幕間
「今日もお疲れ様、美鈴」
「いえいえ~。 会長こそ今日も遅くまでご苦労様でした」
時刻は八時半ごろ、生徒会室に残っていた私たちは紅茶を片手に一息付いていた。
会長――凛花はいつもコーヒーばかりを好んで飲んでいるので、少しでもカフェインの摂取を押さえてもらうために同じものを用意している。
凛花にしてみれば「あの美味しさが分からないなんて……」と不貞腐れてしまう事もあったのだけど、今日はどこか上機嫌だ。
「何か良いことがありましたか、会長」
「二人きりの時くらい名前で呼んでくれてもいいでしょ、美鈴」
「それはいけません。 まだ学校の中ですので、公私混同はできません」
「……あなた、そう言って家でも凛花って呼んでくれないじゃない」
「次期当主様を呼び捨てにする使用人がいますか。 送迎の車の中で呼んであげますから」
「なんだか美鈴って思わせぶりなホストみたいよね」
「はいはい、そうですねぇ」と適当に話を合わせながらスマートフォンを操作する。
送迎の車を二十分後に総連本部前に到着するように連絡をして「それで?」と私は凛花の方を見た。
「何か良いことがありましたか?」
「良いこと、ねぇ。 これを良いことに数えてしまったら生徒会長失格になっちゃうかな」
意味深な呟き。
それを聞いてふと浮かぶ人物があった。
「白木君ですか」
合っていたらしく嬉しそうに「そうよ」と笑う凛花。
いかにも悪戯っぽい顔するのを見て、私はため息をついた。
「そんな愉快な報告をした覚えはありませんよ会長」
「えぇ~。 だって面白いじゃない」
凛花は更に笑みを濃くして、
「白木弥生――――彼の部屋を破壊した犯人が、生徒会を襲撃してきた組織の構成員だったなんて」
そう。
私が会談の途中に受けた報告と言うのがソレだ。
白木君が風紀委員会の所属生徒から危害を加えられたという訴えも驚いたけど、それを覆して更に斜め上の結末が待っていたなんて想像もしなかった。
風紀委員の中に犯人が居なかったのは喜ばしい事だけど……。
「面白いって思うのはいいですけど、状況はあまり芳しくはないですよ」
「えぇそうね。 まさか先手を打たれた挙句、未だに侵入経路も絞れていないんだもの……困ったものだわ」
「……言動と表情が合ってませんよ」
心から愉快だ、と言わんばかりの様相に私はまたため息を漏らす。
平時より、凛花は命を狙われる事が多い。今回もその魔手が確実に迫ってきていた状況ではあったが、彼女にしてみれば日常の延長線上でしかない。
ただ、その上で凛花が興味をそそられているのは、一色家の力を使っても襲撃者たちの組織が何者であるかを掴めていないという点にある。
この国で一色家の権力の及ばない場所は存在しない。
だというのに、それが通用しない異常事態。
それを彼女は楽しんでいるのだ。さながら、初めて好敵手を得たような無邪気さで。
「……私が言うのも今更ですけど、油断なさらないよう」
「分かっているわ。 自分の命を賭けに出したりしないから、安心して」
「ならいいんですけれど」
「あー、信じてないでしょ」と頬を膨らませる妹分に、「そんなことはないですよ」とだけ返す。
「それで、白木君の処遇はどうされるんですか? 彼の置かれた状況を客観的に見れば、襲撃犯と何かしらの関係があると考えるのが妥当ではありますが」
「んー……でも、彼何も怪しい所が出なかったのよね~。 家族関係も特に変わった様子もないし、今のところ謎ね」
「では如何しますか?」
そう言うと凛花は可笑しそうに口元を緩めた。
「妙案があるの。 彼の身の安全を守って、監視もできて、ついでに愛花が怒りを収めてくれるような」
「……本当にそんな事が出来るんですか?」
「そろそろ信じて頂戴よ。 何年来の仲だと思ってるの?」
「さて、もう何年になりますかね」
「もーホントに適当なんだからー」と不貞腐れる凛花の声を聞きつつ、私はカバンを持って生徒会室のドアへと向かう。
凛花も同じく帰り支度は終わっていて、最後にタブレットを操作して部屋の電源をオフに――部屋は暗闇に包まれた。
そうして一色凛花と井波美鈴の二人はいつものように誰も居ない生徒会総連の廊下を歩いていく。
時にオーバーなリアクションをしたり、それを冷たくあしらったり。
姉妹のように育った主従は二人で並んで帰路へと向かうのだった。
後はただ、熱を失っていく機械群があるのみ。
宮東海学園の夜が更けていく。




