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 .強く、優しく、エトセトラ#2

*

 

 貴族趣味のような外観で、広大に感じられた校庭はいざ走ってみるとすぐに校門、そして日本の地方都市と言った感じの景色へ様変わりした。


 じんわりと世界が滲んでいく。涙じゃない。噴水の水が跳ねたか、さっきまで降ってた小雨のせいだろう。


 どっちでも良い。走り続けてりゃ時期に乾く。少し情緒不安定が過ぎたか? 見ず知らずの奴に弁当箱を押し付けられるなんて迷惑過ぎるな。


 そんな事を脳の端のほんの少しで考えつつも、無我夢中になって学校から離れようとしていた。


 あのバカでかい学校で、新入生が何百人も居るであろう中でバッタリ会うなんて事もそうそう無い。


 後は無能力を選ばれし者と言って開き直っていたガキの頃の黒歴史と一緒に忘れてしまえば良い。


 数ヶ月後にはきっと、あの弁当箱どこ行った? とかそんな風には思えないな。きっと。


 ズラリと続く木陰が作り出すトンネルの坂を下って、対面にコンビニのある横断歩道を走り抜けるトラックのおっさんがクラクションと一緒に「バカヤロー!」とか叫んでいたようだが、気にしない。


 全力疾走で駆ける俺の姿を、コンビニで肉まんを補充してる店員と暇そうに水着グラドルが表紙の週刊誌を立ち読みしてる爺さんが揃って見ていた気がするが、気にしない。


 誰かと結構派手にぶつかってしまって転ばせるところだったが両肩を抑えて支え力なく「さーせん」と謝ったし、気にしない。


 そうして辿り着いたのは高校三年間の巣となる学生マンション付近の住宅街。所詮は無能力者と嘲られるのが嫌で体力作りは欠かしていなかったが、学校からここまでの数キロ、ノンストップで走り抜けたのは流石に堪える。


「可哀想ね。まだ小学生にもなってないんじゃない?」


 ランナーズハイ的な何かを感じ始めるよりも先に俺の目と耳が注目したのは深い用水路で隔てられた歩道の無い2つの道路。両方に祭りか? 河童でも出たのか? と聞いてしまいたくなるような人の群れが出来ていた。


「誰か消防に連絡したか?」

「来るより先に流されちまうって」

「やぁね……誰か助けに行きなさいよ」

「坊主ー! 頑張れよー!」


 口々に叫ぶ連中が注目を向けている連日の大雨で茶色く濁ったカフェオレの様な濁流、その中心には用水路の底へ突き刺さった折れ曲がったカーブ注意の標識に必死にしがみつき、今にも流されてしまいそうな男の子の姿。


 あろう事かこいつら全員、小さなガキが溺れるか流されていく姿を見送るつもりでいやがるらしい。


 近くに居たタンクトップ一枚の爺さんに俺は尋ねた「誰か助けないんですか?」「ここに居る人たちの能力は?」。大方、なんと返ってくるかの予想はついているが返って来たのは滑稽な程、俺の予想にドンピシャな物だった。


「助けてやりたいのは山々だけどよぉ……ワシはウォーター、最底辺のC等級。ここに居る奴らも汎用能力(似たようなモン)だろうさ……」


 ひとえに能力社会と言えど、その場に居る何某が都合よくその情況に即した能力を持つとは限らないし、例えば全員が同じ能力だったと言っても珍しい話ではない。


 何も出来ないから何もしたくありません消防士なりを待ちますってか? まぁ、賢明だろう。


 しかし、俺はここに居るその賢明な人たち(バカ共)よりもずっと、バカだったらしい。


「……見える。なんかビックリする位よく見えるな」


 特に策が思いついた訳でもないのに俺は柵の外側を小さく横歩きで進んでいた。単なる経年による劣化なのか、俺アンチの神が「こうやって降りろ」あわよくば「落ちて死ね」とわざわざ作って、教えてくれたかのように、壁の欠損だとかはみ出た鉄骨が、男の子への道筋を作っていた。


 野次馬が口々に「やめておけ」「あぶないぞ」と警告をしているが、本気でそんな風に思ってんならブン殴ってでも止めてくれよと思う。


左足。つま先を最初の欠けへと突っ込む。意外と浅い。柵を掴む手を離せば全てが終わると思え。


 どうする? 引き返すなら右足がアスファルトを踏んでる今だけだぞ。非常時に無駄に壁にしがみついて動けなくなった迷惑な奴にだけはなりたくない。


「覚悟決めろよ」


 特に格好つける相手も居ないのに、スカして呟いた。だが俺よ。少し遅ぇよ。覚悟してから始めろよ。


 身体を右に沈め、ちょうど良い出っ張り方をした錆びた鉄骨に右足をかけた。


 そのまま浅い欠けに爪先だけ突っ込まれていた左足を更に下の少し余裕のある欠けへ。左手がその浅い欠けを掴むと、とうとう俺が地上に面しているのは右手の指だけになってしまった。


 しかし意外だな。俺にこんな才能があったとは。俺、高校に入学したらボルダリング部に入るんだ。


 いやなんて寂しい死亡フラグだよ。選手、並びにファンの皆様には失礼極まりない話だがボルダリングなんて年に一回聞くか聞かないかってレベルのスポーツだぞ?


 しかしこんな命懸けのボルダリングなんてした事があるのは俺くらいの物だろう。誇らせて欲しい。


 恐る恐る、血の引きを感じつつ降下を続けると俺アンチの神が指し示した通り、いい感じにはみ出た鉄骨は俺が片手で掴まるのにもってこいな片手用の懸垂バーになっていた。


 鉄骨を掴む右手、窪みに入れた両足で身体を支え、左腕を脱臼しそうな位伸ばし、少年へ叫んだ。


「聞こえるか!まだ力あったら俺の腕を掴め!」


 俺がこの少年だったら「無茶言うなバカタレが!」と返すと思う。それくらいに濁流は強く打ち付けている。本来ならよく俺がここに辿り着くまで標識にしがみついていたものだと感心するくらいだ。


 感心ついでにもうちょっとだけ無茶してくれ。俺はゴム人間じゃない。君が腕を伸ばさなきゃそこから助ける事は出来ないんだ。


「そうだ! それで良い! もうちょっと!」


 少しでも気を緩めても力を緩めても持っていかれてしまいそうな流れの中、声を出す力は残されていなくても少年は俺に応え、腕を伸ばす。


 ……しかし。俺の作戦の甘さが最悪の形で露呈した。両腕で標識に抱き着いてやっと耐えていた少年は俺の腕を掴もう片腕の力を抜いた時点でいとも容易く流されそうになったのだ。それを見て、俺が取った行動は本当に信じ難い物だった。


「無事……とは言えねぇな」


 襟にシャツにパンツに靴下に全てが水で満たされていた。そう、何を思ったか俺は「待て!」と言いながら俺アンチの神が作ってくれた道筋から手を離し少年を抱きしめて濁流に飛び込んでいた。


 ナイス俺! 流されそうな少年と地面に刺さってる標識を執念と反射だけで同時に掴むなんてSASUKEの出場者でもそうそう出来無いだろうな……!


 なんて脳天気なポジティブをかましていても状況は依然、最悪だ。俺アンチの神様が第二ラウンド題して「絶望と苦しみの濁流ぶら下がり耐久レース」が始まっていた。


 都合よく刺さってたこの標識も野郎一人、子供一人が捕まってて永遠に耐えられる程の強度は無いだろう。それに、今朝の弁当づくりで切った指の切り傷がこんな所で災いし始めている。痛くて力が入らねぇ。


 俺にしがみつく少年の啜り泣く音が聞こえた。


「大丈夫。今なんとか……」


 なんとかって、なんだ? 何が出来るってんだ? だって(お前)、「無能力者」なんだぞ? 無責任だろ?


 どうする……? 賢明な人たち(バカ共)に叫んでどうにかして貰うか? 無理だ。子供一人助けるのにも躊躇って何にもしてなかった連中だぞ? 俺っていう余計に重たいお荷物が増えただけじゃねぇか。


 俺が濁流より速くこの少年を壁に押し付けて、この少年が俺の真似をして登って行けば……? 馬鹿かよ。無理に決まってんだろ。


 考えろ。無能力のガキ一人が死んだって誰も気にも止めないだろう。親でさえ「アイツ死んだって」「えーそりゃ残念」位にしか思わないだろう。


 だが、この子は違う。ボロボロ涙を溢して無く両親が友人が沢山居るのだろう。


 せめて……この子だけでも……!


 ――やっと見つけた。


 こちとら大自然のコインランドリーを堪能している真っ最中だっていうのに突如として「なんだ? 急に凄い風だ!」「吹いてないわよ?」上にいる賢明な人たち(バカ共)が何やら騒ぎ始めていた。


 この洗濯機の中じゃ何も感じる余裕は無いが何やらざわざわし始めている。辛うじて聞けた声は「こら! 降りなさい!」と「いつからそこに……?」だ。


「並河さーん! もー! 急に居なくなっちゃうから町中あちこちぐるーっと探しましたよー!もうちょっとお話してたかったんですよー?!」


 この声……さっきの……!あの……なんだ? なんか強そうな……ってか、町中をあちこちなんて程の時間は経ってねぇだろ……! あぁ、考えが纏まらん……!


 平常時なら思い出せる。でも今はそんな余裕ねぇ! 柵の上に立って俺に大きく手を振っている。しかも、さっきとまるで変わらず満開の笑顔で……!


「じょ、嬢ちゃん! 降りなよ! 危ないよ!」

「そうだ! 子供が矢継ぎ早に飛び込む事ねぇ!」


 濁流の中。結構高い所にも関わらず大声が聞こえてくる。いけしゃあしゃあと……アンタら俺が行こうとした時はそんな必死に止めてくれなかったのに……。


「……えぇ。皆さんにとっては危ないと思うので下がっててくださいね♪ 私には……お約束があるので♪」


 唐突に意識が遠退いてきた。まだ体力の残っていた頃の俺なら「皆さんには」の部分に僅かな嫌味を感じていただろう。が、そんな事を気にしていられる余裕は本当になくなってきた。


 ダメだ。この標識を掴む事だけに全身性を注げ。根本が少し、グラついてきたけれど、掴まり続けろ。


 そして、最後の力を振り絞って情けなく叫べ。


「何でも良いから助けてくれ! この子、だけでも!」


 お約束……? 誰との……?


 そういや。アイツ。なんていうんだっけ?


「その子だけ……? 何を言っているんですか?」


 アイツの身体がピンクのオーラを纏い始める。


「1分……」


 1分? 制限時間だろうか? 呟くととピンクのオーラに付き従うようにパープルの電流がバチバチ奔っていた。


「約束したでしょ?」


 一旦、柵から降りて距離を置く。柵にまた向かって走り出したかと思うと、アイツはそれを踏み台にして、空高く、キリモミ回転をしながら、跳躍した。


「両方助けるに……」


 流れに任せてクルクルと回転しながら段々と落下の速度を上げていく。


「決まってるじゃないですかぁぁぁあ!」


 トップスピードを拳に乗せて、濁流目掛け隕石の様に叩きつけると、モーゼの十戒を彷彿とさせるような水の割れ方と共に円形のクレーターを用水路の底へ作り出す。


 俺たちはと言うと……。


「うわ、うわぁぁぁぁぁぁあ!!」


 アイツの降ってきた衝撃によって大噴射された濁った激流によって大きく、それはもう大きく曇り空に向かって打ち上げられた。


「……キレイだな」


 さっきまでデッドオアアライブの境界線に立たされていた事も、人生で最も高く飛んでいる事さえも忘れ俺の瞳は濁った水が作り出した虹を見つめていた。


 本当ならもう地面に叩きつけられていてもおかしく無いだろうに、俺の世界だけどうもスローモーションになっているようだった。


 本当に俺が見ているあの虹は出現して居るのだろうか? 幾千年と積み重ねた悲劇を経て出された「大自然の前では人は等しく無力である」と言う先人たちの答えをも愚弄するかのような、超絶パンチと挑発的な笑みを見た俺が作り出した幻想なのでは無かろうか。


 「そうだ。さっきの子は……?」


 ポエムを読んでいる場合じゃなかった。スローモーションの中で俺は自分より高く打ち上げられていた少年を見上げた。声こそ上げていないがその顔は「たのしい」と言っているように笑顔を浮かべていた。


 船の帆が風を捕まえるかのように両手を伸ばすと、手のひらからはあら不思議。赤、青、緑、黄。バリエーション豊かな風船が群れを成して現れた。


 まったく。都合のいい能力だな。状況を楽しむ余裕があるくらいには緩やかな自由落下を披露していた。遊園地のアトラクションじゃ無いんだぞ?


 まぁ、無事ならよかった。後は俺がトムとジェリーの猫の方ばりに地面にめり込んでおしまいだな。乙。


「いや。いくら何でもおかしいだろ、そんな高くは……」


 死にかけた弊害か、脳の処理が全く追いついていない。自分の滞空時間の不自然さ、そして膝と腰に巻き付く柔らかな腕の感触、花のような甘く優美な香り。それらに気づくのに暫くかかってしまった。


「お弁当箱、ちゃんと洗ってお返ししますね? 私、お弁当作れないし、貰っても困っちゃいます」


 別人のような凛々しい顔で脳天気な事を言う奴に俺がされていたのは逆お姫様抱っこと言うやつである。


 命に代えられる物では無いが、なんとなく男としてのプライドがズタズタに引き裂かれる音が脳内を駆け巡っていた。


 淑やかで高級そうなローファーからはおよそ想像できる物では無い荒々しい摩擦音と共に俺を逆お姫様抱っこした剛徳路はアスファルトに着地。男の子も無事に風船のパラシュートで降下出来たみたいだ。


「恩返し、コレで1つ目ですね! こんなに早くチャンスが来るとは思いもしませんでしたけど!」


 オンオフの切り替えが凄まじく早い。今度は弁当をかっこんでた時の底抜けに明るい笑顔が向けられた。


 弁当1個と男の尊厳で助かる命か。安いもんだ。


「……ありがとうな。助かったよ」


 でも、そろそろ降ろして。この体勢、何も出来なかった自分がどんどん惨めになってくる。


「ご、ごめんなさい! ゆっくりでいいですからね!」


 剛徳路に地面に降ろして貰う。身体は布では無く水を着ていると言っても過言では無い状態で非常に重苦しい。ゼェハァと息を整えていると周囲からは万雷の拍手と黄色い完成が飛び交っていた。


「よくやった!」「かっこよかったぞー!」「お嬢ちゃんは二人の命の恩人だー!」


 当たり前だが何一つ、俺に向けられた物では無かった。パチパチじゃねぇんだよ。見世物じゃないんだ。とっとと散れよ。心で悪態をついても、観衆の熱狂はなかなか冷めなかった。


「ボク。お怪我はありませんでしたか♪」


 寄って来た少年の頭を優しく撫で剛徳路が尋ねた。ポッと頬を赤らめながらコクコクと頷く姿は微笑ましい。


「ありあと! おねーちゃ!」


「いえいえ! どういたしまして!」


 舌足らずに答える少年。自分で作った水溜りの中には何だか、物欲し気な顔をしたバカの顔が写されている。


 ――そ・れ・よ・り……!


 勿体ぶりながら剛徳路は俺の後ろへ回り、両手を両肩に置き、憐れみのように宣った。


「お礼を言うのはこのお兄ちゃんに、です♪ このお兄ちゃんが頑張って貴方を捕まえてくれたお陰で助かったんですよ♪」


 これまでの人生の経験と捻くれた性格も相まって俺は人の悪意にはひときわ敏感だ。しかし……剛徳路のこの言葉は憐れみなんかではない純粋な物だと悟る。


「おにーちゃも! ありあと!」


「……あぁ、これからは気をつけてな」


 *

 あれから、溺れかけていた上に迷子なのだと言い出した少年の家を探し出し、俺と剛徳路は夕暮れの河川敷を歩いていた。ずぶ濡れの全身を西日が暖かく包んでくれている。


「ふぅ。流石にくたびれちゃったけど、あの子……ちゃんとお家に帰れて良かったですねぇ……」


「だな。全部お前のお陰だよ。本当に助かった」


 ほんの少しの一方的な気まずさがある。無能力症について嘘をついたこと。会話の途中で急に逃げ出したこと、そんな無礼な俺を助けてくれたこと。あらゆる物が尾を引いていた。


 ダメダメだったな、俺。何も出来ないから何もしないなんてバカげてるって周りの連中を見下して首突っ込んだのに。剛徳路が来てくれてなきゃ、あの子共々死んでた。


 かと言って、見捨てるのが正解だったとも思えない。 


「うーん……なんか、違いますねぇ。並河さん、こうは考えられませんか? 貴方が倒れてた私にお弁当をくれなかったら、私は復活できなかったし、貴方がとつぜん逃げ出さなきゃ私は貴方を追わなかった!」


 「結果論だ。偶然弁当を恵んだ奴が、偶然律儀な性格をしていて、偶然超パワーを持っていたか」


 「ちーがーいーまーすー! これは貴方の優しさが生んだ最高のハッピーエンドです! だからぜーんぶ貴方のお手柄♪ です!」


「……んじゃ。そういう事にしとく」


 このままじゃ話は平行線。水掛け論になりそうだったので大人しく俺は不相応なMVPの座を頂く事にした。これ以上、水をかけられたら溜まったもんじゃないからな。話題を変えようと思い立ち、1つ疑問を投げかける。


「なんで、黙ってたんだ? あんなスゲェ能りょ……」


 ……どこ行った?質問文を言い切る前に俺の隣を並んで歩いていたはずの剛徳路の姿が無い。


「ま、まってぇー……」


 か細く弱々しい声が俺の背後から聞こえた。な、なんだ? さっきまで元気ハツラツといった感じだったのに。振り返ってみると、剛徳路は地面に突っ伏し倒れてしまっていた。


「剛徳路……! お前どうしたんだ!?」


 慌てて駆け寄ると息を荒げて顔が紅潮していた。


「しっかりしろ! 何処か、具合が悪いのか……!」


 うっすらと瞼を開けて、虚ろな瞳で俺の顔を見る。まさか、さっきのスーパーパワーの代償か……!? 


「お、おい! 教えてくれ! 俺にしてやれる事は……!? びょ、病院行くか!?」


「……お」


「お? どうした……?」


 あれ? このやり取り、何処かで……?


「お……」


「あ、あぁ……ゆっくりで良い。しっかり息を吸って……」


 やめろ。やっぱ何も言うな。俺の心配を……。


「お腹が空いて……動けません……!」


 俺の心配を返せぇぇえええ! などと。言えるはずもなく。俺は屈んで手を伸ばした。


 「……立てるか? そうなってんのも多分、俺のせいなんだろ?」


 鼻も口も土で塞がっているような寝そべり方からズズッと頭を上げ、顎を地面に置く。手を伸ばしてくるのを待つと、少しふてぶてしく要求をして来た。


「……おんぶ」


 ……は? 歩けねぇ、歩きたくねぇ。どっちかは分からないがとにかく背負え、と。そう言いたいらしい。


「本当の本当に力を使い果たしちゃいましたぁ。もうスッカラカンです。だーかーらー……おーんぶー……」


 まったくの初対面の奴によくそんな態度取れるな。羞恥心とか無いのか……? しかし、断る権利が今の俺にあるとは思わえない。命の恩人が自分の為に力を使い果たして歩けなくなっているのだから。


「……ほら。しがみつく力くらいは残ってるだろ?」


「えへへ……じゃあ、失礼して……」


 誰も見て無いよな……? まぁ既に逆お姫様抱っこなんて醜態を目撃されているのだから、いまさら女の子一人おぶってる姿を見られたからってなんだって話だが。


「並河さんの背中、あったかいです」


「なに言ってんだ。むしろずぶ濡れで冷たいだろ」


 剛徳路は160cm前後の身長やさっきの規格外なオーバーパワーには似つかわしくないほど細く軽かった。羽毛布団か、それ以下くらいだ。


「今体重のこと考えてたでしょ! レディに向かって失礼ですよー! 私こう見えて、いろいろ気づけちゃう子なので!」


 図星を突かれ、なんで分かるんだよ! と、思わず声を荒げそうになってしまったが、疲弊しきった奴にそんな強く当たるほど鬼でもない。


「へいへい。ジェントルになれるよう努めるよ」


 ってか、俺がどう考えていようと勝手だろうが。思考だけは誰にも侵される事の無い自分だけの世界だ。背中の感触で着痩せするタイプなんだなと言うことが分かるとか。口に出したらセクハラだが考える分には罪に問われない。忘れてた。俺、ジェントルじゃなかった。


「他にも気づいてますよー! 聞きたいですかー!」


「聞くよ」


 飛行機が飛んでるのは俺も気づいてるからナシな。


「あー! その反応。やっぱり、私がただのお間抜けさんだと思ってますねー! ひどーい!」


 いや、まぁ……お間抜けさんと言うかな? 


 えーっと。そうだなぁ。ごめん……恩があるからオブラートに包もうかと思ったけど、上手く言い換えが出来ない。そう思ってました。


「指。お怪我してるんですね。しかも、まだ新しい」


「指切るなんて誰にでも起こり得る事だろ」


「そんな深い傷はそうできませんよ。ズバリ! あのお弁当は並河さんの手作りです! 美味しかったのは間違いないけれど、おかずの切り方が探り探りでした! 能力が具現化するのならそうはならないでしょう?」


 こいつ。食いしん坊なだけじゃなくグルメでもあるのか? 切り方にケチつけて来るなんてお姑さんかよ。


「……正解だよ。生まれてこの方、包丁なんて握ったこと無くってな。適当にやってたらズバッとさ」


「えへへっ! 私の一勝! ですね♪」


 いささか癪ではあるがここまで看破されていて言い訳をするのも見苦しい。ってか、いつからなんの勝負してたんだ?


「それじゃあ……次!」


「まだやるのか?」


「はいです! 並河さんの能力がお弁当づくりじゃないのだとしたら何なのか!」


 なんかさっきまで干物みたいに干からびていたのに妙に活き活きしてるな。こいつが洞察力に優れてるってのは分かった。それでも、流石に無能力を言い当てる事は無いだろう。


 ……もしそれが正解だったなら、嫌な思いをするのはコイツだ。世界から軽蔑された存在の弁当を食い、世界から恐怖されてる存在の命を救い、世界から拒絶されている奴に身体を預けている。俺が同じ立場なら絶叫モンだ。


 人間大の虫、あるいな生ゴミにしがみついているような物だからな。


 最悪のパターンはこれがハズレだった場合だ。この世界における能力者への無能力呼ばわりは人権の否定に等しい「名誉毀損だ!」と訴えられれば百パー負けるだろうし、ぶん殴られても文句は言えない位の侮辱だ。まぁ、濁流をせき止める程のパンチを放つコイツにそんな事をする蛮勇は居ないだろうが。


 幸い。正解は前者だ。さて。二択だぜ?


「並河さんは……無能力さんです」


 ……思わず立ち止まってしまった。陽気で騒がしい物から落ち着いたゆったりとしたトーンに変わったその声ではっきりと言い切り、二択を成功させてしまった。


 しかも「なんじゃないですか?」だとか「だったりして……」のようなカマをかける様な言い回しではない。あくまでも「です」そう宣告していた。


 立ち止まってしまったのは不味かったか。図星を突かれ驚いたのが悟られるか? はたまた、今ならまだ「心外だ」とキレたフリで突破できるか?


 達観したつもりで、それでいて、諦観している物の見方をしているが結局、俺もまだまだガキらしい。


「もし正解って言ったら……お前はどうする? さっきのパンチで俺の顔面をぶっ飛ばして逃げるか? それとも、きゃー痴漢よーとでも叫んで誰か呼ぶか?」


 早口で開き直るという最悪手を取ってしまっていた。立ち止まる二人の影は長く。それに対抗してか沈黙も長く感じられた。


「どっちにせよ世論はお前に味方してくれると思うぜ」


 剛徳路は何も返事をしない。首を曲げれるだけ曲げ覗き込んだ表情はハトが豆鉄砲を食らったかのようにキョトンとしていた。無理も無いな。分かりやすいくらいにハッとした表情をした後、ようやく口を利いた。


「ごめんなさい。ビックリしちゃってつい……」


「だよな。んで、どうする? 降りるか?」


 少しワンテンポを置いて剛徳路から返って来た言葉。


「並河さんって……意外とおバカさん……なんですか? 見た目とかお話の仕方とか……とっても頭良さそうなのに」


 それは全く嫌味を感じさせない、人を傷つける意図も感じない鋭利な言葉のナイフ。俺の心を容赦なく抉りに来た。サイコパスとは違うベクトルのヤバさを感じる。思いっきり踏みにじった道端の花に涙を流して謝るとかしそうなレベルだろうか。


 しかし、俺の言った事は決して大袈裟なんかじゃない。直接命を狙われた事こそ無いが大怪我に繋がりかねないような嫌がらせも、心がべっきりとへし折られてしまいそうな暴言も沢山経験してきた。


「……溺れてるガキを助けに増水した用水路に飛ぶこむような奴だぞ? 頭良いわけ無いだろ」


「それでもです。貴方が優しくお弁当を分けてくれた事、流されちゃいそうな子を頑張って助けようとした事。そんな貴方をカッコいいな、素敵だなって思った事の三つと貴方が無能力だって言うこと。何処に関係があるんですか?」


 ……なんら関係は無い。


 俺が弁当をやったのは目の前で腹を空かせて倒れている人間を放っておけなかったから。助けに入ったのも、目の前で子供が流されて溺れて死ぬなんて光景を見たくなかったから。


 もし俺が無能力じゃ無くても並河千尋という人間はそのどちらも見捨てる事はしなかっただろう。


「無能力の人と会うなんて生まれて始めてです。捻くれさんになっちゃうのも仕方が無いくらい大変だったって事は分かります」


 分かってたまるか。こいつはきっと親から愛され、出会う人出会う人から愛され、いつ如何なる時も存在を肯定され続けて来たに決まっている。


 あんなチート級な能力。人生ベリーイージーモードに決まってんだろ。そんなこいつに俺の苦しみが孤独が諦めが絶望が分かってたまるものか。


 それでもこいつは黙る事を知らなかった。


「並河さんは……そんじょそこらの能力者になんて負けないくらい強い、強ーい人です。その優しさがきっと並河さんに与えられたチート能力で、最強の武器なんですよ」


 何を言い出すかと思えば、今度はチープなリップサービスか。俺は優しくなんて無いし、強くなんて滅相も無い。全ては俺がこの馬鹿みたいな能力至上主義社会で生き残る為に身に着けた術でしか無い。利用出来そうな奴に媚びて自分の存在価値を高めようとしてるだけだ。


 とは言え……悪い気は全然しない。優しい、だとか、強いだとか。世辞にも言われた覚えはない。


「で……お前は? あんなとんでも無い能力、なんで黙ってたんだよ。隠すようなモンでもねぇだろうに」


「あはは……それ、聞いちゃいます……?」


「当然だ、俺も白状したんだ。フェアじゃないだろ」


 フェアじゃないのは元からそうだ。些か後出しジャンケンが過ぎるな。0点を取って落ち込んでいた所に自信満々に100点の答案を見せつけられた後に「テスト何点だった?」と聞かれるような暴挙だろう。


 最も。俺にはそんな経験も無いんだがな。


「うーん……」


「答えたくないなら無理には聞かねぇよ。能力者には能力に関しての秘匿権があるからな」


 ガキ二人の会話にそんな法律の問題が介在する余地もないだろうが余程、あの能力に大しての悩みを抱えていると見た。古臭い考えだが話すのを渋るのに対してネチネチ言うのは男のする事じゃない。


「あぁ、いえ……答えるのは簡単なんですけどね? 並河さんのお話を聞いてたら、ちっぽけ過ぎる悩みと言うか……」


「人の悩みの大小を決める資格なんざ誰にもありゃしねぇよ。さっき俺にバカって言った奴が変な気回すなよ」


「おバカとは言ってません! おバカなんですか?って聞いただけですっ!」


「同じだよ。バー……ゲンって……混んでて嫌だよな」


 変な気を回そうとするのは俺も同じだった。思わずバカと言いかけたのを強引に軌道修正する。相手は仮にも命の恩人だぞ?「なんで急にバーゲンのお話……?」とキョトンとした後、しみじみと語り始める。


「端的に申し上げますと……私、この能力がすっごくキライなんです。便利は便利なんですけどね……?」


 ……嫌い? なんでまた。腹が減るからか?


「私ね? カワイイお姫様に憧れて居るんです。お話の中に出てくるような、か弱くて、ふんわりしてて、キラキラの……」


 お姫様願望って奴か。誰の言葉か「女の子はみんなプリンセスなんだよ」とは良く言ったもんだが。


「笑っ……ちゃい……ますよね……?」


「別に。笑える要素はあんまない」


 残念ながら俺の脳に乙女心を司る神経は備わっていないから心からの理解は示せないが女なら誰もが一度は夢を見る姿なのだろう。


 チェック項目を作るとしたらだ。可愛いは余裕でクリアしている、確かに断言が出来る。明るく元気で人懐っこい犬みたいな姿はふんわりとは少し遠いが落ち着いて話す姿を考慮すると及第点ではあるな。


 だが一つの項目だけが致命的に欠落しているな。人間基準で言う「か弱いお姫様」は濁流を殴って堰き止めはしないだろう。


 城を襲撃して来た悪の大王に攫われたとして、小太りの配管工が助けに現れる前にステージの罠も、敵も全てを殴り飛ばして帰還しそうな、そんな感じだ。

 

「えへへ。変……ですよね?私の能力、あんなのら怪獣みたいで。お姫様なんてとっても似合わない……ですよね?」


 力なく笑う声に含まれている感情は「喜」でも「楽」でもない。ハッキリと「哀」を含んでいた。


 理想と現実のギャップ、ね。現実しか見て来なかった俺から言わせれば「諦めろ」「受け入れろ」が最適解なんだろうが。正解がいつだって正しい訳じゃないと思う。


「憧れを否定するつもりは更々ねぇよ。お前がそうなりたいってんなら、それを目指せばいい」


 桃色のオーラを全身に纏って、ギラギラと輝く瞳の残光はそれこそお姫様とはかけ離れているかも知れない。


 むしろそれは、プリ何とかキュアだとか、セーラー何とかムーンのような、確かな頼もしさを表していた。


「お前がコンプレックスに思うのも無理は無いかもな。ただ、怪獣なんかじゃ断じてねぇよ。俺を助けてくれたさっきのお前は……」


「私は……?」


「ヒーロー、だったぜ」


「……」


 剛徳路は黙り込んでしまった。なんか、不味い地雷でも踏んだか? 俺は、率直な感想を述べただけだ。


 さっきコイツも俺に好き放題言ってくれた訳だし。ちょっと位は反撃をさせて貰ってもバチは当たらんだろう。

 

 「ヒーローって響きが気に入らねぇってんならそれでも良い撤回するよ。ただな? 答えはきっと一つじゃねぇ。強くて優しいお姫様だって……俺は悪く無いと思うぞ?」


「強くて、優しい……」

 

 面接の時に芥紅に啖呵切った時も思ったがなぜ俺の口はこうもポンポンと臭い台詞を吐きたがるのか。猫の毛玉か? それとも酔っぱらいの吐瀉物か……?


 そらみろ。剛徳路もあまりの臭さに言葉を失って……

  

「うわぁははぁぁ~……っ!?」


 俺の言葉が何か琴線に触れたのか剛徳路は歓喜に満ちた声を漏らしながらおぶっている俺を背後から思いっきり抱き締めてきた。


「並河さん! 並河さん! 下のお名前、教えて下さい!」


 胴体のメジャーな骨から名前も知らねぇ様な骨までがバキボキボン、メラメラバンと悲鳴を上げているのが分かる。

 

「ぐぁっ……!締まるッ! なんだよヤブから棒に! 千尋だよ!ちひろ!千を尋ねるって書く贅沢な名だよ! 神隠しにあった事はねぇけどな!」


 神隠しっていうか神の元へ召されそうだが!?


「千尋さん……えへへっ……!千尋さん……♪」


 何がお気に召したのかは分からんが剛徳路は俺の名の1文字1文字を大切に刻み込むように呟いていた。


 人体を破壊されながらじゃなければ俺はこの姿をとてもほっこりとした様子で見つめる事が出来たのだろう。


 ……と、まぁこんなカオス極まる息も出来ない位の忙しないイベントの連続で俺と剛徳路は出会った。

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