3.Y字路
どうしたら、ヤギヒロシと話ができるか。
その話ばかりを繰り返していた。
机の上に、ビルの見取り図を広げる。
非常階段。普通の階段。エレベーター。
廊下。
事務所。
入口。
四人が何度も行き来した場所だ。
「ヤギヒロシがいる場所を、全部塞いだら?」
「やったじゃん……。階段を使えなくする。エレベーターも止める。入口も見張る」
「うん、あいつは壁抜けしてるみたいな感じだもん、無意味だよ……」
それでも、やってみた。
非常階段。エレベーター。入口。
どこにも、誰もいない。
防犯カメラには、ヤギヒロシがいる。
どこにもいないのに、どこにでもいる。
そして五分が終わる。
*
田村が言った。
「じゃあ、ヤギヒロシが見ているものを追ってみようよ」
「そういえば……俺たちの方に視線を向けた時、あったな……」
2時13分。
ヤギヒロシが現れる。
彼の視線の先にいるのは、防犯カメラ。
いや違う、ここの四人だ。
「……俺たちを見てる」
「うん」
田村が立ち上がった。
「二人一組になって、片方は事務所でカメラを。もう一組はヤギヒロシが見ているカメラの前へ行こう」
*
美咲と長谷川は、カメラの前に立った。
ヤギヒロシが非常階段を上り、そのまま通り過ぎる。やはり会えない。
カメラの死角に入ってみて待ち構える、会えない。
カメラを全部見張っても、カメラの角度を変えてみても、会えなかった。
*
佐伯がモニターを睨みながら言った。
「……こいつ、俺たちを見ているんじゃなく、ここを見ているんじゃないのか?」
「どういうこと?」
長谷川が聞き返す。
「なんていうか、さ。俺たちを、ここからどこかへ追い出そうとしてるんじゃないか?」
「え?」
「俺たちがあいつを追いかけてるつもりだったけど……逆なんじゃないか。あいつは、俺たちがどこへ行くかを見てる」
佐伯はモニターを指した。
「だったら、どこにも行かなかったらどうなる?」
「それもやったじゃないか。モニターでヤギヒロシを見ていたから、名前と、第四期誘導係の文字を拡大できただろ」
「それは、過去のヤギヒロシを見た結果だろう」
「……」
よくわからない。
よくわからないが、佐伯の言う通り、どこにも行かず、ここにいる、という選択をすることにした。
*
四人は事務所から動かなかった。
防犯カメラだけを見る。
2時13分。ヤギヒロシが現れ、非常階段を上る。
2時14分になり、やがて2時16分になる。
何も起こらない。
「……進んでる」
美咲が時計を見る。
2時17分。さらに1分経過。さらにもう1分。
ついに2時20分になった。
それでも信じられず、誰も動かない。
何も起こらない。
ついに2時25分になった。
「……五分を超えた……」
田村が言った、その瞬間だった。
防犯カメラの映像が切り替わった。
非常階段にヤギヒロシが立って、こちらを見ている。
四人は息を呑んだ。
男が、画面の中で口を開いた。
防犯カメラに音声はない。
だが、何と言ったのかはわかった。
――こっちへ。
四人は顔を見合わせ、頷くと、管理人室を飛び出した。
*
非常階段には、誰もいなかった。
「……また消えた?」
長谷川が階段を見上げる。
何もない。
いつもの非常階段だ。
古いコンクリートの壁に、手すり、それと防火扉。
何度も見た。
何度も上り下りした。
「……待って」
美咲が足を止めた。
「あれ」
踊り場の壁を指差している。
そこに、扉があった。
「……こんなの、あった?」
「ない」
田村が即答した。
「絶対になかった」
佐伯も頷く。
「この階段、何回見たと思ってるんだよ」
長谷川が周囲を見回す。
古い鉄製の扉で、さびているわけでも、新しいわけでもない。
ただ、最初からそこにあったような顔をしている。
いつから、ここにあったのだろう。
四人は恐る恐る近づいた。
「……開ける?」
誰も答えなかった。
やがて田村が、ゆっくりと手を伸ばし、扉を開ける。
その先には、細い廊下が続いていた。
古いビルの中とは思えないほど、真っ白な廊下。
左右に扉が並んでいて、文字が1つずつ書かれていた。
Y。
Y。
Y。
Y。
「……何これ」
美咲が呟く。
誰も答えられない。
四人は廊下を進んだ。
奥へ行くほど、扉の数が増えていく。
「これ……」
長谷川が足を止めた。
廊下の先が、二つに分かれている。
左へ行く道。
右へ行く道。
二本の廊下が、それぞれ別の方向へ伸びている。
その分岐点には、大きく「Y」と書かれていた。
右の道も、左の道も、元の廊下には繋がっていなかった。
「Y字路……?」
佐伯が言った、その瞬間。
四人の背後で、扉が閉まった。
振り返っても、何もない。
来たはずの廊下ごと消えていた。
「……戻れない」
美咲が呟いた。
誰も返事をしない。
「これって……」
田村はそこまでしか言えなかった。
左右どちらも、見たことのない道しかない。
「……行こう」
誰も反対しなかった。
四人は、右の道を進む。
午後2時25分。
2時26分。
2時27分。
時間は進んでいる。
「……戻らない」
美咲が笑った。
「戻らないね」
そのとき、背後で、何かが作動する音がした。
四人が振り返る。
廊下の壁に、防犯カメラがあった。
いつからそこにあったのかわからない。
小さな赤いランプが点いている。
「……ヤギヒロシ?」
カメラの少し後方に、小さなモニターがある。
今まで気にしたこともなかったが、その本体には「Y」という社名ロゴが白い文字で入っていた。
そして、ヤギヒロシが映っている。
四人を見ている。ただ、じっと見ている。
そして、にやり、と笑った。
「……何なんだよ」
長谷川が叫んだ。
「お前、何をした!」
ヤギヒロシは答えない。
ただ笑っている。
その笑顔を見ているうちに、美咲は白文字の「Y」の字が気になった。
「……名前」
「何?」
「私たちの名前」
三人が顔を見合わせる。
美咲は、自分のスマートフォンを取り出した。
連絡先。自分の名前。
――吉田美咲。
「……え?」
美咲の様子を見て、三人も、それぞれが連絡先の自分の名前を確かめた。
――山田長谷川。
長谷川の顔が青ざめる。
「なんだよ、どっちが苗字だよ」
「ちょっと、これ……」
――横山佐伯。
「いつから……」
――湯浅田村。
誰も答えられない。
四人は立ち尽くした。
ヤギヒロシが、カメラの向こうで笑っている。
口が動いて、何かを言っている。
四人は、その意味を読み取ろうとした。
けれど、なぜか読み取れなかった。
そして、世界は、白くならなかった。
雷の音もしない。
時計は進んでいる。新しい時間へ。
四人は歩き出した。
ふと、美咲が胸元を見る。
いつの間にか、ネームプレートがついていた。
第五期 誘導係 ヨシダミサキ
「……え?なに、これ」
三人も、同じく自分の胸元を見ていた。
背後のカメラだけが、いつまでも四人を見ていた。
ー了ー




