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仕留め〜TAKE OUTLAW〜

#####

深夜

Sharon's・Japanese・Dinner2階


Booby man(ブービーマン)>クシゲ・レンタロウは、仕事道具であるナイフを構え、壁に掛けたダーツの的に向かって振りかぶった。


ヒュッ、ストン


 ナイフの()()()が中心に命中し、そこから手元に残った柄へと、一筋の煌めきが繋がっていた。

 肉眼では視認できない細さと刃物で切れない強靭さを備えた特殊なワイヤー。

 レンはソレを、部屋中に巡らせた突起に引っ掛けながら、柄の中のリールから更に引き伸ばし、全長10mの一筆書きのクモの巣を作る。

 そして、少しずつワイヤーを巻き取りながら、潤滑油を垂らしたグローブで丁寧に拭っていく。

 

#####


 <Mash man(マッシュマン)>マーガレット・スペルトーカーは、自室に入ってすぐに、着ていたドレスを作業台の上に叩きつける。

 オークション会場での電流トラップや手榴弾の爆発で裂け目や焦げが目立つソレをしばし見分したあと、クローゼットから端切れの束と裁縫箱を取り出し、台に並べる。

 

「……ほんと、ムカつくぐらい良いドレスなんだから。……だったら、こうしてやる」


 そして裁縫箱から裁ちばさみを取り出し、躊躇いなくしかし計画的に切り刻んでゆく。


#######


 深夜、人通りが途絶え、排水溝からの湯気だけが静かに煙る官庁街を、<Maestro(マエストロ)>モンド・ミッドビレッジは黙々と突き進む。

 くたびれたトレンチコートとフェドーラ帽が人相を包み隠しているが、その内側からは、静かな殺気が漏れ出ていた。

 しかし、目的地へ一歩、また一歩と近づくにつれ、その殺気は押し縮められるように消えていく。

 ついには、そこに居るという気配すらも消え、老警官は夜風に吹かれた湯煙のように、闇の中へと溶けた。


######

しばらくの後

ニューダーク市 某所 とある廃屋


 解体途中で放置されたアパートの、比較的原形を留めている一室で、マット・フィリングは仮眠を取っていた。

 オークション会場から命からがら逃げ出し、以前からセーフハウスとして利用していた此処に潜伏していたのだ。

 しかし、束の間の安眠は、侵入者の気配で取り消される。


「……誰だ?サツ(警察)か?」


 枕元から拳銃を取り出し、そっと息を殺す。

 下の階から、何者かが物色する様子が伝わってくる。気配を押し殺そうとはしているが下手くそで、簡単に物音を立ててしまっている。


「素人の物盗りか?……だがあそこには爆薬もあるからな」


 簡単に見つからないように、壁に偽装した空間に隠してはいるが、まぐれ当たりで見つかっては不味いと、フィリングは銃を手に下へと向かう。

 すると、階段を降りたところで、突然気配が消えた。ソレまでの素人めいた動きが嘘のように。


「なんだ?……っ、これは」


 目的の部屋は扉が開いていたが、その足元に、月光を浴びて一筋の煌めきが走っていた。

 ピアノ線を使ったブービートラップだ。


「……まさか、さっきまでのは『誘い』か?」


 目の前の見え見えの罠に、フィリングは警戒を強めるが、ならば尚の事、この侵入者を生かしてはおけぬ、と前進を再開する。

 ワイヤーに触れぬように探ると、爆薬の類はない、ただ2つのレンガの間にピアノ線を張っただけのものだった。

 何かの囮かと、思考を巡らせる。その時だった。


「判断が遅いよ」

 

グイッ


 背後からの声と同時に、首に何かが絡みついた。

 

「こふぁぁ!?」


 銃を取り落とし、両手で拘束を解こうとするが、細すぎて指どころか爪も掛からない。

 更に背後の声が続く。


「動くと余計に締まるぞ。じっとしとけば、喋れる程度のままだ」

「ぐっ!ワイヤートラップに、首絞め……貴様、<Booby man(ブービーマン)>!?」

「……、自分では名乗っちゃいないがね。まぁそうだ」


 辛いが完全に窒息してる訳では無い状態のフィリングは、僅かな酸素を全力の思考につかう。

 <Booby man(ブービーマン)>、『3番街のイレイザー』として、新しく囁かれるようになった謎の人物。ワイヤーを使った『BoobyTrapp(ブービートラップ)』を専門とする『Boogieman(ブギーマン)』、ソレ故に<Booby man>。


「だが、『Booby(マヌケ)』なのはどっちだろうね?……そらっ!」


 ストン、と近くの壁に何かが刺さる音がした。

 ガシャリ、と反対側の床に金属製の何かを置く音がした。 

 目だけを動かし、両側をみると、首に巻きついたワイヤの片方の端は、壁に刺さったナイフの刃の()()()に、もう片方の端は、手榴弾の束の安全ピンに繋がれていた。

 ワイヤーは細く、素手で引くと皮膚が切れる。しかしコレを解く為には、どちらかを手繰り寄せねばならない。


「さぁ、ナイフと爆弾、どっちを手繰り寄せる?」


 背中からの声はフィリングを嘲笑うと、再び気配が消えた。


「くっ……そがぁ……!」

 

 ナイフを抜きにいけば手榴弾のピンが抜ける。

 手榴弾を取ろうとするとナイフ側から首を絞められる。

 どっちを選んでもリスクが伴う。 フィリングは両手で首を引っかきながら、思考を巡らせる。


「(……ナイフだ。手榴弾は物陰に走れば……)」


 意を決し、壁のナイフを抜きに行くフィリング。

 しかしその足元にコロコロと何かが転がってくる。

 無意識に片足で踏み止め、正体を確かめると……ピンが抜けた手榴弾だった。


「は?」


 それが彼の最期の思考。

 無人のアパートの一角とともに、男は爆散した。

 

 パルクールを駆使して隣の建物の非常階段へ退いたレンは、独りごちる。


「てめえで隠した手榴弾の数くらい覚えとけよ、Booby(マヌケ)


#####

同時刻

「クリス・ローズ教育保護機関」 事務所


 グレー・ロッドは自分の執務室で、業務用のシュレッダーと格闘していた。

 

「まさか、こんなに早くオジャンになるなんてね。特区だからと甘く見すぎたかね」


 粉砕しているのは、人身売買の為に作成していた名簿や出納帳。闇市場へのガサ入れの報を聞きつけて、他の職員が退勤した後、独り夜通しで処分を続けていた。

 彼女は元々、南米のとあるカルテルの下で密貿易を担当しており、そのノウハウとカルテルの資産を持ち逃げしてニューダーク市に来ていた。その頃からのファイルも、念のためにと紙片に変えてゆく。


バリバリバリバリ……


 手当たり次第に詰め込んだ為に、粉砕機の刃には紙片が絡まり、既にオーバーロード寸前。容量60Lの本体は、焦げた臭いと騒音を上げている。


ピーピーピー


 10度目となる強制停止とアラーム音に、ロッド夫人は苛立ったため息を漏らす。


「このオンボロ!3千ドルもしたのに何台このザマは!?」


 床に散らばる紙片を踏みつけながら、夫人はダストボックスを開け、満杯の籠を筐体から抜き取ると、壁に備え付けられたダストシュートへと中身をぶち撒ける。辺りに紙吹雪が舞うが、それよりも証拠隠滅が先と、老婆はシュレッダーへと引き返す。そしてしゃがみ込むと、自分の簪を引き抜き、下からシュレッダーの内部を覗き見ながら、ローラーに詰まった紙片を、簪でこそぎ落としていく。


 ソレ故に、部屋の中へ侵入する小さな影に気付かなかった。

 子供向け絵本のモザイク画のようなツギハギ柄のドレスを纏った少女は、足音を立てずに忍び寄りながら、両腕のボタンを外す。

 2本の袖がはらりと落ち、華奢な腕が両肩から顕になる。

 しかしすぐに、肌が黄緑に変色し筋肉がブクブクと発泡するように肥大化されていく。

 身の丈とほぼ同じ大きさにまで膨れ上がった頃、マーガレットは、ロッド夫人が頭を突っ込んでいる粉砕機の向かい側に立った。


「……んっ、と!やっととれた。これでまた粉々にできるわね」


 と、頭を筐体に入れたまま、夫人は一息つく。

 その頭上に、異形の拳が2つ、振りかぶられているとも知らず……。


「ええ、粉々になるわね。……オバエ゛ガナ゛!」


グシャン!


 悲鳴をあげる間もなく、老婆の頭ごと、シュレッダー()()()()()()


 しばらくの間、床にめり込んだ拳をそのままに、マーガレットは、黄色く濁り虹彩が紅く染まった両目から、涙を流し続けた。


#####

同時刻 

ニューダーク市自治議会 議長控え室


「……だから、捜査そのものを打ち切れと言っているんじゃありませんよ。発泡により死者が出ているんだ。突入が適切だったかの検証と監査を先にすべきと……。もういいですね。今日はもう遅い!」


 ニコラ・ホナーオールは、対立する会派からの抗議の電話を一方的に切り、安楽椅子に背を預け天を仰いだ。

 

「まったくロッドの奴ら、詰めが甘い。……座りすぎて催してきたな」


 4億ドルで()()()議長の椅子から立ち上がると、ホナーオールは廊下に出て、非常灯だけが灯る廊下を歩く。


「守衛に言って夜間も点けてもらおうか……。いや、こんな時間まで市政に没頭するなんてことは二度と無いだろうから良いか」


 と、暗い道行きを暢気に進み、男子トイレへと入る。

 そして小便器の前に立ち、安堵のため息とともに用を足すが、背後の個室の一つが閉まっている事には気付いていなかった。

 その戸がゆっくりと開き、伸縮式の警棒を手にしたモンドが、ぬっと姿を見せた。

 ホナーオールは、スラックスのチャックを閉め終え振り返り、ようやくその姿に気づく。

 くたびれたフェドーラ帽とトレンチコート姿の侵入者に、ホナーオールは後ずさりながら叫ぶ。


「な、なんだ貴様は!?ここは自治議会だぞ!貴様のような場違いな奴が居ていい場所じゃなっ…!」


ブグシュリ……


 言い終わる前に、モンドは仕込み警棒をホナーオールの急所に突きだし、芯の刃で内臓を貫いた。

 トドメに議長の身体を壁に押し付けながら、肉薄したモンドは重い声で告げる。


「場違いなのはてめぇもだよ」

「カッ、ハォァァ……」


 笛の音のような息を漏らしながら、ホナーオールは絶命する。

 刃を引き抜き、巻き取っておいたトイレットペーパーで拭うと、それを大便器で流し、モンドはその場を立ち去った。



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