↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/3

3.Y字路

どうしたら、ヤギヒロシと話ができるか。

その話ばかりを繰り返していた。


机の上に、ビルの見取り図を広げる。

非常階段。普通の階段。エレベーター。

廊下。

事務所。

入口。


四人が何度も行き来した場所だ。

「ヤギヒロシがいる場所を、全部塞いだら?」

「やったじゃん……。階段を使えなくする。エレベーターも止める。入口も見張る」

「うん、あいつは壁抜けしてるみたいな感じだもん、無意味だよ……」


それでも、やってみた。


非常階段。エレベーター。入口。

どこにも、誰もいない。


防犯カメラには、ヤギヒロシがいる。

どこにもいないのに、どこにでもいる。

そして五分が終わる。


*


田村が言った。


「じゃあ、ヤギヒロシが見ているものを追ってみようよ」

「そういえば……俺たちの方に視線を向けた時、あったな……」


2時13分。

ヤギヒロシが現れる。

彼の視線の先にいるのは、防犯カメラ。

いや違う、ここの四人だ。


「……俺たちを見てる」

「うん」


田村が立ち上がった。


「二人一組になって、片方は事務所でカメラを。もう一組はヤギヒロシが見ているカメラの前へ行こう」


*


美咲と長谷川は、カメラの前に立った。

ヤギヒロシが非常階段を上り、そのまま通り過ぎる。やはり会えない。


カメラの死角に入ってみて待ち構える、会えない。


カメラを全部見張っても、カメラの角度を変えてみても、会えなかった。


*


佐伯がモニターを睨みながら言った。


「……こいつ、俺たちを見ているんじゃなく、ここを見ているんじゃないのか?」

「どういうこと?」


長谷川が聞き返す。


「なんていうか、さ。俺たちを、ここからどこかへ追い出そうとしてるんじゃないか?」

「え?」

「俺たちがあいつを追いかけてるつもりだったけど……逆なんじゃないか。あいつは、俺たちがどこへ行くかを見てる」


佐伯はモニターを指した。


「だったら、どこにも行かなかったらどうなる?」

「それもやったじゃないか。モニターでヤギヒロシを見ていたから、名前と、第四期誘導係の文字を拡大できただろ」

「それは、過去のヤギヒロシを見た結果だろう」

「……」


よくわからない。

よくわからないが、佐伯の言う通り、どこにも行かず、ここにいる、という選択をすることにした。


*


四人は事務所から動かなかった。

防犯カメラだけを見る。


2時13分。ヤギヒロシが現れ、非常階段を上る。


2時14分になり、やがて2時16分になる。

何も起こらない。


「……進んでる」


美咲が時計を見る。


2時17分。さらに1分経過。さらにもう1分。

ついに2時20分になった。


それでも信じられず、誰も動かない。

何も起こらない。

ついに2時25分になった。


「……五分を超えた……」


田村が言った、その瞬間だった。

防犯カメラの映像が切り替わった。


非常階段にヤギヒロシが立って、こちらを見ている。

四人は息を呑んだ。


男が、画面の中で口を開いた。

防犯カメラに音声はない。


だが、何と言ったのかはわかった。


――こっちへ。


四人は顔を見合わせ、頷くと、管理人室を飛び出した。


*


非常階段には、誰もいなかった。


「……また消えた?」


長谷川が階段を見上げる。

何もない。

いつもの非常階段だ。


古いコンクリートの壁に、手すり、それと防火扉。


何度も見た。

何度も上り下りした。


「……待って」


美咲が足を止めた。


「あれ」


踊り場の壁を指差している。

そこに、扉があった。


「……こんなの、あった?」

「ない」

田村が即答した。


「絶対になかった」

佐伯も頷く。


「この階段、何回見たと思ってるんだよ」

長谷川が周囲を見回す。


古い鉄製の扉で、さびているわけでも、新しいわけでもない。

ただ、最初からそこにあったような顔をしている。


いつから、ここにあったのだろう。

四人は恐る恐る近づいた。


「……開ける?」


誰も答えなかった。


やがて田村が、ゆっくりと手を伸ばし、扉を開ける。

その先には、細い廊下が続いていた。


古いビルの中とは思えないほど、真っ白な廊下。

左右に扉が並んでいて、文字が1つずつ書かれていた。


Y。


Y。


Y。


Y。


「……何これ」


美咲が呟く。

誰も答えられない。

四人は廊下を進んだ。


奥へ行くほど、扉の数が増えていく。


「これ……」


長谷川が足を止めた。

廊下の先が、二つに分かれている。


左へ行く道。

右へ行く道。


二本の廊下が、それぞれ別の方向へ伸びている。

その分岐点には、大きく「Y」と書かれていた。

右の道も、左の道も、元の廊下には繋がっていなかった。


「Y字路……?」


佐伯が言った、その瞬間。

四人の背後で、扉が閉まった。


振り返っても、何もない。

来たはずの廊下ごと消えていた。


「……戻れない」


美咲が呟いた。

誰も返事をしない。


「これって……」


田村はそこまでしか言えなかった。

左右どちらも、見たことのない道しかない。


「……行こう」


誰も反対しなかった。

四人は、右の道を進む。


午後2時25分。


2時26分。


2時27分。


時間は進んでいる。


「……戻らない」

美咲が笑った。

「戻らないね」


そのとき、背後で、何かが作動する音がした。

四人が振り返る。


廊下の壁に、防犯カメラがあった。

いつからそこにあったのかわからない。

小さな赤いランプが点いている。


「……ヤギヒロシ?」


カメラの少し後方に、小さなモニターがある。

今まで気にしたこともなかったが、その本体には「Y」という社名ロゴが白い文字で入っていた。

そして、ヤギヒロシが映っている。

四人を見ている。ただ、じっと見ている。


そして、にやり、と笑った。


「……何なんだよ」


長谷川が叫んだ。


「お前、何をした!」


ヤギヒロシは答えない。

ただ笑っている。


その笑顔を見ているうちに、美咲は白文字の「Y」の字が気になった。


「……名前」

「何?」

「私たちの名前」


三人が顔を見合わせる。


美咲は、自分のスマートフォンを取り出した。


連絡先。自分の名前。

――吉田美咲。


「……え?」


美咲の様子を見て、三人も、それぞれが連絡先の自分の名前を確かめた。


――山田長谷川。

長谷川の顔が青ざめる。

「なんだよ、どっちが苗字だよ」


「ちょっと、これ……」

――横山佐伯。


「いつから……」

――湯浅田村。



誰も答えられない。


四人は立ち尽くした。

ヤギヒロシが、カメラの向こうで笑っている。

口が動いて、何かを言っている。


四人は、その意味を読み取ろうとした。

けれど、なぜか読み取れなかった。



そして、世界は、白くならなかった。

雷の音もしない。


時計は進んでいる。新しい時間へ。

四人は歩き出した。


ふと、美咲が胸元を見る。

いつの間にか、ネームプレートがついていた。



第五期 誘導係 ヨシダミサキ


「……え?なに、これ」


三人も、同じく自分の胸元を見ていた。




背後のカメラだけが、いつまでも四人を見ていた。




ー了ー

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。