第二章 ビャクロ4
翌朝、
リー・テンはギルドの掲示板の前で唸っていた。
依頼書が多い。
多すぎる。
紙が何重にも貼られているせいで、何が何だかわからない。
「字ちっさ……。」
桃花が横から覗き込む。
「読めないの?」
「いや、読めるし。」
リー・テンは即答した。
数秒後、
「……たぶん。」
桃花が吹き出す。
「まあ、普通に生きていれば、日常生活でこんな言葉は使わないものね。」
実際、リー・テンは読み書きがそこまで得意ではなかった。
村では必要最低限しか使わない。
共通文字は、地域ごとに特徴があるうえ、
同じ単語でも地域によって微妙な意味が違ったりする。
そのため、専門用語が混ざるとかなり怪しくなる。
リー・テンは適当に依頼書を剥がす。
「これ。」
桃花が見る。
『セレスト村近郊におけるゴブリン群出没のため討伐依頼』
「ゴブリンならまあ初心者向けね。」
「だろ?」
「ただ――」
桃花が地図を見る。
そして、少し黙る。
「遠いわよ。」
「え?」
リー・テンも地図を見る。
……わからない。
地図上ならすぐ隣にあるように見える。
「……これ近くじゃねぇの?」
「丸一日。」
「は??」
桃花は笑いを堪えていた。
だが受けてしまった以上、取り消すのも面倒だった。
報酬も悪くない。
それに、少し遠出するのも悪くない気がした。
「まあいい。行くぞ。」
昼前、
二人はビャクロを出た。
山岳都市特有の重い熱気が、少しずつ薄れていく。
代わりに風が冷たくなる。
街道沿いには荷馬車が行き交っていた。
商人、
傭兵、
旅人。
だが、半日も歩くと人通りはかなり減る。
リー・テンは長柄斧を担ぎ直した。
まだ扱いに慣れない。
重くてバランスも難しい。
「……振り回すだけでも疲れるな。」
「そりゃそう。」
桃花は軽い。
荷物も少ない。
歩き方も静かだった。
「あなた、力だけで扱ってるもの。」
「違うのか?」
「違う。」
桃花は自分の腰の刀を軽く叩く。
「武器って、『重さを流す』ものなの。」
「……?」
「まあ今はわからなくていい。」
リー・テンは納得できない顔をした。
昼過ぎ、
異変は突然だった。
街道後方に馬の音。
複数人。
速い。
桃花が先に止まる。
目が細くなる。
「……来た。」
「何が?」
「昨日の。」
リー・テンが振り返る。
遠く、武装した男たち。
数は六。
昨日より多い。
しかも、チンピラなんかより圧倒的に強そうだ。
桃花が舌打ちする。
「裏組織の構成員ね。」
「人気者だな俺。」
「昨日ボコボコにしたでしょうが。」
男たちは既に武器を抜いていた。
街道上。
逃げ場は少ない。
リー・テンは斧を構える。
しかし、桃花が即座に言う。
「走るわよ。」
「え。」
「今のあなたじゃ無理。」
リー・テンは一瞬ムッとした。
でも人数差を見て理解する。
――勝てない。
少なくとも、まともには。
「チッ……!」
二人は街道から飛び出した。
森へ走る。
枝を踏み越え、斜面を滑る。
後ろから怒鳴り声。
追ってきている。
「しつけぇ!!」
リー・テンが叫ぶ。
桃花は冷静だった。
「当然ね。裏組織って、舐められるの一番嫌うから。」
「めんどくせぇな!!」
矢が飛んできたと思ったら、すぐ近くの木へ刺さる。
近い。
リー・テンは反射的に頭を下げる。
心臓が跳ねる。
桃花が言う。
「依頼書の地図!」
「は?」
「セレスト村の!」
リー・テンは慌てて懐を探り、紙を取り出す。
走りながら見るも、
無理。
読めない。
「どっちだこれ!?」
「貸して!」
桃花が奪い取る。
そして一瞬で確認。
「東!」
「わからん!」
「こっち!」
逃走は、想像以上に過酷だった。
獣道、
ぬかるみ、
倒れた木、
濁流が流れる川。
しかもリーは平原の村出身。
森の地形に不慣れだ。
何度も転びそうになる。
後ろでは追跡者の気配が消えない。
全然撒けていなかった。
「クソっ……!」
呼吸が荒い。
脚が重い。
だが止まれば終わる。
リー・テンは斧を握り直す。
ここ数週間、
魔物相手に必死に生き残ってきた。
でも、
「人間に追われる」のは初めてだった。
怖い。
魔物と違う。
知恵がある。
執念がある。
殺意がある。
突然、桃花がリーの腕を引く。
「伏せて。」
直後、矢が通り過ぎた。
リー・テンは地面へ転がる。
「近っ!!」
「静かに!」
桃花は周囲を見る。
耳を澄ます。
そして、
「……二人。後ろに二人。」
リー・テンも息を殺す。
草陰に気配。
近い。
どうする?
逃げるか、
戦うか。
桃花が小声で言う。
「やれる?」
リー・テンは斧を握る。
「戦闘不能にすればいいだけよ。」
「人を相手にする」というのは怖い。
でも、これ以上長引くと自分たちがやられてしまう。
なら……、
「……やる。」
桃花が少し笑った。
「そう来なくちゃ。」
二人は茂みへ潜む。
そこに気配が近づく。
男たちの声。
「こっちだ!」
「逃がすな!」
リー・テンは息を止める。
そして、
男が草をかき分けた瞬間、
一気に斧を振り下ろした。




