↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/3

2.そこにいるのに

ヤギヒロシが非常階段を上っている。

防犯カメラの映像を見ながら、四人は黙っていた。


「今度は非常階段で待つ」

田村が言った。


「ヤギヒロシを?」

「そう、会えば何か変わるかもしれない」


その言葉に、佐伯が顎に手をやり頷く。


「今までやってないのは、それくらいだしな」


今の四人に残された希望だった。

これまで何度も試した。


外へ出ても、遠くへ逃げても、屋上へ行っても、どれも同じだった。

5分後には、2時12分に戻る。

だったら、毎回2時13分にこの階段を上ってくる男と会ってみる。


「2時13分になったら、階段の途中で待とう」


田村と佐伯が三階側。

美咲と長谷川が二階側。

緊張しながらその時を待つ。


「2時13分」


美咲がスマホを見た。

階段の下から、足音がした。


コツ、コツ、コツ。


誰かが上ってくる。

四人は無言で身構えた。


足音が近づいてくる。

男の頭が見えた。

黒っぽい上着に、短い髪。

防犯カメラで何度も見た男。


ヤギヒロシ。


「いた!」

長谷川が叫び、その声に男が顔を上げる。


目が合った。

――と思った。

次の瞬間、階段の踊り場には、誰もいなかった。


「……え?」


長谷川が階段を駆け下りる。

二階。一階。誰もいない。


「そっちは?」


スマホで田村に連絡を取る。


「いない!」

「三階も?」

「いない!」


四人は非常階段を駆け回った。

廊下にも、エレベーターにも、誰もいない。


そのとき、佐伯が叫んだ。


「カメラを見よう!」


管理人室へ戻り防犯カメラを見る。

ヤギヒロシが映っている。


2時13分。

いつもどおり非常階段を上っている。

だが、映像の中には、四人の姿も映っていた。


三階の踊り場で、四人が男を待っている。

男は四人のすぐ前まで来て、そして。

何事もなく、そのまま四人の横を通り抜けていく。


「……は?」

長谷川が呟いた。


「おかしい」

佐伯が映像を巻き戻す。


男が階段を上る。

四人の横を通り抜ける。


四人は男に触れてもいないし、気づいてもいない。

ただ立っている。


「これ……」

田村が言った。


「俺たち……」


映像の中の四人は、男がすぐ横を通った瞬間だけ、まるで別の方向を見ていた。

誰一人、男のほうを見ていない。

男が通る瞬間だけ、全員が、男を見ていない。


*


張り込み場所を変えた。


美咲は一階のエントランス。

田村は二階。

佐伯は三階。

長谷川はエレベーター前。


「これなら、どこに出てもわかる」


エントランスにも現れなかった。

エレベーターには乗らなかった。

そして三階にもいなかった。


ヤギヒロシはいつもの通り、非常階段を上った。


「……どうなってんの?」


*


今度は四人で非常階段を囲んだ。


ヤギヒロシは来た。

来たはずだった。


防犯カメラには映っている。

なのに、誰も会えない。


*


田村が階段の途中に立ってみた。

男は映像の中では、そのすぐ後ろを通ったのに、田村は何も気づかなかった。


*


佐伯が非常階段の扉を押さえた。

男はその扉を通過し、佐伯は扉を押さえたまま立っていた。


「……通過って……」


*


美咲が一人で階段に立った。

男が来る。


映像の中では目の前まで来る。

それなのに、美咲は誰もいない階段を見つめている。


「……これ、無理だよ……。会えないんじゃない、会わせてもらえない」

美咲の言葉に、誰も否定しなかった。


*


管理人室で防犯カメラを見ていたときだった。


「これ、前からこうだっけ?」

長谷川が、机の上に置かれていたファイルの背表紙を指差している。


――谷木ビル設備点検。


「……谷木?」

「うち、谷川じゃなかった?」


「……うん、たぶん」

「たぶんって」


佐伯がファイルを開く。

中の書類には確かに「谷川ビル」と書かれている。

ただし、一番上の新しい点検票だけが、「谷木ビル」になっていた。


「……間違えたのかもな……」


そう言ってファイルを閉じたとき、背表紙の「木」が、妙に目についた。


*


事務所に戻り、壁に掛けられた時計を見る。

文字盤の下に、「YAMADA時計店」と小さな会社名が入っている。

今まで気にしたこともなかった。


「……この時計って、こんな会社名入ってた?」

「さあ……」


どこにある店だ?と検索するも、該当する店は出てこない。

首をひねりながら田村が時計を見た。


文字盤の下。小さなアルファベット。YAMADA。


口の中に小さな砂粒が入り込んだような、妙な違和感が広がった。


*


事務所の入口に貼ってある案内を見る。

「谷川事務所」だったはずの文字が、「谷木事務所」になっていた。


*


「また?」

次のループでは、エレベーターの会社名が変わっていた。

「ヨコヤマ」


その次には、非常階段の防火扉に貼られた管理番号が「Y-3」に。


その次は、誰かがホワイトボードに書いた名前が「山田」に。

その「山」の字が、なぜか妙に大きく見えた。


*


「……ねえ、増えてない?」


美咲の問いに、他の三人は黙った。

皆気が付いている。

漢字だったり、カタカナだったり、アルファベットだったり……統一はされてない。


「ヤギヒロシが関係してる?」

「……わからない」

「でも、あの人の名前が出てからだよ……少なくとも、それまでは気づかなかった」


長谷川が言った。

「じゃあ、ヤギヒロシと話してみればいいんだよな……」


田村の声には、最初の頃の勢いがなかった。

皆が……田村自身すら、その術《すべ》がわからないのだから。


*


防犯カメラを見ていた佐伯が、突然、立ち上がった。


「待って」

「何?」


モニターを見る。


いつもと同じ、2時13分の非常階段。

男が上っている。

だが。


「こっち見てる!」


四人が画面に近づいた。

男は階段を上りながら、カメラを見ていた。

明らかに、カメラの向こう側にいる四人を見ているようだった。


ヤギヒロシは、画面の中で足を止めた。

そしてカメラに何かを見せるようにしている。


……名札だ。


「ヤギヒロシ」という名前の下に、薄く別の文字が残っていた。

――第四期誘導係


「……誘導?」


田村がつぶやいたその時、ほんの一瞬だけヤギヒロシが笑った。

画面が白くなる。


*


2時12分。


四人は、管理人室にいた。

誰も喋らなかった。


モニターには、何も映っていない。

佐伯は、モニター横にある鉛筆の「ヨンテル」という会社名を、ぼんやりと見つめてながら言った。


「なあ、あいつ誘導係なんだろ。だったら、俺たちがどこへ行けばいいのか、あいつが知ってるってことじゃないか」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。