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彼らのいた時代  作者: あという人
第1部

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第1章 アステラ

アステラの朝は騒がしい。


露店商の怒鳴り声。

荷車の軋む音。

パンを焼く匂い。


冒険者ギルドの前では、朝から武器を背負った連中がたむろしていた。

青年はその横を通り過ぎながら、自分の財布を見下ろす。


軽い。

嫌になるほど。


登録料と宿代を払った時点で、残りはほとんど消えた。

だから選択肢は少ない。


「……高っ。」


武器屋で思わず声が漏れる。


剣。

槍。

斧。


どれもこれも高い。

まともな武器は、まともな金額がする。


店主の親父が鼻を鳴らした。

「初心者か。」

「悪いかよ。」

「別に。」


親父は棚の下から一本のナイフを放る。

大きめだった。

短剣というより、小型の鉈に近い。


刃渡りは腕ほど。

片刃。

重い。


「安いぞ。」

青年は持ち上げる。


ずしりとした感触。

でも嫌いじゃなかった。

細い剣より、こういう雑な武器の方が性に合う気がした。


「これでいい。」

「死ぬなよ。」

「ありがとよ。」


最初の依頼は、薬草採取だった。

次は荷運び。

その次は迷子探し。


地味だった。

だが、青年は文句を言わなかった。

今は生きることの方が大事だった。


ただ、問題は、その後だった。


「スライム討伐?」

受付嬢が頷く。

「初心者向けですよ。」


青年は少し安心した。

初心者向け。

つまり弱いってことだ。


そう思った。

しかし、青年は討伐というものを完全に舐めていた。


森の浅い場所に、スライムはいた。


青黒い半透明の塊。

大きさは犬程度。

ぷるぷるしている。

見るからに弱そう。


青年はナイフを構える。

「……こんなんで金貰えんのか?」


 ――次の瞬間、

スライムが飛んだ。


「はァ!?」


思ったより速い。

青年は慌てて避けて地面へ飛び込む。


べちゃり、と後ろで音がする。

木が溶けていた。


「うお!?」


酸だった。

笑えない。

青年は即座に距離を取る。


心臓が跳ねる。

油断したら普通に死ぬ。


スライムはまた跳ねた。

青年は横へ転がる。


泥まみれ。

だが、そんなことを気にしている暇はない。

呼吸が荒い。

頭を回せ。

考えろ、考えろ……。


 ……斬ればいいのか?

いやダメだ、柔らかすぎる。

さっき軽く切った時、手応えがまるでなかった。

ただ裂けて元に戻った。

つまり、切るだけじゃ駄目。


「クソっ……!」


また飛んでくる。

今度は正面。


青年は木を盾にした。


酸が飛ぶ。

煙。

木が溶ける。


だがその瞬間、

青年は突っ込んだ。


そして、即座にナイフを逆手に持ち替える。

柔らかいなら……


「潰す」


ナイフで突き刺し、地面へ押さえつける。

逃げ出そうと、スライムが暴れまわる。


酸が腕に飛ぶ。

熱い。

皮膚が焼ける。

それでも離さない。


「うおおおおっ!!」


足で踏みつけ、近くにあった石を拾い、全力で叩き込む。




 ――ぐしゃり。

ようやく核が割れた。

スライムが崩れ、静かになる。


青年はその場に倒れ込んだ。


「……初心者向けって何だよ。」


腕が痛い。

服も穴だらけ。


でも、生きていた。今回はそれだけで十分。






そこから青年は学んだ。

魔物は危険だ。

小さくても死ぬ。

油断したら終わる。


だから、毎回全力だった。


川辺の狼型魔物、

丁寧に一匹ずつ誘い出して戦う。

丸一日かかったが過剰なほど慎重になった。

真正面から囲まれたら終わる。


森のホーンラビット。

あいつらは足が速い。

でもその代わり、急な方向転換には対応できない。

なら森の中に罠を設置し、

迷路のように走り回るだけ。


羽虫型魔物。

群れる。

火を嫌う。

なら煙を使う。


戦い方なんて知らない。

だから考えた。

毎回毎回。

必死に、どうすれば勝てるか。

どうすれば死なないか。


 ――気づけば、身体も変わり始めていた。


筋肉。

呼吸。

反応。

少しずつだが、冒険者になっていた。


ある日のこと、

ギルドの受付嬢が書類を見る。


「ええっと、お名前は……リー・テンさんですね。」

「ん?」

「昇格です。」


紙を差し出される。

《Dランク》


リー・テンは目を見開く。


「……お。」

「頑張りましたね。」

「へぇ。」


実感は薄かった。

でも、悪くなかった。


受付嬢が続ける。

「ただ、そろそろ厳しいと思います。」

「何が?」

「武器です。」


リー・テンは腰のナイフを見る。

刃こぼれだらけだった。


実際、最近きつい。

硬い魔物に通らない。

大型相手だと火力不足。

押し負ける。


「大きい武器の方が向いてると思いますよ。」

「大きい武器か……。」


リー・テンは少し考える。

確かに、自分は細かい戦いが上手いタイプじゃない。

むしろ、真正面から叩き潰す方が性に合う。


受付嬢が言った。

「ビャクロなら安いですよ。」

「ビャクロ?」

「鍛造都市です。」




《ビャクロ》

 〈炎の王国〉にある、ドワーフの街。

 鉄鉱石がよくとれるそうだ。

 そして、武器の名産地。


リー・テンは少し笑う。


「よし、次の目的地決まり。」

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