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彼らのいた時代  作者: あという人
プロローグ

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プロローグ

空が、黒かった。

夜ではない。

雲でもない。


頭上を埋め尽くすそれは、巨大な魔法陣だった。


幾重にも重なった円環。

空間そのものに刻み込まれたような紋様。

見たこともない文字列。


村中の誰も、それが何なのかわかっていなかった。

ただ、本能だけが理解していた。


 ――まずい。


息が苦しい。

青年は空を見上げたまま、無意識に胸を押さえる。

体の奥が熱い。


いや、熱いというより……。




「何かが暴れている」




そんな感覚だった。


周囲では村人たちが騒いでいる。


ある者は祈り、ある物は叫び、ある者は逃げようとしていた。


突然一人が倒れた。

空をつんざくような、声にならない悲鳴を残して。


その直後、また一人、また一人と次々に、

糸が切れた人形みたいに。


その光景はまさに地獄絵図。


 ……は?


理解が追いつかない。

それに加え、倒れた人間の体から漏れ出す、

…いや、あふれ出す魔力がさらに空気を重くしている。


村の魔術師が何か叫んでいるが、聞き取れない。


耳鳴りが酷かった。

頭が痛い。

吐き気がする。

心臓が暴れている。

意識が朦朧とする。


立っているだけで精一杯。


空の魔法陣が、ゆっくり回転する。


それに呼応するように、さらに鼓動が速くなる。

上手く呼吸ができなくなり、視界が歪む。


青年は膝をついた。


 ……もう限界だ。


その時の記憶は、そこから曖昧になる。


誰かの声。

燃える家。

血の匂い。

泣き声。

この世のものとは思えない真っ黒な空。


それだけが断片的に残っている。


次に気づいた時、空は晴れていた。

魔法陣はない。異様なほど静か。


青年はゆっくり身体を起こす。


まだ頭が痛い。

喉が乾いている。

全身が重い。


ぼやけた視界であたりを確認する。

村の入口近くのようだった。


どうやってここまで来たのか覚えていない。


ふらつきながら立ち上がる。

そして、村を見る。


誰も動いていなかった。

倒れている。

皆。

自分一人を除いて。


知っている顔。

昨日まで笑っていた連中。

怒鳴っていた連中。

酒を飲んでいた連中。




《生存者 1/236》




感情は湧きあがらなかった。

悲しいとか。

悔しいとか。


そんなもの以前に、理解ができなかった。

脳が現実を拒否していた。


どうして。

なんで。

何が起きた。

誰が。

何のために……。


答える人間は、誰もいない。


青年はその場に立ち尽くした。

何時間そうしていたのかも覚えていない。


その後の記憶も曖昧だった。


とにかく歩いた。

水を飲み。

倒れそうになりながら歩き続けた。


 ――数日後


気づけば、小国家群の外れにある町へ流れ着いていた。


《アステラ》


そう呼ばれていた気がする。


人が多かった。

うるさかった。

活気があった。

それが妙に遠く感じた。


青年は町の噴水前で、自分の手を見つめる。


ずっと感じていた違和感。

昔から感じていたはずのもの。

身体の奥を流れる感覚。


 ――魔力。


 ……それが、感じられない。


完全に消えたわけではないのだが、

「繋がらない」

そんな感覚だった。


試しに集中してみる。

が、何も起きない。

頭痛だけがした。


「……はぁ。」


ため息が漏れる。

だが、考えても仕方なかった。


生きるには金がいる。

金がなければ死ぬ。

それだけは、わかった。


町を歩いていると、武器を持った連中を多く見かけた。

「冒険者」

魔物を狩り、依頼を受け、金を稼ぐ人間たち。


話を聞けば、別に魔法が使えなくてもやっていけるらしい。

実際、まともに魔法を使える人間の方が少ないという。


なら、やるしかない。


青年は冒険者ギルドの扉を押し開けた。


この時はまだ知るよしもなかった。

この日から始まる旅が、やがて世界そのものを揺るがすことになることを。

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