第三章 セレスト村1
翌朝、
リーはまだ日が昇りきらぬうちにたたき起こされた。
心なしか、桃花のテンションが高い気がする。
目もぎらついている。
眠れなかったのか?
とにかく村に急いでいかないと。
地図を見てもやはり距離感がわからないが、
これだけ早く起こされたことを考えると、
かなり遠いのだろう。
そうして朝焼けが美しい時間帯、
二人は再び歩き出した。
山道を抜け、
林を越え、
昼前、
ようやくそれが見えた。
《セレスト村》
のどかで穏やかな村。
石造りの小さな家々が立ち並ぶ。
少し乾燥しているので牧畜が盛んな地域である。
小さな角が生え、たれ耳を持つ大型の動物がたくさんいた。
牛のように見えるのだが、
牛にしては筋肉がつきすぎている。
家畜の鳴き声以外には、
小川の流れる音と
草木の風になびく音しか聞こえない。
静かな村だった。
ビャクロとは正反対。
時間の流れまで違うように見える。
リー・テンは少し肩の力を抜いた。
「平和そうだな。」
「でもこういう場所ほど油断しちゃ駄目なのよ。」
桃花は周囲を観察している。
癖なんだろう。
村へ入ると、空気が少し張っていることに気づいた。
人が少ない。
それに皆、どこか不安そうだった。
ギルド依頼書を見せると、
村長らしき老人が出てきて深く頭を下げる。
「来てくださったか……!」
「ゴブリンで困ってんだろ?」
リー・テンが聞く。
老人は頷く。
「数少ない畑が荒らされているんです。家畜も何頭か……。」
「数は?」
桃花が聞く。
「見かけたのは六、七ほどです。」
リー・テンは少し安心した。
思ったより少ない。
だが、桃花はまだ険しい顔だった。
「巣は?」
「森の方かと……。」
「『かと』?」
老人が言葉に詰まる。
嫌な沈黙だった。
「……夜になると、森へ近づけんのです。」
リー・テンは眉をひそめる。
「なんで。」
村人たちが顔を見合わせる。
そして、小声で言った。
「……鳴き声が、増えた。」
「増えた?」
「ゴブリンだけではない気がするんです。」
桃花の目が細くなる。
リー・テンも少し嫌な予感がした。
その日は、村で休むことになった。
長距離移動の直後に森へ入るのは危険。
桃花の判断だった。
リー・テンは正直助かった。
疲労がかなり溜まっている。
重い斧を背負い続けたせいで、
肩もバキバキだ。
村の空き家を借り、荷物を置く。
簡素な部屋、
木の机、
藁の寝床。
でも十分だった。
リー・テンは床へ座り込む。
「……田舎って落ち着くな。」
「あなた元々田舎育ちでしょう。」
「まあ。」
都市とは違う、穏やかな雰囲気が懐かしかった。
村を見ると、少し昔を思い出す。
そのたびに胸の奥が妙に重くなった。
だからリー・テンは考えないようにした。
夜、
二人は机を挟んで座っていた。
机上には
紙、
簡単な地図、
ランタンがある。
作戦会議だ。
桃花が森の地図を指差す。
「ゴブリン相手で一番危険なのは数。囲まれると苦しい戦いになるわ。」
リー・テンは頷く。
それはスライム戦の頃から理解していた。
一対一なら何とかなる。
でも囲まれると終わる。
「だから巣を見つけても絶対に突っ込まない。まず数の確認、逃走経路確保、地形把握。」
リー・テンは顔をしかめる。
「面倒だな。」
「死ぬよりマシ。」
正論だった。
桃花は続ける。
「あと、ゴブリンは弱いけど頭は回るし罠も使う。夜襲をすることもあるし、武器も扱えるわ。魔法を使う個体がいたら優先的に倒すべきね。」
リー・テンは少し驚く。
もっとただの雑魚だと思っていた。
「魔物って、思ったより賢いんだな。」
「生き残ってる種はね。」
――桃花がふと聞く。
「怖い?」
リー・テンは少し黙る。
それから、
「まあ。」
正直に答えた。
すると、桃花は少しだけ笑う。
「なら大丈夫。怖がれなくなったら死ぬから。」




