生徒会へ
宮東海学園、生徒会総連。
それは学園の中心に鎮座しているニ十階建ての建物と名前を同じくして、学校運営に携わっている機関とも名称を兼ねている。
役割として学校全体の風紀維持、部活・クラブ活動の補助、施設機能の保持と設備改善の促進など……学内における学生生活に根差した活動を主としている。
特に学内の風紀、言い換えれば治安維持活動に関しては特別な優先権を持つことを許可されている。
学内には警察組織は存在しておらず、学生が自らをもって風紀の維持を行うことが求められるのだ。
そのためある意味では外の警察組織よりも強力に取り締まりを行える権利も持っており、色々な意味で恐怖と安寧の対象となっている。
そして、それら総連全体を束ね学園においての最高意思決定機関となるのが生徒会だ。
通常であれば生徒と学校運営は切り離されているものだ。しかし、この学園の設立理念である『自律立身』の元に、学園内のあらゆる意思決定は学生に一任されている。
なので、資金運営に始まり、授業形態の管理、果てには教職員の採用権まで生徒会は有している。
学生主体とはよく言ったもので。
この宮東海学園は学生によって完全な運営がなされている。
……そんで、白木弥生を取り巻く現状がヤバいというのが、総連を飛び越えて生徒会に呼び出しをくらっているという事で。
いわば、一国の城主から出頭を命じられたともなれば—―――命はあるだろうかと、そんな心配になってくるのだ。
「しかも今の生徒会長はあの一色会長だ……」
『イミテーション・エボルブ』を代表するヒロインの一人。
物腰柔らかく笑みを湛えて、セミロングに揃えた黒髪、学生離れしたプロポーション。男女関係なく色香に狂いそうになる華やかな見た目は、生徒会長たらんとせんとは如何せん、という問いに百パーセントの回答を見せてくれていると思う。
実際、ゲームキャラとして一番好みだ。
が、今はそんな思い入れなどは忘れなければならない。何故ならば、
(作中きってのラスボス系ヒロイン……! 主要ルートの六割で敵対アンド的確に掃討してくるバグキャラ筆頭!)
優秀という性質が最悪の形になって凝集しているだとか。
まぁ、とあるルートでは主人公に方恋慕して主要な登場人物たちを悉く葬っただなんて伝説があるくらいだ。いくらビジュが好みだとか宣ったところで、明確な地雷原に近づきたいとは誰も思わない。
「……だから関わり合いにはなりたくないんだけど」
言った所で呼び出しをくらった事実は変わらない。
もし無視でも決め込もうものなら想像を絶するような処遇が待ち受けているのだ。選択の余地すら存在しない。
というか、呼び出しの原因が一か月以内の出来事であれば何かしら謝りようはある。悪い事は一切していないと誓えるにしても、全力で平身低頭で謝りに行ける。
しかし、問題なのはそれ以前の出来事。
オレが白木弥生として転生する前の出来事であったなら話は別だ。
「全力で許しを請うつもりだけど……」
何を悪として問われるのかが全く分からないというのが不気味だ。
一か月。白木として生きていたから分かるが、この少年は何かしらの犯罪に手を染めているような人物ではない。
スマホの中身すら見れていないが、大城や早瀬などのクラスメイトとの交友関係や部屋の家具、自室の本とかを見ても少しなら人となりは察せられるものだ。
悪人では決しないとオレは確信している。
……だからこそ『何で?』とは強く思ってしまうけども。
「……ここか」
もやもやと考えているうちに生徒会総連へと辿り着いていた。
遠目から見ても高く思っていたが下から見上げれば尚の事。ガラス張りを眺めても自分の顔が映るばかりで中の様子を伺い知る事が出来ない。
巨大なビルの陰に一人だけで立っているのは、巨人の足元に取り残されてしまったような感覚にさせてくる。
踏み潰される事はないだろうか、と。益体も無く考えては溜息をついて、
「ええい、ままよ!」
にじり寄ってくる不安を置き去りにせんと一歩目を踏み出す。
勢いをそのままに自動ドアを抜けてロビーに待機している人物と目があった。
「あ、ちゃんと来てくれたみたいですね。 よかったです」
そう言って微笑むのは髪を肩まで伸ばした女生徒。
落ち着いた雰囲気に、少し垂れ下がった目元を更に優しく歪めて、明るい栗毛を耳に掛ける。年齢に見合わない色気のある仕草に一瞬見とれてしまうが—―無理やりに意識を切り替えて彼女、井波美鈴に向き直る。
何を隠そう彼女は会長直属の秘書だ。
そんな人を迎えに寄こしている時点で状況は重くなった。気を引き締めなければならない。
「……はい、急に呼び出しを受けましたので驚いてしまったのですが」
「あ~、通達があったのがついさっきですもんね。 迅速に来ていただいて重ねて感謝です」
「いえいえ。 とんでもないです」
いえ~ほんとに感謝かんしゃですよ~。
いえいえ、勿体ないお言葉で。
などと、益体のない言葉を重ねて合間を濁すように相槌を打つ。相手の方は完全にマイペースゆえの対応なのだろうが、こちらは距離感を詰めかねての反応だ。
というか、何が正解なのか考える余裕なんてない。
「それじゃ早速ですけど生徒会室に向かいますね」
悩んでいられるのも一瞬。さっと手で行き先を示されたかと思えば、扉を開いて待機しているエレベーターの中へと案内される。
ゆったりと話し方とは裏腹に、相手に違和感を持たせないように誘導する手腕は高校生離れしている。それが会長の側近を任せられる素質なのだろうか。
「…………。」
などと思って、何かしら余裕を持とうと頑張ってはみるものの、二十人ほどが同時に乗れるだろうかという大きさに二人きり。それが気まずくない訳もなく。
自然と顔が上がりフロア移動の数字が動く様を見守ろうとするのはお国柄というか、モテない証拠というか……。
「ん?」
と、すでにボタンは押されているのに動いていない。
何でだ、と視線を下げてみると、なんという事かドアから大きな掌が生えてきた。
ガン、と衝撃が加わる音が聞こえたかと思えばエレベーターが力づくで開いていき、
「井波さん! すいません、同乗していいですか?」
「駆け込んできてから許可を求めないでくださいね~。 ご自慢の体が挟まっても知りませんからね~?」
そう言って乗り込んできたのは身長が二メートルに迫ろうかと言う巨人だった。明るめの髪を短く刈り上げ、自信に満ちた瞳に、鍛え上げられた筋肉。おまけに顔は同性からしても実に爽やかな印象で—―それだけで名前を思い出した。
「聞いてますか、近江さん?」
「聞こえてますよ、井波さん。 ……そんなに睨まないで下さいよ」
おふざけではなく本気で怒っている事を察して近江隆宏が拝み手で応じる。「ゆるして下さい」と片目を瞑るイケメンに、眉を潜めてため息の井波。
もう何度も繰り返してきただろうな、と察せられる応対を見守って――止まらない冷汗が加速した。
(まずい、まっっずい!!!)
何をしたんだよ白木弥生は!?
生徒会に呼び出しをくらうだけでも一般生徒ではあり得ない。何かしらの問題を起こしているのは確定だ。
でも、ここまで警戒される理由は何だ!? 、と喉が鳴る。
……まず、オレの左後ろに陣取った近江隆弘。彼は言わずもがなの筋肉マシマシの万能イケメン、兼風紀委員の副委員長だ。
その高身長もさることながら、恵まれた肉体でもって多数の部活も兼業、どの部においても優秀な結果を残している。特に陸上競技とは相性が良いらしく、早くもオリンピックでの活躍が熱望されているのだとか。
まぁ、そこまではあくまでゲームのイケメン枠に色々と設定を詰め込んだだけの存在だが、本当に恐ろしいのは『風紀委員、副委員長』の肩書だ。
暗黙の了解だが、風紀委員とは学園の風紀を維持するための組織……極論を言うならば専守のための暴力を許可されていると言える。その中でも彼は筆頭だ。
襲い掛かってきた十人を無力化とか。犯人追跡のために三階から落ちて無傷だったとか。
というか、ゲーム中でもアバターの筋力を極限にまで上げたのに二発でノックアウトしてくるとかバグでしかない。明らかにイケメンだからって許される範疇を超えている。
(……で)
右斜め前、エレベーターのボタンを前にして待機している井波美鈴。彼女もヤバい。
生徒会長、一色凛花の秘書。というのが学園の生徒たちの印象だ。
だが、何を隠そう一色家のご令嬢の傍付きにもなると求められるスキルというのが常人には計り知れないレベルに達するようで――あれだけ優し気な雰囲気を纏っているが、空手と柔道の有段者だ。
それもかなりの腕前らしく、この学園内で組み手をする相手がいないのだとか。
それでいて最も恐ろしいのは近江をしても彼女には勝てないらしい事。ゲーム本編でも易々とあの巨漢を放り投げている描写があったりと、バグキャラ超えてバケモノである。
(…………んで)
そんな二人に挟まれているオレは何…………??
となるのだ。
いや、本当に何なの? 多分だけど、近江が無理やり乗ってきたのって偶然じゃないよね?
この二人の覇気だけでミンチになる自信があるんだけども??
「到着ですよ」
「え……?」
混乱してる最中にエレベーターは止まっていた。
無情にも扉は開かれ、あれよあれよという間に『生徒会室』とプレートの掲げられた一室にたどり着いた。
井波が電子錠を操作し「お連れしました」と一言。
心の準備が整わないままに、中へと引き込まれてしまった。
◇◇◇
『ようこそ宮東海学園生徒会へ』
と、ゲームであれば飛んできていたテンプレートのセリフは無く「失礼します……」と軽く会釈して中に入る。
二十畳ほどにもなるだろう室内の中央には長机、そこから上座には豪奢な棚机が設置されている。大きく開いた窓からは過度にならないよう調節された日光が差し込み、部屋の中はビル特有の暗さはない。
作業に使用しているだろう電子機器の類も見られれば、過度にならない程度に調度品も置かれている。それらはどれも明るい色合いで調整され、軽薄にならないよう生花や家具が印象を持たせている。
学生的な明るさ。長としての厳格さ。
部屋の主がどんな人物なのかを一目で理解させられるようだ。
そうして部屋の中を見回していれば誰が同席しているのかも分かってくる。
近江、井波の二人は当然に。オレを見下ろすように上座に座るのは一色凛花。さらにオレの右手には風紀委員の柚木愛花、その隣には――
(え…………デフォの主人公?)
『イミテーション・エボルブ』では主人公のキャラクターを好きにメイクできる。そこの自由度が人気の一つとなっているが、キャラメイクを行わずにゲームを進めることもできる。それが通常設定、いわゆるデフォルト主人公だ。
彼は彼で色々と面白い設定があったはずだが……確か名前は、有村とか言ったんではなかったか?
「珍しいものでもあったかしら?」
凛とした声に姿勢が伸びる。
「い、いえ、失礼しました。 お邪魔するのが初めてだったもので、不仕付けに色々と見てしまいました」
ほとんど反射神経で言葉が出る。
惚けていた……つもりはなかったが、その隙を突くようなタイミングに思わず反応してしまった。
そんなオレの反応が面白かったのか会長はくすくすと一頻り笑ってから「ごめんなさいね」と一言。
「あなたの反応があまりにもそれらしくって。 少し意外だったの」
「……? そう、なんですか」
意図を図りかねる言動に首をかしげる。
ゲーム中にも思っていたが一色凛花というキャラクターは自己完結した、独り言のようなことを話すことが多かったように思う。それはある種、彼女の気の緩み、もしくわ答えの求めない問いかけ……みたいに当時は考えていたが、実際に目の当たりにすると一層理外の人物のような感覚が沸いてしまう。
「会長、悪い癖が出てますよ」
「ふふ、ごめんさないね。 もうちゃんとするから」
井波からのお小言を貰い、言葉通りに雰囲気が変わる。
「さて」と指を組んで超然と視線を投げかけてくる様は、今から沙汰でも告げられるかのような感覚に陥らせる。
宮東海学園、生徒会長。その支配者たる一色家の令嬢が見下ろしていた。
「あなたに来てもらったのは、ある写真を見て欲しかったの」
「写真、ですか……?」
思わず喉が鳴る。
隣に控えていたデフォ主人公こと有村がタブレットを操作して差し出してくる。
そこには――
「ボク……ですか?」
映っているいるのは上からのアングルの写真。恐らくは監視用のカメラからの映像を切り取っただろうものだ。
辺りは暗く、街灯の下に白木と思わしき人物が立っていた。
しかし、一番に気になったのはそこでは無く、
「モザイク……?」
白木と一緒に写っている人物がモザイク状に崩れてしまっており真面に姿を確認できなくなっていた。
辛うじて分かるのは着ている服の色……この学園の制服に見える。
スカートも履いているから女子だろう、ということ位しか判然としない。
「これにお前と一緒に写ってる人物について聞きたい。 特徴、性格、話せるものは全部」
「……と、言われても」
有村の問いに言葉が詰まる。
件の写真には桜の花も映り込んでいる。花が咲くころは三月半ばから四月の頭頃のはず。
その頃となるとまだオレは白木として転生してきていない。よって答えたくとも答えようがないのが全てなのだ。
「…………。」
どう、答えたものか。
単純に「知らない」といったところで納得はされないだろう。逆に「何を隠している」と詰めらるのがオチだ。
では、適当に話をでっち上げてしまえば…………とも思うが、そんなのすぐにバレてしまう。バレたなら「なぜ嘘を言った?」となってお終いだ。なんなら前者よりも状況が悪化している。
じゃぁ何と言えば正解だ?
「……この人が何かしたんですか?」
「質問してるのはこっちだ。 これだけはっきりと映ってるんだ、知らない仲じゃないんだろ」
あ、やべ。藪蛇だった。
答えるにしてもヒントを貰えないかと言ってみたら逆効果を引いた。
「どうなんだ」
「あ、いやー…………」
言葉ばかりでなく距離も詰められる。
一歩下がろうとも、後ろには近江が控えている。必然、掴み合いになりそうな至近距離に。
「もう一度聞く。 この人物について知っていることを吐け」
「……っ。 し、知りません」
このキャラこんなラフな感じで攻めてくるのかよ。既読エピソードを埋めるために使ったことはあっても客観的に見れば結構なギャップがあるもんだ。
てか、さっと周囲を見たが完全に静観の構え。暴力沙汰にはならない……とは思うが、答えなければ返してもらえない様子だ。
「知らねぇだぁ? これを見ても会ったこともねぇって言いてぇのか」
「知らないものは知らないんです……!」
言葉に乱暴さが混じって、粗暴な態度を隠さなくなった。まずいまずい、と頭の中で警鐘が鳴りやまない。
だが知らないものは知らないとしか答えようがないんだよ!
「そうか……」
目の前に迫っていた有村の態度が緩んだ――ように思えたのは一瞬だった。
「……っっ!?」
気づいた時には後ろ手を掴まれて長机に押し倒されていた。
ぎりぎりと腕が引き上げられるたびに鈍い痛みが走り抜け、
「答えろ」
声が直接、吐息となって耳朶を揺らす。
完全に身動きが取れない。叩きつけられた痛みが額に残っている。強硬な手段は取らないだろうと高をくくっていたのが裏目に出て脳をショートさせる。
何か、言葉を音にするという行動を忘れる。
「おい」
「っっ…………!!」
それを痛みでもって目を覚まさせられる。
「し……しらな、い」
それでも答えは変えられない。いくら痛めつけられたとしても無い袖は振れない!
痛む腕を無視して背中側に顔を向ける。
「知らないものは知らない……!」
「へぇ……」
冷え込んだ声。
答えは更に強い痛みで来た。
そして、
「おい。 心して答えろ」
有村の雰囲気が変わる。
「お前はこの写真の人物をしっているか?」
切迫した空気が背中から伝わってくる。
もう、これ以上の問答は無いと。覚悟を持って答えよと、声色が全身を泡立だせる。
「すぅ……はぁ」
深呼吸を一回。
「知らない。 そんな人は、知らない」
答えて、有村は「そうか」とつぶやく。
つぶやくと同時に掴まれていた右腕は解放された。
いたたた、とうずくまるも「ちょっと!」とすぐ横に控えていた柚木の鋭い声が飛ぶ。
「こいつは嘘をついてない」
続こうとする言葉を遮って有村が言う。
「今の答えには何一つ嘘は含まれていなかった。 だったら本当に覚えてないんだろ」
「確かなの?」
「えぇ、間違いないですよ。 それとも、もう一回しますか? お勧めはしませんけど」
「……いいえ、十分よ」
そういって一色は瞑目し、気が付けば「大丈夫だった?」といつの間にか傍に立っていた近江が体を支えてくれた。
何を言うべきなのかは分からず、取りあえずは「ありがとう……」とだけ応じて、
「すまない。 彼も君を痛めつけるつもりは無かったんだ。 ……ただ、つい白熱してしまって」
「フォローしてるとこ悪いが普通に折るつもりだったぞ?」
「……有村君!」
「どうして君はいつも……」「心象良くする意味あるか?」などと有村と近江が言い合いを始める。
そうして言い合いを始める二人を尻目に、正面に座っていた一色が立ち上がる。
「悪いことをしたわね。 あなたは身の潔白を証明したわ」
「……本当ですか?」
「えぇ」と一色は応じ、「あなたはこれまで通り、この学園での生活を許可します」と言う。
……まさかそこまで思い事態だったとは初めて知ったんだけど、とは思ってしまうが、ひと先ずは胸を撫でおろした。
「ただ、この場の事は他言無用。 それをもって今後の生活を保障しましょう」
「分かりました……」
沈黙は金、だったか。
よく聞くセリフを簡潔かつ丁寧に言われて苦笑が出そうになる。全く笑えた状況ではないけど。
そうして最後に特大の釘を刺されて、オレは事なきを得たのである。




