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イミテーション・エボルブ  作者: 志水アンジュ
1/15

この転生の不備について

 四月の日差しは柔らかい。

 夏の荒々しく急かす光とも、冬のいつまでの惰眠を貪りたくなる無情感とも違う。揺り篭をそっと押すような、瞼を開けたくなる魔力がある。

 春は夜明けを見れないらしいが、既に齢四十の大台に上ろうかとしているオレにしてみれば心地よい目覚めに違いなかった。

 そうして薄っすらと開けた目に映るのは落ち着いた色合いで統一された一室。

 白を基調にした壁紙に、ベッドの側にはハンドメイドらしいナイトテーブル。少し離れた所には数冊だけが並んだ本棚。その隣にノートパソコンが乗ったデスクが置かれている。

 それらをカーテンの隙間から入り込む日光が照らしている。

 最近になってやっと見慣れてきた光景をぼんやりと眺めて、オレ—―――唐松修平は完全に目を覚ました。

 しつこい腰痛も、引きつる足も、慢性の頭痛も感じず、ただ腹筋の力だけで体を起こす。裸眼でも歪みのない視界に、思わず眼鏡を求めて彷徨わせた右手を苦笑と一緒に引っ込めて、完全無欠の健康体が両の足で立った。


「いや~。 やっぱり十代ってのは凄いな」


 何もかもが軽やかに動く体に、もう決まり文句になってしまった感動を零す。

 そして、開きっぱなしのパソコンの画面に映る()()()()()()()()()()()姿()()()()


「……まさかオレが転生だなんてな」


                    ◇◇◇


 『イミテーション・エボルブ』というゲームがあった。

 ジャンルはシュミレーションADV。宮東海(くとうみ)学園という都市部臨海の人口半島を舞台に、その学園の一生徒として物語へと介入する事でストーリー、キャラクターとの関係性が変化する様子をテキスト形式で楽しむといったものだ。

 いわゆる所の懐古ゆかしきギャルゲーと呼ばれるものと同じ系譜。ともすれば一部の人から根強い反感を買うような要素となるが、この作品の特異さはそうした反感などを一掃してしまった事にあるだろう。

 ゲーム中、プレイヤーは自分の分身となるアバターを育成していく事になる。勉学に始まり部活動、委員会、課外活動に娯楽と用意された選択肢は多岐に渡り、それらを選び取っていくことで各パラメーターに数値を反映させていく。

 まぁ、単純に言うなら頭を良くしたいなら勉強をさせて、友人関係を良くしたいなら娯楽を知るといった塩梅だ。

 そうして独自の数値を蓄積させたアバターが作成され、その数値によって各キャラクターから受ける反応が様々変わってくるのだが――これが膨大なのである。

 初邂逅時の反応、友好度、関係性の発展値、それらに掛かる発生イベントの成否。

 僅かコンマ数パーセントの違いで全てが変わってくるのだ。

 

 『膨大って言ったってどうせテキストがちょっと変わったり、パターンがあったりするんでしょ?』


 と、批判するようなコメントも発売当初は見かけられていた。が、そんなものは杞憂と言う以外には無く、隣のアバターを見てみればとある国の大統領に就任していたり、それまた隣に目をやれば紛争地帯を日本刀片手に闊歩するようになっていたり。

 主人公の行きつく先が全く読めないのである。

 攻略サイトも幾つも作られ、彼らが見つけ出した千件以上のルートも一部に過ぎないと公式が言い出す始末。発売から五年が経とうかという頃でも新規ルートの発見報告が止まない程であった。

 当然にそんな面白いもの世間の人々が無視できるはずもなく、我先に誰も辿り着いていないルートを見んと走り始める。それをあざ笑うようにアップデートで新規のストーリーが投下されて、負けじと追いかけて…………果てにはその深淵に捕らわれて戻ってこれなくなる人もばし居たとか。

 とまぁ、こんな感じで爆発的に人気を集めて売れまくったゲームが『イミテーション・エボルブ』という訳だ。


 そして、オレが転生してしまった世界が正しくこのゲームなのだ。


                    ◇◇◇


 宮東海学園の学生寮は学生が使用するにしては広すぎるとオレは思う。

 寝室を出て洗面所で顔を冷水で流しながら思うのは唐松修平として生活していた八畳ほどの部屋の事だった。

 駅周辺十分徒歩圏内。便利だと感じられたのはこの文面が全てで、実態は築五十年を超える老体。所々に隙間風が吹き、天井からは大量に住み着いているだろう隣人たちの走り回る音が響き、敷かれた畳も長年干していないのか嫌な臭いを発する。

 極めつけはプライベートを守ってはくれない薄い壁。隣人がトイレに立つ音すらも貫通する有様は、もはや何が守られているのかすら不明で逆に関心したくらいだ。

 それでいて家賃が安かったかっといえばまた別なのだから救いが無い。

 ある種の縛りプレイを慣行していた身からすると、ここは学生寮という範囲を逸脱している。

 まずトイレ、風呂が別々なのはデフォルトで、2LDKの間取りは広々として友人を招待できてしまえる程。当然、寝室だってちゃんと部屋として分かれてるし、それとは別に衣裳部屋とでも言うべき大きなクローゼットが存在している。

 冷蔵庫、洗濯機、コーヒーメイカー等々。居室に用意された電化製品の殆どはレンタルされたもので、故障した場合には無償で交換もしてくれる。

 まさに至れり尽くせり。

 果たしてそんな待遇を受けるのはどんな人間なのかと言えば、宮東海学園に通う学生たちなのである。


「金はある所にはあるもんだなぁ……なんて」


 この宮東海学園は富裕層の子ども達――――歯に衣着せる言い方をするのならお坊ちゃん、お嬢ちゃんたちの通う学校なのだ。

 オレにとっては目が飛び出そうになるようなサービスでも、彼らは幼いころから当然のように享受している。それが健全だとか、そうでないとかは明言しないが。

 この鏡に映る薄幸そうな少年――名を白木弥生という――彼にはどう映っていただろうかと、腐りかけの三十八歳マインドは感じてしまうのだ。


「……にしても弥生ってなんだよ。 男性名にしては弱すぎないか?」


 じゃぁ強い名前ってなんだよ、と言われてしまえば返す言葉はないんだけど。

 髭すら生えていないツルツルの顎を撫でながら表情を動かす。

 眉を厳めしくして怒り顔、にかっと歯を見せて笑顔、ニヒルに口元を歪めてキメ顔を作ってため息が漏れる。


「なんか何時みても違和感しかないんだよなぁ~……」


 オレが白木弥生として転生して一か月が経とうかとしている。

 突然、目が覚めたように唐松周平としての意識を自覚したオレはそりゃもう大慌てで、

 

『ここどこー!?』


 とか


『え、これ転生ってやつ?』


 とか


『あぁここイボルブじゃん。 学校の名前そのまんまだし、あの建物とか見覚えあるわはっはっはっはっは…………は?』


 とか。

 状況を確認するのに丸一日、受け入れるのに二日を要した。

 そして『このままじゃいかん』と立ち上がって……最大の問題にぶつかった。

 この世界、完全なキャッシュレス化が成功しているようで、なんと現金が存在しなかったのだ。


『何か飲もう…………ん? 財布、ない?』


『あ、スマホで決済してるのね~なるほど~…………パスワード知らないんだけど』


 結果、餓死しかけた。

 頼みであるスマホは何度もパスワードを開けようとしている内にロックが掛かり詰み、助けを求めたくとも求め先を知らないでの無理。

 藁にもすがる思いで道行く人に声を掛けても、水道水だけで過ごしていたから声が出ずにスルーされる。

 そうしてなんやかんかとしていれば、五日間が過ぎ体が動かなくなっていた。

 まさか宮東海学園で初の餓死者になって星になるのか…………と本気で思っていたら。


『おーい邪魔するぞー? ってえぇぇえええ!!! 白木!?』

 

『おい大丈夫か!』


 と、白木少年の友人たちによって助けだされたのだ。

 後で知ったが食堂ではいつでも食事の提供が行われていて支払いは必要ないのだとか。

 ……ゲームと違うじゃん。

 

『悩みがあるならいつでも教えてくれ、なんだって助けるからさ』


『おう。 友達なんだ水臭いのは無しだ』


 と、いう感じで。

 献身的に友人たちに支えられることで、オレは二十年ぶりに学校へと行くことを決心した。

 オレがまた学生をやるとはな、などと感慨深くなっちゃったりもして。頼もしい友人たちの居たので案外ノリノリで登校してみると…………またもや地獄が待っていた。


『この文は一見して過去完了形の文法に捉えがちだが――――』


『この角度を求めるためにはタンジェントを用いる必要があり――――』


『………………ほ?』


 聞き覚えのない単語が、授業であふれていたのだ。

 教科書代わりのタブレットでいくら調べようとも、授業を担当する講師に質問しようとも変わらない。


『あれ……? こういう転生ものって宿主の知識とか使えるもんじゃなかったっけ……?』


 と、ここで気が付いたが、どうもこの転生は不親切きわまる代物であったらしい。

 いつまで経っても天啓は降りてこず、最終的にはテキスト抱えて図書館に缶詰めが最適解だと理解した。

 そうしてオレは一日理解の追いつかない授業で打ちのめされ、放課後は勉強浸け、帰ってからも勉強、寝る前も……というか寝る間すら惜しんで勉強に励んだ。

 そうして過ごして一か月。やっと授業の半分くらいは分かるようになったのだ。


「転生してから一波乱どろじゃなかったけど…………一息は付けるようにはなれたかな」


 それでも毎日、勉強を欠かすことは出来ないし。

 余裕があるかと言われると頷きがたいというのが現状ではあるけれど。

 この日常を楽しむ、くらいは出来てきたと思う。


「それもあの二人のお陰だな」


 あわや餓死寸前の所を助けてくれたり、学校に復帰してからは授業に付いていけないオレに分かりやすいテキストを教えてくれたり……。

 もう彼らに足を向けて寝られない。それぐらいの恩義をたった一か月で積み上げてしまった。

 いつかは恩を返したいとは思っているのだが、果たしてそれは何時になるのやら。

 出来るだけ早めに訪れることを祈るばかりである。


「さて、それじゃ行くか」


 朝食の片づけを終えて時計を見れば七時半を少し過ぎた頃。

 この時間帯であれば登校し始める生徒は殆どおらず、朝練で走っている部活生くらいにしか会わない。


「よし」


 そうして適当に火の元を確認してから指定の学校カバンを手に取って外へと出る。

 狙い通り、学校へと続く道に人影は見られなかった。

 快晴の空の下、日差しに目を細めながらゆっくりと歩く。

 今日はいい日になりそうだ、と確証も無く思ってしまうのだった。


 因みに、人通りの少ない時間にわざと登校しない理由は単純だ。

 ギリ息子か娘くらいの年齢の子たちと並んで、更には同じ制服を着て歩くだなんておっさんの心臓がもたない。

 いくら体は若く、見た目に問題がないとしても。

 彼らと同じように振る舞う図太さは持ち合わせていないのだ。


                    ◇◇◇


 教学棟は宮東海学園が保有している施設でも一番大きい建物になる。

 高等部だけでも一万人強の学生が所属しており、その学生たちが一斉に学びを深めるべく作られた施設という事もあって、その内装は実に豪華だ。

 当然に冷暖房は完備。学習教材として高速通信可能なタブレットを供与し、集中して学習を続けられるようドリンクは無償提供。使用している座椅子は何故かリクライニングが付き、各々が適温で過ごせるようにと、設備とは別に個人用エアコンなるものまで備え付けられている。

 それでは快適すぎて寝ないか?

 とは個人的に思ってはしまう程には恵まれた環境である。

 そして、それを自分が使うとなるとどこか申し訳が無くなってしまうのだからオレはトコトン庶民派なのだな、と確信してしまう。

 

「おはよう」


「おう! 今日も早いな白木」


 二階西側の教室に着くと元気な声が反射してくる。

 到着したばかりの教室には運動部特有の肩掛けバックを持ったままのクラスメイトが立っていた。

 短く刈り上げた髪にまぶしい笑顔。正しく好青年という表現が当てはまるのは大城拓馬、オレが餓死しかけている所を助けてくれた白木の級友の一人だ。

 朝練終わりにシャワーでも浴びて来たのだろう。大城は湿ったタオルを肩に掛けていた。


「朝練お疲れ様。 この時間に来るなんて今日は随分と早上がりしたんだね?」


 「あぁ」と頷く大城はにこやかな表情から一転して悔しそうに眉を潜める。


「そうなんだよ~。 俺はいつも部活棟から正門に掛けてまで走ってるんだけどな、道路の舗装工事で通れなくなくてさ」


「それで早上がりしたんだ?」


「そう!」と大城はぐっと背伸びをして体をほぐすように動かす。


「元々、今日の午後は休みにする予定ではあったから良いんだけどさ。 なんかこういう突発の工事が最近多いんだよな」


 「そうなんだ」と頷く。

 オレはこの一か月を教学棟、図書館、学生寮の三か所しか往復していないから分からない。

 しかし、陸上部に所属している大城はそうした道路が使用できない状況によく遭ってしまうらしい。

 

「メンテナンス、だっけ。 冬季休学の間に進めるのが間に合わなかった、って聞いたけど」


 材料費の云々、人員の不足云々が原因でと聞いたことがある。

 ゲーム世界であっても人手不足や物価高の波が問題になっているらしい。どこにいっても世知辛い話である。


「設備を綺麗にしてくれるのに文句は無いけどさ……。 俺はどっちかっていうとルーティンを大事にしたいんだよな」


「……というと、走るところは一緒なんだ」


「おう、そこは入学してから変えてない」


「おー…………」


 彼は言っていないが多分、ほぼ毎日走りこんでいるのだろう。

 計画的に休息を取っているという旨は前に聞いていたが、力強く言い切る様には日々の研鑽とエネルギッシュな生きざまが見て取れた。

 くっ、これが若さの煌めきかっ。


「となると入学してから一年になるから…………累計すればかなりの距離になるんじゃない」


「ん? そうだなー……ちゃんと調べたことは無かったんだが。 大体、一周で五キロほどだから……」


「五キロ! ――――五キロ?」


 「すごっ!」的なニュアンスが「ん?」と理性で止まる。

 今、彼は周回と言ったか?

 え、本気?


「えっと…………。 大変、だよね?」


 若干、大城から距離をとる。

 しかし大城は「いいや」と大きく首を振ってオレに詰め寄ると、両の肩をぐわしっと掴む。

 熱意に輝く相貌をまっすぐに向けて、

 

「白木、お前は勘違いしている」


「か、勘違い……?」


「あぁ、そうだ! お前、長距離を走るのが辛いだけだと思っていないか?」


 辛いだけも何もそれ以外の感想が浮かんできそうにないんだけど……。

 大城はオレの言いたいことを理解してか更に目を輝かせて「分かっていないな」と鷹揚に首を振る。


「辛い! 確かに呼吸も苦しいし、時には腿の筋が切れるような激痛を伴うことだってある。 しかしだな白木、その苦悶の時を適応し、目標にしていた距離を走りぬいた時にこそ走るという行為に真価があるんだ!」


「お、おう……」


「ついてはここにサインを。 しからばお前を真の高みの連れて行ってやるぞ!」


「…………。」


 差し出された用紙を見る。『入部届』と刷られた紙の一覧、希望の部活の名前が記載される欄には既に陸上部と書かれていた。

 当然、オレが書いた記憶はない。


「さぁ!」


「いや、あのね」


「さぁさぁ!」


「四月頭の出来事は感謝してもしきれないんだけどね」


「さぁさぁさぁさぁさぁ!!」


「こ、これは違うというかぁ…………!」


「大丈夫だ!!!!」


 な、何が大丈夫なんでしょうかね……?


「苦しいのは一瞬だ。 ……すぐに気持ちよくなる」


「は、ははは…………」


 昇天してって事ではないよね…………? いや、怖いから聞かないけどさ。

 大城拓馬、聞き及んでいた以上に走りジャンキーであったようだ。

 ……まぁ、それはそれとして彼は本当にいいヤツである。

 オレを助けてくれた事もそうだが、この進学クラスの生徒たち、おおよそ千人になるだろうかという人たちに聴いて回ってもきっと同じ回答になるはずだ。

 それ位に分け隔てなく、底抜けに明るい性格をしている。

 でもね、その感覚だけは永遠に分かり合えないよ。てか、そんだけ走ったら筋肉痛で動けなくなっちゃうよ。無理無理。


「大丈夫だ! 怖いのは最初だけだから!」


「心を読んだ上で取り込もうとしないでねー?」


 「俺に任せてみろ!」とか「いやいや無理無理」とか。

 オレが言うのも変だけど年相応な高校生らしいやり取りをしていると更に後ろから「おはようー」と声がする。

 明るい髪色に、大城とは対照的なやせ型の体、気だるげな雰囲気。挨拶の直後にあくびをしているのは早瀬正臣、部屋にまで来てくれたお助け人の二人目だ。


「おやよう早瀬君! 本当にいい所に来てくれたね!」


「え、なにその元気。 ……あー、大城ね」


「おぉ、正臣! 今ちょうど走り込みの良さを白木にも伝授しようとしてだな」


「あーはいはい、無理強いは止めような~」


 そう言って早瀬は熱く語ってくる大城を慣れた感じで諫めていく。

 「お前のは走り込みじゃなくて投身自殺と変わんねぇの、分かって?」と実に容赦のない言い様に大城は通じているのか、そうでもないのか「はっはっはっ、それだと日課にしてる俺はどうなるんだよ」と笑っている。

 なんとも親し気。

 いや、実際親しいのだ。

 何を隠そう彼ら二人は幼馴染で、なんと家も隣り合っているらしい。

 どこのラブコメだよと突っ込んでしまいそうになるが事実だそうで、()()()()()()が大変に捗っているのだとか。

 オレとしては微笑ましいだけではあるんだが。


「……って、朝から疲れて来たんだから突っ込ませるな。 少しは労わってくれ」


「お疲れ様。 また何かトラブル?」


「あー……風紀委員でちょっとな」


 そう言って早瀬は体を伸ばす。

 彼、早瀬正臣はこの学園の風紀委員に所属している。そこで日々様々な業務に追われているらしく、こうして彼が疲れた姿で現れるのは少なくない。

 ただ、心配で話を聞きたくとも、風紀委員の担う業務は学園での治安活動も含まれ守秘義務によって語られる事はない。

 オレと大城もその辺りは分かっているので詳しく尋ねずに聞き流している。


「なんともお疲れだ」


「んぁー…………そこそこ。 もっと強くても良き~」


 ぐてーっとしている早瀬の両肩を解してやる。

 凝っている、という訳でもないが疲れているのは本当らしく「おー……」と情けない声が出ている。


「ご苦労様です。 お陰様で、ボクらは平和に日常を送れているよ」


「やさしい言葉が染みるぅ……」


 なんとも年寄り臭い言い様に笑ってしまう。

 いつかは彼らも体が凝り固まって動けないとか、そんな経験をするのだろうが。

 本番を知らねばモグリと一緒よ、と内心でほくそ笑む。

 

「あ、そういえば今日は小テストだっけ」


「……まじで?」


「お前、また忘れてたのか」


 ……などと、話題は今日の授業についてだったり、流行りの楽曲についてだったりに移る。予冷が鳴るまでは時間があり、オレたちは学生らしい時間を過ごしていくのだった。


 そして、どうかこの平穏な日常が続いてくれるように、と。

 分不相応にも、オレは願わずにはいられないのである。


                    ◇◇◇


 放課後、授業を終えて直ぐの教室にて聞き覚えのない電子音が響く。


「白木、鳴ってるぞ」


「え?」


 言われて驚く。

 カバンのポケットを反射的に触るが「いや……持ってきてないよな」と思い至る。

 オレは白木弥生の体に転生しただけのおっさんだ。

 彼の記憶を共有しているとかは全く無く、スマホすら使えない。なので持ってきてすらいないのだけど?


「カバンから音するよ」


 早瀬が不思議そうに教えてくれる。

 そうなのだ。

 なぜかオレのカバンから電子音が発信されているのだ。


「んー? あっ、生徒手帳か」


 言われるままにカバンを漁っていみれば生徒手帳の画面が発光しているのを見つけた。

 この学園支給の生徒手帳はタブレットになっており、学園専用のメッセージアプリも付いている。

 これはその受信音であったようだ。

 ホント便利なもんだよな、と何の気なしにアプリを立ち上げると、


『生徒番号:QL233527 白木弥生


 直ちに生徒総会連、生徒会長室へ出頭を要請します』


「…………はい?」


 ――そうして早速、平穏が崩れる音がした。

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