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金曜クラブ  作者: しうちさん
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第六章  金曜クラブ

 一日の活動を終え、野沢はのろのろと放送機材を片付けていた。まったく軽音部の練習は毎度毎度やかましくてしょうがない。野沢はいまだに耳の奥がジンジン鳴っている気がしていた。

 今年の軽音部は特にヘヴィメタ志向なので、内海自身が先週「勘弁してほしいよね」と野沢に打ち明けたほどである。上手いならまだしも、ろくに楽器を弾きこなすこともできていないのだから、練習に付き合う内海と野沢はほとほと閉口していた。今日はまた、バンドの中で音楽の方向性の違いやら詞の解釈やらで途中から議論になり、いつもより練習が長引いた。ようやく解放された時には外はもう暗くなっていた。

 野沢は椅子に座り、ため息をついた。デスヴォイスとシャウトの応酬で唾だらけになったマイクを消毒アルコールで拭いていた時、七時のチャイムが鳴った。定時制の中休みの時刻だった。定時制の始業は夕方だが、最終が遅い時間なのでチャイムは校舎の中にだけ流されている。

 チャイムが鳴り終わると同時に、放送室の戸がノックされた。さっきまでの倦怠感がふっとび、野沢は一気に緊張し、立ち上がった。内海のメモにあった時刻だ。野沢は少し上ずった声で戸の外に呼びかけた。

「どうぞ」

 戸を開けて入ってきたのは、ショートボブの髪型にメガネをかけた女子、麻生晴美だった。三年生で、生徒会の事務局次長。入学以来、長らく生徒会活動を裏方として支えている生徒会の屋台骨。生徒会長以下の役員は選挙のたびに新たに任命されて入れ替わるため、現在では役員以上の影響力を持っていると言われる校内の実力者らしい、と聡史が言っていた。

 麻生は一瞬、放送室でマイクを片手にバカみたいに突っ立ている野沢を、上から下へ、また下から上へとじろりと見た。

「きみが野沢くん?」

 すっかり萎縮した野沢は、麻生の質問におどおどしながらうなずいた。麻生はしばらく鋭い視線で野沢を射すくめていたが、やがて靴を脱いで敷居をまたぎ、後ろ手に戸を閉めた。

「わたしが何の用事で来たか、わかる?」

 一瞬、野沢の脳裏に様々な場面が細切れになってよみがえり、フラッシュバックするようだった。京田先生の話、廊下のポスター、部活中に他の生徒とひそひそ話す内海……。しかし野沢は首を横に振った。麻生は首を少し傾げ、メガネがキラリと光った。

「『金曜クラブ』って、知ってる?」

 野沢はドキリとした。どうしよう。ここは正直に答えるべきか。野沢はうなずいた。

「内海くんから?」

「え、あの、京田先生から……」

「そう」

 しばしの間、沈黙が訪れた。麻生は野沢から目を離し、次にどう話したものか思案していたが、唐突に本題を切り出した。

「自宅待機になる前に内海くんと少し話す時間があったんだけど、そのとき内海くんは、放送部の後輩の野沢くんにすべてを話して、協力してもらうようにと言っていた。わたしはてっきり、内海くんからきみに、もう説明してあると思ったんだけど……」

 野沢は動揺した。内海は「金曜クラブ」について全く何も言わなかったし、そもそも野沢の方はクラブに関わるつもりなどもとよりなかった。現状、野沢が力になれるようなことは何もなさそうだった。


 麻生晴美は黙ったまま、目の前に座っている完全にうろたえた様子の男子を観察しながら、さきほど確認してきた「金曜クラブ」のデータベースの情報を頭の中で反芻していた。

 野沢宏幸、一年三組。ついこの間たまたま放送部に入部した男子。成績は飛びぬけて高い英語をのぞいてどれも平均並みかそれより少し上。趣味は映画観賞。特筆すべき事項、特になし。言っては悪いが、平凡を絵にかいたような生徒だ。

 麻生はクラブ創設時からずっと最高幹部として内海を支えてきた。それだけに、内海ほどの人脈を持つ生徒がどうしてこの窮地に限って、こんな一年生を迎え入れようとしたのか不思議だった。「金曜クラブ」は設立以来どんどん勢力を拡大し、今や会員となることは優等生の証明と言われるまでになった。人材には事欠かない。校内に巨大なネットワークを持つクラブの面々よりも、この野沢宏幸は重大な情報を握っているのだろうか……。

 そこまで考えて麻生は、しかし、と思い直した。何と言っても内海の直感はほとんどいつも正しいのだ。まだ様子を見るだけで構わない。とりあえず、麻生は内海の指示に従うことにした。

「いいわ。一緒に来て」と言うなり、麻生は放送室の戸を開けて自分の靴を履いた。

「さあ、はやく」

 立ち尽くしていた野沢は握ったままだったマイクを慌てて片付け、麻生のあとに従った。

「鍵」

 麻生の指摘で野沢がもたもたと鍵を取り出して施錠するのを待ってから、麻生はすたすたと歩きだした。野沢は急ぎ足で追いかけた。

 二人は無言で廊下を歩いた。どの部活もほとんど終わりかけているらしく、グラウンドからは何の声も聞こえなかった。校舎にも人の気配がない。野沢ははじめ生徒会室へ連れていかれるのかと思ったが、どうやら違うらしい。麻生は途中で階段を下り、一階の北側へ向かった。教室のある方向とは反対側で、野沢はこちら側にはほとんど来たことがなかった。たしか、空き教室が二、三あって、そのどちらも現在は物置のように使われているはずだった。

 麻生は一番奥の部屋の前へ野沢を連れて行った。そこは奇妙に幅の狭い部屋で、普通の教室の半分程度しかなかった。プレートには剥がれかけた字で「ゼミナール室」とある。なんだか、余ったスペースをむりやり教室の体裁にしたようだった。麻生は迷わず戸を開け、中に入った。野沢も後に続いた。中は暗かった。教室の片側の壁には授業ができるように黒板があったが、不思議なことに反対側にはステージの奥にあるような暗幕が掛かっていた。麻生は奥まで歩いていき、端をめくった。それを見た途端、野沢は驚いて「あっ」と声を上げた。

 ドアがある。奥にまだ部屋があるのだ。

 しかし、と野沢はふと疑問に思った。さっきこのゼミナール室に入るとき、廊下の端の壁まで来たはずである。それなのにここにドアがあるということは、この先にさらにスペースがあることを示している。どういうことだろう……。

 そんな野沢の疑問を見透かしたように麻生が言った。

「ここは、十五年前に校舎が建て替えられたとき、業者の設計ミスでできたスペースなの。当時は結構有名だったみたいだけど、今じゃ知ってるのは用務員の熊倉さんと、ごく一部の先生、それから……」麻生はここで一呼吸おいた。「わたしたち、『金曜クラブ』のメンバーだけ」

 野沢は戦慄して目を見開いた。つまり、この奥の部屋が「金曜クラブ」の会合場所。野沢はクラブの本拠地に連れてこられたのだ。

「よほどのことがない限り、ここは使わないわ。いちいち一か所に集まってたらメンバーの面が割れてしまって、クラブの秘密は守れない」

 そう言いながら、麻生はポケットから鍵を取り出し、ドアの鍵穴に差し込んだ。ガチャリと音がして鍵が開いた。麻生はドアを押し開け、脇に寄って野沢を先に通した。野沢は慌てて中に入った。後から麻生が入り、ドアを閉めた。一瞬、真っ暗になったが、麻生が電灯のスイッチを入れた。

 中はさっきのゼミナール室よりもさらに幅の狭い、縦長の部屋だった。窓のない殺風景な部屋で、真ん中に長方形のテーブルがあり、その周りに椅子が何脚か並んでいるだけだった。一番奥の椅子だけ他より背もたれが高い。きっと内海の椅子だ。野沢はとっさに確信した。麻生は手近な椅子に座った。

「とりあえず座って」野沢は恐る恐る、麻生の向かいに座った。

「わたしたちの秘密の場所を教えたことで薄々わかってると思うけど、内海くんはきみをクラブに迎えるつもりだったの」野沢は自分の心拍数が一気に上昇するのがわかった。

「本来なら内海くん自身がきみをここに呼んで、すべてを話すはずだったんだけど、予想外の事件が起こって……」麻生は言いながら、少しのあいだ目を伏せた。

「いずれにしても、今はクラブにとってもこの学校全体にとっても非常事態だわ。内海くんはしばらく表立って動けないから、そのあいだ野沢くんは放送部を平常通り運営してちょうだい。わからないことがあったらわたしに聞けばいいから」

 野沢はうなずくことしかできなかった。なにかとんでもないことに巻き込まれつつあるのをひしひしと感じていたが、今回の事件の全容を知るためにも麻生のそばにいるのは好都合なのだ、と自分に言い聞かせることにした。

「さて」麻生が急に事務的な声で言った。腕時計を見ている。「もうすぐ幹部が集まるわ」


 麻生から「そのまま座ってて」と言われたので、野沢は「金曜クラブ」の幹部が続々と部屋にやってきて、三々五々椅子に座るのを大人しく見ていた。長い髪を後ろで束ね、しずしずと部屋に入ってきた佐久間千鶴。髪をツンツン立てている古谷公平、ポニーテールの日高まさみ……。

 日高まさみは椅子に座るなり、真剣な表情で口を開いた。

「ただごとじゃないわね」

「今朝の事件だろ? 誰がやったんだろう。いろんな噂が飛び交ってる」と古谷公平が神妙な面持ちで応じた。

「それから……」日高はそう言いながら、遠慮がちに佐久間を見た。それを察した佐久間が深々と頭を下げ、釈明した。

「号外の件は、本当に申し訳ありません」

 佐久間は目にかかった前髪を優雅に払った。動作の一つひとつに気品がある。聡史が言うには、佐久間家は江戸時代中期から続く商家で、現当主の佐久間成親は市議会議員でもある。佐久間家の屋敷は野沢の家の近くにあるので、野沢自身もよく知っていた。いわゆる成金と違って、教養と品位をそなえた本物の富豪である。

「編集長の強権を発動して号外を差し止めることもできたのですが、そうするとクラブ全体に累が及ぶ可能性があると思いまして……」

「今回は仕方ないわ。妥当な判断よ」麻生が擁護した。「下手に動けばわたしたちがポスターの事実を認めてしまうことになりかねないわ」

 全員が押し黙った。野沢は黙ってやり取りを見ていたが、どうしても当事者に直に問い質したいことがあったので、ありったけの勇気を振り絞って発言した。

「あの……」野沢の声に全員が振り向いた。いきなりスポットライトを当てられたような気になり、野沢はじわりと汗をかいたが、息を吸い込み、聞いた。

「あの、あれ、あのポスター、ほんとに嘘なんですよね?」

 麻生のメガネがギラリと光った。

「嘘に決まってるでしょっ!」麻生の声が鞭をふったようにピシャリと響き、野沢はびくっとして縮こまった。「内海くんはこの学校のことを誰よりも愛しているのよ。誰よりも!」

「晴美さん、落ち着いて」麻生の隣に座っていた佐久間がなだめるように言った。麻生は一度大きく深呼吸してから低いトーンで言った。

「ごめんね。ちょっと気が立ってて」麻生は、すっかり萎縮している野沢に向かって詫びた。「あの告発文を書いた人は、噂以上のことは何も知らない。もちろん内海くんはこのクラブのボスだし、各部活の情報を集めて、生徒会に影響を及ぼしていることは確かよ。でも、内海くんは生徒会の意思を尊重しているし、力ずくで事を運ぶのをきらってるわ。生徒会費の流用なんて、でたらめもいいところよ」

 麻生の発言に幹部全員がうなずいていた。野沢は後悔していた。自身が内海を信用しきれていないこともそうだったが、そんなことを内海が信頼する面々が集まる場で聞くべきではなかったのだ。

「でも、きみ勇気があるね」古谷公平が野沢を見ながら言った。野沢が見ると、古谷の顔は笑っていた。聡史の情報によれば、パンクな見た目に反して古谷は純文学志向で、文芸部が毎年発行する同人誌『さくら』の編纂では、投稿作の中から掲載作品を決める審査委員の一人らしい。

「こんな学校の秘密同盟にいきなり連れてこられてるのに、よくそんなにストレートに聞けるよ。おれなんか最初、内海くんから誘われた時マジでビビったもんね」

 この古谷の言葉に日高が応じた。

「だよねー。しかも生徒会の裏ボスの晴美に向かってねー」

 古谷と佐久間が笑った。日高まさみは家政部と科学部を掛け持ちしているにもかかわらず、どちらの部でも定期的に作品を発表しており、料理のレシピや編み物、パッチワーク、CG作品などが校外のコンクールなどで高く評価されている。気さくな性格もあって、多くの女子から「桜木のカリスマ女子」と呼ばれ崇められている。沙紀も時々日高から編み物の指導を受けていると言っていた。

「もう、『裏ボス』って言わないの!」麻生は日高に向かって顔をしかめながらも、口元が笑っていた。

 佐久間は上品に微笑みながら、麻生に提案した。

「どうでしょう、晴美さん。これからのこともありますし……」

「そうね。いい機会だから教えてあげる」すっかり恐縮した様子の野沢に向かって、麻生が話しかけた。

「内海くんがなぜこのクラブを作ったか、これまで何をしてきたか」

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