slapfathers
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5月某日 レン視点
それは運悪く、俺も先生も非番の日の事だったという。
「あの2人が、養子に!?」
「ええ。マーガレットもナーサリーも、健康状態が良好になったから。特にマーガレット、あなた達が懸命にケアしてくれたから、乱暴も治まって……」
休み明けの引き継ぎの場で、同僚の看護師は俺たちを労うように告げる。
彼女には、俺たちがマギーとの別れを惜しんでいるように見えたのだろう。……当然、本心は全くの的外れだ。
「それで、2人はどこのどなたが引き取ったので?」
先生は冷徹な態度を装いながら、2人の行き先を尋ねる。
しかし、看護師は諌めるように返す。
「はぁ、ここで働き始めるときに言われたでしょ?縁組が決まった子ども達のその先は詮索してはいけない、って。皆、前の酷い人生を忘れて、新しい幸せな人生を歩み始めるの。……まぁ、実は私もよく知らないのだけれど。院長先生が連れてきたお客様、としか」
院長、「クリス・ローズ教育保護機関」の責任者であるグレー・ロッド婦人のことだ。
俺たちはまだ面識は無いが、<八分署の旦那>からの資料に名前があった。
「ロッド婦人は、今日もここに?」
「いいえ、あの方はお忙しいから。毎日、『クリス・ローズ』の色んな施設をハシゴしていらっしゃるの。次はいつになるか……」
「そうですか。お手間を取らせてすいません」
看護師との会話を終えて、割り当てられた持ち場へ向かいながら、先生と俺は対応を考える。
「よりにもよって、マト候補本人に連れてかれるなんて……」
「ええ。こうなれば強行手段に出るしかありませんね。……ただし、『仕事』では無いので殺しはナシで」
「うげ。俺、前の世界の時から苦手なんですよ、不殺系。まぁヤクザ、コッチだとマフィアか、の下っ端程度なら何とか……。てかそもそも、2人の居場所はどうやって突き止めるので?」
マギーを取られた時と同じで、表向きは合法的な手続きの上で、2人は外へ出された。簡単には追跡できない。
しかし、先生は悪戯を自白する子どものように苦笑いをしながら、懐から携帯端末を取り出す。
「実は、こんな事もあろうかと……診察のついでに、マギーの頭皮にGPS付きのウィッグを仕込んでおいたのです」
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同時刻 マーガレット視点
ニューダーク市某所
……ビアンめ、面倒臭い方法でGPSを持たせてくれたわね。おかげで髪の手入れが出来ないじゃない。
と、ツインテールに編み込まれたウィッグ(の根元のマイクロチップ)に気づかれないように全神経を集中させてる私の横で、ナーサリーはソワソワと居心地悪そうに身体を揺らしている。
「うぅ、なんか、嬉しいやら恥ずかしいやら……。なぁ、女の子って!本当にこの格好が普通なのか?」
「……まぁ、そうね。シャウトスラービルに住んでるくらいのお金持ちなら、こういうのが普段着でも不思議じゃないわ。……私は着たことないけど」
あのおばさん、グレー・ロッドとかいう偉い人が連れてきた、身なりと恰幅の良い中年紳士が、私たちを養子にすると言い出してから、まだ2日目。
私たちはあっという間に退院させられ、今はニューダーク市内、私の生活圏ではないどこか、劇場みたいな建物の一室に座らせられている。
服装も入院着でなくなり、中年紳士の付き人が用意していたドレス姿。ナースが赤色、私が黄色の、いわゆるパーティドレスというスタイルだ。
……実を言うと、自分の状況の不味さは解っている反面、ちょっとワクワクしている。
「(これ、先月ベストセラーになったカタログ本のヤツじゃない♪レンタルでも3万ドルはするって書いてた)」
普段から自分で衣装を(『仕事』用に)いじってるから解る。これは使い回されたレンタル品ではなく、購入した新品だ。
それを、子供用とはいえ2着もポンと寄越すなんて、ほんとにお金持ちなのね。あの中年紳士……。
と、そこでようやく、イレイザーとしてのセンスが警報を鳴らし始める。
紳士の資産、その源泉は何なのか、と……。
セントラルパークの空に『穴』が空いて以来、ニューダークの街では"綺麗な金"は絶滅同然。政治的・国民感情的に陸の孤島となったこの街で、今でも富裕層で居られる人間は、まず間違いなく手が汚れている。
そして、レンが再会の時に言ってたあの言葉……
ー『どこか』と『何か』を売り買いして、何万ドルも稼いでいるんだよー
虐待被害者の (ということになってる)子どもを集めながら出来る非合法な商売、つまりは、人身売買だ。
「ねぇ、ナース。こんな事を言うと、気分を害してしまうかもだけど……」
「あぁ、わかってるよ。オレたち、これから売られるんだろ?」
「えっ、気づいてたの!?」
思わず立ち上がって向き直ると、ナースは身の丈には大きすぎる椅子に身を深く沈めて、達観した笑みを返してくる。
「初めて会った時に言ったろ?オレはブランクスの育ちだって。あと鼻も良いって。……臭うんだよ、あそこで『競り』をやってたヤツらから漂ってた、嗅ぐと気持ち良いのに目眩と吐き気がしてくるあの臭いが」
言われて部屋の中を見回すけれど、掃除の行き届いた、調度品も気品のある、豪華な部屋にしか見えない。
もちろん、ナースの言う臭いも、私は感じない。
でも、直感が告げてくる。ここに居ては危ないと。
「……ねぇ、一応聞くけど、その『競り』って何を売ってたの?」
「もちろん、人。でも生きてるのが半分、残りは内臓だけとか、食用にバラされてた。……実はさ、オレ、目ん玉と心臓を売られそうになったんだ、実の親父に。それが嫌で暴れて……、で、マギーに出会った」
「そう……だったの……」
ナースも、私と同じだったのね。バケモノに襲われて、抵抗して……。本人の口から出ては来なかったけど、ナースが顔に傷を負ってでも生き延びられたのなら、彼女の父親は、多分……。
化粧で見えなくなってる傷跡を、マニキュアを塗られた指でなぞりながら、ナースは私に向かって告げる。
「なぁ、マギー。オレ達、いやオレが幾らで売れるか分かんないけどさ。その代金、オレがかっぱらうから、ソレを持って、お前は逃げろ」
「そんな、待って!早まっちゃだめ!」
「良いんだよ。どうせブランクスじゃ、子どもは長生き出来ない。出来てもギャングの下っ端になって、酷い死に方をするんだ。そんな奴を、いっぱい見てきた」
ナースの瞳がウルウルと揺らぎはじめる。
「いつかアイスを奢ってくれるって言った新聞屋のにぃちゃんも。親父と寝た後で、一緒に逃げてくれるって言ったねぇちゃんも、麻薬吸ってた親父を逮捕しようとした警官も、みんな、最期はゴミ箱の中に突っ込まれた。……オレは、そんなのは嫌だ」
「だったらっ、なおさら!」
「だからマギー、その腕っぷしで逃げて、オレの死体がゴミになる前に、三番街のイレイザーに頼んでくれ。オレ達を連れてきたあのオッサンとグレーロッドって婆さんと、あと何人かは絶対に居る、そいつらを<イレイザー>に頼んで消してくれ。そんで……どこか、アイ……」
「(コンコンコン)はいるよぉ、二人ともぉ?」
ナースが言い終わる前に、あの紳士が入ってきた。
ねっとりとした、背筋がゾワッとする喋り方だ。
黙っていれば、町中でよく居る普通のサラリーマンという見た目なのに、その口から出る言葉と、こっちを舐め回すように見るとその目は、汚れた欲を隠しきれていない。
「あら可愛い。一生懸命におめかししてもらったんだねぇ。……なんてな」
ガシッと、紳士はナースの顔を鷲掴みにし、睨みつける。
「さっきからの会話、全部筒抜けだったんだよ、ナーサリぃぃ。2度も俺たちから逃げられると、本気で思ってんのか?」
「に、にど……って、まさか、お前……」
「そうさ。てめえの親父から、てめぇの臓器を買ったのは俺なんだよぉ。ウチの娘がよぉ、可哀想に8歳で癌になっちまってなぁ。移植用のドナーを探してたんだ。まぁ、欲しいのは心臓だけ、残りの臓器は競りにかけて手術代にさせてもらうがな」
「ッ、人でなし!ナースを離し(パンッ)……なぁぁぉ!?」
私はエセ紳士に飛びかかろうとしたけど、直後に銃声が一発、そして右足に激痛が走り転倒してしまう。
膝の辺りを撃たれたようで、黄色いドレスの裾が、内側から濃い茶色に染まっていく。
撃ったのはエセ紳士に続いて入ってきた用心棒風の中年男だ。
「人でなしはお前だろ、マーガレット・スペルトーカー。研究所に居た時よりは、人間らしい見た目をしているが」
「……あんたの方は、私と因縁がある、ってこと?」
「あぁ、あの不死身野郎と一緒に脱走されて5年。新しい職場に手土産を渡せなかったせいで、ずっと閑職だったんだ。お前だけでも連れ帰れば、俺は出世間違いなしなんだよ」
どうやら、私とビアンが出会ったあの場所の関係者らしい。
弾丸も何か特殊なモノだったようで、身体が痺れてきて、思うように動かせない。
「おいおい、まだ競りに賭ける前だぞ。ドレスまで汚しちまって……」
「ドレス代程度、後で弁償するよ。それくらいの価値がコレにはあるんだ。……そら見ろ」
ビリッ
中年男は躊躇いなく私のスカートを破き、傷口が顕わになる。……でも、そこからムニムニと銃弾が捻り出され、完全に抜け出ると傷口も綺麗に消えた。
男は私をモノのように見下ろす。
「コイツは『ミュータント』だ、まるでアメコミから抜け出てきたような、な」
「……マジかよ。客層は変わるが、再生系なら大儲け出来るぞ!」
紳士は皮算用ではしゃぎだす。私は床に倒れ伏しながら、2人を、特に中年男の方を念入りに睨みつける。
「うぅ……覚えてなさいよ。あんたは私が捻り潰す」
「Go ahead,make my day.その麻酔薬は、生粋のオークでも半日は痺れさせるからな。……連れて行くぞ」
中年男はそう挑発的に笑うと、私を肩に担いで部屋を出る。
その後ろに、エセ紳士に手を引かれてナースも続く。
そうして私たちは、オークション会場へと連れて行かれた。




