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金曜クラブ  作者: しうちさん
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第五章  呼び出し

「放送部・内海憲隆 自宅待機へ

 生徒会費 私的流用疑惑」


 自宅待機? 野沢は慌てて内容を読んだ。

「今朝の『貼り紙事件』を受けて一時限目に急きょ招集された職員会議は、当面の措置として、内海憲隆(3‐4、放送部)の自宅待機を決定した……中尾校長は今回の決定を、告発に基づく処罰ではなく、全校生徒に無用な心配をかけないための措置であるとし、告発を真に受けたわけでも内海自身に嫌疑がかかっているわでもない、と強調した……」

 記事はまだ続いていたが、もう読まなかった。吐きそうだった。校長がどう言おうと、内海に疑いがかかっているのは確実のようだ。だからこそ、これほど早く結論が出されたのだ。内海個人が私利私欲のために動いていたとは思い難いが、「金曜クラブ」の活動に不健全なものがあったとしても不思議はない。内海は限りなく「クロ」なのだ……。

 野沢は席に戻った。クラスメートの何人かはその様子を目で追った。野沢はその視線が嫌だった。聡史はまた野沢の後をついてきた。聡史は野沢が自分の椅子にドサリと座り込むのを見ていたが、出し抜けに言った。

「あれ、嘘だと思う」

 野沢は、聡史の言ったことがとっさに理解できず、聞き返した。

「えっ?」

 聡史はゆっくりと椅子に座ってから繰り返した。

「あれ嘘だ。おれ、あの人のこと知ってるもん」

 野沢が困惑の表情を見せていると、聡史が説明した。

「うちの映画館によく来てるよ」

 納谷聡史の父親は、商店街の映画館「ライオン座」の館主だ。御多分に漏れず経営は苦しいようだが、昨今の超大作ばかりを上映するのではなく、過去の名作と言われる作品を普段から数多く上映しており、近所の映画ファンを中心に客の入りは悪くない。野沢はそこの常連で、ほぼ毎週末を「ライオン座」で過ごしているほどのヘビーユーザーだ。しかし、野沢は内海の姿を映画館で見かけた覚えがなかった。

「ああ、ざわっちは知らないだろうね」聡史が解説した。「あの人は来るといつも一番後ろの席で観てるから。ざわっちは真ん中の列で観てるでしょ? おれは映写室から観てるからわかるの」

 なるほど、と野沢は納得した。幼いころから通い詰めているので、野沢は客席のどこが観やすいか熟知している。「ライオン座」の場合、全十二列あるうち後ろから五列目の真ん中の席が画面全体を見渡すことができ、なおかつもっとも反響が良い。野沢だけが知る特等席である。内海が常に最後列に座っていたのなら、野沢が気づかなかったのも道理だ。

「それで?」

「あの内海って人、あのポスターに書かれてたようなことは絶対しない」

「なんで?」

「映写室ってところはね、客席の様子が手に取るようにわかる。おれは生まれた時からあそこにいるから、映画の観方でその人の性格はわかるもんなの」

 それだけ言うと、聡史は弁当の続きを食べ始めた。野沢はそれを見つめた。

 つっけどんな言い方だったが、野沢は聡史の言葉がうれしかった。完全に聡史の独断ではあったが、少なくとも友人が内海の潔白を信じてくれているのを知って、いくらか救われた思いがした。そうだ、後輩のぼくが信じないでどうする。疑惑はどうあれ、間近で見た内海は横領などするような人物ではなかった。それだけで充分だ。そう思うと少し気が楽になった。

 今回の事件はどうにも不可解なことが多い。どうやら調べてみる必要がありそうだった。


 放課後、放送室の前に行くと、戸口に内海の靴はなかった。それも当然で、内海は今日の放課後から自宅待機になった。噂では内海の所属する三年四組がクラス全員の署名とともに決定の撤回を求める嘆願書を出したものの、校長がすげなく却下したらしい。今日からしばらく野沢が一人で部を切り盛りすることになる。いつもは内海が先に来ているので、野沢は放送室の鍵を持っていない。しかたがない。鍵は増山先生から借りてこよう。野沢は職員室へ向かった。

 職員室の前の廊下では、用務員の熊倉さんが例のポスターを一枚一枚はがしていた。大きな禿げ頭と後頭部に少しだけ残った白髪が、窓からの午後の陽ざしで光っている。熊倉さんは桜木高のOBであり、この学校の生き字引である。生徒たちを自分の孫のようにかわいがり、校舎を自分の身体のように大切にしていた。後ろを通り過ぎるときに見えた熊倉さんの横顔は、とても悲しそうだった。

 職員室の中は様変わりしていた。普段の職員室は開放的で、入り口からすべての先生の机が見渡せるようになっているのに、いまは入ってすぐのところについたてが置かれ、生徒が奥まで入れないようになっていた。聞いた話では、このパーテーションは定期試験の時に生徒の出入りを制限し、問題の流出を防ぐために置かれるらしいが、今は試験期間ではない。野沢は不思議に思いながら、ついたての横から顔を出し、ちょうど通りかかった担任の京田先生を呼び止めた。

「え? 増山先生? こっちでは見てないわよ。物理準備室じゃない?」

 「黒髪のマリリン」こと増山麻里子先生は物理の教師なので、物理教室の隣の準備室にも自分のデスクがある。野沢は窮屈な職員室を出て別棟の奥にある物理教室へ向かった。

 桜木高では物理と生物は二年生からの履修になっているので、野沢はまだ物理教室に行ったことがなかった。別棟には音楽や美術などの特別教室もあるので場所は知っていたが、多くの一年生にとって、妙な薬品のにおいのする生物教室や、意味の分からない実験器具のある物理教室は得体のしれない場所だった。

 物理準備室に着いた。生物教室と違ってさすがに薬品のにおいはしないが、ここまで奥に来ると部活の声もほとんど聞こえないので少し心細い。

 野沢は戸をノックした。一瞬の静寂。返事を待つ間、遠くの方で野球部の掛け声が聞こえた。

返事がない。

もう一度ノックしたが、やはり返事はなかった。留守かな、と思いながらも野沢が取っ手を引くと、戸が動いた。鍵は開いている。

「失礼します」

 野沢が戸を開け中をのぞくと、準備室にはやはり誰もいなかった。出直して事務室から鍵を借りて来ようかと戸を閉めかけたとき、すぐ脇のデスクが目に入った。増山先生の机らしい。ふと、机の上に鍵とメモ書き、それに何やら封筒が置かれているのが目に入った。封はされていない。鍵には「放送室」とタグが付いている。メモは野沢宛だった。


「野沢君へ

  放送室の鍵を置いておきます

  終わったらまた机の上に置いといてね

  内海君から言伝の封筒も預かっているので

  一緒に持って行ってください

                      まりこ」


 野沢は封筒を取り、鍵をポケットにしまった。なんとも不用心な話だが、そこが増山先生らしい。ものぐさな性格が災いし、うわさでは生徒の成績管理や備品の扱いでしょっちゅう事務方から注意されているらしい。

 放送室へ向かって歩きながら、野沢は封筒から内海のメモを取り出して読んだ。メモには、今週と連休、それに来週までの放送機材の貸し出しと活動の予定が箇条書きで書かれていた。とりあえず今日は軽音部のステージ練習に音響として参加することになっている。連休中は特に活動予定はないらしい。来週の予定にざっと目を通していた野沢はふと、メモに二枚目があるのに気づいた。何だろうと思いながらちらりと見た瞬間、野沢ははたと立ち止った。心臓の鼓動が急に速くなった。

「今日  七時  放送室」

 たった三つの言葉が並んでいるだけで、他には何もなかった。だが、野沢はその言葉から、何か逃れられないものが迫ってくるような気がして、ひと気のない廊下で一人、身震いした。


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