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イミテーション・エボルブ  作者: 志水アンジュ
9/15

二人目

「なっ……これっ、手錠!?」


「暴れないように。 ケガしますよ」


 そう冷たく言い放つのは風紀副委員長のもう一人、柚木愛花だった。

 いつも間に――というか、いつ部屋に入ってきたかも分からなかった。

 距離を詰めるだけの隙は、いくらでもあっただろうけど……。それでも手錠をはめる音がするまで近くに立たれていることも気が付かなった。

 それは有村も同じようで、彼は確かに一瞬だけ目を見張って「柚木か」と応じる。


「ここに何の用だ。 俺はモールで倒れていた生徒を介抱していただけなんだがな」


「面白い事を言うのね。 あれだけ大きな声を出しておいて介抱だなんて……何、心肺蘇生の練習でもしてたの?」


「あぁそうだ。 耳元で叫びあってな」


 迫真だっただろ? と睨む有村に、冷たい視線で応じる柚木。

 ……この二人、ゲームをしていて分かってはいたが本当に仲が悪いのな。

 険悪なんて言うのも生易しい。もはや殺意の応酬でもしてるのかと勘違いしそうになるくらい部屋の中が緊張感で満ちていく。

 室温が下がったように思うのも、気のせいではないように感じてしまう。


「お使いご苦労様でした。 問題なくモールからの苦情に対応してもらったようで……ここからは私が引き継ぎます」


「おいおい、人手不足を補ってやってるのに『お疲れ様』だけで終いかよ。 力仕事だけやらせてポイは酷くねぇか?」


「そこは適材適所でしょ。 それとも、あなたが書類作成をしてくれるというんですか。 風紀委員でもないというのに?」


「その風紀委員でもない人員が居ないと回らないってんだから大変だよなぁ~。 なぁ副委員長サマ?」


 …………大怪獣バトル?

 先にオレと有村がしていた言い合いなんて可愛く思えてくる刺々しさ。この言動を聴いているだけでは彼らが高校生だという事を忘れそうになってしまう。

 

「あなたが()()()()()と言うのなら風紀委員への加入を許可しますよ」


「冗談言うなら笑えるヤツにしてくれ。 こっちから願い下げだ」


「あら残念。 徹底的にこき使ってやるのに」


「もっかい言うか? ね、が、い、さ、げ、だ。 いい加減、嫉妬がウザいぞ副委員長」


「……流石の減らず口ね。 一芸だけで上り詰めただけはあるわね」


「はっはっはっ、その一芸にも劣る身を気にするのは恥じゃねぇさ。 優秀な副委員長サマならすぐに挽回できるだろ?」


「えぇそうね。 卑賎の生まれがあの方の傍に居るなど間違っていますから――すぐに目を覚まされるはずです」


「…………君ら本当に高校生?」


 忘れそうになる以前に、もう学生っていう属性が全く仕事してない。

 イボルブの舞台はいつから中世の貴族社会にシフトチェンジしたのか。飛び交うギスギスだけで人死にが出るレベルだ。


「……あのなぁ白木。 勘違いしてるだろうだろうが俺は別に好きで言い合ってるんじゃない。 飛んでくる火の粉を払ってるだけだ」


「こちらとしても不本意な認識ね。 あなたが既に会長にとっての害になっていると気が付かないから直々に教えてあげているだけなのに」


「相変わらずの思想の強さですね……」


 柚木愛花。

 風紀委員の副委員長。一色凛花を崇拝し、信仰していると言っても過言じゃない激重女。

 その表現以上に的確な言葉が浮かなばない、フリークス(狂人)である。

 ……ゲームキャラであっても相手を卑下する表現を使いたくはないのだが。一度、ゲームをプレイをしたならば同様の評価になるはずだ。

 なにせメインヒロインの一色ルートに入った瞬間に全力で邪魔してくるのだ。

 一色ルートを気に入って、ステータス別で掘ってた頃なんかは酷かった。毎回違うタイミングで接敵して来ては多種多様な邪魔をしてくるんだから。

 ホント……怒涛の勢いで罵倒された時にはリアルで落ち込むこともあったなぁ。


「何を悠長にしてんだよ。 お前の処遇で揉めてんだぞ」


「処遇? まるで私が乱暴な手段にでも出るみたいな言い回しね」

 

「まるで、ねぇ? 俺にしでかしたヤツは無かったことには出来ねぇぞ」


「未遂、です。 そもそもお叱りは受けましたから、もう問題ありません」


「こっっっわ」


 有村が嫌そうな顔で言い切り、


「イカレてるよ……」


 オレが続く。

 これだよ、これ……。この思想の強さが怖いんだよなぁ。


「……あなたも大概失礼ね、白木くん」


 事実を元にしてるんだから失礼ではないです、はい。


「俺が言うのもあれだが、風紀副委員長によく言うよな」


「度胸は褒めてくれ」


「……無謀な、と付け足す必要もあるわよ」


 言うなり柚木が近づいてくる。

 手錠を外してくれる……訳もなく、怒気を纏ったまま正面に立つ。

 オレを如何様にでも処断できるのだと無言でもって宣言してくる。

 その高圧的な様を見てオレは――


「早くこれ外して貰えませんか? 手首が痛くなってきちゃって」


「…………。」


「おいおい……」


 はよ外して、と左手を振る。

 それを絶対零度の瞳で見下げてくる柚木、さすがに焦ったような有村の声が聞こえる。

 しかし、慌てる必要もない。


「昨日の放課後、だいたい七時くらいですかね……どこで、何をしていました?」


「……何が言いたいの?」


「いえ、ただの質問ですよ。 お答えいただけませんか?」


「答える必要がない。 以上よ」


 そういうと柚木は更に視線を鋭くする。

 彼女の中では既にオレも有村と同等の存在へと格下げされたことだろう。先の言い合いと負けず劣らずの強烈な殺意が向けられている。

 平素であれば、こんな風に彼女を怒らせるなど自殺と同義。顔を青くして気絶するしか道は無い。

 ただ今回ばかりは違うというのが……彼女こそが部屋を破壊した下手人と繋がっている人物だと睨んでいるからだ。

 オレのおかしな問いに気が付いたのか、有村も驚いた顔をしている。

 

「困りましたね。 お答え頂けないとなるとボクなりの気遣いが無意味になってしまいます」


「……気を遣う? 何を言ってるの、あなた」


「いえ、ただボクとしては正直に教えて頂きたいだけなのですよ。 会長派閥の首魁様?」


「――ッッ!! あなた、その言いぐさで学園で平和に過ごせると思わないことね!」


「ほーう、そりゃ恐ろしい。 過激派の名に恥じぬ在り様という事ですね?」


「白木ッッ!!」


 整った顔が憤怒に歪む。

 そして風紀委員が装備を許されている電磁警棒が引き抜かれる。

 引き抜く遠心力で刀身を伸ばし、瞬きの間に強力な電流が流れる警棒が叩きつけられようと――する寸前で止まった。

 有村が振り切られる前の両腕を押さえてくれたからだ。

 

「はなせッ!」


「止めない訳にはいかんだろ。 落ち着けよ柚木」


「出来るか! こいつは私の尊厳を――ついて来てくれた皆を馬鹿にしたんだ! ニヤついた顔面を砕いてやらないと気が済まない!」


「普段のお澄まし顔からは想像もつかないような物騒な物言いだな。 ……っておい、早く説明しろ。 押さえてるの大変なんだよ」


「はいはい……分かりましたよ」


 お痛の代償は、これくらいで良しとしよう。

 それに決して馬鹿にしたいがために煽った訳ではない。

 では何故かって?

 そりゃ私怨よ。

 ゲームする度にお邪魔キャラとして立ちはだかる彼女を好きになれる訳もない。しかも、最後には優秀な人材として扱われるため、お灸を据えられる展開も少ない。

 そんなんだからオレの中には一方的にフラストレーションが溜まっていったのだ。

 なればこそ、やれる時にこそやらねば。

 有村と腹を割って叫び合ったバフが乗ってなけりゃ一生やろうとは思わなかったし。

 はっはっはっはっはっ……これ今後はどう関わったらいいんだろ……?

 あいや、今は冷静にならない方が……いいな、うん。

 んんっ、と喉を鳴らしてから、

 

「失礼しました柚木副委員長。 確かに激怒されても仕方のない言い方でした」


「今更謝罪しようが遅いぞ白木!」


 おぉこわっ。


「ただ、ボクの受けた仕打ちを知って頂けたなら『やむなし』と言われると思いますよ……なんせ、住んでいる部屋を滅茶苦茶にされたんですから」


「何を――」


「昨日、図書館での自習を終えてから部屋に戻ると、中の物が全て破壊されていたんですよ。 まるで狙いすまされていたかのように、ね」


 そこまで言えば柚木の抵抗が薄くなる。

 どういう事か。理解が及ぶように言葉を尽くす。


「柚木副委員長。 ボクが呼び出されたのを知るのは風紀委員――その中でも上役の方しか伝えられていませんよね?」


「……生徒を呼び出す時は影響が出ないように最低限の人数にのみ共有される事になっています」


 うん、知ってる。作中でも同じような気遣いをする描写があったから。


「その方の中に身内は何人いますか」


「…………。」


 柚木が唇を噛む。

 それを見て「あぁ……大丈夫です」と遮る。


「答えていただなくとも。 気づいて頂けるように話しているだけなので」


「…………。」


「続けますけど……その中でも、強硬な手段を取るような人物はいますね」


「…………。」


「その人物……まぁ、複数いるとは思いますが。 昨日の夜、七時ごろに何をしていたか分かりますか?」


「…………。」


「どうなんだ柚木。 事件性のある話だ、風紀委員が非協力的なんて面目を潰す真似はしないよな」


「お前たちは……!」


 殺意を放つ瞳が猛禽を思わせるように細められる。

 しかし虚勢は長く続かず、柚木はゆっくりと首を横に振る。

 

「……有村に対して問題を起こして以来、私たちは公に集まる事を禁止されています。 私個人としては会話することも憚られると、考えて……」


「実態は分からない、と」


 柚木が苦々しい顔で頷く。

 

「一応、聞きますけど。 あなたが主導したって事はありますか?」


「そんなこと! ……あり得ません」


「とか言って主犯はお前って可能性は十分あるだろ」


「会長が学校生活を保障するとおっしゃられているのに私が異を唱えるはずがないでしょ?」


「俺の時はそんな理性が働いて無かったようだが?」


「あなたの場合は特殊です。 それだけの異常性と危険性を孕んでいたからこそ行動で示しただけ」


 「あ?」「何か?」とまたバチバチし始める二人を尻目に「この二人は喧嘩イベントを既に終えてる、と」と情報を整理していく。


「副委員長が主導してないとすれば……大野木あたりが妥当な線かな。 部活連の奴らも関わってる可能性も、考慮の内。 ま、芋ずる式かな後は」


「おぞましい算段をしてますけど、私たちの派閥が関わっている証拠はあるの?」


 話も一段落して柚木が改めてと聴いてきた。

 ちょっとしおらしいのは珍しく、なんだかレアな姿だ。

 ただまぁ、そんな反省してます風の空気感を出してくれているところ申し訳ないが、


「いや~証拠は何もないんですよね」


「は……?」


 ジャキンッ! と再び警棒が伸ばされた。

 全く躊躇の無い行動。そこだけ切り取れば実に男らしい。

 迸る殺意が自分に向いていなければ格好いいとは思う。


「確証はありません……ありませんが、十中八九間違いないと思いますよ」


「……理由を聞いても?」


「単純ですよ。 部屋の電子錠が壊されていなかった、これに尽きます」


 各部屋に備え付けられている電子錠は生徒に配布されている生徒手帳によって開けられるようになっている。

 基本的には居室、所属してい部室、教室など。各々に認められたクリアランス(許可)によって入ることのできる部屋を制限しているのだ。

 その中でも優位のクリアランスを持つのが生徒会、風紀委員といった運営に携わる生徒たち。特に風紀委員は事件が起きた際に事態の解決を一義的に取り締まるため、条件はあれど生徒の居室にもアクセスできる。

 つまり――


「風紀委員の優先権。 それが部屋へ侵入を許した理由でしょう」


「…………状況だけを言うのなら、確かに・・そうね」


 認めたくはないのは分かるけど、それ以外に可能性は無い。

 この学園は最先端のAIソフト、PIX(ピックス)によって管理が行われている。学園内の電磁システムの演算、伝達、実行に至るまでを担い、実態としては園内を歩き回る掃除ロボット、施設内の空調管理、各ドアの開閉の許可にまで一手に行う。言わば学園の脳。

 『人の手から離れたAIによる管理』の文句を謳い、一色家が主導として実証実験を行っている。

 そのために融資も凄まじく、また未発表ではあるが世界の大都市では既に導入を前提にしたインフラ事業が進められているのだとか。

 まぁ、色々とあるが。

 この学園の中で電子的なインチキは通用しないという事だ。

 

「ま、取りあえずこの件は風紀委員にお任せするとして……柚木さん、いいですか?」


「……何かしら」


「いや……実は部屋の中がぐちゃぐちゃでして。 出来るだけ早急に直してもらえないかと」


「……あぁ、そういう。 分かった、すぐに手配をします」


「お願いします」


 よし、これで今日の目標は完遂だ。

 授業とかは一日分空いてしまっているけど……そこは二人にノートを見せてもらうなりして頑張ろう。

 苦手な理数系の授業も今日は二科目だけに抑えられているはずだから。


「あ…………壊れた家具の補填ってどれくらい掛かるんですか?」


「今日中に準備します。 ただ、部屋の内部がどれだけ破損しているかにもよるので二日ほどを見てもらいます。 なので、こちらから宿泊先を用意させてもらうけど……それでいい?」


「あ、それでお願いします」


 やーーーったーーーーー! と飛び上がりそうになるのを必死で押しとどめる。

 まった今、夜はベッドの上での安眠が確約されたのだ。

 ホント……有難い。

 昨日からずーーーっと地続きで色々とあった。いや、あり過ぎた。

 それはもう消化しようがない程に積みあがっては途方に暮れるのみでるくらい。

 それにようやく向き合うための時間と余裕を捻出できる。

 事態の改善はすぐに見込めなくとも、呼吸するだけの合間があるだけでも違う。孤軍奮闘の身としては本当に有難い限りだ。

 というか、流石にもう何があったとしても無理。対処とか無理です。可及的速やかに、美味しいものを食べて、お風呂で温まって、ベッドでゆっくり眠りたい……。


 ビィー! ビィィー! ビィィィー!


 『緊急警報。 火事です、火事です』


「…………………ぇえ?」


 大音量の警報音に火事の報せ。

 これ以上は無理、と思った途端にコレである。


 『防火シャッターを閉めます、ご注意下さい』


 そうして、ガシャンッと盛大に音を立てて総連本部全てのシャッターが閉まる。

 ガラス面は全てシャッターによって光を遮られ―――本部内は避難灯を残して闇に落ちた。

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