開けゴマとは言うものの
宮東海学園の敷地の外。バスを一本乗り継いだ所にアルセントモールは立っている。
十階建て、広さは某野球ドームが二個ほど収まってしまうと言う。
……正直、その例えでピンときた事が無いのだけれども。まぁ、驚くほどに広々としているというのは事実だ。
このアルセントモールの中には日用品から娯楽まで。あらゆる分野の最先端の商品が軒を連ねている。
特に娯楽――ゲームセンターや映画館などではVRを利用したアトラクションと言っても差し支えない体験が出来るのだという事だ。
何やら特殊な器具を用いることでARを超えた拡張世界がどうのこうの……らしい。まぁ、難しい事は分からないが。
宮東海学園の生徒であれば必ずと言っていい位には利用する機会のある場所だ。
そして、オレが用があるのはその中のケータイショップ。二階に位置する電気店に連なった店舗である。
◇◇◇
「――――端的に申し上げまして、開くことは出来ませんでした」
「はい?」
善は急げと腹に決めて授業をサボり、店が開く朝の九時ちょうどに辿り着いた店舗。
その座椅子に座った途端に告げられたのはあまりに無情な言葉だった。
「えっと……開かなかった、というのは……?」
「……はい。 今回、お持ちいただいたこちらのスマートフォンなんですが、ご依頼されたのが『PINコードを忘れてしまって開かなくなった。 中のデータだけでも取り出せないか』という事でした」
「あ、はい。 間違いないです」
実は最近、転生してきたばっかりでこの子の記憶もないんですよね☆
……なんて、正直に話せる訳もなく、嘘を言うのも何となく嫌だったのでそう言ったのだ。
最悪、中身だけでも他の機種に移行さえ出来ればいいと思ってもいたし。
今日ここに来たのも全てが解決した後の事だと高をくくっていた。が、どうも開口一番から旗色がおかしい。
「通常、PINコードが不明ともなると正規の手順では絶対に開かないよう保護がなされています。 ですので、データの移行作業に重点を置いてアプローチを行っていました」
「詳しくは言えないのですが」と前置いて、店員のおっちゃんが数枚の用紙を取り出す。
「……これは?」
ぱっと見た感じ英文字と数字が乱れた羅列が並んでいる。
見たことのある英単語も確認できるが『error』くらいの単語しか……あれ、エラー?
「こちらはこのスマートフォンを解析した結果になります。 ちょっと見にくいですが……ここです」
そう言ってボールペンで見やすいよう赤く丸をする。
そこには『application:thans0778qanx』の文字。
「なんですか、これ?」
「このスマートフォンの中にダウンロードされていたアプリです」
「ほー……」
こんな風に表示されるものなのか。
伊達に四十年近くは生きてないが初めて見た。
「えっと……これが?」
「……このアプリが原因でデータの移行が不可能になっています」
「へ?」
何を言われたか一瞬理解できず、用紙を見ていた顔を上げる。
そこにはおっちゃんが申し訳なさそうな顔をしていた。おっちゃんは更に眉を下げて「手は尽くしたのですが」と続けた。
「えー……っと。 何でそんなアプリが入ってるのと、か」
言うと首を振られてしまい、
「アプリというものは作り方さえ覚えてしまえば誰でも作ることができます。 ここに表示されているアプリも正規の物ではなく個人によって作成された物とは分かるのですが……」
「正規の物じゃない……」
んむー、と悩むオレにおっちゃんは「申し訳ないのですが」と
「ストア以外で何かをインストールした覚えはありませんか?」
「あ、いや全く。 こういうのを見るのも初めてで」
反射的に答えて、いやオレのことなんだけどと内心で突っ込む。
アプリを素人でも作れると聞いてしまうと白木少年が作ったのか、とも思えてしまうが真相も意図も読めない。
『なぜ』を追求しようにも本人が居ないのであれば仕方がないというもの。
防犯のためと言われてしまえば、それでも終わりな話かもしれないし。
「あ、それじゃPINコードの変更って……出来ないんでしたっけ」
「それも試してみたんです」
「お」
「ですが……」
ピランと用紙の二枚目。
「こちらも先ほどと同じアプリが干渉してきて操作を受け付けず、強制シャットダウンされてしまいまして」
「アプリが勝手に電源を落とす……?!」
そういう事もできるの……?
てか、だとしても厳重過ぎないだろうか。
いや、そういう手段でデータを守ろうとするヤツもあったりするんだろうけど。
それにしたって白木少年はただの学生だ。そんな彼が持つにしては不相応……というか。
「それと、他に判明した事が」
「い、いい話ですか?」
「………………。」
無言のままに三枚目。
そこには先のアプリの名称が書かれており、「今回の作業で、このアプリについて詳細に調べてみたものになります」と重々しくおっちゃんが告げる。
「その結果、アプリは思ったよりもスマートフォンの主幹機能に食い込んでいるらしくて……これによってPINコードが毎回変更されている事が分かりました」
「……はいぃ?」
何かの冗談かとおっちゃんを見る。が、とても真剣な表情で見返されてしまい、それが笑えない冗談ではないのだと分からされてしまう。
「…………。」
そして、何も言えなくなってしまった所で最後の四枚目。
そこには難しい英数文字や謎のグラフなどは記されておらず、シンプルに一文が載っていた。
『以上の結果から、当該アプリの存在でご依頼の作業は不可能と判断されました。 当社は新しく別の機種のご購入を強くお勧めいたします』と。
「このアプリが存在している以上、スマートフォンを開くことは出来ない。 と、いうのが私どもの結論です……それで」
「如何なさいますか?」とおっちゃんは聞く。
しかし結論は……いや、結末は分かりきっていたのである。
◇◇◇
「そんなのありかよぉ……」
ケータイショップを出て、無理にでも気分を変えようと入ったカフェの席に座り、頼んだコーヒーを一口啜って――出てきたのは、そんな言葉だった。
よし、次に切り替えてこう、とか。
いやまだ他の方法があるはずだ、とか。
なら別角度から追うまでよ、とか。
そんな未来へ悠然と歩んでいけるような明るいセリフなんぞ吐ける訳がない。
こちとら熟成まった無し、崖っぷちの三十八歳やぞ! 早まって若干腐りかけてんねんぞこら!
いや、誰にも怒ってないし、怒る気力もありませんけどもね。
「ハァー……」
気の抜けたため息に、せっかくのコーヒーの香りが薄れてしまう。
なんの気なしに入ったカフェで、何となくで頼んだアメリカン。それがあまりにいい香りを運んできて、口にした時の適度な渋みや苦み、余韻に浸って幸せな一時を送っていた……はずなのに。
それを邪魔して余りある失望に、ちょっとがっくりしてしまったのである。
ましてや部屋を破壊された翌日だ。
オレには何かしらの権限やプロとしての経験がある訳でもない。そう易々と誰かが生きていた痕跡を追えるとはも思えないが、それでも何か見つかってくれよと思うのが人情だ。
「それがまさかの成果なしだからなぁ」
取り付く島が幻だったとは笑えやしない。
まして状況は更に悪くなるとは思ってもみなかった。
これでは授業をサボってまで出てきた甲斐が全くない。ただでさえ危うい学習状況を自分から追い込んでいるだけだ。
……というか、余談だけど。
文系の授業は予習復習で一日は受けずとも追いつけるのに、理数系の授業は一分でも気を抜くと魔法の言語を話してるのは何なのだろう。同じ言語のはずなのに理解できる自信が湧かないんだが?
「……て、今重要なのはそこじゃなくて」
頭を振って意識を戻す。
後に詰まっている課題は一旦忘れて――目の前の問題、このスマホの中身について考えなければならない。
「PINコードを変更ねー……」
何を思ってそんな設定がなされたのか。全くもって理解できない。
スマートフォンとは現代における情報の箱そのもの。中高生の立場にしてみれば娯楽の対象だといっても過言じゃない。
それを他人に開けないよう厳重にするのは分かる。
が、それを自分ですらも開けないようにする事に何の意味があるのか。
例えるなら、鍵のついた箱と鍵束だ。
箱は一つに対して、用意された鍵は一万本。そのどれもが錠を開く可能性を持っている。
しかし、箱の錠は摩訶不思議で開けようとする度に形を変えて開かないようにと抵抗してくるのだ。
そんな物、箱とは呼べない。
箱の持つ機能とは中の物を『守る』こと、そして『開く』ことだ。
どちらかが欠いたのなら、それは路傍の石と変わらない。
「それだけ見られたくないのなら壊してしまえば良かったのに」
それが一番確実な方法だと思う。
見られたくない代物があるのなら壊してしまえば絶対に誰かの目に触れることはないのだから。
それに最近ではそういうサービスも増えていると聞くし。
思い浮かばなかったとは考えにくい。
「ん-、中途半端なんだよなぁ。 白木少年は」
スマホを厳重に管理したいと思うまでは分かる。
でも、自分自身でさえも開けなくする(完全に開かない訳ではないけど)ことに何の意味があるっていうんだろう。
普通、そんなことをしたのなら「中身を絶対に見られたくないんだな」とか「これには重要な何かが入ってるに違いない」と勘繰られても仕方ない……。
「んー」
それとも。
逆に、開いて欲しい……と思っていた、とか?
「………………。」
いやいや、ないない。
と、笑ってコーヒーを口にする。
考えすぎていたのだろう、少し冷めてしまっていた。
「さて」
これを飲み終えたらどうしようか、と考える。
まだ午前中で、急げば午後の授業には出られる。
遅れを気にするのであれば授業へと向かうのが普通ではあるが、正直あまり気が乗らない。
堂々とサボってしまった手前というのもあるけど……わがままを言うなら、このままぼーっと何も考えずに過ごしていたい気がするし。
はて、どうしたものかと。
思っては、右手で弄んでいたスマホの画面が付いたことに気づかずに。
何かを思うよりも早く、自然と指が動いてしまっていた。
「あっ」
条件反射で数字を入力してしまい「いけねっ」と慌てると、ポコッと独特な電子音。
「あいた?」
そこには、購入してそのまま使用していただろう、何の変哲もないスマホのホーム画面が写っていた。




