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4.春の息吹とブラックホール#1


 実家を出て、新居となった狭苦しい学生マンションの1室。空間を圧迫するテレビに惰性で耳を傾けた。

 

 「スポーツです。注目は今シーズン無安打無失点を誇る物質遠隔操作能力、小山選手と投擲物の軌道を読む能力で打率10割を持つ中川選手。最強の矛と盾の対決……」


 スポーツには人並みか人並み以下くらいにしか興味が無い。理由は特に無いが強いて言えば自分の生い立ちとは真逆の人生を歩んで来たであろう人達を見るのが辛いのかも知れない。嫉妬なんておこがましい物よりももっと別な感情。


 異能力社会になる遥か昔から、スポーツってのは生まれだの、環境だの才能だのが大きく左右する世界。異能力に関するルールが適応されるようになってからはそれがより顕著になった……らしい。


 ただ。いつの時代もそれを良しとせず何かを愛して、全力で楽しんで苦しいほど努力して、才能や能力だって凌駕する人だってきっといる。


 そんな人たちのドラマを耳にしてしまうとどうも自分の人生の空虚さを再認識させられるようで。なんせ、そこまで熱く打ち込める物を俺は何も持ち合わせていない。

 

  「……よし。問題無いな?」


 つまらん哲学はもう良いだろう。上着を5〜6着もかければ一杯になるであろう小さなクローゼットの鏡に映る自分と良く似た男に確認を取る。


 あれから約2ヶ月。名残惜しい別れも、込み上げてくる思い出も無く中学生活を終え、新しい日々に対する期待も大きな不安も無く俺は新しい制服に身を包んだ。


 鏡の前で襟を正し、ネクタイを強く締め、身なりを整える。気取っているつもりは無い。入学式くらいキチンとした格好でありたいと言う見栄から来る儀式のような物だ。どうせ1週間もすれば飽きてこんな丁寧な支度はしなくなる。


「今、何時だ?」


 このマンションに時計は無い。テーブルに置いたスマホの画面を点灯させ、時間を確認する。ロック画面には新着メッセージの通知が表示されていた。


 メッセージアプリを開くとそこには2,3日前の父と母それぞれのチャット画面に「ん」と1文字でだけ返した物。そして、その一番上には中3の妹からの「気をつけてね」と言う暖かなメッセージ。後は公式アカウントからのクーポン券の配布が数件だ。


 両親とは疎遠。16年生きて来てただの一度も愛情といった物を注がれた覚えは無い。成績は上の下くらいだし、自分を良く知らない奴へ媚を売る為に人前では常に好青年を演じてたから世間体もあり事務的に親を全うしていたといった感じだ。別に特別嫌っている訳でもない。俺という社会的なお荷物を抱えりゃ、当然っちゃ当然だ。


 妹は両親とは違う。心配になるくらいに優しく純粋で俺が両親に心無い言葉を言われた時は代わりに怒ってくれるなど、この世界で唯一俺の味方をしてくれていた存在だ。


 まぁ、俺は傷ついたり腹立たしく思わないと言うのに何かと庇おうとするから根っこの部分ではアイツも下には見ていたのだろうか……。


「あぁ。新学期、楽しんでな」


 いいや。アイツに限ってそんな事は無いか。気づけば俺は小さな笑みを浮かべメッセージを口に出しながら返信していた。


 有り体に言うシスコンでは無い。だが俺は妹が好きだった。あんな人間、後にも先にも現れないだろう。


――剛徳路文、このご恩は忘れません!


いやいや。なんでアイツが出てくんだよ。


 頭の上に靄のように現れる思い出を手で振り払う。忘れてくれてた方が俺としても気楽だ。

 

 惰性で見続けるには朝の情報番組は少々退屈だ。まだ登校には早いが実家から少し離れた街を呑気に見るのも良いだろう。


 進学を気に新調したスニーカーを履き、自分の領域と外の世界とを隔てる薄い板も同然の扉を開く。


「……行ってきます」


「だれにはなしているのだ」そんな古めかしいテロップが脳内をよぎる。別に誰もいなくたって良いじゃないか。外出と帰宅の挨拶を1人呟くくらい誰だってするだろう。


 馴染みの無い住宅街の馴染みの無い朝は俺を明るく送り出すような事はしない。当然の事だと思っていたが。


「おっ! いってらっしゃーい!」


「へぁっ!?」


 唐突に背後からかけられた老いも若きも感じられぬ男の声に驚き俺は情けなく、光の国から僕らの為に来た光の巨人のような声を漏らす。背後……?なんでまた……?


「ごめんごめーん! 驚かせちゃったねー!」


「郵便屋さんでしたか……」


 声の主は俺の住むマンション2階の黒い手摺りを掴み、空の上でバタバタと足踏みをするシュールな男。帽子から靴までを典型的な郵便配達員といった感じのプリセット装備で固めたその人は笑顔で俺に話しかける。


「今日から高校? ご覧の通り配達してたら初々しい感じの姿が目に止まっちゃってね〜! つい応援したくなっちゃったんだ〜!」


 ご覧の通りじゃねぇよ。何も通ってねぇよ、宙歩いて何してんだよ。それはさておき。応援されるほど頑張る事なんて無いが俺にも人恋しいなんて感情が残ってたらしい。


「有難う御座います。今日が初登校の日でして……」


 話を広めるのは得意じゃない。まぁ、この兄さん……(おっさんって年では無さそうだが)も忙しいだろう適当に切り上げるタイミングを探ろう。


「その制服、聖晴道学院高校でしょ? 難しいのによく入れたね〜! ひょっとして、異能力特待生って奴? あ、でも黒の制服だから一般入学の子かぁ……」


 黒の制服? なんだそりゃ。制服にカラーバリエーションがあるなんて聞いて無いけどな。


「良いよねぇ〜チート能力。僕なんて宙を歩く事が出来るだけ、なんてつまんない能力な上にこうしてバタ足を続けなきゃ段々、高度が下がってくもんだから不便で不便で……まぁ、配達には便利だよ」


 いや聞いてねぇよ……話をどんどん進めんな。いやにしても、ホント不便だなソレ(能力)。疲れそうだ……。


「僕、林長 健(ハヤシナガ ケン)。この辺りは僕の管轄だから君のお届け物も基本、僕がお届けする事になるからよろしくね」


 会話のドッジボールやめろ。一方的にぶつけてくんな。落ち着かないのは脚だけで十分だろうが……。


「分かりました。並河千尋です。よろしくお願いします。ハナシ長さん」


 しまった。たった今心の中でつけたあだ名が思わず言葉として出力されてしまった。機嫌を損ねていないと良いんだが。


「ん? 聞き間違えか。アハハ! それじゃ、良い1日を〜!」


 ハナシ長さん……もとい林長さんは楽しげに笑うと足をバタつかせ、階段を登るかのように上昇すると手を振りながら何処かへ走り去っていく。


 なんの時間だったんだ……? 自分の話したい事ばっかりを一方的に話して消えたな。


「あははー! 全然進まないなー!」

 

 すっかり見送りが終わった気で居たが、林長さんは未だ、俺の補足できる位置にいた。バタ足の回数に対して移動距離少な過ぎるだろ。本当にあれは配達に便利な能力なのか……?


 ……まぁ、いい。あの人も自分の1日を続けるように、俺も自分の1日への1歩を踏み出すとしよう。


 〜〜〜〜

 

 快晴とは小鳥でも嬉しい物なのか、春の陽気含んだ生ぬるい風に乗って鳴き声の合唱が耳へ届く。それを台無しにするかのように大欠伸という下品なコーラスで俺は参加した。


 朝から昼寝と洒落込んでしまいたい。


 なにもこんな良い天気の日に入学式なんてしなくても良いだろうに。これから嫌ってほど青春オーラを纏うであろう連中からしたら最高のスタートなんだろうが。


 小中に引き続き灰色の青春を弱くてリスタートさせられる俺からしたら、曇り空くらいがちょうどいいんだと思う。


「曇り空、ねぇ……」 


 学生マンションのある住宅地を少し歩くと着くそこは忘れもしない、この場所。2ヶ月前、剛徳路に命を救われた用水路。今じゃもうすっかり増水が引き、穏やかに流れる透き通った水は顔料でもぶち撒けたかのような青い空を反射している。


 なんの因果か、ここは通学時に必ず通る道だった。物思いに耽るなんて大袈裟な話では無いが手摺に両手をかけほんの少しの恐怖を感じさせる高さのここを覗き込んでいると、どうしてもあいつの事を思い浮かべてしまう。


 合格発表では再会しなかった。もし仮に合格していたとしても今年の新入生だけで500を超えるって噂だ。バッタリ出くわすなんて出来事も無いんだろう。


 ……なんだ? 今日の俺、妙にあいつの事を思い出してしまう。一期一会にしては衝撃が強すぎたからか?


「お互い合格出来たら、仲良くしてくれ、か」


 ただの社交辞令を約束なんて重い物と勘違いしてしまっているのだろうか? 向こうも覚えてねぇよ絶対。

 

 行儀の悪い行いだが2ヶ月前の無力な自分の残像へ拾った小石をぶつけるように用水路へ投げ捨てた。


 剛徳路の強烈なパンチの10000000分の1にも満たない跳ねを見送ると柵から手を放し、通学を再開する。


 静かな住宅地を抜けると景色は一転。車通りの多い商業施設やビルが立ち並ぶ静寂には程遠いが喧騒と呼ぶには寂しさが勝る地方都市と言った感じのしょうもない街並みが見えて来た。


 異能力社会になったとて。あまり実用性の無い能力に目覚めるような者が大部分を締めている。


 火を吹けようが身体を岩に出来ようが通勤通学の景色は変わら無いし、街だって近未来感なんて物を会得する訳でも無い。


 代わり映えのしない世界、代わり映えのしない日常。そんなどうしようもない時間が大切。そんな感覚に異能力者だって、無能力者だって関係ない。


 完成品のフィギュアをわざわざ分解してプラモの様に組み直す、そんな面倒な事はしないだろう?


 本日も快晴なり。世は常に事も無し。


 それでいい。それがいい。実践できる事がある。


「ふんぬぬっ……! もう……ちょっ……とぉ……!」


 例えば、だ。街路樹の枝にラジコンヘリが引っかかってしまったのを泣きそうになり眺めている少年と、その横でそれを懸命に救助しようとピョンピョンと跳ね、リズムに合わせ長いピンク髪を揺らす女。


 そんな奴とは絶対に関わらない事だ。息を切らし額にかいた汗を拭う姿を尻目に俺は学校への歩みを……。


「なにやってんだ? また人助けか? 忙しい奴だな」


 止める事が出来なかった。俺の声を聞いたそいつはピンクの髪の上に「!」とマークを浮かべるように両肩を上に跳ねさせた。ステルスアクションの金字塔かよ。最もこいつの場合はスパイを見つけた敵兵、と言うった感じでは無い。


「ちーひーろーさーん!」


 髪に負けず劣らずの桃色な甘い声を挙げて両手を拡げ一目散にこっちに突進してくる姿は飼い主が5年の兵役が帰って来た飼い主を見た犬のようだった。


 1歩下がると俺に巻き付こうとしていた細くて白い両腕は空振り、剛徳路は「おっとっと」とバランスを崩す。


「どうして避けるんですかぁ!」


「いや。普通に人前で抱きつかれるの恥ずいから」


 2ヶ月前の僅か数時間の内に随分と懐かれたモンだな。ノンデリな言葉を言いたい放題ぶつけて、ブザマ晒して手間をかけさせて。何がそんなにお気に召したんだ?弁当か?


「でも、またこうして会えて嬉しいです!」


「へいへい。良かったな」


 意地でもスキンシップを取らないと気が済まないのか、剛徳路は俺の手を強引に両手で握り込み結構な距離まで近づいてくる。少々、癪だが僅かに照れ、顔を反らしてしまった。


「感動の再会は後ででも出来るだろ? ほら、少年が困ってるぞ。どうしたんだ?」


 問の答えは貰わなくても火を見るように明らかだった。疑問なのは目的より手段。


「なんで能力を使わないんだ? お前のあのスーパーパワーならこんな高さ、背伸びをするよりも簡単に越えられるんじゃねぇか?」


 剛徳路が自分の能力、膨張する力(インフレイション)にコンプを抱いているのは知ってる。


 面接のあの日、会場に行くまでの道程で人助けをして、面接官の前で披露して、後に俺のトラブルに首を突っ込んで。能力の使用には躊躇がない方だと言うのも知ってる。空腹と疲労に襲われるデメリットを気にしてる様子も無い。なのに、どうしてだ?


 少年の両肩にポンと手を置いて事情を語りだす。


 「この子の話だと……ここの木の1本1本を商店街の人たちが大切にお手入れしてるらしいんです。お恥ずかしい話、私って力の制御が出来なくってですね……」


 ……なるほどな。確かに濁流をパンチ1つでせき止めて、底を見せてひとっ飛びで道路に戻れるような爆発力に耐えうる木なんざファンタジーの世界過ぎる。


 そう考えると不便だな。あんなスーパーパワーを超えたオーバーパワー、日常生活で活かせる機会もそう無さそうだ。


「少し待ってて下さいね! すぐ済ませるので!」


 何故か当たり前のように救助劇を見届け、一緒に登校するかのような流れが出来上がっている。


 幸い登校時間には余裕がある。付き合ってやるか。


「よぉっ! ほぉっ! やぁっ!」


 ほんとに良く跳ねる。能力を利用していない状態でも中々の高さが出ている。なるほどな。元から素質のある逸材が、それを更に底上げしてくれるような能力を与えられた訳だ。まったく、不公平な話だ。


「むぅっ! たぁっ! はぁっ!」


 正に鬼に金棒。水を得た魚。ダンボール被った傭兵。


「あと……ちょっ……と……!」


 そろそろ止めてやるか、懸命に掛け声を変えながら跳ね続ける姿は愉快だったが。このままだと届くまでやりそうだ。


「その辺にしとけ。体力と靴底の無駄だ」


 気の抜けた声とは裏腹に振り返った剛徳路の顔は至って真面目で、何処か不服そうだった。


「せっかく良いローファー買って貰ってんだ。一生懸命なのは伝わるが、大切に履けよ」


「あっ……えへへ……」


 お姫様に憧れてるような奴の靴が入学式に土埃に塗れているようじゃ事だ。問題はそこじゃあ無いんだが。


 曲者っぽい一面も見せて驚かされたが剛徳路の性格は表裏無く純粋で素直で、扱い易かった。


「でも……声をかけておきながら見放すなんてしたくないです。ど、どうしたら……?」


「なんで能力がダメなら選択肢が実力行使か諦めるかしかねぇんだよ。もっとあんだろ」


 順当に考えれば、相応の長さの棒で枝や葉の絡まりを除去してガキンチョに操作させるか、叩き落として下でキャッチさせるといった所か。


 ま、そんな都合の良い物は落ちていないんだがな。


「ちょっと待っとけ」


「もう作戦が思い付いたんですか!?」


「んな高尚なモンじゃねぇよ。どっかその辺の店から脚立でも借りてくる。手入れしてる人が居るんならあるだろ、多分」


「おぉ〜!」


 何が「おぉ〜!」だよ。これは説教じゃなくアドバイスだ。能力だけじゃなく頭や道具を使える事も視野に入れておけよ。敢えて口にはせんが。


 ちょうど、ラジコンヘリの引っ掛かった街路樹から真っ直ぐ歩けば商店街の入り口。


 3分も歩かない内に開店準備に取り掛かっている八百屋のおっさんの姿が目に入った。丁度いい。この人だな。


「……おはようございます。ちょっと良いっすか?」


「ん? おぉ、その制服は聖晴堂の……おはよーさん。見ない顔だな。どしたよ?」


 これは持論だが、国民的なアニメやドラマと言ったあらゆる媒体のフィクションが唯一、真実と違わない物がある。商店街の八百屋のおっさんはだいたいべらんめぇ口調で気前が良い。


 忙しいところを邪魔しちゃ悪いとっとと済ませるぞ。


「向こうの木に男の子の玩具が引っかかってしまって。取ってやりたいのでハシゴ的な物をお借りしたいんすけど」


 求めてるのは脚立的なのじゃなく、モロに脚立なんだがな。まぁ高さを補強できる物なら何でも良いが。


「おぅ! 脚立なら裏路地にあるよ。好きに使いな! 朝っぱらからガキンチョの世話焼きたぁ、立派だねぇ!」


「あはは、いえ……」


 褒められる筋合いも資格も俺にはない。だが、もどかしい賞賛を振り払う事も出来ない。適当に茶化してたら引くに引けなくなったなんて恥ずかしくて言えねぇよ。


「ありがとうございます。すぐに返します」


 朝のあまり人の居ない時間帯で助かった。自分の身長と遜色無い長さの物を持ち歩くのは少し目立つ。恥ずかしくも何ともありゃしないが、学生が脇に脚立を抱えて歩く姿は絵面的にどうなんだ?


 あっという間に2人の元へと戻り借りて来た物を開いて、足を掛けた。順調に登る俺の姿を見て剛徳路が笑顔で軽く手を叩きながら、オーバーな反応を見せる。


「すっごーい! 届くんですねー!」


 いやキャバ嬢かお前は。至って当たり前の事を取り敢えず褒めとこうって言うノリか? それともなんだ? 始めて脚立を見たんか? そういう道具なんだから届くに決まってんだろ。


「……意外と噛んでるな。壊れてねぇと良いが」


 絡まった枝や葉をプロペラやらタイヤやらを取り除く。葉は何枚か落ちてしまったが避けられない。剛徳路の懸念してる程の傷みは見当たらないから木の方にも問題は無いだろう。


「ほら。無事取れたぞ」


 高くから見せびらかす様に少年に向けて掲げる。俺はこの直後、泣いて感謝しろよなんて大人気ない気持ちを抱かずさっさと返しておけば良かったと後悔する事になった。


 少年は何を血迷ったのか「わぁーい!」と喜びの声を上げたかと思うと、俺に掴まれているラジコンヘリのプロペラを回転させ、飛ばそうとしやがった……!


「千尋さん!」


 眼球のスレスレで高速回転するプロペラに大いにビビり、俺は脚立の横から背中で落ちる。幸い、素早く察知した剛徳路が落下地点へ飛び込んでくれてキャッチしてくれた。


「あははは! 行っけぇー!」


 とうの少年はと言うとまるで悪びれる様子も無く空高く舞い上がったヘリコプターを追いかけ、駆け出していた。凄いなあの子、暗殺者の素質があると見た。


「あー! ちょっとぉ〜! 待ちなさぁーい! 危ないでしょー!」


 剛徳路が高々と叫ぶがそれも気に留めず走り去って行く。ちゃんと説教とか出来るタイプなんだな。


「悪い。また助けられちまったな。流石だよ」


「えへへ。やっぱり千尋さんに褒められると気持ちが良いです……じゃなくって! あの子! 追いかけてお仕置きしなくっちゃ!」


「放っておけよ。あの位の歳の子供の中じゃ遊び以上に最優先される事項なんてねぇんだ。礼節や常識なんてもんは焦らんくてもこれから成長の過程で幾らでも身につけて行けるだろ」


「千尋さんがそう言うなら……」


 と、まぁ。口では大人ぶってるが内心は恐怖と怒りで冷や汗はダラダラ、心臓はバクバクだ。


 親が近くに居たら嫌味ったらしく「元気なお子さんですね。やんちゃ盛りですか」と言ってやりたいくらいだったが、裏腹に見つめる後ろ姿が急にこちらを振り返り、弾ける笑顔と共に大きく手を振っていた。


「お兄ちゃん! お姉ちゃん! 助けてくれてありがとー! 今度、お礼するねー!」


 ったく、こちとら悪趣味なスプラッタ映画の拷問みたいな怪我を負わされる所だったってのに。そんな報酬を寄越されたら許さざるを得ないだろうが。


「はぁーい! お礼は要らないけどー! 気をつけて遊んでねー!」


 剛徳路も少年を超える位の明るさで手を振り返す。俺はと言うと声を上げる元気も手を振る元気も戻っておらず、取り敢えずなにか意思だけは示したくて、M字ハゲで有名な何処ぞのサイヤ人の王子が息子を送り出す時にした2本指のポーズで返してしまった。


「ふぅ……捻くれさんの大敗北、ですね♪」


「へいへい。俺の負け俺の負け。でも、その理屈で行くと、説教かまそうとしていたお前も負けじゃね?」


「じゃ、2連敗です♪」


 なんのバトルだよ。勝敗が分からねぇよ。


「どっと疲れた。帰っちまおうかな」


「えー! おサボり、めっ! ですよ!」


「冗談だよ。いちいち拾うな。犬かよ」


「へ……? ワンちゃんですか?」


 一瞬、不思議そうに首を傾げる剛徳路の頭から犬耳が生えたように見えたのは疲れが見せた幻覚だろう。


「これ、返して来るから。その後、一緒に行こうぜ」


 どうせ向こうから誘ってくるだろうし。断っても道程は同じだからそれにかこつけて俺にペースを合わせた歩きをするんだろう。なら、俺から誘っても同じ事だ。


「……はい!」


 平穏も静寂もちょっと揺らすだけで簡単に崩れる物なんだな。入学式が終るまでの午前中、もう何も無いと良いんだが。流石にこの出来事で腹8分目だ。


「しゅっぱーつ!」


「もう出発してんだよ。足止め食らってただけで……」


 馴染みの無い街の、馴染みの無い朝。


 そこに追加された馴染みの無い隣人、か。

 

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