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2.強く、優しく、エトセトラ

*

 

 面接の帰り。

 宮殿かよとツッコんでしまいたくなる無駄に豪勢な外観とは裏腹に至って普通な玄関は真ん中に巨大な噴水のある広場に繋がっていた。


 聖晴道学園(セイセイドウガクエン)


 特別頭の良い学校って訳でも無いが、生徒数の多いマンモス校だ。360度、何処を向いても人が目に映る。


 RPGのNPCか背景かよって位に。


 そんな人の流れが穏やかにも絶え間なく続く校舎で、俺は初めてアイツと出会った。


 小雨の降る曇り空を反射して少し濁った水が貯まる噴水の前に座り込み、前のめりに持たれかかるピンク髪の女。

 具合の悪そうな姿に俺はゆっくりと近づく。


 「おいアンタ、何してんだ? そんな所で。どっか具合でも悪いのか?」


 「お……」


 酷くやつれた顔をして女は視線を水面から俺の方へ。


 「お……?」


 にしても……薄情な連中だな。

 こんだけ人が居て誰一人、介抱どころか教師に知らせようとすらしないなんて。


 受験シーズンだから他人に気遣ってる余裕なんざねぇってか? 俺だったら、それはそれと思うんだが。


 「お腹が……」


 「腹がどうした? 痛むのか?」


 「……お腹が減って……力が出ません……」


 マンガみたいな量の涙を噴水の中へと流しピンク髪の女は訴えかけて来た。

 そして俺はほんの少しだけ、声をかけた事を後悔した。


 ……しゃあない。乗り掛かった船だ。

 ほっとく訳にも行かねぇし。恵んでやるか……。


 「もし良かったらなんだが……食うか?」


 再び水面とのにらめっこに興じ始めた腹ペコ女のへ俺はスクールバッグから巾着で包まれた弁当箱を差し出した。


 「えっ……い、いや……悪いですよ……それに帰ればなんかあると思うんで根性でなんとかします……」


 確かに初対面の野郎にいきなり弁当渡されても困るわな。だが、何日食ってねぇんだよって位の衰弱っぷりだ。ほっとくのも寝覚めが悪い。


 少しだけ様子見とくか。

 大理石で出来た噴水のヘリへ腰掛け女に問う。


 「どう見ても歩くのすら難しそうじゃねぇか。親御さんとかツレは?いねぇの?」


 「お友達はみんな他の学校へ行きました……遠方から1人で面接に来たからお父さんもお母さんも居ないです……」


 俺もダチなんざ出来た試しが無いから何も言えない。遠方の高校に進学する娘を1人で?

 まぁ、家庭の事情か……。


 どうすっか。何か買って来ようにも、小遣いは今日持って来てねぇし、大人しく教員に突き出すか?


 いや。あんなフザケた面接をする教師が生徒を手厚く保護するとも思えない。

 俺が特例中の特例ってのもあるかもだが。


 そこで俺は妙な機転の利かし方を思い付く。


 「ううぅ……助けてぇ、アンパンマーン……」


 「残飯マンならいるぞ」


 「い、いけません!それはあなたの……うぅ……」


 謙虚な姿勢とは裏腹に、ぐぅぐぅぐぅぐぅ、と全く謙虚では無い腹の音が何発も鳴り響く。


 身体って正直だな。


 「はぁ。ちょっと耳貸せ」


 随分と頑なに遠慮をする女に俺は耳打ちをする。


 「俺の能力は弁当を作る能力なんだ……内緒だぜ?」


 無論、ウソである。


 この弁当は4月から近所の学生マンションで一人暮らしをする予定の俺が早起きをして作った試作品。切ってしまった指が少しズキっと痛む。


 流石に怪しまれるか……? そう思った矢先。


 女はどこにそんな体力が? と思うような勢いで起き上がり目を十字にキラキラと輝かせ始めた。


 所謂、しいたけ目と言うやつだ。


 「そ、そのような能力が……!?す、凄いです……!」


 「お、おう……で、食うか……?」


 延々と腹を鳴らし続ける女は気恥ずかしそうに頬を指で掻き、弱々しく返事をした。


 「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて……」


 数分後。


「わー! おいしそー! いただきまーす!」


 そう言って女が俺の弁当に手を付け始めてからは速かった。

 動画サイトの10秒スキップでも押したんか? ってな具合に。


「おい。そんな掻き込まなくても誰も取りゃしねぇよ。ゆっくり食えって……」



「わ、私もそうしたいんです……! でも、並河さんのお弁当があまりにも美味しいものでついつい……!」


 なんで俺の名を? と一瞬だけ疑問に思ったが、そうだ。俺が着ている中学の制服はネームプレート付きだ。


 にしても……まったく。なんて品の無い女だ。

 が、自分の作った物を美味そうに食われるの……


「悪くねぇな」


「ふぇ?ふぁふふはいっへはひはへふは?」


へ?悪くないって何がですか?じゃねぇよ。

人のつい漏らしてしまったモノローグを聞いてんじゃねぇよ。


「口の中に物入ってる時に喋るんじゃありません」


 ……顔、めっちゃ良いな。ガッツ、ガッツリ、ガッツと言った感じで弁当を掻き込んでいても綻び一つと浮かばない。


「ごくんっ……ふぁーい! 気をつけまぁ……」


 俺はコイツのお母さんかよ。……ん? 文末の「す」はどうした? 妖怪、気をつけ魔にでもなるつもりか?

 

 次の瞬間。断末魔に近い濁点まみれの声が聞こえて来た。


「ほぁぁぁ……!のどがづまっぢゃいまじだぁ……!」


 だから落ち着いて食えって言ったのに! 

 空腹の次は窒息かよ! なんて忙しい奴……!


「ま、待ってろ今、水……!」


 バッグのサイドにあるネットからミネラルウォーターのペットボトルを取り出す俺だったが……


 果たして、野郎の飲みかけなんて女子にくれてやって良いものだろうか……? 

 近年、そういうの煩いって言うしな……


「み、みどぅー……! みどぅー!」


「ほら……飲め……!」


 な、何が間接キスだよ。くっだらねぇ!


「ぷはぁー! 生き返りますー! あ……! ご、ごめんなさいっ! 私ったらぜんぶ飲み干してしまって……!」


 いや。ほんとすまん。お前が処分しておいてくれ。俺は紳士なんかじゃない。健全な男子なんだ。


 女子のリップがベッタリついたペットボトルなんて返された日には何をしでかすか分から………。


「いや、誓って、何にもしでかさないが……!」


「ふぇっ?! いきなりどうしたんですかっ!?」 


落ち着け、ビークール。なんか言い訳を即席ででっちあげろ。このままじゃ俺はいきなり叫び出す変な奴……あ、いや。手遅れっぽいな。すっげぇ不思議そうな顔してる。


「……そちらのお弁当には保存料や着色料と言った添加物が一切使用されておりません……ってことだ」


 どうだ……? 苦しいか……?!


「……お身体に気を使ってるんですねー! 私と同い年なのにしっかり考えてて凄いですー!」


 い、行けたぁ……! 良かった! ナイス俺!

 いや……ナイス、バカタレピンク頭……!


「並河さん。このお弁当を出す能力って……どういう仕組みなんですか? ポンッと出て来ちゃう感じですか?」


「いいや。そんな便利なモンじゃねぇ。頭の中でキッチン環境……食材……その日の天気、BGM……星占いの結果などをしっかりとイメージした上で脳内で調理のシミュレーションをだな……」

 

そうそう。そんな感じ……ポンッとな、みたいな感じで大人しく適当に全肯定していれば良かった物の、俺は何故か無駄に設定をこり始めてペチャクチャと語ってしまっていた。


 女は俺のテキトーな作り話に速攻で飽き、負けじと、テキトーにざっくりと纏めた。


「そ、そんな複雑な能力を使い熟してこんな美味しいお弁当が作れるだなんて! 奥が深いです!」


 俺はお前の思考回路が想像以上に浅そうで助かったよ。


「そう言えば……並河さんは食べないんですか? お弁当、出せるんですよね? せっかくお会い出来たんだから、お喋りしながら食べたいです」


「ん? お、おう……そだな……」


 あー……ははは。嘘って吐けないもんだな。こんな速攻で粗が出始めやがるとはな。あらあらって感じだ。


 どうする……? 一日一回しか使えねぇんだとか言ったら、恩着せがましくなるし……本当の事を話すのはもちろん論外だ。


「な、並河さん……もしかして……」


 ぐっ……勘の鋭い奴め。気づかれたか!


「ごめんなさい。今、お話ししたら邪魔になっちゃいますよね……! しーっ……です!」


 な、なんだ……? 勝手に一人で黙り始めたぞ?


「むむむむ~……っ!?」


 さては……こいつ……!


 今の俺のこの必死に言い訳を考えてる姿勢を脳内で自分の弁当の調理中だと勘違いしてるのか!?


 そうだ。なら、こいつの純粋さを利用して……!


「雨がふってきやが……」

 

 空を仰ぎ雨の日は腕が鈍る。そんなキザな言い訳をキメようとしたその瞬間だった。


 少し先の未来で先輩となるであろう在校生たちが下校しながら話している内容に俺は耳を傾けてしまい、黙った。


「なぁ聞いたか……? 今年の受験生に無能力の奴いんだってよ……!」


「うん。聞いた聞いた! 迷惑だよなぁ、厄ネタ過ぎだろ? 俺、感染りたくねぇよ……!」


 一気に気分が萎え、俺は天を仰ぐのを辞めてそのまま噴水に座り直した。空気読めバカタレ……。


「……並河さん?」


 動揺する事は何も無い。さっきの面接の時だってそうだったが十六……厳密にはまだ十五だが。


 そんだけ生きて来てあんな物言いにも慣れきってる。


 今通り過ぎてった迂闊な二人も、さぞ立派な能力をお持ちなんだろうな。


 まったく、羨ましい限り……でもねぇな。

 どうせロクな能力じゃねぇよ、きっと。


 缶のコンポタのコーンが一粒も残らんとか。


「ところでお前……能力は? 俺は明かしたんだ。お前も話してくれたって良いだろう?」


 ま。明かしてないけど。


 八つ当たりとは少し違うが、自在にしいたけ目になれるとか、一定以上の顔面偏差値をキープしたままメシが食えるとかしょうもない能力だったら腹抱えて笑ってやるんだ。


 女は急にキョロキョロと目を泳がし始め何かを必死に誤魔化そうとする。

 

「ま、まぁまぁ良いじゃないですか! 私の事は! いいなぁ。並河さんの能力。可愛らしくて羨ましいです……」


 実際には可愛くも羨ましくも、もとい能力も無いんだけどな。騙されてるとは言え、お前の言ってる事は『空気がある!かわいー!』みたいなもんだぞ。


 「能力はお教えできません。けど、一つだけお教え出来る事があります。聞いてくれますか?」


 おうおう。何でも言ってみろ。なんか悔しいからなるべく恥ずかしいような内容で頼むぞ。性格悪いな俺。


 雲が割れ、日の光が明るく差し始めると、女はその光で笑顔を2倍にも、3倍にも眩しい物に進化させていき、無邪気に言い放った。


「……私、剛徳路文。このご恩は一生忘れません! お互い無事に合格できたら仲良くしてくださいね! しっかり、恩返ししますから!」

 

 ……俺は、ついつい見惚れてしまっていた。


 繰り返し強調するようだが顔が良いという理由だけじゃない。という女の持つ不思議な愛らしさに。


 仲良くしてくれ。か。


「聞き飽きてるんだよな。その言葉」


 剛徳路文にはたぶん聞き取れていない。だが、俺はハッキリと口に出してしまっていた。


 友達になろうよ。仲良くしよう、ずっと一緒だよ。俺の中でこれらは全て嘘つきの使う言葉だ。


 この能力至上主義の社会、さっきのアイツらみたいに俺のこの無能力の事をよく思っていない奴は九割。


 そして残り一割の物好きな連中は親や教師に接触を禁じられるか、保身の為に自ら距離を取る。


 この二つだ。さて……コイツはどっちだ?


「あの……並河さん……?」


 気が付けば、俺の瞳には綺麗に映っていたこいつの顔がグニャグニャに揺らいでいた。


 ほんの少しの勘繰りで景色がここまで変わるんだ。


 屈折してるよな。俺って奴は。


 ただ……無能力からの施しを受けた弁当を食ったなんて知られたくはない。ボロを出す前に……。


「わり……ちょっと……」


「ん~?」

 

 唇に米を付けた間抜けヅラから目を逸らし、通知一つ無いスマホを見るフリをして。


「急用出来た。その弁当箱。やる」


 そして自分から距離を置く。


 深く知らないように、知られないように。そうすればお互いに傷つけ合うことが無い。


 この世界は複雑だけど、対処はシンプルだ。


「ちょ! ちょっと! 急にどうしたんですかぁ!?」


 一目散に噴水から駆け出した。未練たらしく振り返ったりはしないが目の端で捉えた姿は俺を追ってくる事はなく、ただ呑気にだし巻き卵を口に運んでいた。


「ありがとな。久々に人間とマトモに会話が出来て楽しかったよ……」


 猛ダッシュで、逃げ出したのだった。

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