逃走中
『上がれ! あいつら階段にいるぞ!』
『急げ、急げ!』
『もう何人もやられてる! 気を引き締めろ! 行け行け行けいけぇ!!』
「……………こぉぉぉぉわっ」
一方その頃な白木です。
絶賛、身を隠して、息を潜めて、壁にへばり付いて同化している所でございます。
皆様におかれましては如何お過ごしでしょうか。
何かの間違いで近くに来てはいませんでしょうか。
助けてもらえませんでしょうか。いやホント切実に。
「今どうなってんだよ、これ……」
現在、オレは一階のフロアをぐるぐると歩き回っている。
この一階のフロアは多くの人が出入りする場であり、生徒総連へ相談事や依頼を行う際にも活用され、事務所や応接室が設置されている。その関係で、隠れる場所には事足りないのだが……周囲を歩く複数の人影は何の目的を持って巡回しているのか不明で、大変に不気味であった。
目を凝らせば黒に統一した服装が確認できた。
案の定、暗闇に紛れて行動することを前提として装備したものと、推測は出来る。
ただ「ほう、それだけ念入りに準備できて偉いさんやねぇ」とはならない。それだけの準備を、総連本部を隔離する仕掛けを施してたという事実が、あまりにも重い。
ここは宮東海学園。
新たに国家を担う人材を輩出すべく整えられた箱庭。強いて言えば、国家の中軸と表してもいい。
人の出入りは勿論、物資の搬入から搬出までを完全に管理されている。防衛機能としては並大抵の代物ではない。
PIXによる管理、また通常の警備ですら厳重なのだ。
「だから最初は学園の内部犯だと……思ってたんだけど」
彼らの装備からして、どうも毛色が違うように感じてしまう。
ゲームでの知識頼みではあるけど。
(というか、こんな大々的に総連に侵入を許すって展開から覚えが無いんだよな~……。 似たようなのはルート三十八から四十四番かな。 ただあれって一色と袂を分って行動しようとすると発動するもんだったし、条件が合わないというか……)
んー、と悩むが答えは出ない。
というか、これが有村たちが予見してたみたいに行動してたのって……これが彼らが追っていた事件なのだろうか?
こうして学園内で暴動紛いの事を画策されていたともなれば、あれだけ神経質になるのも納得できる。だが、それではあの写真はどういう意味があったというのか。
もしや白木少年はこの襲撃に加担していた?
協力者?
……材料が無いから判断の仕様がない。
「……今は考えるだけ無駄か」
それ以前に今は『巡回している黒ずくめに見つかったら終わりゲーム』の真っ最中だ。
オレの存在は気づかれていないようだけど、廊下だったり部屋だったりを歩き回っている音は聞こえてきている。
音を頼りにして避けれてはいる。が、逃げ切り耐久を継続しているばかりでは難しいかもしれない。
さっき大声を響かせて数人が階段に消えていったみたいだが……。
(まだ音が聞こえんだよなぁ……)
声に釣られて移動していってくれていいのもを。
恐らくは役割分担。一階に留まるように言われての事だろう。
まったく律儀なもんだ。
総連本部なんかを占拠したなら一色に向かって一目散になるもゆだろうに。こんな場所を守っておくなんて人員配置の無駄だとは思わなかったのか。
今すぐその無駄に気がついて、反省した上で上階へと向かってくれると大変に助かる。
オレの心の平穏のために。
(って思ってると逆の事がおこるんだよなぁ最近。 生徒会に呼び出された時もこんな感じのことを考えて……)
と、思ってみれば。
潜んでいた隣の部屋に誰かが来たらしい音が聞こえてきた。
(あぁゴソゴソしてる……捜されてるよな、そうだよな。 流石にこんだけ動き回ってちゃバレるもんだよなぁ)
痕跡は可能な限り残さないよう心がけていても完全に消せる訳ではない。相手も追跡できるような装備を整えている事だって考えられる。
影から影へと隠れんぼしてるのが、やがて追いかけっこに変わるのも時間の問題だ。
複数人で追いかけっこなんて絶対に考えたくない。
まして宮東海学園の生徒会総連へ殴り込みに来るような連中だ。間違いなく並々ならぬ覚悟でもって襲撃をしているのだし、命の保証は無いものとして考えなければ。
(なら逃げ先を変えるのが妥当か。 二階とか……いや、でもこんだけ巡回させておいて階段に人を置かないとか無いよな。 狙いは分からんけど、一般の生徒であっても金の生る木なんだから捕まえておきたいってもんだろうし)
じゃあどこに逃げるんだよ、と途方に暮れそうになる。
「…………ん-」
がさごそ、と隣にいるだろう何者かの音が大きくなる。
「………………んんー」
ドアのスライドが流れる音。
何者かは廊下側へと出たようだ。
「……………………んんんー……」
そうしてオレが潜む部屋の前にまで気配が迫り、
「……仕方ない、別手段でいくか」
ガラッと勢いよくドアが開かれる。
それと同時にもう一方のドアを薄く開けて体をすり抜けさせた。
中からはゆっくりとした足音だけが聞こえてきており、こちらの存在は気づいて無さそうだ。
「…………学校を抜け出すときによく使ったなぁ」
高校時代、バイトばかりに勤しんで学校に行かな過ぎたオレは無理やり学校へ連行されるなんて事があった。
そんな時、教師の目を盗んで抜け出すために生み出した技だったが……何事も役に立つものだ。
「さて……」
抜き足、差し足……。
オレは目的の場所へと忍んで移動を始めたのだった。
◇◇◇
「お。 あったあった」
一階にある生徒相談窓口、相談業務を行う事務所の更に奥。
巨大な印刷機、シュレッターを横目にすり抜けて、細い業務用の書類が山積みになった区画にお目当ての物を発見する。
簡素な鉄製のドア。
ただ、それは見た目だけ。中身はパスワードと許可書とで二重にロックが掛かる代物だ。
「とは言っても、この施設では緩い方だけどね」
この鉄のドアの向こうは地下になっている。
何かしらの施設は無く、予備電源や通電に関わる機器が広がるばかりで、人の手が入るのも月に三回の点検でのみ。
入室許可も生徒会総連に所属しているなら与えられる程度に緩く、二重とは言っても実質パスワードだけで鍵を掛けているような状況だ。
そして点検も月に三回あるという事で頻度もソコソコあることからパスワードの変更もあまり行われていない。更に付き足せば、この点検に掛かる雑務でトラブルも上がっていない事から上役の方々も放置ぎみになっている。
つまり、オレが入り込むだけの隙がある、という事だ。
「柚木が言うには施設内の権限を与えるって事だから……」
恐る恐ると生徒手帳を掲げる。
すると電子ロックの水晶体が反応する。許可証は問題なく通過してくれたようだった。
「そんで……パスワードが」
『Rl34672Gk87dex』 ブッブー! こっちじゃないか。
『Tyik87d6d37ri09』 ブッブー! こっちでもない。
『qk4763FsD887S』 ピンポン!
「お、開いた」
使用されている……というか、使いまわされているパスワードは五通り。ゲーム中に侵入する機会というのもあまり無いのだが、隠しステージ的な雰囲気が気に入ってパスワードを覚えていたのが功を奏した。
「よしよし、これで安全域確保完了だ」
どうせ有村たちが解決してくれなければ事態は動かないのだ。
敵が入り込む余地のない場所で引きこもっているのが正解。勇気をもって立ち向かうなんてのは主人公にお任せだ。
モブたる私は平和に過ごさせてもらうことにしよう。
「お邪魔しまーす……」
後ろ手でそっとドアを閉める。
中は同じく暗いままで良く見えない。しかし、安全が確約されているというのだから贅沢は言うもんじゃない。
後は外の荒事が過ぎるのを待つための場所……適当に寝転がれる所さえあれば完璧――なん、だけど?
「へ?」
そこでオレは間違いに気が付いた。
襲撃犯がどこから侵入してきたのか、考えもしなかったことを。
「うそ……だよね?」
電子機器の連なるはずの空間は大きく削れ、巨大なドリルで開けたような大穴が開いていた。
中腰であれば人が平気で通れるような大穴は、ここが彼らの侵入地点であることを如実に語っていた。




