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イミテーション・エボルブ  作者: 志水アンジュ
8/16

波乱の最中

 何から考えるべきか。

 まず、一番に考えなければいけないのはどこか。

 そこからではなかろうか。

 順序立てて事を見通すには今の状況は取っ散らかりすぎて、理解できないもの、解明できるものとの区別も付いていない。

 明確に思考するという行為そのものに邪念が混じっている。

 なので順序を正そう。

 

「一つ目、生徒会に呼びだされて謎の少女との関係を問われた事」


 身に覚えのない出来事。

 一口に言えばそれが一番的確な表現だと思う。

 恐らくは一か月以上前の出来事が起因になっている。でも、それを知る機会は失われている。

 解明しようも無い。生徒会の彼らなら事情は分かっているんだろうが、オレから尋ねた結果に晴らした疑念を再燃させるのは目に見えている。

 そもそも、あの場で更に言及がなされなかった時点で通常の案件じゃない。

 彼らがあれ以上に突き詰めるだけの要素を持ち合わせていなかった……とも、取れるが。

 思考の余地なし。今は放置でいい。


「二つ目、居室の破壊」


 生徒会に呼びだされた直後に起こった事件。

 真面な持ち物は残されないほど徹底して破壊しつくされたのは執念を感じる。

 本当に突然のことで、驚きという面ではここ一番だった。

 が、逆に唯一解明されている事象とも言える。

 オレが持つゲーム知識で同様の状況があった。そのためもう犯人のめぼしまで絞られている。

 判定としては処理待ちが妥当な所。考える必要はない。


「三つ目、白木弥生という人物について」


 今となってはただ一つの所持品になってしまった白木弥生のスマートフォンを調べた結果の話。

 正直に言って、これがダントツで評価出来ない。

 スマホの中身が空っぽで、何故か『イミテーション・エボルブ』というアプリがインストールされていた。

 事態としてはそれだけ。

 何か一つでも新しい要素が見つかり次第で『偶然が重なっていた』と言われるだけの取るに足らない出来事。

 オレが唐松修平だったからこそ意味がある事象だと認知してしまっている……それだけ、のはず。

 評価は無駄。考えるだけ遅延になる。

 そして何より、今の白木弥生を取り巻く環境を考える上では一番に不必要な要素。


「四つ目、カフェでの事」


 予想外の出来事の筆頭。

 強い眠気のせいで記憶も定かではないけど、前の席に誰かが座っていた。

 その人物が言うには一服盛った、らしいが……。理由も、目的も察しようがない。

 ただ確かに「白木くん」と呼んでいた。

 それだけでは白木少年と面識があるだとかは分からない。知己にするような親しさではあったが、現状で確かなものは無い。

 断片的に理解できそうなのは…………相手は女性、かもしれない。という事だけか。

 触れられた手の感触。香ってきた香水のような匂い。

 しゃべり言葉は……どうだろう。どちらとも言える気がする。

 なので評価は不明。こちらは一つ目以上に訳が分からない。

 よって、総評は無理解。

 解決の目途が立たないとか。糸筋がだとか。

 そんなもの何になると一笑に付すような無理無体。

 誰が憎しと問われたならば「オレが何した」と叫びたくなるような状況だ。

 

「でも」


 でも……そう、完全に何も分かっていない訳じゃない。

 

「重要なのは」


 白木弥生の置かれた状況。

 それに付された悪意が確かに存在している、という事。


「解決策は」


 ない。

 立てるだけの余分も、情報も足りていない。


「必要なのは」


 対処する事。

 現状を変えられないのなら耐える他に手立てはない。

 変えられるだけの状況を、風向きが変わる糸目を見出す。


「白木弥生の状態は」


 複数の問題に囲まれて対処を迫られている。

 対処しようにも決定権が奪い取られてしまっている。


「もっと短く」


 ……対応する判断も出来ずに問題ばかりが同時に起きている。


「もっと端的に、穿って」


 ………………。

 ……………………彼は、攻撃されている?


「誰に」


 二者……いや、場合によっては増える可能性あり。

 複数と、捉えていい。


「現状を踏まえて、すべきことは」


 彼の、身を守る事。

 安全を第一に行動する事。


「四つ目の評価訂正」


 白木弥生は—―


                    ◇◇◇


「……待ち伏せされて、いた?」


 声が出て、目が覚めた。


「ここ……」


 どこだろうか、と見回す。

 一日ぶりの柔らかいベッド、囲っている薄緑のカーテン。

 見知らぬ天井には蛍光灯が煌々と光を落してきており、雰囲気だけなら病院を思わせる様相だった。


「オレは……確か」


 カフェでコーヒーを飲んで……それから急に眠くなって。

 そこから続く記憶がない。


「誰かが通報してくれたのか?」


 こうしてベッドに横になっていたとすれば、そういう事だ。

 であれば、ここは病院なのか……と思って周りを見てみるも違うようで。

 ベッド横に据え付けられているだろうロッカーが置かれていないし、枕元にはナースコールも無い。

 囲うカーテンはそれっぽいな、とは思うんだけど。

 ……そもそも意識不明の患者が運ばれて来た場合、病室を用意して寝かせておくものだったか?

 先んじて色々と検査して、寝かせておくにしても処置室の空きベッドではなかろうか。


「よぉ」


「っ!」


 ぼーっと周りを見つめているとすぐ横合いから声が掛かる。

 弾かれたように首を回せば、そこに男子生徒が座っていた。

 首元を緩めてラフな様相をしているのは、


「有村蓮介……!」


「おう、フルネームで覚えてくれてんのか」


 気さくに手を上げて応じる有村を見て、一瞬で脳内に警告が流れる。

 どうしてここに……と、考えるまでも無く別のアイデアが浮かんだ。

 

「ここ……生徒会総連?」


「あぁ、そうだ」


 有村は座っていた椅子を立ち上がり囲っていたカーテンを開ける。

 気が付かなかったがベッドは窓際に置かれていたらしく、陰り始めている校舎が見えた。

 図書館、流れる無人のバズ、走り込みをしている運動部たちの影。そのどれもが見慣れない角度で眺められ、ここが間違いなく生徒会総連の建物なんだと嫌でも理解してしまった。

 何とも言えないタイミングで来訪してしまった事に頭痛を覚えそうになる。

 来るつもりではあったけど、まさか自分の意思に関係なく運ばれてしまうとは……。

 が、そんな事は知らず……いや、知っていたとしても関係なしと切り捨てるだろう有村は、再びドカッとパイプ椅子に座り、オレを見据えてくる。


「店で高いびきで寝てる学生がいるから連れ帰ってくれって通報があってな。 どんな奴がバカやらかしたかと思えばお前が居たって訳だ」


「それは……ご迷惑をおかけしました」


「あぁ大変だったんだぜ。 揺らそうが、大声上げようがピクリとも反応しないんだから。 最終的には担架を呼んで運び出ししかなかっただ、感謝してくれ」


 「は、ははは」と笑って誤魔化す。

 このまま世間話でもして終わってくれれば嬉しいな、と。思ってみても叶わない事は分かり切っていた。

 「それで?」と一拍を置いて問いが投げかけられた。


「どうしてアセントモールに居たんだ?」


「……修理をお願いしていたスマホを受け取りに、です。 急に使えなくなってしまったものですから」


「授業を休んでまでも優先する理由があるって?」


「か、家族にも連絡できなくなってしまっていたので。 心配をかけてはいけないと……」


 有村蓮介のプロフィール。

 彼は開山地区と呼ばれる、この国におけるスラム街の出身だ。

 窃盗、暴行、殺人と。法の届かない、犯罪が当たり前に横行する場所で生まれ育ち、その地区にある唯一の児童保護施設で多くの兄弟たちと過ごしていた。

 そして、この学園へ来たのは国による支援プロジェクトの一環であり、兄弟たちが無法地帯で過ごさず普通の暮らしを出来るようにと奮闘している。

 ……利用できるものは何でも使え。

 たとえ些細な心象だろうと生徒会と太いパイプを持っているだろう彼に疑念を持たれたくはない。


「そりゃ大切だ。 家族ってのは何より優先すべきってのはオレも共感できるぜ」


「そ、そうなんですね?」

 

「あぁ――それで? 家族のために連絡手段を確保したいってのは分かった。 何で喫茶店で寝てたんだ?」


「あ~……っと、ですね」


 本当の事を話すべきか。

 そんな問いが逡巡させる。

 

「実は……あまり眠れなかったんです」

 

「ただの寝不足だと?」

 

「はい……恥ずかしながら一昨日の事が頭から離れなくて」


 喫茶店で誰とも知らない人物に何かを飲まされた。

 言ってしまえば、それは事件の類として扱われる事になる。

 どのような背景があって白木少年が巻き込まれる事になったのか分からないまま、盲目的に助けを求めるのは却って危険が増す結果になる。今は黙っておくべき、と判断した。

 ……まぁ本当は「何か変な物を飲まされましたぁ~、タスケテ~!」と素直に言って体に異常がないのか調べてもらうのがいいんだろうけど。

 こればっかりは勘だ。


「ふーん。 そこまで繊細な質には見えねぇけどな」


「あ、ははっはは」


 じゃあガサツにでも見えるのかガキィ……! と、こめかみの辺りがピクピクと動く。

 生まれてこの方、大雑把にしか生きてこなかったが、それをさして喋った事のない人間に言い当てられるのも癪だ。

 「なるほどね」と有村は呟いて顎に手を当てる。

 こういう妙な鋭さというのがこのキャラの厄介な所だ。野性味と言って正しいのかは分からないが、この性質でもって子どもながらに生き残ってきたのは確かだ。

 あれこれと聴きだされればボロが出かねない。出来るだけ早急に話を終えてしまいたいものだ。


「あぁそれともう一つ」


「なんでしょう……」


 あと一つならいいか、と頷く。

 何を尋ねられるかと有村の顔を見れば、目が合った。

 警戒の色に染まった。

 鋭い瞳に。


「お前、俺の事を誰から聞いた?」


 ――ゾクリ、と背筋が冷たくなる。

 それは首元に刃物を突き付けられている感覚と似ていた。


「なんの、ことでしょう……」


 口の中が乾く。

 何が地雷だったのか……いや、いつから察知されていたのか。

 昨日の一件が有村との初めての邂逅だったはずだ。でなければあれだけ容赦なく尋問も出来ない。

 で、あれば。真面に会話をしたのは今だ。今、この瞬間でしかないのだ。

 関わり合いが希薄。いや、関わってすらいない。それ未満の関係であるはずだ。

 ――――だっていうのに、どうしてオレの内情をお前が言い当てられる……!?


「言えねぇか?」


「……言えないもなにも、ボクには何を言われているのか」


「おいおいそんな事を言うのかよ。 生徒会室では煽ってくれたじゃないか」


「……!」


 あの時、あれだけの挙動でバレたっていうのか……?

 確かサインを使わせようとわざと反抗的な態度を取った。だからと言って、あの瞬間の一言一句で疑わしいと思われるのは不可能だ。

 一体、何を感じ取れたっていうんだ。


「……だんまりか? あの場を切り抜けたのならもう少しマシな選択が出来るかと思ったんだがな」

 

「…………。」


 それをお前が言うのか、と言ってやりたかった。

 ただ問いを投げかけるだけで真偽を明らかにし、いつサインを使われるのかも分からない。そんな状況では軽口ですら叩けない。

 一方的に詰まされる。

 ルール無用もいい所だ。


「おーい、何んか話してもらえませんかね~?」


「……お話しできる事はありませんよ」


「そう言わないでくれ、俺だって無暗に無辜の生徒を退学させたいだなんて思わない。 それにお前が自力で調べ上げとも考えていない……俺はお前に誰が入れ知恵したのかを知りたいだけなんだ」


「そんな人は――――」


「居ない、なんて言わないでくれよ?」


 ……マズい。本当にマズい。

 実際にはオレがただゲームの知識として知りえているだけの情報でも、彼にしてみれば自分のサインについて情報が横流しされていると取られてしまう。居るはずのない第三者が存在しているという事になってしまっている。

 元から答えようがないにしても、このままでは変に勘違いされたままでは拗れるだけ。加えて彼が辛抱強いとは思えな――


「おい」


「……!」


 首根っこが掴まれた。

 これではいつかの焼き回しだ。


「おい、何とか言え」


「……答えようがない、ってだけで勘弁してもらえませんか」

 

「ダメだ」


 即答かよ。

 でも中途半端は許さないってのは理解できる。オレがそっちの立場なら絶対に手を緩めたりしない。

 有村はさらに強くオレの襟を握って圧を掛けてくる。


「俺の情報を誰かが握っているって状況は、この学園に来た時から予想くらいしてた。 だから一色会長を頼って俺に関する情報の一切を統制してもらうように掛け合った」


「!」


()()()()()の長女、次期当主様だ。 あの人が俺相手だとしても取引を遵守しないなんてあり得ない、ましてや半端なんて天地が引っくり返ってもあり得ない! ……お前だって学園の生徒、それが何を意味するか分かってるはずだ」


 有村は更に顔を近づける。

 まさに眼前。まつ毛すら当たりそうな至近距離で語気を荒げてくる。


「お前はどこで俺の情報を握った。 いや……いつ、俺について知ったんだ? その如何によっては――――」


「お前を殺してやる、か?」


 言葉は、勝手に口から洩れてしまっていた。

 有村が固まる。

 予想外に余裕のある返答に「…………あ?」と眉を潜め、こちらのアクションに備えている。

 ……本当に優秀なんだろうな。

 感情では無く利を持って行動を定め、徹底する。十代の少年が持ちうる精神ではない。

 でも…………でもだ。そんな事は知ったこっちゃない……!


「痛いんだよ。 はなせやっ!」


 顔を合わせるような至近距離。であれば必然に相手の首も自分の手の届く範囲にある。

 有村はオレが掴んでくるとは思っていなかったのか、驚いた表情のままベッドに押し倒された。

 クッションの軋む音。引っ掛かってカーテンが引かれる。

 倒された時は為されるがままだったのに、オレの首を掴んだ手は離れない。逆に力が込められてくる。

 互いに引かない。額を割るような勢いで引き寄せながら――眼前に迫った腹立たしいガキを睨みつけた。


「さっきからごちゃごちゃとうるせぇんだよガキっ! こっちが下手に出てればいっつまでも偉そうにしやがって何様だお前は!」


「――――! なにキレてんだよ鬱陶しい!」


「あぁ!? こちとらキレてなけりゃやってられんのじゃぁ! あれやこれやと次々次々……オレは平和に暮らしたいだけだっての!」


「しっ、るっ、か! だったらお前が白状すりゃいいだけじゃねぇか! 逆ギレも甚だしいんだよ!」


「だ、か、らっ! オレは何も知らんと言ってるだろがっっ!」


 唾が飛ぶのも気にせずに思いのたけをぶつけ合う。

 言い合い、引っ張り合い。

 その間も有村はオレの下から這い出ようと暴れる。オレには武道の心得が無いので、身をよじったり、足技を掛けてこようとするのを交わしながら優位置を譲らない。

 無法地帯で生きて来た彼はナチュラルストリートファイターだ。そんな有村を相手取って、そこを明け渡してしまえば勝ち目がないのは明白だ。絶対に死守する。


「~~~~~っっ! あぁクソ何なんだお前は!」


「それはこっちのセリフだ馬鹿野郎! 腹蹴るな痛てぇだろうが!」


「はぁ~~!? 男なんぞに押し倒されてるキモイ状況を許容なんざ出来るか! どーけー!!」


「うっっさいわ!! オレだってお前なんかを組み敷いているとか反吐が出るんだよ! 何が悲しくお前なんだよ!」


「はっ、ほれ聞いたことか! 性欲だけのサルが!」


「ただのたとえ話だろうがぁ!」


 げしげし、バチバチ、どかどか。

 なんとも鈍い音が響いていく。

 両者ともに興奮しすぎて何を言い合っているのかも分からなくなる。

 分からないついでに言動はどんどんと愚痴っぽく、怪しい方向へと舵を切った。


「第一になんだってオレを呼んだんだよ! 写真が残ってようが覚えてないっての!」


「知ってるよ! お前らが記憶にないのは承知の上でやってんだよ! あー全く、嫌になっちまうなぁ! 連日成果なしで嫌になんなぁ!」


「なら止めちまえばいいだろうが! 意味わかんねぇことしてないで先生のために親孝行でもしたらどうだ!」


「やってるとこだっての! てかやっぱり知ってやがったなテメェ! それじゃ俺の目的まで知ってんのか!」


「知ってますー! ばっちりこっちり知ってます―! 個人的に応援申し上げています所だバカやろー! 苦労した分、幸せになりやがれー!」


「言われなくてもなりますー! 誰もが羨むくらい幸せになってやるよ、ばーーーか!」


「小さい子たちのこと忘れてんじゃねぇよ、ア―ーーーーーホ!」


「忘れねぇよ! 生きててよかったって思えるくらい幸せにしてやんよ!」


「てか、とっとと妹ルートで落ちてしまえ! 他ヒロインの所に行くんじゃねぇー!」


「なんで優奈のことまで知ってんだよテメェはー!」


 ぽかぽか、とかとか、ぺしぺし。

 互いに力が尽きてきて反抗も弱々しくなった。

 そうして肩で息をしながら、最後には両の手でもって互いに頬を引っ張り始める。


「ひひふぁけんふもうあんあよ! はなひやがれ!」(いい加減不毛なんだよ! 話しやがれ!)


「はからひらないっへいっへるはろ!」(だから知らないって言ってるだろ!)


「ふぁにおー!?」(なにおうー!?)


「にゃんやっへー!?」(なんだってー!?)


 ぐににににに、と引っ張っていた手が同時に離れる。


「はぁ……はぁ……なん……なんだよ、お前は……」


「はぁ……はぁ……そ……れは……こっちの……セリフ、だ!」


 そうして一頻り乱れた息を整えて「おいっ」と先に回復した有村が迫って来る。


「でかい声出して誤魔化そうとしても無駄だ。 俺についてどうやって知ったのか話せ!」


「………………またそれかよ」


「当たり前だ、知られるというのは弱点を晒しているようなもんだろ。 その結果が俺にだけに及ぶのなら対処できる……だが、チビたちにまで危害が及ぶ可能性があるなら潰しておかなければならない」


「…………。」


 必死さの理由は立派だと思う。

 彼の根底にあるもの、それは献身と親愛だ。

 誰もが持ち得て、しかし誰もが忘れる崇高さだ。それが尊重されるのが正しい世界だと、オレは信じてすらいる。

 でも、だ。


「……お前の言う危機ってのはオレだけなのか?」


「は?」


「一色凛花がお前の要望を聞き入れている確証があるか、って聞いてるんだ」

 

「……お前…………!」

 

 有村がまた首元を掴みあがて来る。

 ただ今度は、まるでしがみ付くみたいな弱々しさだ。

 噛みつかんばかりの勢いは微塵も感じられない。


「お前が一色とどんな契約をしたのか、それをオレは知らない。 でも、お前らの接点がサイン(才能)、実利だけで繋がってるってのは察せられる。 利用価値があるからこその関係……どちらかが果たせなければ破綻する関係だ」


「そんなのは当然の……当たり前の事だろ!」


 有村は言う。


「お前は俺らがどんな思いで生きて来たなんて知らんだろが! 一日分の食事、日銭に困った事があんのか!?」


「悪いがオレにそうした経験はない。 お前の視点で言えば裕福な家庭で育てられてきた……それに間違いはない」


「だったらお前は何を理由に説教垂れる! 俺と同じ境遇にない奴が何を語ろうってんだ! あぁ!?」


 有村のボルテージがまた上がって来る。先の言動とは比べるべくもない激情を前にして、しかしオレは悠然と構える。


「んなもん、分かってるだろ。 契約の内容、それがお前に不利だって言ってんだろうが」


「不利がなんだ。 あの一色家から直接の依頼だぞ! 多少の不文律に目を瞑ってでも受ける価値がある。 お前は違うってのか!」


「いや同じだ。 一色からの依頼となると断る意味がない、体面にしても、実利にしても」


「なら――――」


「でも。 その気弱さが気に食わん」


「はぁ……?」


 何を言っているんだという風に顔をゆがめる有村。それを正面から受け止めて「考えてもみろ」と続ける。


「実利、実績。 色々、聞こえこそ良くしてるが要は従属だ。 彼女には理想もある、力もある。 だが、何においてもお前を尊重する理念というものが欠けている……お前が役に立たなくなったと判断されたら手を切られる。 お前も分かってるだろ?」


「…………。」


「それに、だ。 お前の言うように一色凛花が義理堅く約束を守ったとして、その周囲の人間もそれに倣うとは限らない。 それ自体はオレ以上に実感があるはずだ……一色凛花を取り巻く人間は一枚岩ではないことを」


「……だが、俺から反故にする訳にはいかんだろ。 第一に何か確証があっての――」


「昨日、帰ったらオレの部屋がぐちゃぐちゃに破壊されいた」


「……なんだって?」


「恐らくは一色凛花を崇拝してる生徒たちによる犯行だろう……オレにとっては災難以外の何物でもないが、これはお前への不信だとも取れる。 違うか?」


「…………。」


 そこまで言うと有村は黙ってしまった。

 ……正直に言うとオレはあまり有村蓮介というキャラが好きではない。

 苦手な分類に入る人格を持っている、と思う。

 それでも我慢ならないと声を荒げる結果になったのは、彼の一色凛花に対する態度が気に食わなかったからだ。

 ゲームをしている時に感じたのは、何においても家族を優先する良いお兄さん。そして、家族を守るためにはどんな犠牲も厭わない危うさ。その二面がオレの読み解いた彼らしさだ。

 家族を優先するあまりに時には間違った選択をすることもあったり、取り返しのつかない状況を生み出したりすることもあった。

 それは彼の弱点とも言え、逆に言うなれば情愛の深さの表れだ。

 磨きようによっては彼の信念、武器にもなり得る性質。

 だというのに、今の彼はそのどちらもを殺している。

 オレなんかに何が分かるのかという話もある。でも……それでも我慢ならなかった。

 似合わない戒めで自らを縛り上げて、現状に満足してしまおうとする魂胆が。

 自らを騙して成長を止めてしまいそうになっている姿を見るのが。

 だから、これは完全にお節介だと分かっていても言わせてもらおう。


「疑う事から逃げるな有村」


「…………。」


「お前の欲を満たす事を、安易な解で代用しようとするな。 もっと貪欲に、人を足蹴にしてでも求めろ。 お前はその程度で満足できる器なのかよ」


「なんなんだよお前は……」


「白木弥生。 一般生徒だ、知ってるだろ?」


「…………。 はぁ……お前と話してると疲れた」


 そういうと乱れた服を適当に直してそっぽを向く。

 これ以上、オレについて言及することを止めたらしい。


「いいのか? 何も聞かなくて」


「いい。 今日はお前を尋問するために運んだんじゃない……次の機会まで見逃してやる」


「そうか」


 そこまで聞いて自然と体の力が抜けた。

 なんだか打算だとか、計算だとかを完全に無視して言い合いをしたからすっきりした。問題が山積みなのは変わらないが……。

 まぁ、それはいい。

 あとは予定にあるように部屋の惨状を解決してもらえるよう手続きをしてもらおうか。


「じゃぁ物の次いでだ。 有村、部屋が壊されたのってどこに申請すればいいんだ?」


「……俺は風紀委員じゃないぞ。 おとなしく窓口に行け」


「場所知らないし。 案内してよ」


「お前、遠慮が無くなったか? 慣れ合うつもりはないぞ」


「あんだけ言い合って遠慮もクソもあるかよ」とか「礼儀を弁えろって話だ、分からんか?」とじゃれ合っていると……ガチャっ、と金属音。

 「へ?」と見れば手首に頑丈そうな手錠が付けられていた。


「……有村、何をしてるの」


 そこには長い髪を後ろに纏めた少女――風紀委員副委員長、柚木愛花が立っていた。

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