お部屋破壊イベント発生中
電子錠に生徒手帳をかざして――自室のドアを開ける。
そこには壁紙を剥がされ、シューズボックスも壊されて、リビングへと続くドアが外れかけている惨状がよく見えた。
「…………。」
無言のまま閉める。
再び電子錠を操作して、ドアを開き
「………………。」
変わらなぬ部屋とまた対面する。
またドアが自動で閉まり、
「………………………。」
閉じると同時にまた開く。中の状態に変わりは――――あ、取れかかってた扉が外れて落ちた。
ついでにガラスも割れる音も聞こえたので、玄関ばかりかリビングも同様に壊されたようだ。真っ暗な部屋をここから覗く分には知りようはないけど、たぶんキッチンも、寝室も。
これ以上のないほど丁寧に壊されているはずだろう。
「………………………………。」
ドアが、また閉まる。
もう解錠しない。
代わりにブツブツと、声が漏れた。
「……しよう。 どうしよう、どうしよう、どうしよう」
自然と手が頭の上に乗っかって、ぐぎぎぎぎぎぎと背中が仰け反る。
さながらパニック映画のゾンビそのもののように髪も振り乱して、
「敷金っ、礼金っ、ローンがぁぁぁ…………!!!??」
……勘違いしないで欲しいが、この部屋を借りた際に払ってしまっているものだ。それに借家であって購入した訳でもない。
何かしらのトラウマにでも火が付いて苦しんでいる様子。誰かが優しく諭してでもやれば落ち着くのだろうが。
今の白木には声は届かない。
てか、声を掛けたいと思う人物もいない。
ので、その醜態はおよそ十五分ほど継続されたのだとか。実はもっと長かったのだとか。
まぁ、知る由もない事だ。
◇◇◇
「……落ち着いた」
玄関先で発狂していること数分。諦めて中の様子を見回って更に数分。
併せて三十分ほどを掛けて自室を捜索してみたが、壊されていない物は見つからなかった。
家電は勿論、浴槽、トイレ、数冊の本でさえも破かれていた。
壁には長物を叩きつけたような跡。床は色々な破片やら食材のようなものが散乱し、天井の電球ですらも割られている。
この部屋の中に金品の類は置いていない。それ故に破壊的な行動を取らせたのだろうか、とぼんやりとした頭で考えてみる。
「考えても無駄か」
言ってみてさらに空しくなった。
この惨状を果たしてどう片付けようかと、どこに通報するべきだろうか、と。
考えてみれば答えはすぐ出てくる。が、どうにも気力が湧かなかった。
やる気の全部をさっきに出し切ってしまったからだろうか。確かに「今日も頑張ったから、ゆっくり寝るとしますか」とか考えていた。
ふかふかの布団に包まって何も考えることなく泥のように眠って…………それが叶わないと分かって萎えた?
「そんな子どもみたいな……」
こちとら四十近いおっさんである。
日々、向上心もやる気も目減りしていく一方で、諦観とか現状維持とかが好きになっていくお年頃だ。しかし、今更全部がお釈迦になった訳でもないのに萎えたりもせん。
最低限、生活を維持しようとする事には食指は動く。
そこまでは腐っていない。
「じゃあ、このやる気の無さは……」
何でだろうか、と。
んー…………、と腕を組んでも出ては来なかった。
「もう少し見えて回るか」
びりびりに破かれて中のスプリングの飛び出たソファーから腰を上げる。
ここまで徹底的に壊されたのであれば望み薄だが、見つけておきたい代物を思い出したのだ。
ただ、しばらく触ってもいなかったのでどこへ仕舞ったか……。
「取りあえずは寝室」
ざくざくと瓦礫の中を進む。
部屋の中ではあったが靴は脱いでいない。さながら本当に廃墟へ足を踏み入れたかのような感じだが、まったくの比喩になっていないのが笑えない。
寝室のドア……だったものは床に横たわっているので無視。
枕やベッドからの羽毛が飛び出た寝室へとやってきた。
「こっちも酷いもんだよな……」
本棚、デスクは粉々に。手作りだったろうナイトテーブルは辛うじて形は残っている。が、横倒しになって、踏みつけられただろう跡が生々しく横っ腹を凹ませていた。
ベッドは…………まぁ、骨組みすらも残ってない。
改めて、酷い有様だ。
「…………。」
軍手でもあればよかったな、と現状への所感としてはアホ過ぎることを考えながら、転がった何か達を持ち上げて探す。
大きな板材はデスクの一部だったのだろうか。それも持ち上げて、しかし下には同じような埃と残骸ばかり。
足で蹴っては転がしても同じ。形あるものは見つからなかった。
「…………んー、ここじゃなかったか?」
記憶を辿る。
確か、一番最後に触っていたのは…………キッチン?
「行ってみるか」
と、気軽に言ってみたものの。
ここが一番に酷かった。
コップ、料理皿、ミキサーに至るまで。キッチンに置いてあったガラス製品は悉く砕かれて山となって積まれていた。
明かりすらない暗闇であっても鋭利に尖った先端が浮き出ており、見ただけでも踏み場もないのは明白。当然に、素手のまま触るとなると流石にケガしかねない。
「…………。」
離れた所から目を凝らしてみるが目当ての物は無い、ように見える。
棚の中にも無いだろう。探しているのはキッチン用品ではないのだから。
「そうして振り出しに戻る、と」
またリビングのソファーに座る。
差し込んでくる月明りも助けになって、闇夜に慣れてきた目が引き裂かれた壁紙を捉える。
斜めに二本、刃物を突き立てて切り裂いた跡。どこぞのプロパガンダの張り紙を裂くような有様にため息が漏れた。
「何でこうなったか~…………」
疑問には、誰も答えられない。
今まで健全に…………少なからず、この一か月の間は学生然として生活してきたというのに、この仕打ちは何だろうか。それこそ娯楽などに勤しむ暇すらなく勉学に励んできたというのに。
それともオレの学生時代があまりにも勉強なんかと縁遠いものだったから、その落差で家具が自壊したとか?
あり得なくは無いとも言えないのが何より悲しい。
「てか、今更だけど案外勉強って嫌いじゃなかったのかもなぁ~……」
唐松修平として生きた時には想像することも無かった感想だ。
オレの学生時代は学校、というよりもバイトをして日銭を稼いでいた記憶が強い。そりゃもう授業なんかは週に何度出ていたのかという位で。
呼び出しをくらっては聞き流し、次の日にはまたバイトに明け暮れる。そんなことを繰り返していれば当然、先生たちからも手に負えないと最後通告を言い渡されて終わり。自分でも自覚している所だけども碌な学校生活は送ってこなかった自信がある。
それが巡り巡って、今更ながらも学ぶことの楽しさに触れる機会を偶然にも得た。
それが借り物で、自らの努力でもって手に入れた成果でなかったとしても。
「…………いかん。 ネガティブになってきた」
眉間のあたりを揉み解す。
オレはあれこれと考え始めると悪い方へ流され気味になってしまう。悪循環が悪循環を呼んで、また次なる悪循環が――と、自分からドツボスパイラルを形成して遥か深海へと飲み込まれてしまうのだ。
直さなければ、とは思っているが。
こればっかりは生来の性格によるものと半分は諦めている。
「…………。」
短く息を吐き、遠くに行きかけた思考を戻す。
現状、この部屋をどうにかしなければ人並みの起居すらも叶わない。一晩くらいは無理やり雑魚寝しても問題ないだろうが、問題を先送りしてばかりでは元も子もない。
「だからって、どうし……」
……たものか、と言葉は続かず、
「…………。」
部屋を改めて見回す。
破壊された家具、引き裂かれた壁紙、ライトも一つ残らず割られてしまい、外からの月光だけが証明の代わりになっている。
そこに、既視感。
十秒、二十秒と時間が経って、
「あーーーーーーーーー!!!」
思い出したぁーーーー!!!! と、眼前の壁を指さす。
荒廃した室内、場違いに美しく差し込んでくる月光。
それは『イミテーション・エボルブ』のとあるルートの光景で、目の前と同じく居室が破壊される展開があった。
ゲームシナリオ、ルート五十四番『興味と硝煙』。これは一色凛花との交友を進めることで解放されるルートの一つで、その中でも一色を敬愛する人々とのすれ違いが描かれている。
その中でも自室を強襲されるイベントが存在している。それは一色との関係値が変化するタイミングで発生する汎用イベントの一つだ。
ヒロインとの関係値が良好な反面、その他の生徒たちの印象が悪ければ発生しがちになり、ヒロインとデートする、図書室で一緒に勉強する、一緒にいるところを他の生徒に見られる…………果てには『何もしない』を選択しても発生する始末。
最初のうちはヒロイン側も対策を講じてくれるなど手助けもしてくれるが、これが五度、六度と重なると「あなにも責任の一端はあるわ」と好感度降下イベントにもなるという極悪仕様。それらも相まって迷惑、有名併せて迷イベントとして扱われている。
……で、何でかその事を思い出したかのかと言えば、このイベントが発生したときに写るスチルがこんな感じなのだ。
破壊されつくした室内にアバターがポツンと一人きり。その哀愁ある背中を何度見たことか……。
「いきなりの事で忘れてたけど、ここってゲームの中だったわ……」
一瞬、本当に絶望しかける寸前だったが持ち直した。
昨日、オレは初めて一色凛花と会うに至った。それが恋になって……とかは、これっぽっちも可能性としては考えちゃいないが、オレが呼び出されたことが原因なのは明白だ。
彼女の周りにいるキャラたちの心情を思えば『あいつは会長の邪魔になる』とでも考えた結果だろう。
イベント発生の経緯が異なっている事から思いもよらなかったが、結局は『会長のために邪魔者を排除しなければ』と思っての事だ。
同じ衝動なら手段も同じ。
単純な奴らだ、と罵ってやりたい気持ちもあるが、今回ばかりはその単純さこそが有難い。
相手方の取る手段、方法、タイミング。ついでに下手人まで。
ことゲーム攻略という観点で見るのなら全て把握済みだ。
であれば取るべき対処はいくらでもあるというもの。
「ふ、ふ、ふっ……」
思わず笑いが漏れる。
生徒会室に呼び出されたのも、突然に部屋を滅茶苦茶にされるのも。
平穏、平和に学校生活を送りたいという細やかな願いを無下にする暴挙に他ならない。
一方的にやられっぱなしというのも気に入らないし、何より受け待ちだけでは対処に繋がらない。謂れのない暴力なぞに屈してたまるか。
それに、こんだけ怖がらせられたのだ。
お礼もかねて、その心を再起不能なまでにへし折って全校生徒へのさらし首にしてくれる!
待っておれクソ犯人どもぉ!!
「あーはっはっはっはっはっは!!!」
ガクブルにネガっていたおっさんはどこへやら。
殺意に目覚めたおっさんは一頻り高笑いし――
「はっ……はっ……まぁ、状況対策は程々にして」
本題……この問題の本質を思い起こす。
それは――
「オレが『白木弥生』を知らなさ過ぎるからだ」
白木弥生。
彼に成り代わって一か月。オレが出来ていたのは、身の回りの物から察する人となりくらいなもの。
好物、趣味、交友…………十七年という人生の一端すらも知る事が出来ていない。
今回はゲームの知識で回避出来たり、対処が可能な範囲だったりで致命的にはなっていないが、それはあくまで対処が許容を超えていないだけの事。
彼を知らないという弊害は今後も確実に発生してくるはずだし、その問題をオレが解決できるとは限らない。
絶対に唐松修平としてではなく白木弥生としての選択を迫られる瞬間がやってくる。
「……だからスマホを探してたんだけども」
PINコード……解錠のためのパスワードが分からなくては開きようがないと放置してきた彼のスマートフォン。
十代のスマホとなると数あるネットとの接触点、その最大手だ。どんなサイトをチェックしていたのか、SNSでの交流、家族について等。まさに情報の宝庫。
調べてみない手はない……のだったけど。
「これは持ち歩いていなかったオレの落ち度かな」
ダメもとで部屋の中を探し回ってみても、やはり見つからなかった。
部屋に押し入って来るような奴らが放って置くはずがないし。
無残に砕かれて、中身もろともお釈迦になっているだろう。
もしかしたらバックアップで何か残っている可能性も無きにしもだけど……それも確定ではないし、パスワードもメールアドレスも知らんのだから意味がない。
「…………。」
もう打つ手なしかな、と諦めかけていると、カバンの中から電子音が響いてくる。
もしやまた生徒会か!? と一瞬身を固くするが、件名が違っている。
『メールにて失礼いたします。 先日、お預かりしたスマートフォンの解析が終わりましたので報告させて頂きます』
「…………あ」
そこまで読んで思い出す。
そうだ。スマホがこのまま使えないのは不便だからと休日に販売店へ行っていたのだった。
……だったら。
「無事ってことか」
まだ望みは繋がっている。
白木少年を知る機会は失われてはいないという事だ。
「……よし」
ならば、やることは決まった、と座り込んでいたソファーから勢いよく立ち上がるのだった。




