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4.春の息吹とブラックホール#2


 「ありがとうございましたぁ〜! またお越し下さいませ〜!」

 

 遊び心の無いピンポンというドアチャイムの音と、声の異様に高いレジのオバちゃんの声が店内に同時に響く。

 

「ゴードンに来ている野郎どもォー! 株式会社パンピーズ、宣伝部長の荻原野 瑠美(おぎはらの るみぃ)だ! 今、ゴードンではTVアニメパンピーズとのコラボを開催中ゥ!」

 

 俺が生まれるよりも前からアニメ界の第一線を走り続けている老若男女にも親しまれる国民的アニメのキャラが高々とコラボの宣伝をしている。


 マニアなら必聴の限定ボイスだと言うのに俺の前にいる小娘は「トロッコ問題」の結論でも強いられているのか? と問いたくなるような思い詰めた顔で要冷蔵のスイーツコーナーを見つめていた。

  

「なぁ。…まだ決まらねぇの?」

 

「もう少し……! あと、2分……いや! 3分!」

 

 店内からはまだ、横断歩道を挟んだ場所にラジコンヘリ暗殺未遂事件の起こった街路樹が見える。俺と剛徳路の歩みはコンビニに阻まれていたのだった。

 

「置いてくぞ」

 

「千尋さんも選ぶの手伝ってくださいよー! こっちは可愛くて食べるのが勿体無いし……こっちはいつも食べてるけど量があるし!」

 

 兎を模った桜餅と生クリームとカスタードの入ったシュークリームで剛徳路は永遠に迷っていたのだ。どっちでも良いから早くしろよが俺の答えだが、こいつにとっては運命の別れ道なのだろう。

 

「ってか朝メシは? なんでもう腹ペコなんだよ」

 

「さっき食べた朝ごはんはもう30分も前です!」

 

「そうかい。そりゃ大変だな。雑誌でも読んでるわ」

 

 しっかり食ってきたならスケルトンにはなりゃしないだろうに。仕方ない。それっぽいこと言ってテキトーに決めさせるか。


「3つ目の選択肢だ。お菓子売り場からクッキーだとか、要冷蔵じゃない物にしておけよ。すぐ食わねぇなら腹壊すかもだぞ?」


「通学路で食べます!」

 

 そういう問題じゃねぇよ。いいや。こいつのスイーツ脳からすると俺の解答こそ「そういう問題じゃねぇ」案件なのかもな。まぁ、それなら……。


「兎の桜餅で良いだろ。シュークリームだと上にかかってる粉糖とかクリームとかポロポロ零しそうだし」


「千尋さんがそう言うなら……これにしまーす!」


 剛徳路が食い意地の化身。お行儀悪き怪物と化してしまう運命は避けられない。ならいっそ、他所様に迷惑をかけないようにしてやるのが同行人の努めって奴だ。


 軽く頷き、俺は飲料売り場の冷蔵庫へ向かう。200mml のお茶を2本取りレジのおばちゃんの元へ向かう。


 支払いを済ませると隣のセルフレジには剛徳路が立ち尽くしていた。何してんだ、アイツ……?


「文ちゃん文ちゃん! 大丈夫だよ! セルフレジさん、きっと調子が悪いんだよ……!」


「おいウソだろ……!」


 剛徳路の両手にはあざといぐらいに目がキラキラと光る羽を生やした丸餅(?)の妖精。って事はあいつは……!


「で、でもセルフレジさんはお金だけ食べてお釣りもレシートもくれませんよ……?このままじゃ私ドロボウさんです……」


「大丈夫だよ! 千尋くんがきっと……」


「へいへい、千尋くん参上。恥ずかしいからやめろ」


 つまりコイツは、丸餅(?)の妖精のキャラを象ったガマ口財布に裏声でアテレコする恥ずかしい女子高生だ。


「現金、クレジット、その他から選べって書いてあんだろ。ってか、音声でも案内されてたし」


 問答無用で操作を続けて行くと先に文が投入したと思われる500円玉が吸い込まれていく音が聞こえる。


「500円、お預かりしました」


「お預けしましたー!」


 だから元気よく手を上げて返事をするな。目を輝かせるな。セルフレジにも防犯カメラついてるかもだろ。


 「ありがとうございましたぁ〜!」


 レジのおばちゃんの口から再生されるプリセット構文を背中に浴び俺と剛徳路はようやくコンビニからの脱出に成功した。


「なんという造形美……!」


「他の客の邪魔になんだろ。ちょっとズレろ」


 忙しい奴だ。入り口に陣取り、特に意味も無いのにめい一杯腕を天に掲げ桜餅へ日の光を浴びせる。


「やってろ。遅刻しても知らねぇからな」


 突き放すように吐き捨てながら俺は剛徳路の頭の天辺にある物を乗せる。剛徳路も「およ?」なんて間抜けな声を漏らし片方の手でソレを抑えた。


「くれてやる。どうせまたノド詰まらせたとか騒がれてもダルいからな」


「千尋さん……!お茶を2本買ってたのって……!」


「バカ言え。偶然だよ偶然。いらねぇなら返せ」


 恩着せがましくなるのはゴメンだし、その上、心とは別で身体が勝手に「アイツの分も買っとくか」なんて言う考えに支配されていた事を認めたくなかった。


 茶なんて2本も飲まねぇよ。だとしたらもっとデケェ奴買うわ言わせんなバカタレ。


「ふふーん! 見ててください千尋さん! 私! 学校までこのお茶を落とさずに行きまーす!」


「余計な事せんでいい。坂道で落としたらガチで洒落にならんぞ?」


 両腕を広げ、手を立ててバランスを取る剛徳路。なんと言ったか飛行機の羽の曲がってる部分。ウィングレットつったか? あれに似てるな。


 なんにせよとにかく目立つ。隣に居たくは無いな。


「置いて行っちゃいますよ〜!」


「へいへいへい。俺の事は良い。行くなら先に行け」


 ……死ぬの?


「えへへ! 冗談でぇ〜す!」


 本気でも一向に構わなかったんだがな。


 コンビニを過るとまるでダンジョンの入り口か異界への入り口か。崖と木に挟まれた急な坂道の歩道へと吸い込まれていく。


「おぉー! 暗ーい! 夏とか涼しそうですねぇ!」


「面接だの合格発表だので来てるだろ?」


 凍てつく冬を乗り越えて、残寒を含んだ風にも負けず地面に留まり続けた歴戦の枯れ葉や枝をバリパリと踏みつけて俺たちは坂を登り始めた。


 崖と木が作り出すスカスカなトンネルは入学祝いの花道と言うにはちと不気味だ。


 マンモス校に向かっているはずがどんな偶然かこの通学路には俺と剛徳路の2人だけだった。


 そんな不可解も相まってさっき自分でツッコんでおきながら本当にこんな道の先に学校はあるのだろうかと不安になって来てしまう。


 登れば登るほど遠くなっていく街並み「人がゴミのようだ」なんてどっかの王様は言うんだろうが生憎、人は見えない。


「こんなん言うのはガラじゃねぇけどさ。なんか、異界にでも迷い込んじまったような感じがす……」


「あー! 待ってぇぇええ!!」


「聞けよ」


 剛徳路が頭に乗せていた『やーいお茶』は傾斜も相まってかなりのスピード感で転がっていく。


 ごめん。やっぱ聞かんくて良いから絶対に捕まえろ。俺が頭に乗せた茶で一大事なんて起きたら最悪だ。


「ふぅ……せふせふ……!」


 持ち前の健脚は転がるペットボトルにもなんのそので追いついた。オーバーな動きで飛びついた姿を通り掛かった高そうな車に乗ってる奴に見られてたようだが、まぁコイツはそこまで気にもせんだろう。


「失礼しました! ささ! 行きましょ!」


 そう言うと剛徳路は律儀にまた頭の天辺へ茶のペットボトルを置いた。腕のウィングレットも完全再現だ。


「置いておいてなんだが落とすからしまえ」


「もうすぐ着くからヘーキです!」


 もうすぐ着くなら尚更、教師だの他の生徒だのに見られたくないという心理が働きそうなモンだが……?


「そうそう! 千尋さんの制服って黒なんですね! カラバリとかですか?」


「ん? いや。普通に指定のモンだぜ?」


 コイツは常になんか話してないと死ぬのか……?


 まぁ、気になってはいた。今朝の林長さんの「黒って事は一般の生徒?」という質問についてだ。


 剛徳路が着ているのは白百合のような優雅さを感じさせるフリルの制服だが、俺が着ているのは芋臭いありふれた黒の学ラン。俺が面接に行った時、男女問わず先輩たちが着ているのはこっちの黒だ。


「……入試の成績優秀者が優遇されるとか?」


 適当な憶測を飛ばしたが、仮にそんな事をして学校側になんかメリットがあるか?


「それは絶対にないです! 私、千尋さんのお察しの通りおバカですから!」


「あー……いや、はは。しかし、聖晴道は馬鹿が軽々と入れるような学校でも無いだろ?」


 悪いな。否定はしてやれん。


「いのーりょくとくたいせー! らしいです!」


 異能力特待生? なるほど。保有してるスキルの強さや有用性によって学力試験を免除する的なアレか。


 俺にはとんと縁の無い制度だが、聖晴道はこの制度に否定的な考えだったハズだが……時代は変わるんだな。


 坂道も終盤に差し掛かるとまばらに「先客」が見え始めた。先輩なのか同級生なのかは分からないが共通しているのはみんな怠そう、と言った所だ。


 突如現れたそびえ立つ白い塀は学生2人が肩車をしても手が届かない程に高い。正門はもう目の前だ。


 さっきまで不気味に眺望を塞いでいた並木道はいつの間にか満開の桜並木に変わっていた。


 振り返ると大げさな正門。


 自然現象では説明のつかないくっきりとした虹のアーチとそのサイズに合わせた小規模な花火が絶え間なく弾け続けている。


「綺麗……これ、どうなってるんですかね?」


「さぁな。多分そういうスキルを持ってる奴がいるってだけの話だろ? 何も無い場所にこんなん発生させる技術は流石にねぇよ」


 装飾もそうだが、いつ見ても宮殿のようなスケールの校舎には圧倒される。


「千尋さん! ストーップ!」


「……んだよ。今度は」


 正門をくぐろうとした瞬間に剛徳路は俺を引き止めた。悔しいのがこの短期間でコイツの考えてる事をなんとなく読めるようになって来たと言うことだ。


「せーのっ!」


 掛け声に合わせて正門をくぐる1歩を踏み出す。剛徳路は両足を合わせジャンプで入門した。晴れて「20xx年度聖晴道高校 入学式」の簡素な木の板の看板は俺たちの後ろになった。


「えへへっ! ご入学おめでとうございます!」


「……おめっとさん」


 朝の準備をそこそこに家を出て、黙々と歩いて、黙って教室の席に座る気で居たんだがな。随分と時間をかけちまった。

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