確定リザルト
遮光カーテンの隙間を縫って朝日が落ちる。
柔く床を照らして、すーっとゆっくり流れる光を微睡の中から見つめながら、毛布を頭まで被ってしまおうか迷う。
時間はあと幾何ほど余裕があるだろうか。
贅沢に二度寝というのも有りだろうか。
瞼を閉じてしばし思案する。
そのまま眠気に沈んでいってしまえば二度寝を慣行しようと思うのだが……瞼はいつまで経っても重くなってくれなかった。
「起きるか……」
目覚まし時計を見れば六時を少し過ぎていた。
朝食を準備するには丁度いい時間だな、と納得することにして、
「久々の……平和な朝だ」
カーテンを開け、まぶしい日差しに目を細めた。
◇◇◇
生徒会に呼び出された時から始まった一連の出来事。
住んでる部屋の破壊。モールで謎の少女から薬を盛られる。そして、生徒会総連本部の襲撃事件。
それらの事件は一応の終息を見せた。
……と言うと、全てが丸っと解決した、みたいに聞こえてしまうが、そんな事はない。
解決の糸口が見えないまま何気ない日々が続いてしまっている、というのが実態だ。
生徒会の襲撃から一週間後。
捕まえた襲撃者たちの尋問が始まると同時に、オレも風紀委員への出頭を要請された。
襲撃に巻き込まれてしまった事へのカウンセリング、というのが表向きの要件。ただ実態は、襲撃へ加担したと思しき人物への尋問――というのが隠れた本音であった。
最初こそカウンセリングらしくオレの話を傾聴してくれていたかと思えば、徐々に「周りの人の人相とか覚えてる?」とか「何か聞いた話とかないかな?」とか。
挙句の果てには「君の地下での行動を詳しく教えて頂戴。 いやなにこれもカウンセリングの一環さ、ほら教えて。 矛盾なくね? さもないとやり直しだから」とか。
……もうそこまで振り切ったならカウンセリングって建前はいらんのじゃないか、とは思ってしまうのだけど。
そんな感じで呼び出される事、五日間。
何度も同じ質問を繰り返す日々はようやく終わりを見せた。
ただ、それはオレに限った話。生徒会や風紀委員はそうはいかない。
今回、敵はPIXの防衛機構をすり抜けて襲撃して来ていた。それ自体が彼らにとっての警備設備の根幹を揺らがす事態であり、何よりその究明が求められた。
生徒会に始まり、下部組織の生徒会総連、風紀委員、部活連合。
学園を運営する組織が一斉に動かなければならず、そうした動向は噂を呼んだ。
何か不祥事があったのではないか、と実しやかに語られるまでそう時間は必要なかった。
こうした学園の中で過ごす彼らであっても、その頂点たる一色家肝いりの実証実験で何かがあったと嗅ぎ付ければゴシップとして楽しみたくなるらしく、真偽の問わない噂はすぐに広まっていった。
ただ、そんな状況は予想していたのだろう。
噂話が走り加熱していこうかというタイミングで、生徒会長たる一色凛花本人が直接説明する場を設けた。
人を信じさせるためには真実を織り交ぜて話をするのが大切だ、と聞いた事がある。
その上で彼女のカリスマ、巧妙な語り口でもって流れる噂を一蹴したのだ。
まぁ、襲撃を『システム系への意図しない人為的な介入』だとか、防火シャッターが閉まった事を『人命を優先するプログラムが発動した』と言い直している事には流石だとしか言えなくなってしまったが。
そんな感じでもって、学内に蔓延っていた真偽不安定な噂は一掃された。
となれば、あと残されている事後処理は数えるばかりとなって、一時は慌ただしくなった学内は自然といつもの落ち着きを取り戻していったのだ。
◇◇◇
「つ、か、れ、た~……」
「はいはい、お疲れ様です」
「……なんか慰め方が雑じゃない? 結構頑張ってきたわけなんですけどー?」
「おう! なら俺が全力でハグしてやろう! 疲れも吹っ飛ぶぞ!」
「いやちげぇよ、お前に抱き着かれても嬉しくもないし吹っ飛ぶのは肋骨ぅぅぅぅぅ!?!?」
放課後、授業終わりの弛緩の中で、オレは大城、早瀬の三人で何をするでもなく無駄話を楽しんでいた。
筋骨隆々とした腕で抱え込まれ折りたたまれてしまうかという勢いで青い顔をしてる早瀬を笑いながら、一切の加減なく抱きしめている大城へ「そういえばさ」と話しかける。
「道路のメンテナンス、終わったんだってね」
「おう、その話か。 いやー、俺も今朝に先輩から教えてもらってな。 長かったよ……もう一か月くらい経つんじゃないか?」
「それは言い過ぎだね」
オレが呼び出される前の事だから、二週間ほど前の事である。
実感としてはオレも同様に、長いトンネルの中でも通っていたような気分ではあったので賛同した所だけど。
「でも確かに長かったよね。 いつものメンテナンスだったら一週間くらいで終わってたのに」
「通常の道路舗装だけだったらしいんだけどさ、中の配管で問題が見つかったとかで長引いたんだと」
「配管で間違い……?」
「そう」と頷く大城。
そんな事もあるんだなぁ、と曖昧に相槌を打って「でも、ようやく走れるって訳だ。 待ち遠しかったね」と付け足す。
「おう!」と力強く大城が答える。
「予想だにしない伏兵がいたが、何はともあれこれで走れる! 頑張るぞ~!」
「頑張れー」
「……お前ら、ここで弱ってる俺に何かいう事はねぇのかい……?」
と、バギッという音を最後に動かなくなっていた早瀬がゾンビが如く起き上がってきた。
「えーっと……お疲れ様? またハグする?」
「今度こそトドメ刺そうとしないで!?」
「遠慮はいらんぞ!」
「違ぇわバカたれ! てか明らかに人体からしたらいけない音がしたのお分かりでない!?」
「何言う正臣、体は軽くなっただろ?」
「はぁ? んなわけ…………あれ、ホントだ。 軽い」
「……ふっ」
「はぁー? むかつくんだけどその顔」
「仲良しだねぇ」
実に微笑ましい事である。いつまで見ていても(愉悦的な意味で)飽きがこない。
しかし、そんな風体を察知してか早瀬から腕が伸びて来る。
「え」と身を固くしたのも一瞬で、
「白木く~ん? なに一人だけ高みの見物を決め込んでんだよ、お前も混ざりやがれ! 行け、大城!」
気づいた時には逃げられなかった。
「任せろ!」
「あいや待て待て待てまって! それされたら洒落にならん死んでまうっていやー!」
「……お前ら、いつもこんな事を教室でしてんのかよ」
大城でも早瀬でもない呆れ声。
横を向けば、総連本部での事件以来の仏頂面がこちらを見ていた。
「おぉ、なんか忙しいらしいじゃないか有村」
「……そっちは暇らしいな」
ヒクヒクと頬を引きつらせて仁王立ちする。全身から怒気を迸しらせる姿は威圧的で、そんな様を見せられれば近くにいた大城と早瀬は警戒するように姿勢を正す。
「何の用だ転入生。 ここはお前のクラスじゃないだろ」
「俺も用が無けりゃ好きで来やしねぇよ、大男」
「有村、じゃぁ用ってのは何だ。 風紀委員の俺に用があるんなら――」
「あー違う、お前らじゃねぇよ。 ……おい、面白がってないでこいつら止めろ」
有村が居心地悪そうに睨んでくる。大城、早瀬の二人は何の事をいっているのかと訝しむ顔をして――しかし、近くから笑いを堪える声を聞いて振り返った。
「ふっ……ふっふっふっ」
「白木?」
「ふっふっふ……いや、わるいっ。 いやだって、二人して警戒されててっ……どんだけ嫌われてるんだよってさっ……ふっ……ふふふっ」
「笑い過ぎだ、趣味悪りぃ」
げんなりと応じる有村を「すまん、すまん」と手を振って誤魔化す。
そして、オレと有村が知己であることがに驚いているのか、固まっている大城と早瀬に「こいつの用事はボクなんだよ」と告げる。
「へ……!?」
「いや、ちょっとあってね。 最近、仲良くなったんだ」
「仲良くなってねぇよ!」
「なんだい。 どうせお前はこんな感じで親しいヤツとか居ないんだろ? そしたら相対的には仲いい方になるじゃないか」
「だからってお前と仲良しこよしするつもりはねぇ! 変なこと言うな気色悪りぃ」
「……って感じのツンデレなんだけど。 二人も仲良くしてやってね」
「テメェは話もきけねぇのか! あぁもう、いい! ここで駄弁ってるつもりなら俺は行くぞ」
「はいはい……それじゃ二人とも、また明日ね」
強引に話を切り上げて教室を出て行ってしまう有村を追いかける。
流石に言い過ぎたかと反省しつつ、容赦なく突き進んでいく背中を見つけて、
「案内役が先行ってどうするんだよ」
「……お前が厄介なこと言うからだろ」
厄介て、と呆れてしまう。
「友好な関係ってのは有益だろ。 何をするにしてもさ」
「誰とも知れないヤツとも友好関係を結ぶつもりはない、って話だ。 ……さっきから何だ、優奈みたいなこと言いやがって」
「心持は似たようなもんさ」
中身はおっさんですから。
過保護な方へと心情が振れるのは自然なんです。
しかし、そんなオレを見て有村は何かを察してか目を細める。
「随分と余裕なんだな……」
「ん?」と見やると何やら言いたげな顔でこちらを見て来る。何を言うでもなく「分かってるだろ」
とでも言わんばかりの態度に、思わずと笑ってしまう。
「流石だねぇ。 こんだけの挙動で分かるもん?」
「お前が分かりやす過ぎなだけだ。 サインを使うまでもねぇ」
「……そこまで言い切るか」
顔に出してたつもりはないんだけどな、と頬を揉んでみる。
男の肌とは思えない柔らか触感。ついでにスベスベだ。
しかし、それだけ。分かるのは本当にそれだけだ。
「で?」
有村からの短い問い。
あまりに簡素な問いかけの仕方にオレは苦笑しながら、
「いやー……ちょっと緊張してる」
軽口のようで、言い訳がましい言葉を漏らした。
なんせこれから向かうのは生徒会室。
そこの主、一色凛花より秘密裏に来て欲しいと話を受けたのだから。
◇◇◇
「いい香りね、この豆はどこ産なの?」
「コロンビアだそうですよ。 沙羅さんからのお土産なんです」
「あの子、自分ではコーヒーが飲めないのに豆の目利きは流石ね。 今度、お礼をしなくちゃね」
「…………。」
と、いう訳で生徒会室。
そこに隣接している応接間へと通されたオレは、一色と向かい合わせにソファーへ座っていた。
目の前には井波が用意してくれたコーヒーが揺らめく湯気と共に芳醇な香りを漂わせている。一色に倣って一口飲んでみれば、僅かな甘みと香りが鼻腔を抜けていく。
文句なしに美味しい。
……美味しい、のだけど。それをゆっくりと味わっている余裕がない。
「えっと…………有村からは何も聞かされていなかったんですけど、今回呼ばれた理由って何なのでしょうか?」
「あれ、彼に聞いてない? 案内役をお願いしたのに……」
「あ、いえ。 悪い話ではない、とは言われていたんです」
まぁ、それ以外の情報が降りてこなかったんですけど。
というか、気が付いたら姿が消えてたんですけど、あいつ。
オレが有村の怠慢を伝えると一色は呆れたように息を吐き、
「……仕方ない。 聞いていないなら、それを含めて話をしましょうか」
「よ、よろしくお願いします」
果たして何の話がくるのだろうか、と身構える。
それを見て一色はふっと柔く笑った。
「心配しなくても、前の時のように容疑が掛けられてる訳じゃないわよ。 寧ろ逆」
「逆……ですか?」
容疑の逆。
となれば――――実刑だろうか。
「………………。」
「どうしたの? そんな青い顔をして」
「い、いえ……せめて苦しまないようにして頂けると、助かります……」
「会長、会長。 白木君、何か勘違いしてるみたいですよ~?」
「あら」と一色が面白そうに口端が上がる。
ゲームの中でよく見た。意地悪な少女らしい一面が表に出て来る合図。
しかも一色を窘める役である井波も同様に面白がる顔をしている。
まずい…………不用意に隙を見せてしまった。
「白木君は随分と私たちを怖がってるみたいですね~。 こんなに可憐な女子高生なのに、傷ついちゃいますね会長?」
「えぇそうね。 白木君にはきっと角や牙でも生えてるように見えてるんだわ」
「あっ、いえそんな事は絶対に……!」
「「見えてるの?」」
「無いですから! 絶対にっ! ありませんからっ!」
けらけら笑う二人。
一色と井波は幼い頃から主人と従者という関係にあった。
その関係は時間がより堅く、強く結びつかせ、主従の関係以上にさせた。
……要は息ぴったりなのだ。
「堪忍して下さい……」
「ふふふっ、ごめんなさい。 白木君ったら絶妙に情けないんだもの」
「な、情けない……」
否定はしませんけどもね。
ただ、君ら二人はそれだけ怖い肩書も実績も持ってるんで、何もない一般人にしてみたら震えあがるのは仕方ないもんなんですよ。
「いえ、ごめんなさい。 笑い過ぎたわ――ここからは少し真面目な話をしましょう」
そう言って一色は居住まいを正す。
井波もいつの間にか一色の座るソファーの後方へと控えていた。
「…………。」
そして、オレも二人に倣って傾聴の姿勢を示した。
「まず、今回の総連本部襲撃事件の解決を手助けしてくれた事を生徒会長として感謝します。 重ねて、何度も事情聴取に協力してくれた事も」
「いえ、オレは偶々その場に居合わせただけでしたから。 ……聴取の内容も、妄言のような事を言うばかりでしたし」
「逃げ回っていたら地下に入り込んでしまって、そこでハッキングを仕掛けている工作員を目撃し、妨害しようとしたら偶々倒してしまった……だったかしら。 報告は受けていたけれど、確かに突拍子もない話ね」
「…………。」
思わず苦笑で応じてしまう。
この事件で聴取を受けていたオレは、起きた出来事をできるだけ隠さずに話した。
オレに降りかかった事を客観的に整頓すると『あり得ない』の一言だ。それを信じて貰えるとかは毛頭思っていない。
その上で正直に話したのは、下手な嘘を付いて不都合な憶測が生まれるのを嫌がっての事。それに加えて『あり得ない真実』を証明してくれる人物を知っていたからだ。
そして、一色もオレの苦笑に少し呆れた表情で応じる。
「まさか、それが事実だったなんてね。 ……聴取以上に、灯の現場検証に付き合っている時間が長かったんじゃない?」
「い、いえ……ボクの証言を裏付けて下さったので感謝しかありませんよ」
「ふーん? 忍耐強いのね」
「あ、ははははは……」
紫藤灯。
科学部に所属している部活動連の総長を一年時より歴任されている人物。
『科学で証明できない事象は存在しない』を地で行く変人だ。
ゲーム知識で彼女を知っていたからこそ危ない橋を渡らずとも良くなった。心より感謝だ。
……まぁ、実証実験の拘束が十七時間を超過した事には幾何か文句は言いたいが。
「それで――あたなの功績に生徒会は褒章を与えようと考えてるわ」
「褒章……ですか」
「えぇ」と一色が頷く。
「ただ、生徒会からの正式な褒章としては送れない。 そこは分かって頂戴」
「はい。 それは分かっています」
事故として処理したのに露見するようなリスクは負いたくないだろう。それは十分に分かる。
「一応、尋ねておくけど。 褒章の受け取りを拒否する事は出来ないわ……その理由も分かるわね」
「口止めの意味だからですよね。 誓って他言するような事はありませんけど、貰える物なら有難く頂きます」
「白木君~……そこまではっきり言わずにボカシて欲しいですね~」
「あっ……すいません」
表立って言っている訳ではないから、と気が抜けてしまっていた。
一色もオレが言い切るとは思わなかったのかコーヒーカップを片手に止まってるし。
「ははははは…………」
「……この場限りの事として聞き流します」
「お願いします……」と頭を下げれば、一色は「まぁいいわ」とカップに口を付ける。
「……ただ本当に気を付けて頂戴ね。 私だってあなたを国外に飛ばすとかしたくないもの」
「…………は、はい」
それは流石に笑えない。
ホントに、心に置きとどめておこう……。
「あ、そうそう。 白木君」
「はい?」
何か思い出したように一色は「実はね」と前置きして、
「あなたを風紀委員に推薦しようって話が出てるのよ」
「辞退します」
「わ、即答だ」
空になったカップに新しくコーヒーを注いでいた井波が驚きの声を上げる。
一色も同様に意外そうな顔をしていて、オレは二人の反応を見て「いやいや」と手を振った。
「ボクは何か武術を収めてる訳でもないですし、今回は本当の本当に偶然なんです。 こう……何かの能力も無いですから、お役に立てませんよ」
「随分と卑下するのね。 今回の件で秘めていた物が出てきたとは思わないの?」
「秘めたる、なんて……無いです。 無いですよ」
「あははは……」と誤魔化す。
流石にそれはポジティブが過ぎる解釈だ。
ただの偶然を拾ったせいで、ヒーローごっこに身をやつして何もなせずに怪我をして退く姿が、オレには見える。
何よりオレは平穏であることを望むのだ。そういうのは適役に任せるのが吉だ。
「ふーん。 自己評価が低いのは少し意外だったかな」
「え、そんな風に見えてますか? ……一応は身の丈に合った事をしてるつもりなんですけど」
「身の丈、ね。 その割には八面六臂の活躍だったんじゃない?」
「あ、いや……それは忘れて頂ければ」
「どうしようかしら」と一色が笑う。
ゲームの中での一色凛花と比べれば珍しく穏やかな様子を見せてくれている。
単純にオレを警戒しなくてもいいと判断してのことなのだろう。
オレとしては敵対したいだとは欠片ほどにも思わないし、そんな未来が来たのならば人生の終わりを迎えるだけなので是非とも遠慮願いたい。
「会長、そろそろお時間が近づいています」
などと思っていれば井波から次の予定が迫っていると進言があった。
時計を見れば生徒会室にお邪魔になって一時間が経とうかという所。
一色は年中、学園の内外で懇談や会議の出席を絶え間なく行っている。彼女の事情を鑑みれば、この会談は確かに長く設けられていた。
単に、オレへの失礼がないようにと推し量られてのものか、それとも一色の興が乗っての事だったのか。
どちらにしてもこれ以上、一色の時間を拘束するのは望ましくない。
一色も時計を確認して「随分と話し込んでしまったわね」と閉幕のムードだ。
「少し惜しいけど、これでお開きにしましょうか。 今日はありがとう、白木君」
「いえ、こちらこそ! ……一色会長と直接話が出来るなんて貴重な体験でした」
「それ……聞きようによっては珍獣か何かと思われてない?」
「め、滅相もないデス」
ぎぎぎっ、と首を回して視線を外す。
一色は納得いかないように「ふーん?」と反らした視線を追いかけようと体を傾けてくる。
呆れ半分と言ったジト目で、小さな口をきゅっと引き結んだ姿は実に可愛らしい。
……ただ、中身がおっさんの身としては未成年にトキメク訳にはいかないので、全力で見つめ返したい欲求を封じ込めた。
(まぁ、ガワが白木少年なんだから捕まる事はないけど。 そこは倫理観の方が先に立つというか、いけないことをしてる気持ちになるからなぁ)
知られる由もないけれど。
汚い大人としての一面を、彼らには見せたくないと思ってしまうのだ。
そうこうしていれば一色が「まぁいいわ」と矛を収めてくれた。
「今日の会談はこれで以上よ。 褒章については追って連絡を――」
――ピロンッ
言いかけた一色の後ろ。井波の抱えていたタブレットから音がする。
「……会長」
何やら重要な要件だったのか。
井波が一色に耳打ちする。
オレがいるのに報告を後に回さないとすれば、かなり緊急性のある案件なのだろう。
……そのまま立ち去るのも違うから待ってる方がいいのかな。
「白木君」
そんな風に悩んでいれば一色より声が掛かる。
「はい」と何の気なしに返事をすれば、一色は吸い込まれるような艶やかな笑顔をしていて、
「たった今、愛花から報告があったわ――あなたの部屋を壊した犯人が分かったそうよ」
「本当ですか」
襲撃事件の対応でまだまだ時間が必要なものと思っていたら、ちゃんと捜査は進めてくれていたらしい。
ありがたいなぁ、と純粋に思っていると「あれ?」と疑問が湧く。
(今回の会談……オレと一色が話をしているのを生徒会メンバーは知ってる、として。 オレがまだ生徒会室に残ってる事を前提にして報告を寄こしたのか?)
会談の時間が伸びているのは知る由がない事。一色を通してオレに伝えようとするのも……会長を敬愛している柚木がするとは思えない。
と、いうか……。
(一色の、あの笑顔って――――嫌な、予感がするんだけど?)
オレの不安とはよそに一色は真っすぐにオレを見据える。
「白木君」
「……はい」
「落ち着いてきいてね」
「……。」
怖い前置きに、思わず生唾を飲む。
そして、
「あなたの部屋を壊した人――――風紀委員会の関係者では無かったわ」
「…………。 …………え……」
なにを、言われたか。
「…………ん?」
吟味し、
「……む?」
飲み込んで、
「え……えええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
理解、した。
「ど、どういう事ですか!? 風紀委員会の関係者じゃないってあり得ないですよ!?」
「あり得ないも何も、居なかったのだから。 風紀委員全員のアリバイを確認して回るのは大変だったのよ」
「それはご苦労様としか……って、いや違くて!」
玄関の解錠キーを通過できる人が他に居ないじゃん、とか。
身内びいきで隠匿されてるんじゃないのか、とか。
恐れを知らない言葉の数々が生まれて喉に詰まる。
「なに?」
「な、なんでもありません」
……あっぶない。完全に勢い任せで口に出るところだった。
言えば最期。
絶対に敵に回してはいけない筆頭が、その他こもごもを連れ立って大挙してくる羽目になる。
「それで……その話は、本当なのでしょうか」
「間違いないそうよ」
「まちがいない…………まちがい、ないですか」
「信じられない?」
「自分の中では……確信していた出来事だったので」
負け惜しみでしかない言葉が出てきてしまう。
もう半ば恨み節になりそうな塩梅の言葉を、しかし一色は眉一つ動かさずに受け止める。
「伝えるつもりはなかったのだけど」と前置きして、
「あなたの部屋の電子錠。 配線や基盤から操作された形跡が見つかったわ」
「え」
「いつから操作が行われていたかは分からないけど、そもそも鍵としての役割は無くなっていたというの調査に協力してくれた科学技術部の見解よ」
言われて更に混乱が募る。
え、なに? つまりは……前提から、間違っていたって話?
じゃあ、犯人って誰だってあり得るって事になるんじゃない……?
「う、うそぉ」
「残念ながら本当よ」
逃避しかける意識を、一色の一声で封じられる。
「現実は見るべきよ~白木君」
「いや……だって。 それじゃ誰が……あ、犯人って」
「――あぁ、ごめんね。 教えてあげたいのは山々なんだけど、犯人は分かっても誰かは判明してないのよ」
「は……はい!?」
「悪いけれど、そこは調査中という事で詳しくは言えないわ。 こちらとしても慎重に進めなければならない案件だと理解して頂戴」
「それは……まぁ、はい」
って「はい」って言っちゃったけど、まるで理解が追いついてこない。
一体どうして、どうなったのか。
訳が分からない。
折角、ゲーム知識を活用して解決したものと思っていた出来事であったのに、厄介さを増して復活するとは想像もしていなかった。
これでは振り出しに戻るよりも酷い…………。
「ん?」
そこまで思って、何かが引っ掛かった。
何か、大切な事を忘れているような……?
「そうそう白木君、愛花から言伝を受けているわ」
「柚木さんか……ら?」
言われて、繋がる。
あの時、総連本部に連れて来られて、ベッドに手錠を嵌められている時にオレはどんな態度を取っていた?
「……………………。」
「その顔を見れば伝えなくても分かっているかしら」
一色の愉快そうな声色が聞こえてくる。
が、そんなもの今はどうでもいい。
まずい。
まずいっ!
オレ、今までの恨みつらみを、これは好機と調子に乗って超不遜な態度を取っちゃってたんだけどぉ!?
どうすんのこれ。
どうすんのこれぇ!?
白木少年の問題が~、とか言ってる場合じゃねぇ!
「あ、の……柚木、さんは……なんと」
「んー、そうねぇ。 ちょー怒ってた、とだけ言っておくわ」
「ちょー、おこってた」
「えぇ。 ちょー怒ってたわ」
反芻して愕然と膝を付く。
一色が「あなたの処遇は追って連絡するわ」とか言ってるけど、半分は素通りだ。
なんてったって、これで間違いなく白木弥生の学園生活における平穏が終わってしまった。
息絶えてしまったのだ。
乗り越えられない試練は無い、と言うけれど。
おぉ神よ。
もう少しだけでも優しくしてはくれまいか……。
――そんな願いが叶うはずも無く、オレは生徒会を追い出されるのであった。




