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1.ループ5分

雷が落ちた。


そう思った瞬間、世界が白くなった。


「――え?」


真っ白な視界の中で、誰かが声を上げた。

次の瞬間には、何事もなかったように蛍光灯が点いていた。


四人は、同じ部屋にいた。


地方都市の駅から少し離れた場所に建つ、古い雑居ビル。その三階にある小さな事務所だった。

窓の外では雨が降っている。

壁掛け時計は、午後2時12分を指していた。


「……今の、何?」

最初に口を開いたのは、長谷川だった。


「雷じゃない?」

窓際にいた美咲が答える。


「近かったね」

「停電はしてないね」


佐伯が天井を見上げる。

最後の一人、田村は何も言わず、窓の外を見ていた。


雨。灰色の空。向かいの古いビル。

何も変わったところはない。


「さっき、雷鳴した?」

「音、聞こえなかったけど」

「光っただけじゃない?」


四人とも、妙な違和感を覚えていた。

だが、その違和感の正体を掴めないまま、時間だけが過ぎていった。


美咲が机の上のマグカップを取った。


「これ、誰の?」

「あ、俺、コーヒー飲もうと思っ……て……」

佐伯が途中から歯切れ悪く答えた。


「どうしたのよ、何かあった?」

美咲が笑いながら尋ねた、そのときだった。


窓の外が、白くなった。


*


「――え?」


美咲は窓際にいた。

窓の外には雨。


壁掛け時計は、午後2時12分。


「……待って」


美咲が言った。


「今、私、佐伯さんのマグカップ手にしてたよね?」

「ああ」

佐伯が眉をひそめ頷く。


「うん……美咲さんに、誰の?って聞かれて、コーヒー飲もうと思って、と答えただろ?なのに直前にコーヒー飲んだことを思い出して」

「だから歯切れ悪かったの?」


佐伯が頷く。

四人が黙った。違和感の正体がわかりつつある。


田村が壁の時計を見る。

午後2時12分


「……さっきも12分だった」

「時計、壊れてるんじゃない?」


長谷川が壁に近づき、時計を指で軽く叩く。

秒針は動いている。


「壊れてるようには見えない」

「スマホで確認しよう」


佐伯がスマートフォンを取り出した。

「2時12分」


美咲も確認する。

「こっちも」


田村もスマホを取り出す。

「……12分」


長谷川は自分のスマホを見て、顔を上げた。

「……さっき、俺、2時15分まで見てた」


他の三人は表情がなくなり、無意識に自分たちも壁の時計で15分になっているのを見たことを思い出している。


「戻った?」

田村の声に誰も笑わなかった。


窓の外で雷が鳴った。

今度は、はっきりと音がした。

ゴロゴロと長い音が、街の向こうへ消えていく。


「とりあえず、外に出よう」

田村が言った。


四人は事務所を出た。

階段を下りて一階へ、ビルから外へ出る。

雨は少し強くなっていた。


「どこまで行く?」

「とりあえず、雷から離れよう」


四人は駅とは反対方向へ歩いた。


数分歩いたところで、空が白く光った。

音はしなかった。

ただ、視界が一瞬で白くなった。


*


「――え?」


美咲は窓際にいた。

窓の外には雨。


午後2時12分。


「……嘘だろ、……さっき、外にいたよな?」


田村の呟きに誰も答えなかった。

雨に濡れた服だけが、濡れていなかった。


今度は誰も「時計が壊れている」とは言わなかった。


*


「駅から電車に乗ってしまえば何とかならないかな」


長谷川の言葉に、四人は階段を駆け下りた。


「走れ!」


四人は、雨の中、先ほどとは逆の、駅へ向かって走る。

振り返っても、あの古い雑居ビルはもう見えない。


「もう少しで駅だ!」


長谷川が笑った。

そこの十字路を曲がれば、あと100メートルほどで駅だ。


美咲がスマートフォンをちらりと見る。

午後2時17分。


その瞬間、世界が白くなった。


*


「――あ」


美咲は窓際にいた。


外は雨。

壁掛け時計は、午後2時12分。


田村が窓の外を見る。

向かいの古いビル。

いつもと同じ景色。


「……ダメなのか」

長谷川は呆然として呟いた。


*


今度はビルの外へ出ず、四人は事務所で待った。戻った。


5分で雷が落ち、繰り返すことに気が付く。


長谷川が窓から隣の建物へ移ろうとして、田村に止められた。失敗。


屋上へ行って雷に打たれてみてもダメ。

配電盤を調べてみても、異常なし。

ビルの管理会社へ電話してみてもダメ。


*


「もう何週目だよ!!!」

長谷川の悲鳴が響く。


田村が、ふと顔を上げた。

「防犯カメラ見てみない…?」


一階のエントランスと、エレベーター前、そして裏口。非常階段。

その四か所に設置されている。


管理人室へ行くと、鍵は開いていた。

誰もいない。

机の上にモニターがあり、四つの画面にビルの中が映っている。


佐伯がモニターの前に座った。

四人も覗き込む。


エントランス。誰もいない。

エレベーター前。誰もいない。

裏口。雨が吹き込んでいる。


非常階段。


「……あれ?」

美咲が指差したが、皆が気が付いていた。


男が一人、映っていた。


黒っぽい上着で、傘は持っておらず、非常階段を上っている。

男は、三階へ向かっていた。


「誰?」

美咲の呟きに、皆が、知らない、と首を振った。


男は三階へ上がったとたんに、画面の端から消える。

四人は顔を見合わせた。


「今まで会ってないよね」

「非常階段、ここまでの繰り返しで、何回も使ったよね」

「使ったし、何回も見に行った」


田村が時計を見る。


2時15分。


「え!?待って!この人が三階に来たのって、何分?」


佐伯が映像を戻す。


2時13分。

男が非常階段を上っている。


「毎回階段使って上ってる……?」


四人は顔を見合わせた。

白くなった。


*


ループが始まると共に、四人は管理人室へと急いだ。

防犯カメラを見ると、今回も2時13分に男は非常階段を上ってた。


そこから毎ループ時に管理人室へ行き、確かめる。

毎回、2時13分に男は非常階段を使っている。


「じゃあ、なんで会ってない……?」

「そして、三階に上がって……どこ行ってるの?」


田村が画面を見つめる。


「消える」


男が三階へ上がったところまでしかカメラは捉えていない。


*


「俺たち、五分しかないからじゃない?」

長谷川の言葉に、佐伯が問う。


「どういう意味?」

「俺たちだけが五分を繰り返していて、あいつは別の時間を動いてるとか」


どういう意味だ……。

誰にも答えは出せなかった。


*


次のループ時。

佐伯が、防犯カメラの映像を止めた。


「拡大してみよう」


男の顔が、少しだけ大きくなる。

年齢は四十代くらいで、短い髪、無表情。


「誰か知ってる?」


三人が首を横に振る。

彼の手に何かが見えた。


「紙?」

「持ってるね」


男の手元を拡大して見る。

かすれているが、何とか読めた。


「……ヤギ」


美咲が呟いた。

紙には、名前らしきものが書かれていた。


――ヤギヒロシ。


「ヤギヒロシ……?」


四人は、しばらく黙って画面を見ていた。

その名前を知っている者は、誰もいなかった。

防犯カメラの中で、ヤギヒロシは非常階段を上っている。


2時16分。

そして――白い光が画面いっぱいに広がった。


*


四人は、同時に顔を上げた。

誰も何も言わない。

壁の時計が、2時12分を指している。


佐伯が、小さく呟いた。

「……ヤギヒロシ」


その名前だけが、五分前に戻らなかった。


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