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続・帝國連合艦隊〜世界最終戦争〜  作者: 007


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大規模軍縮

サラワク危機の時もそうですが、大東亜共栄圏で議論したりするのはこの小説世界では、国際連合が存在しない為です。

スイスジュネーブの国際連盟もヨーロッパ共同体成立により、解散しています。

『1993年3月10日、金銭問題つまりは[戦後補償]としての難題を解決すると石原慎太郎総理は帝国議会で明言した。コロンビア共和国政府に対して占領下及び戦争中におけるベネズエラ共和国の被害について賠償させるために、[大東亜共栄圏補償委員会]を設置した。そして大東亜共栄圏決議687に基づき、総額8兆2400億円の賠償を求め、石油収入の5%の支払いを義務付けられた。

それによりコロンビア共和国政権は1994年から賠償金の支払いを開始したが、復興途上にあるコロンビア共和国にとっては負担が大きく、再三減免を求めてきたがベネズエラ共和国はこれを拒否。逆にベネズエラ共和国側はコロンビア共和国側の補償が不十分とし、2009年に大東亜共栄圏に対してコロンビア共和国に対する経済制裁をまだ解除しないよう求め、コロンビア共和国側の反発を呼んだ。賠償金は2021年12月24日に、コロンビア共和国は8兆2400億円の支払いを終了したことを発表している。


賠償金以外に注目されたのは戦費だった。大日本帝国帝国議会の計算によると、大日本帝国はこの戦争に9兆8100億円を費やした。その内5兆2100億円は他の諸国より支払われ、ベネズエラ共和国・ブラジル連邦共和国を含む南米諸国が3兆2100億円、大東亜共栄圏加盟国か2兆円を支払った。ブラジル連邦共和国の出資のうち25%は、食糧や輸送といった軍への用務という形で物納により支払われた。とはいえ残る4兆6000億円は大日本帝国が支出しており、これ自体は大日本帝国にとってはある種公共事業的支出となり、経済的負担は無かった。

国際関係として国境画定問題も大東亜共栄圏で議論された。そして現在のコロンビア共和国・ベネズエラ共和国国境は、1993年5月27日の大東亜共栄圏特別会合決議833に基づいて画定された。これは大日本帝国が主導して大東亜共栄圏が調停する形となり画定され、コロンビア共和国とベネズエラ共和国の手打ちが行われた。





南米戦争の終結は世界に大日本帝国が唯一無二の超大国であるとの印象を決定付ける事になった。

東西冷戦のもう一方の主役だったヨーロッパ共同体は、南米戦争後内部での混乱が続いた。1993年5月に、ヨーロッパ共同体の保守派と軍部のエリートがミッテランを打倒し、失敗していた改革をクーデターで止めようとしたが失敗した。この混乱でミッテラン政権はほとんど影響力を失った。そして1993年9月、北欧三国(スカンジナビア半島のスウェーデン王国・ノルウェー王国・フィンランド共和国)の分離独立が認められる。

12月8日、ヨーロッパ共同体に代わる国家連合を創設する[ベルリン合意]が調印された。そして12月25日ミッテランは辞任し、核兵器の発射コードを含む大統領権限をヘルムートコールに譲り、コールは新ヨーロッパ連合の初代大統領となった。その日の夜、ベルサイユ宮殿からヨーロッパ共同体国旗が降ろされ、ヨーロッパ連合国旗に切り替わった。

この1993年12月25日の[ヨーロッパ共同体崩壊]により、大日本帝国の超大国としての地位は決定的となったのである。

そしてヨーロッパ連合初代大統領のコールはヨーロッパ共同体からの経済破綻と財政難を改善する為に、大規模軍縮と経済再建を行うと発表した。

崩壊したヨーロッパ共同体からヨーロッパ連合が継承した、ヨーロッパ連合軍の総兵力は冷戦終結直後の軍事費削減の一環で削減されていたが、それでも実に約1050万人(ヨーロッパ共同体はブルガリアとスイスを除くヨーロッパ全域を支配しておりいたが、北欧三国の分離独立によりヨーロッパ連合人口は4億5500万人となっていた)であり、陸軍は約700万人という世界最大の陸上兵力を誇り、空軍が約200万人、海軍が約150万人を誇っていた。

だが新生ヨーロッパ連合は国家の崩壊と深刻な経済危機(ハイパーインフレや国家破綻状態)があったため、膨大な戦力がヨーロッパ連合軍へと引き継がれたものの、維持できずに文字通り縮小・崩壊したのである。

何と言ってもヨーロッパ連合成立前のヨーロッパ共同体時から予算不足による給与未払いや大規模なリストラ、兵役逃れ、さらには優秀な軍人・士官の相次ぐ離職により、兵力は雪崩を打って減少していた。

そこにヨーロッパ連合初代大統領のコールによる大規模軍縮は、ヨーロッパ連合軍の総兵力を一気に約280万人(陸軍約180万人、空軍約60万人、海軍約40万人)に削減させたのである。

ヨーロッパ共同体が遺した数万輌単位の戦車や装甲車、膨大な軍用機、艦艇は、維持費(燃料費・保守費)の不足から深刻な劣化を迎えた。

ヨーロッパ共同体崩時に数万輌単位で引き継がれた戦車などの機甲戦力は、予算不足で動かせなくなり、各地の野外保管庫に野晒しにされて放置された。部品取りのドナーにされたり、スクラップとして売却されたりした結果、稼働できる実戦部隊の装備数は最盛期の数分の一規模へと激減したのである。

そして特に海軍力は致命的だった。予算が付かずに多くの原子力潜水艦や水上艦がまともに保守整備を受けられず、港に係留されたまま動く鉄屑(廃船)と化した。事故も相次ぎ、運用可能な艦艇数は激減しました。

通常戦力ほどの維持が困難だった一方、[経済が崩壊しても、超大国としての地位を維持できる唯一のカード]として核戦力だけは最優先で維持・死守された。

これにより大規模軍縮という名の[縮小と崩壊]をヨーロッパ連合軍は断行するしなかった。つまり当時のヨーロッパ連合の大規模軍縮は、国家経済の破綻によって、軍を維持するお金が完全に消え去った結果の強制的な規模縮小だったのである。

それをヨーロッパ連合初代大統領のコールは、東西冷戦を繰り広げた西側諸国の盟主として[大規模軍縮]と敬称する事により、「世界の平和を優先した」との建前を強調しある種大義名分としたのである。

この大規模軍縮は世界的にも波及した。まずはアメリカ合衆国だった。東西冷戦終結直前の新冷戦による軍拡競争はアメリカ合衆国にも経済的負担を強いていた。そこでアメリカ合衆国も僥倖として大規模軍縮を断行した。南米戦争で多国籍軍から袋叩きにあい賠償金を支払う必要のあるコロンビア共和国も、大規模軍縮という名目で軍事力の再建を凍結した。それは建前であり軍事力の再建により、大日本帝国の注目を引く事を避けるという本音があった。



ヨーロッパ連合以下西側諸国が行った経済的負担による大規模軍縮に対して、大日本帝国は[平和配当による秩序ある軍縮]と自画自賛する大規模軍縮を大東亜共栄圏を巻き込み実行する事にした。1993年当時大日本帝国のGDPは約1893兆円であり、国家予算は約374兆円を誇っていた。その中で国防費は約94兆円という巨額の予算を投じていた。国家予算に占める国債費は約4%の約14.96兆円だけであり、世界的にみても異常ともいえる財政状態となり財政破綻とはほど遠い財政状態であったのである。

とはいえこれは大日本帝国だけの特異的な経済状況であり、大東亜共栄圏加盟国は違った。だからこそ石原慎太郎総理は[平和配当による秩序ある軍縮]として、大規模軍縮を大東亜共栄圏を巻き込み行う事にしたのである。

大東亜共栄圏加盟国で大規模軍縮の中心となったのは何と言っても、陸軍であった。ヨーロッパ連合が総兵力を約280万人(陸軍約180万人、空軍約60万人、海軍約40万人)に削減させ、大東亜共栄圏東側諸国の脅威であったヨーロッパ共同体陸軍約700万人は大規模に縮小・崩壊していた。

大東亜共栄圏加盟国で陸軍を担当する国々も冷戦終結直後に軍事費削減の一環でそれぞれ中華民国は250個師団約600万人から200個師団約500万人、 インド連邦は200個師団約500万人から150個師団約400万人、ロシア連邦は150個師団約350万人から100個師団約250万人に削減していた。だがヨーロッパ連合の陸軍約180万人は80個師団と各種支援部隊となっていた事から、中華民国は100個師団約250万人、インド連邦は100個師団約250万人、ロシア連邦は50個師団約150万人にそれぞれ半分にまで大規模軍縮を決定した。

一気に三分の一まで削減する案もあったが、それは単純に安全保障を観点から否定された。中華民国・インド連邦・ロシア連邦以外の大東亜共栄圏加盟国も陸軍の削減を行い、一部の中小国に至っては増強憲兵隊程度にまで削減縮小した。戦車や自走砲・榴弾砲を全廃し、戦闘回転翼機と歩兵戦闘車を主力とした部隊編成に石原慎太郎総理は懸念を感じたが、浜田幸一国防大臣が「周辺国が等しく大東亜共栄圏加盟国であり、万が一には緊急展開部隊として皇軍が進出するから問題無い」と語り、石原慎太郎総理は大規模軍縮を受け入れた。そして寧ろ[平和配当による秩序ある軍縮]として、妥当な軍縮だとも判断されたのである。

海軍と空軍も大東亜共栄圏加盟国は等しく3割削減するとした。

それに対して大日本帝国は大規模軍縮を主宰したにも関わらず、実質はほぼ変わらなかった。海軍連合艦隊と空軍は大日本帝国の世界戦略から、一切削減せずに現状維持とされた。海軍連合艦隊は何と言っても世界最強の打撃力を有し、空母打撃群として自己完結出来る機動力もあり、戦略型原子力潜水艦は大日本帝国の核戦略において重要な役割を担っていた。

空軍も制空権獲得に航空支援、戦略爆撃機と大陸間弾道弾という核戦略を担うものであり、海軍と空軍は現状維持となった。

それに対して陸軍は50個師団に各種支援部隊を合わせて約115万人を誇っていたが、僅かばかり削減された。まずは専用車輌に搭載する車輌搭載型弾道弾で運用される、準中距離弾道弾が全廃される事になった。大東亜共栄圏加盟国に配備していた準中距離弾道弾も全廃される事になり、大日本帝国の核戦力は戦略型原子力潜水艦と戦略爆撃機・大陸間弾道弾だけとされた。

46式自走多連装ロケットの地対地ミサイルは800キロ弾頭とクラスター弾頭の2種類が存在しており、かつて弾道弾軍団が管理し野戦砲兵隊によって運用される車輌搭載型弾道弾の内、短距離弾道弾・戦術弾道弾・戦域弾道弾の3種類を兼ねる事になっていた事から、戦力的には十分との判断だった。

師団もソマリア戦争後に、空中機動師団2個と機甲師団・機械化歩兵師団各1個の合計4個師団を増強し、大日本帝国陸軍の総師団数は50個師団(機械化歩兵師団27個、空中機動師団4個、機甲師団15個、空挺師団3個、近衛師団1個)に拡大して編成される事になったが、機甲師団と機械化歩兵師団が2個ずつ合計4個師団が削減される事になった。

削減される4個師団は本土戦略予備軍の師団になったのである。当初の大日本帝国の国防省と統合幕僚作戦司令本部の軍縮では、ヨーロッパ共同体崩壊によるヨーロッパ連合成立による軍事的脅威軽減から、イタリア王国駐留イタリア派遣軍とトルコ共和国駐留トルコ派遣軍を全廃して新たにブラジル連邦共和国駐留ブラジル派遣軍の新設を計画していた。

だがイタリア王国とトルコ共和国が大日本帝国軍の全廃に反対した事から計画は修正され、イタリア王国駐留イタリア派遣軍とトルコ共和国駐留トルコ派遣軍は半減になりその兵力をブラジル連邦共和国駐留ブラジル派遣軍に転用する事になったのである。

こうして大日本帝国陸軍は

総兵力約104万人。

イタリア王国駐留イタリア派遣軍(1個方面軍6個師団:機械化歩兵師団4個、機甲師団2個約12万人)及び各種支援部隊の合計約14万人。

太平洋地域3個師団(ハワイ諸島に機械化歩兵師団と機甲師団を1個ずつ、アリューシャン列島に機械化歩兵師団を1個)及び各種支援部隊の合計約7万人。

トルコ共和国駐留トルコ派遣軍(1個方面軍6個師団:機械化歩兵師団4個、機甲師団2個約12万人)及び支援部隊の合計約14万人。

ブラジル連邦共和国駐留ブラジル派遣軍(2個方面軍12個師団:機械化歩兵師団8個、機甲師団4個約24万人)及び支援部隊の合計約26万人。

本土戦略予備軍19個師団(機械化歩兵師団7個、空中機動師団3個、機甲師団5個、空挺師団3個、近衛師団1個)約38万人及び各種支援部隊の合計約40万人

その他教育訓練、管理部門、留学生など(合計約3万人)となる。

大日本帝国陸軍の総師団数は46個師団(機械化歩兵師団25個、空中機動師団4個、機甲師団13個、空挺師団3個、近衛師団1個)

以上のように再編され、約11万人が削減される事になったのである。


そして国防省と統合幕僚作戦司令本部は削減した約11万人の退役軍人の再就職先として、世界初の民間軍事会社となる[旭日警備保障株式会社]を設立する事を決定していた。

元々大日本帝国には日本警備保障株式会社(セコム株式会社の旧社名。この小説世界では社名変更せず)と綜合警備保障株式会社(ALSOK株式会社の旧社名。同じく社名変更せず)という二大警備会社が存在しており、退役軍人の再就職先となっていた。

その二大警備会社は完全に民間企業としての株式会社であったが、旭日警備保障株式会社は国防省所管の特殊会社として設立される事になった。その大きな違いは民間軍事会社という名称からもあるように、陸軍とほぼ同じ装備を有する警備員というものであった。

これにより[銃砲火薬類取締法]等の関連法令が改正され、旭日警備保障株式会社社員の銃砲保有が認められた。当然ながら銃砲の射撃には[行政執行法]や[警察犯処罰令]等に準じて判断する必要があったが、二大警備会社以上に重武装の警備を提供する事が可能だった。

警備提供先も二大警備会社は大日本帝国国内だけであるが、旭日警備保障株式会社は全世界であり国防省と統合幕僚作戦司令本部は特に南米地域での治安維持に、旭日警備保障株式会社を利用しようとしていた。

その目論見通り旭日警備保障株式会社は活躍する事になり、退役軍人の重要な受け皿になる事になった。自分達への再就職が減少すると二大警備会社は一時は旭日警備保障株式会社設立に批判的であったが、退役軍人の中にも再就職してまで危険な重武装の警備をしたくない者が常に一定数は存在する為に、3社は最終的には共存し大日本帝国の警備市場のみならず大東亜共栄圏の警備市場を席巻する事になった。


こうして南米戦争終結後の世界は各国それぞれの軍縮により、新たな時代の到来と平和を謳歌する筈だった。だが南米戦争に起因する地域の平和を安定する為の大日本帝国によるブラジル連邦共和国への軍事力駐留の常態化が、新たなる危機を生み出す切っ掛けになったのである。』

小森菜子著

『帝國の聖戦回顧録』より一部抜粋

史実では湾岸戦争以後のサウジアラビア王国へのアメリカ合衆国軍駐留が、911同時多発テロを招きました。

キリスト教徒がイスラム教最大の聖地メッカを有する国に居座る事が、イスラム過激派を焚き付ける事になったのです。


史実をなぞる小説世界なので、湾岸戦争に相当する南米戦争が勃発し、サウジアラビア王国に相当するブラジル連邦共和国に大日本帝国軍は駐留する事になりました。

この小説世界でイスラム過激派に相当する悪役になってもらうとすれば、南米特有の組織しか無いと思いました。


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