテンを囲んでるところ目撃しちゃったもんなぁ。さすがに怖くなって逃げちゃったけど。次の朝その人を見たら顔にでっかい絆創膏はってんの。あれにはゾッとしたよ」

 会話が途切れ、一瞬静かになった。麻生が再び話し始めた。

「それを終わらせたのが内海くんよ。内海くんが陰から仕切ってるから、いまはこの学校も平和なの。それに疑問の余地はないわ。内海くんは放送部の活動でいろんな部を回るうちに、学校の状況を知った。本当に必要な部活に予算が行きわたらずに、とくに実績がなくても、抗争に勝った部やそこに従順な部にばかりお金がまわり、そのお金の多くが実は部員の飲み食いに使われている。どうにかしなければ、と思ったけど、そのとき内海くんは一年生。一人では何もできなかった。だから、内海くんは同じ志を持つ仲間を集めていった」

「わたしも当時、腐敗した生徒会をどうにかしたいと思っていたけれど、事務局に入ったばかりの一年生じゃあ、どうにもできなかった。内海くんたちが声を掛けてくれた時も、諦めてた。でも内海くんは、野球部や他の運動部が権勢を誇っているのは、その人数が多いからだ、数で勝れば状況は改善される、とわたしに言った。最初は半信半疑だったけど、何もしないよりはと思って、内海くんとともに行動するようになった」

「千鶴やまさみ、古谷くんや滝口くん。最初はわたしたちと同じ当時の一年生から少しずつ仲間を増やしていった。最終的に、当時の生徒会事務局で次長だった大木先輩をクラブに引き入れることができた。おかげで、ほとんど機能しなくなっていた生徒会をわたしたちが動かせるようになった。内海くんは説得や部費の交渉をして、どの部活にも人数と必要性に応じて公平に予算を分配する代わりに、友人としての協力を求めた。そして、独立志向が強くてばらばらだった文化部を、結束させることに成功したの。所属する人数では校内最大のグループよ」

「文化部連合として人数を確保するのと同時に、わたしたちは情報も収集した。野球部の陰で部費を乱用していた部活の弱みを握ったり、実際にどんな不正が横行してきたかの証拠をつかんだり。時には……そうね、滝口くんが内海くんの後ろに控えて脅しまがいに迫ったりしたこともあったけど……。その過程で内海くん自身もかなり危ない目に合ってきたわ。動いていたのは生徒会だけど、その裏に内海くんの存在があったことは当時から公然の秘密だったから、闇討ちに合いそうになったことも一度や二度じゃない」

「半年以上かかって準備をしてから、内海くんは生徒会に働きかけて生徒総会を開かせた。野球部の横暴を食い止めるために、敵対していた二つのグループと一時的に協力関係を作った。そして総会で野球部の不正を糾弾した。野球部予算の大幅な削減と、運動部・文化部関係なく、公平な予算の分配を求める動議を提出したの。もちろん野球部は抵抗したけど、わたしたちは全校生徒の三分の二の人数を確保できていたから、動議は難なく可決できた。それに野球部が陰で予算を飲食に使っている証拠も出して、とうとう野球部を抑え込むことができた。すべては表向き生徒会の主導で行われたけど、野球部の恐怖支配から解放した内海くんの名前は全校に知れ渡った」

「それ以来、内海くんはこのクラブを率いるボスとして、文化部連合の盟主として、学校の事実上の支配者、人呼んで『桜木の帝王』と呼ばれるようになったってわけ」

 麻生が語り終えると、部屋に静寂が訪れた。

野沢はいま自分が聞いた話が信じられなかった。映画の観すぎでちょっと頭がおかしくなったのかと思うほどだった。ここは本当に高校か? 京田先生に内海の話を聞いた時と同じように、またしても野沢の思考回路はショート寸前だった。何もかも信じがたいことだったが、今現在、内海が率いる秘密クラブの幹部を前にしてしまっては、とうてい疑う気持ちはわいてこなかった。だが、これではっきりした。内海は反目しあっているグループの何者かに無実の罪を着せられたのだ。野沢は確信した。

「そういえば」麻生の思い出話を聴いて感慨に浸っていた佐久間が思い出したように言った。

「滝口くんと青野くんがまだ来ていませんが……」

 古谷と日高が不安げに麻生の方を見た。麻生はしばらく黙っていたが、ため息をついてから佐久間を見返した。

「来ないわ」

佐久間の眉根がキュッと寄った。

「滝口くんと青野くんは二人とも、土曜日からケガで入院してるもの」

「ケガで入院?」日高が甲高い声で復唱した。「なんで?」

「滝口は柔道部だから、これまでにも脱臼やら脳震盪を起こしたことがあったけど、吹奏楽の青野までどうして?」古谷も不審げに言った。

 麻生は深刻な表情で佐久間、古谷、日高へと視線をうつし、重々しく言った。

「青野くんは頭を強く打って、まだ意識が戻ってないわ。命に別状はないらしいけど。土曜の夜に、グラウンドに降りる階段の下で倒れてるのを見回ってた熊倉さんが見つけたそうよ。滝口くんは今朝早く、わたしに連絡をしてきた」

 麻生はここで一旦言葉を切った。眉間に深いしわが寄っていた。

「『背後から何者かに襲われて、階段から突き落とされた。内海くんにも危害が及んでいるかもしれないから、警戒するように』って」

 佐久間と日高が目を見開いた。古谷は微動だにしなかったが、険しい顔をして「滝口は黒帯を持ってるだろ? たしか初段だったはずだ」と聞いた。

 たしかにそうだ。野沢は記憶をたどった。滝口努は見るからに屈強そうで、聡史は彼が柔道部の副主将だと言っていた。腕も立つし頭も切れる部のまとめ役だそうだ。内海憲隆とは幼なじみで、二人が並んで立つ姿を野沢が見たときは、まるで内海のボディーガードのようだった。内海が滝口を従えて迫ればさぞ迫力があることだろう。クラブの勢力拡大の過程で、その腕っぷしが役立ったであろうことは想像に難くない。

麻生が説明を続けた。

「襲われた時の詳しい状況はまだ……。とにかく、わたしはすぐに内海くんに連絡した。そのとき内海くんは何ともなかったんだけど……」

「学校では別の事件が起こっていた、と」古谷が麻生の言葉を引き継いだ。

 再び部屋に静寂が訪れた。外では風が吹いてきたらしく、校庭の木々がざわざわと音を立てるのが聞こえた。日高が他の面々を見ながら遠慮がちに言った。

「襲撃と貼り紙……偶然?」

 麻生は暗い顔で日高に向き直り、首を横に振った。

「違うと思うわ。滝口くんの襲撃。青野くんの方は、原因がまだわからないけど、たぶんこれも襲撃。そして内海くんへの告発。これ全部、わたしたち『金曜クラブ』をピンポイントに狙ってきたものだと思う。上層部ばかり計画的に」

 古谷が首を傾げながら「『頂上壊滅作戦』ってやつ?」と言った。

「たぶん」麻生も確信があるわけではないようだった。「青野くんは幹部の中では唯一の二年生で、内海くんと頻繁に接触してたからよく目立った。滝口くんは内海くんの護衛を買って出てたから、内海くんが断るのも聞かずによく行動を共にしてた。幹部として特定はされやすい」

「でも」佐久間が口をはさんだ。「内海くんと接触している頻度からすれば、私や晴美さんのほうが多いと思いますけど。別に襲われたかったわけではありませんが……」

 野沢は一週間の記憶をたどってみた。内海と一緒にいるときに接触してきた幹部は、ほとんどが麻生だった。佐久間は一週間のうち三回ほど廊下で立ち話。古谷は一回だけ、文芸部の文集の打ち合わせと言ってやってきたことがあった(内海は審査委員会に短歌を出品しているらしい)。日高は二回。滝口と青野を野沢が見かけたのは一回だけだった。確かに佐久間の言う通り、内海との接触頻度から言えば狙われる可能性があるのは麻生と佐久間ということになる。しかし麻生はまた首を横に振った。

「そうじゃない。わたしは生徒会、千鶴は新聞部。立場上、内海くんと頻繁に接触しても不自然じゃないわ。それにわたしは、生徒会の中では表向き内海くんに批判的な態度をとるようにしてるから。念のためにね。でも、文化部でも直接の接点がない吹奏楽部や、まして運動部の人間がやってくれば、どうしても目立ってしまう。わたしたちクラブの人間を陥れようと誰かが監視していたのなら、あり得なくはない」

「でも、いまさら誰が?」と日高が言った。「こんな実力行使に出るような生徒、もういないと思うけど」

 それを聞いて古谷が意見を述べた。

「順当に考えれば、内海くんに一番恨みを持ってるのは野球部だけど、あいつらにはもうそんな力はないだろうし」古谷はツンツン立てた髪を無意識に触っていた。「サッカー部も結果として予算が減らされたから不満を言う連中もいるらしいけど、実力がないから反乱を起こすまでには至っていない……」

「あ、でもほら、野球部の二年の、なんて言ったっけ、神谷っての? その子はかなり過激な発言をしてるって聞いたけど」と言う日高に、佐久間がうなずきながら応じた。

「そうですね。神谷英夫。野球部のエースです。最近の新聞部の取材でも過激な発言が目立ちます。桜木高校野球部が久しぶりに県大会で準決勝まで進めたのは自分の力があったからだと。それなのに部の待遇が悪い、と不満を述べています。もちろん実力もあるので部の中で一定の支持を得ているようですから、強硬派と言ってもいいかもしれませんね」

 それを聞いて麻生が意見を述べた。

「確かに、ここ最近、野球部に不穏な動きがあることは内海くんも感じていたわ。今の主将の飯塚くんは野球部の没落を一番身近で見てきたから、内海くんへの恨みは強いでしょうし……」

 麻生は少しのあいだ黙り込んだが、幹部たちを見まわしながら言った。

「まぁとにかく、みんなは全会員に情報を集めるように伝えて。ただし、幹部と特定されないように行動は今まで以上に慎重に。相手は平気で暴力を使ってきてるから、みんな、充分に警戒してちょうだい」

 幹部一同がうなずいた。それを合図にしたかのように、古谷と日高が立ち上がり、部屋を出ていった。

 麻生と佐久間は座ったままそれを見送り、野沢はどうしたらよいか分からず、もじもじしながら座っていた。そこへ麻生が野沢に話しかけた。

「どうだった? 学校を裏から取り仕切る秘密クラブの会合に参加してみたご感想は?」

 会議を仕切っていた時のきびきびした口調ではなく、もっと穏やかな、人間味のある聞きかただった。野沢は何か話そうにも言葉が見つからず、黙ったまま麻生の顔を見て、それから佐久間に視線を移したが、二人とも無表情だった。

 数秒の気まずい沈黙のあと麻生が再び切り出したので、野沢は麻生に注目した。麻生は少し微笑んでいた。

「野沢くんには悪いと思ってるわ。学校の事情も、部活の力関係も知らずに部に飛び込んだだけなんだもの。でもこうなってしまった以上、野沢くんの力を借りたいの」

 野沢はまたどう言ったらいいか分からず、また麻生から佐久間へ視線を移すと、佐久間は飽くまでも丁寧な口調で野沢に話しかけた。

「私からもお願いいたします。内海くんが自由に動けない今、この学校の平穏は、とても危ういバランスの上に成り立っています。これからは何がきっかけとなって部活同士の対立が再燃するかわかりません。どうぞ、力をお貸しいただけませんか」

 野沢はうつむいた。今までの人生で、自分がこれほど必要とされたことはなかった。これまでの孤独な学校生活からはあり得ない展開だが、ここまで来たらもう乗りかかった船だ。それに、野沢は内海の部活の後輩として、先輩の潔白を証明する義務があるように思われた。内海とはまだたった一週間の付き合いだが、野沢にはどうしてもポスターの内容が信じられない。野沢は麻生と佐久間を交互に見ながら話し始めた。

「内海さんはぼくの先輩です。ぼくも、後輩として、先輩の名誉を取り戻したいと思っています。ぼくでお役に立てるのなら……」

 野沢はここでいったん言葉を切り、深く息を吸い込んだ。次の台詞が、今後の自分の学校生活を決定づける気がした。

「よろしくお願いします」

 野沢は二人に向かって頭を下げた。

これで引き返すことはできなくなった。心臓は早鐘を打ち、どんどん深みにはまっていくのを肌で感じた。何の因果か放送部に入ってしまった時点で、平凡な高校生活を思い描くなど愚かしいことだったのだ。野沢はいまさらながら気がついた。しかし、不思議と後悔はしていなかった。

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