そして、
「……もう、動かないよな」
反応のない黒ずくめを見下ろしながら足の先で突く。
持ち上げるのも苦労するような重さの工具でもって殴打すること数十回。
武術とか拘束術とかを収めていない身としては中途半端な加減は出来なかった。なので動かなくなるまで殴りつけてしまった……のだけど、ピクリとも動かなくなると別の心配の目が出て来る。
「…………生きてるよね?」
口元に手を近づける。苦しそうではあるが呼吸をしていた。
「…………今、思えば頭を狙うのは流石に殺意高すぎたか?」
もっとスマートに動きを止める手段があっただろうか、と思案する。
が、武装している人間に対して手心なんてものは命取り以外の何物でもないと、結局は同じ結論に至った。
この覆面達の命をオレは脅かしていた。
だから、ここまで過激な事をしなければ逆に命を奪われていたのは白木の方だった。
窮地を脱するために必要な行為だった……と、今は納得しておこう。
「とは言っても、ホントによく上手くいったもんだよな」
二人の武装した人間を無力化する。
ゲーム的視点で見れば片方を引き付けて各個撃破……だなんてアイデアが浮かぶが、残念ながら現実では叶わない。それに上手く分断できたからといってオレに出来る事なんてのは無手で殴り掛かるくらいしか出来ない。
それも全身にプレートを着込んでガチガチに守っている相手に、だ。
無謀にも程がある。
ので、オレがした対処というのは、単純に固い防具を貫くだけの火力を当てさせる。
即ち、彼らの持つ武器で互いに打ち合わせる、というものだ。
……何を言ってるんだ、って? 大丈夫、オレもこんな思考にしか至れなかった自分を恥じてる所だから。
あくまで消去法。
無敵の盾とか、最強の矛とか。その所在を探せば必然、相手が全部持っていたから仕方がないのだ。
「よいしょっ…………これ釘打ち機だよな? おもっ」
それでダメ元、オレがした行動と言うのが消火剤を撒いて見えなくする事だった。
彼らを発見した時、顔にゴーグルを付けているが見えていた。暗闇の中で目を覆うゴーグルとなると、暗視の機能があるものと考えたくなるもの。
それ自体に確信は無くとも、似たような機能が付いていなければ暗闇で装備しているメリットはないだろうと判断して、作戦を断行した。
結果、消火剤によって視界の制限を与えられたらしく陣形を変えた二人にオレは最後の一缶を投げた。
向かい合わせになっている背中、丁度二人に当たるよう山なりにして。
そうして背後を取られたと勘違いした二人は仲良く打ち合ってしまった……という訳だ。
「なんか改めると曲芸をしてるみたいだな」
みたい、ではなくそのものだ。
それも、氷上を滑ったことのない素人がいきなり四回転半を成功させるような。
快挙と言うには不気味すぎる有様、と言うべきか。
まぁ、概ねそんな評価に落ち着くような結果になったと自認している。
ただそれも偶然が重なって、という訳でもない。
(妙な感覚……相手がどこを見ているのか、緊張を高めているのか。 それが手に取るように分かった)
先のカメラ越しに視線を感じたのと同様に、相対している人物の感情や状況が流れ込んできたと言うか。
虫の報せ、と表すにも確かな形を持っているというか。
そんな、奇妙な確信。
その感覚に従ったからこそ得られた勝利だった。
(操られてる、とは違うんだけど。 ……ただ、正体に心当たりがない訳じゃない)
サイン。
有村の持つ、偽証の裁定と同じもの。この世界に存在する特殊な異能。
それを白木が持っていた、と。
(……確かにサインの発動に関して条件付けが厳しかったりとピーキーなものが多い。 今まで発現しなかったのも単に条件が合って無かっただけっても理解できる……けど)
あの時の少女の声が思い出される。
『ソレを持っていたなら、きっと乗り越えられる』
喫茶店で気を失う前に現れた少女。彼女が言った言葉は、この事を指していたのか……?
乗り越えられる。投与。
それがサインに紐づく言葉だったとしたら、彼女は何者なんだ?
「……ここにきてまた謎が増えるのかよ」
今はもう何も考えずに眠りたいというのに。
中々、その願いは叶えられない。
しかし――
「これで、一つは解決だ」
トリガーを引き、あらん限りの釘をパソコンに目掛けて打ち尽くす。
三秒と経たずに、串刺しにされた機械は黒い煙を吹いて沈黙したのだった。
◇◇◇
『不正なアクセスを検知しました。 不正なアクセスを検知しました』
同時刻、アナウンスが総連本部に鳴り響いた。
『進行中のコマンドを中止します――――建物内に火災が確認されないため防火シャッターを開きます。 ご注意ください』
◇◇◇
『冗談だろ!? どうなってる!』
そして、一番に驚きの声を上げたのは生徒会室前を占拠していた五人だった。
『地下の奴らは何やってるんだ! 十人以上は残ってたはずだろ!』
『知るか! 黙って手を動かせ! オレたちは目標まで手が届いてるんだぞ!?』
電動ノコギリで自動ドアの切断を試みていた男が叫ぶ。
想定よりも硬質な素材を使われているのか切断は叶わず、未だ半ばにも至っていない。
非常階段から登ってきていた二人組にも妨害をされ続けて作業が思うように進まなかったのも、ここにきて効いてきている。
『下から応援を呼んで止められないのかよ……!』
ふざけてやがる、と吐き捨てたくなる。
力量差は最初から分かっていた。それでも数があれば食らいつけると思っていた。
技量で上回られるのなら気持ちで耐えてやると、それが出来ると思い込んでいた。
『くそ、くそくそ、くそくそくそぉ!!!』
非常階段側に向けて距離を詰めながらネイルガンを打ち放つ。
防火シャッターが開いたという事は学園側の援軍がすぐにでも押し寄せて来る事を意味する。そうなれば壊滅は必至。長く準備してきた侵入作戦が無意味に散ってしまう。
『そんな事は許されない……。 絶対に、無駄で終わらせてたまるか!』
『おい! そっちに詰めるな! 戻って――』
『こっちはオレだけで抑える! 四人で守れるだろ!?』
「ほー、そりゃ残酷な話じゃないか?」
『っ!?』
廊下の曲がり角。
それを遮蔽にしている敵が悠長にも話しかけてくる。
いつでもトリガーを引けるように指を掛けて、更に距離を縮めながら、
『何が残酷だって? バケモノが』
「あれくらいの練度なら訓練で誰でもいなせるようになる。 倍は寄こさないと意味ねぇよ」
『このっ!』
声の主が遮蔽にしている壁から体を出してトリガーを引く。
これだけ近距離であれば打ち出される釘がぶれることなく相手を貫いて――――その確信が、形になる前に衝撃が走った。
ネイルガンが下からの衝打によって跳ね上がる。
『なっ』
「そんなデカいもんを構えてたら視野狭くなるだろ?」
角から出る一瞬を読まれていた。
改造して両手で持たなければ真面に取り回しが出来ないネイルガンの死角、構えた銃身の下に滑り込むようにして間合いを潰された。
間違い一つで至近距離で釘を撃ち込まれるかもしれないというのに。
呼吸を乱さず、余裕をもって対処された。
敵は一息の内に背中に回り、完全に制圧してくる。
「ほーら、暴れんな。 腕を関節ごと壊されたくねぇだろ? お前らには聞きたい事がいっぱいあるからな」
『くっそ! ――おい! オレごとでいい、打て!』
「残念」
しかし、関節を極めてくる敵は憐憫すら滲ませる声で言った。
「それは無理だろうな……サラさんが来た」
『あ……?』
そこから見えたのはエレベーターがのドアが開く所だった。
中には女子生徒。この学園内のどこにでもいるような制服姿が立っていた。
ただ違っていたのは左胸の辺りに金に輝くバッジが一つ。結わえた竜胆をモチーフにしたそれを付ける意味は――
『――――――!!!』
何か、叫び声を上げたと記憶している。
しかし、それには何も意味は無く。
『………………あ……ぁぁぁあああああああ』
一瞬で、ネイルガンと電動ノコギリを持った仲間四人が無力化されたのだった。
◇◇◇
「ふたりともっ! おつかれさま~!」
「……おっと」 「ちょ、先輩!?」
襲撃者たちを取り押さえ、身柄の拘束を他の風紀委員の生徒に任せた直後、俺と柚木がフリーになるのを待っていたとばかりに金色の影が飛び込んでくる。
柑橘系の香りを纏って俺には右腕を、柚木には左腕を伸ばしてくるのは、
「な、なにしてるんですか!? 沙羅先輩! こいつに抱き着くなんて!」
「おい、お前は良いみたいに言うんじゃねぇ。 褒章は平等だ」
「ニシシシ~私が抱き着くだけで褒章とか嬉しい事を言ってくれるね~有村は。 なんならほっぺにチュッとかサービスしちゃおっかな?」
「なんですと……!」
「せ、ん、ぱ、い!」
「冗談じょうだん~」と手を振るのは嘉良沙羅。
黒髪を金髪に染め上げ、バチッと決めたアイライン。更には制服を自由気ままに気崩す様は正しくギャル。
しかしてその正体は、宮東海学園が有する防衛機構の最高峰。風紀委員長その人だ。
俺が知る範囲では生徒会室前を占拠していた四人組を組み伏せるのは見た。
エレベーターが開くなり走り出し、打たれる釘を難なく避け切って一息に無力化。単純に走る、避けるの動作は分かるにしても、空手や柔道などあらゆる武道の組み合わせで撃退する様は圧巻の一言である。
間近で観察する機会を得ても、何をしているのか判断できなかった。それが敵側からしたら更に訳が分からないもんだろう。
そして、当の本人は先の成果など考えさせない緩さでもって「ホント、今回の事は助かったよ二人とも」と改めて笑う。
「本当はシャッター諸共を破壊してまで突入したかったんだけどね。 ……ここのシャッターを壊すとなると大型ブルトーザーを持ってくるしかないんだけど、そこに時間が掛かっちゃってさ~。 ホント、申し訳ない!」
「なに言ってるんですか。 サラさんが居なかったらもっと状況は悪くなってましたよ。 それに今回の敵も生徒会メンバーの位置くらいは事前に調べておいたはずです、完全に警戒されての事ですよ」
「そうですよ、先輩。 私がもし襲撃者側だとしたら真っ先に先輩の巡回路を調べ上げて警戒しますもの」
「うぅ~。 それはそうなんだろうけどさ~……」
そういうとサラさんは申し訳なさそうに「でもさ~……」と続ける。
「……こういう有事の際にこそウチが居ないといけなかった訳じゃん? 私が受け持つ所を後輩に任せっきりにしちゃうってさ~」
「……珍しくサラさんがネガってる、良いな」
「お前は冷静に何を言ってる? 先輩はいつも最高だ」
「この場合は二人ともおかしいよね!?」
途端に顔を赤くするサラさんを見て、俺と柚木は満足だと頷き合う。
「サラさんは卑下しますけど、サラさんが来てくれたからこそ生徒会室周辺を確保できたので。 本当に助かりましたよ」
「そうですよ! 私も押され気味だったので怪我なく事態を収拾させられたのは先輩のお陰です!」
「二人とも! も~! そんな喜ばそうな事言っちゃってさー! もー!」
言いながらにまた抱き寄せられた。
俺は勿論なされるままに。隣に抱き着かれている柚木でさえ「せ、せんぱい……あの」と口では遠慮するような事を言っているが、キッチリとサラさんの袖を握っている。
一色会長を崇拝してやまない彼女であってさえも甘やかされるまま。風紀委員長と言う肩書を有してなお、この距離の近さが慕われる要因なのだろう。
俺も距離感が近いってのが物理的にだなんてのは最近になって知ったのだが。
そうしてなされるがままになっている事、数秒。満足したのかサラさんは満面の笑みで、
「……ホント、怪我もなく無事で何より」
安心したような顔で言うのだった。
「……そんじゃ、状況を聞きましょうか。 何があったの?」
「それは勿論、すぐにでも報告させてもらいます……が、一つだけいいですか?」
懸念事項、という訳でもないが。確認しておきたい事があった。
「ん、なになに?」
「大屋の奴はどこに? あいつが居れば状況の打開がもっと安全に行えてたんですけど」
「……おぉ、相変わらず有村は大っちとバチバチだね」
ちょっと困ったような顔をしたサラさんは「えっとね」と後ろを向く。
そこには電ノコで切り付けられた生徒会室の扉があり、
『ボクはここだよ、有村君』
「……お前、生徒会室に居たのかよ」
『……すまない。 外の状況は何となく分かってたんだが、扉を開ける訳にはいかず』
「あぁ、分かった分かった。 お前が外回りじゃないを知ってたから確認したかっただけだ」
『すまない……』
暗い声が聞こえてくる。別段、こいつの事を攻めたかったのではない。
大屋が本部内に居ると分かっていたので、何もアクションが無い事に疑問があっただけだ。
……ただ、その事を言ってやる義理もないので黙っていると、空気が悪くなったと思ったサラさんが慌てて「え、えーっと」と取りなすように言う。
「そ、それで! 中の会長は無事なのかな!?」
『えぇ、問題ないわ』
中からは変わらず凛とした声。
名前の通り、と言っても面白味が無いが、その落ち着きようは襲撃を受けた張本人とは思えないほどに静かだった。
サラさんはほっと胸を撫でおろして「会長の声を聞いて安心しましたよ~」と言って、
「一応、中の状況も聞かせてもらっても? 危険は無いかと思いますけど」
『この部屋の中は私と大屋君だけよ。 井波は別件で外していたのが幸いしたわね』
「扉は開きません?」
『えぇ。 回路が傷つけられたんでしょうね、こちらからは反応が無いわ』
「……了解しました。 まずは扉の取り外しから始めますね。 ――ごめん、ウチだけどさ」
そうしてサラさんが指揮をすべくスマホで連絡を始めると、中から『有村君、柚木さん』と会長から声が。
『あなた達のお陰で助かったわ。 ここからでは詳しい状況が分からないのだけど、心から感謝するわ』
「もったいお言葉です、会長。 ……本来であれば、このような襲撃を許すこと自体、あり得ないのですが」
『えぇ、こればかりは仕方がないわ。 正に前代未聞よ。 事後処理をどう誤魔化すか……今から頭が痛いわ』
「風紀委員内の緘口令、一般生徒への説明も徹底いたします――何なりと、お任せください」
『助かるわ、愛花。 頼りにしてる』
「……っ。 はいっ!」
(相変わらずの崇拝ぶりだこと……)
わざわざ言葉にはしないが、まるで信託でも授かったかのような傾倒ぶりだ。いや、まるでと言うよりも彼女にしてみれば正にそれと同等の行いなんだろう。
頬を赤らめて両手を合わせる様など信者そのものだ。
『有村君もね。 契約以上の活躍よ』
その信託が俺にも向けられる。しかし、俺は生まれた時から無神論者であるので「どもです」と簡単に応じて、
「それで賞与はいか程になります?」
大切なお伺いを立てる。
『君は変わらないわね。 ふふっ、期待して頂戴』
内心でガッツポーズをする。
頑張った甲斐があったというものだ。あの一色凛花の命を救ったのだ、生半可なお礼ではない。
……額にもよるが、これでチビたちの欲しがってた器材なんかを揃えてやれる。
「俺としては何より重要なことなんで」
と、まで言って「あ、いけね」と気が付く。
こうして襲撃を早期に決着させられたのはシャッターが上がってくれたからこそ。そうしたシステム関係の操作は会長が解決してくれたのだから、とドア越しに姿勢を正す。
「シャッターの操作をありがとうございます。 消耗戦にならずに済んで助かりました」
『…………。 あなた達じゃないの?』
「……え?」
思わぬ声が掛かる。
「何が、です?」
『いえ……だから。 シャッターが上がったのはあなた達がシステムの妨害を止めてくれたからじゃないの?』
「え…………?」
隣に居た柚木を顔を見合わせる。
全く身に覚えのない内容に、何のことかと固まっていると「お話し中にすいません……」と控えめに声が掛かる。
振り返れば風紀委員の生徒が申し訳なさそうに立っていた。
「すいません……委員長からお二人に確認してもらいたい事があると受けまして」
「伝達、ありがとう。 確認事項って?」
「は、はい。 今、侵入者の拘束と輸送を行ってるんですけど……中に一般生徒が紛れ込んでまして。 確保した場所が地下の妙な場所だったので、もしかしたら面識は無いかという事でして」
「一般生徒?」
そこまで聞いて、ピンと頭に引っ掛かる名前があった。
「そいつの特徴は何だ?」
「えぇ……っと。 確か『有村を呼んでくれ!』と騒いでるみたいでして」
「「………………………。」」
また柚木と二人して顔を見合わせる。
今度も同じことを思ったらしく、同じタイミングでため息を吐いて、
「……忘れてたな」
「えぇ……」
野放しにしていたヤツの事を思い出すのだった。




