↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
続・帝國連合艦隊〜世界最終戦争〜  作者: 007


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
48/51

南米戦争2

『石原慎太郎総理による演説以後も、大日本帝国を主力とする多国籍軍による空爆は激化しながら継続され、大規模な敵防空網制圧作戦が開始された。特に39式戦略爆撃機轟天改の攻撃は圧倒的なものであり空中発射型巡航ミサイルを発射して、通信施設や火力発電所を廃墟に変えた。

防空装置に対する航空攻撃は日中に入っても継続されており、南部コロンビア・ベネズエラ国境沿いの早期警戒レーダーサイトを攻撃したほか、41式隠行攻撃機闇龗神がコロンビア共和国軍の防空作戦所及び地対空ミサイル発射機の両方を集中攻撃したのである。38式攻撃機火龍はコロンビア共和国・ブラジル連邦共和国・ベネズエラ共和国の三国の国境が交わる付近のコロンビア共和国陸軍の攻撃にも投入されたほか、42式戦闘攻撃機隼も共和国防衛隊を数回にわたり攻撃した。

17日遅くには、空軍基地及び石油貯蔵施設に対して42式戦闘攻撃機隼32機を投入しての攻撃が行われ、電子戦機や上空援護機も計28機が投入された。また同日夕方には、7機の39式戦略爆撃機轟天改が共和国防衛隊の機械化歩兵師団を、38式攻撃機火龍がコロンビア共和国大統領の住居を攻撃した。



大日本帝国を主力とする多国籍軍による空爆に対してコロンビア共和国は、18日早朝より[アンデスコンドル短距離弾道弾]の発射を開始した。目標はガイアナ共和国であり、大日本帝国海軍連合艦隊第4艦隊司令部への攻撃が狙いであった。アンデスコンドル短距離弾道弾はヨーロッパ共同体が実用化した短距離弾道弾の、コロンビア共和国の独自改良型でありコロンビア共和国が保有するなかで最大の数を誇る弾道弾であった。

ミサイルの発射密度は比較的低かったにもかかわらず、このミサイル攻撃は重大な動揺を大日本帝国の石原慎太郎政権に引き起こし、航空部隊指揮官に重圧がのしかかった。

直ちにアンデスコンドル発射機に対する攻撃が強化されたが、移動式ミサイル発射機を、特に夜間に発見・破壊することは容易ではなかった。この問題に対して大日本帝国統合幕僚作戦司令本部は特殊部隊を投入する事を決定し、1月22日からは中華民国陸軍の特殊空挺部隊が、また2月7日からは大日本帝国陸軍の特殊戦闘連隊がコロンビア共和国領内に潜入した。特殊部隊は厳しい地形と悪天候を克服しながら航空機と連携し、移動式発射台や通信施設の発見と破壊の任務を遂行したのである。


アンデスコンドル攻撃を受けたガイアナ共和国は、直ちに大日本帝国に対して防空部隊の派遣を要請、1月19日には47式自走地対空ミサイル発射機を装備した防空部隊の第一陣が到着した。ただしミサイル攻撃が続く中で、ガイアナ共和国側は47式自走地対空ミサイル発射機が必ずしも有効ではないと考えるようになり、1月28日にはコロンビア共和国に空爆を行いミサイル発射基地を破壊する作戦を大日本帝国側に提示、2月11日にはガイアナ共和国国防大臣が訪日してコロンビア共和国への報復攻撃の開始を伝達し、そのための空中回廊の設定を大日本帝国側に要求するに至った。

しかし大日本帝国側の懸命な外交努力もあって結局、ガイアナ共和国は42発ものミサイル攻撃を受けつつも報復攻撃を自制した。

戦争の終わりまでに、アンデスコンドル狩りは40式戦闘爆撃機疾風改の出撃数の20%近く、38式攻撃機火龍の2%、42式戦闘攻撃機隼の4%を吸収した。海軍空母艦載機もまた相当の出撃数をアンデスコンドルまたは製造施設等の攻撃に費やした。



多国籍軍の航空攻撃に対して、コロンビア共和国空軍の反撃は極めて不活発であった。最初の3日間の航空戦でコロンビア共和国が行った空対空任務は100回をわずかに超える程度であり、保有作戦機数の点から見ると極めて少なかった。多国籍軍の空対空戦果は第3日より後は事実上無くなった。

これは多国籍軍の航空戦力優位は明らかであり、航空機を強化掩体壕に収容して空軍を温存する意図があったと思われる。コロンビア共和国の戦略は、空軍をある種の戦略的予備として保持することを考えており運用していた。様々な飛行場に600個近いシェルターを建設しており、特に複数ヶ所にある特別に強化された掩体壕は、核兵器にも耐えられる強度があった。

しかし1月21日より、航空機が収容された掩体壕に対して地中貫通爆弾による攻撃が開始されると、この温存戦略も維持困難となったことから、空軍は完全に運用停止状態になった。

1月27日大日本帝国統合幕僚作戦司令本部は、コロンビア共和国空軍は戦闘において無力化されたと宣言し、絶対的航空優勢が確保されたのである。


とはいえその後約1ヶ月にも大日本帝国を主力とした多国籍軍は、コロンビア共和国に対して空爆を行い続けた。多国籍軍の航空部隊は陸上攻勢作戦開始前に30万回に近い戦闘および支援任務を飛行し膨大な数の対地ミサイルと空中発射型巡航ミサイルを撃ち込んだ。大日本帝国海軍連合艦隊は各空母打撃群の艦艇は、巡航ミサイルを撃ち尽くした為には第4艦隊の司令部があるガイアナ共和国ジョージタウン軍港に寄港しSHKに再装填をする程であった。

その約1ヶ月にも及ぶ空爆の間に多国籍軍は地上部隊の侵攻準備を万全に整えた。

戦後の調査でこの時点で目標であった敵地上部隊50%撃破は達成しており、コロンビア共和国陸軍の活動が低調な理由となっていた。コロンビア共和国最精鋭の共和国防衛隊も壊滅的な打撃を受けていたのである。

地上部隊はブラジル連邦共和国からベネズエラ共和国国境線に集結していた。ブラジル連邦共和国とコロンビア共和国との国境線は、熱帯雨林が存在し侵攻が難しいとして見送られた。それはコロンビア共和国自身も難しいと判断しており、陸軍と共和国防衛隊はベネズエラ共和国に集中していた。

その為に多国籍軍地上部隊は、左翼(中央部・西部)においてはベネズエラ共和国に向けて直接前進する一方、右翼(東部)では一旦北上ののち西に転針するという[右フック作戦]を採用した。このうち最右翼(東部)において最も長距離を移動する第18空挺軍団は空中機動を活用できる軽装備の部隊を主力として構成されていたのに対し、中央部において濃密なコロンビア共和国軍展開地域を突破する第7軍団は重装備の機甲師団が中心となった。


そして1993年2月24日多国籍軍による陸上攻勢作戦として、[熱帯雨林の刀作戦]が開始された。

多国籍軍はブラジル連邦共和国の国境線沿いに東西に展開しており、展開線は480キロに及んだ。計画では、2月24日朝に大日本帝国海軍陸戦隊、東部合同軍及び大日本帝国陸軍第18空挺軍団主力が攻撃を開始し、翌25日朝に中央部・西部合同軍、第7軍団及び第18空挺軍団隷下の第24機械化歩兵師団と第3機甲連隊が攻撃を開始する予定だった。このように攻撃開始時刻に約1日間の差を設けた目的は、多国籍軍がベネズエラ共和国正面から攻撃してくるとコロンビア共和国軍に誤認させることにあった。



24日午前3時59分、大日本帝国西部方面軍司令官は陸上攻勢作戦の開始に関する命令を受領し、隷下の2個陸戦師団に対して攻撃開始を命じた。コロンビア共和国軍の抵抗は弱く、本来なら翌25日に攻撃するはずだった飛行場も、24日18時には既に確保された。攻撃開始後の数時間で第1・2陸戦師団が収容したコロンビア共和国軍捕虜は8000名以上に及んだ。

24日8時より、ブラジル連邦共和国軍を主体とする西部合同軍も攻撃を開始し、障害帯を処理した後ベネズエラ共和国中枢に向かって前進した。大日本帝国海軍連合艦隊、大日本帝国海軍陸戦隊の海空火力支援連絡中隊及び偵察部隊がブラジル連邦共和国軍に協力した。こちらも大きな抵抗を受けることなく、24日夜までには攻撃目標を確保して、数千人のコロンビア共和国軍兵士の投降を受けいれた。


大日本帝国西部方面軍と西部合同軍の間隙を閉塞するため、第5陸戦遠征旅団も空中機動を行い、24日12時45分に2個大隊が7式大型輸送回転翼機大太法師によりベネズエラ共和国の都市を、また同日18時半には1個大隊が空中機動によって南側の一部地域を確保した。


東部合同軍と大日本帝国陸軍第18空挺軍団による

侵攻も快進撃となり、コロンビア共和国軍を次々と撃破した。陸軍の進撃に空軍の絶対的な航空支援が行われ、海軍連合艦隊も航空支援と巡航ミサイル攻撃を行った。コロンビア共和国陸軍はベネズエラ共和国占領部隊を恐るべき速度で失っていった。移動を開始すると巡航ミサイルや対地ミサイル・誘導爆弾が雨あられと降り注ぎ、汎ゆる方向から砲撃が行われた。

なかでもコロンビア共和国陸軍を震撼させたのは16式戦術輸送機の機体を大規模に改装し、20ミリ多銃身機関砲8門・40ミリ機関砲4門・105ミリ榴弾砲2基を搭載し、圧倒的な対地制圧能力を有する大日本帝国空軍の16式強襲支援機であった。歩兵には20ミリ多銃身機関砲8門が弾幕を降り注がせ、装甲車には40ミリ機関砲4門が叩き付けるれ、戦車には105ミリ榴弾砲2基が襲い掛かった。ピンポイントで攻撃される事に、コロンビア共和国陸軍は恐怖を感じていた。



ベネズエラ共和国残存軍も各地で蜂起し、多国籍軍と合流した。彼らは装備こそ貧弱であったが、祖国奪還の意志は極めて強く、道案内と後方攪乱で大きな役割を果たしていた。大日本帝国軍を主力とした多国籍軍による圧倒的な攻撃に地上部隊の半数を喪失したコロンビア共和国軍は、ベネズエラ共和国の占領維持が不可能になり熱帯雨林の刀作戦発動から僅か5日でベネズエラ共和国は多国籍軍が奪還した。

この事態にコロンビア共和国軍は、陸軍と共和国防衛隊を東部平原であるリャノスへと後退させていた。ここを決戦の場と定め、数的優位を活かした大規模な機甲戦で多国籍軍を撃退するつもりであったのである。ヨーロッパ共同体からはレオパルト1、アメリカ合衆国からはM60パットンを輸入しておりそれを中核とする残存戦車約2000輌を擁するコロンビア共和国は、なお自信を失っていなかった。

2月のリャノスは乾季のピークを迎えていた。広大な草原は固く引き締まり、視界は良好で、まさに機甲部隊が本領を発揮できる条件が整っていた。両軍はここで、南米戦争の天王山とも言うべき[リャノス大戦車戦]を展開することになる。


大日本帝国陸軍の第3機甲師団を先頭に、45式禍津日神を主力とする機甲部隊がリャノスに突入した。45式戦車禍津日神は、55口径130ミリ滑腔砲と高度な火器管制装置、複合装甲に劣化ウランを重ねた防御力を誇り、第2世代戦車とは次元の異なる存在であった。遠距離から正確に敵戦車を捕捉し、一発で撃破する能力は、コロンビア共和国陸軍と共和国防衛隊にとって悪夢以外の何物でもなかった。

戦闘はまず、大日本帝国陸軍の攻撃回転翼機と空軍による先制攻撃から始まった。48式戦闘回転翼機八岐之大蛇が低空から対戦車ミサイルを斉射し、続く40式戦闘爆撃機疾風改疾風改と42式戦闘攻撃機隼が誘導爆弾を投下し、16式強襲支援機による20ミリ多銃身機関砲8門・40ミリ機関砲4門・105ミリ榴弾砲2基の圧倒的な対地制圧能力によりコロンビア共和国陸軍と共和国防衛隊の戦車部隊は、航空優勢を失った状態で平原に晒され、次々と炎上していった。


それでもコロンビア共和国陸軍と共和国防衛隊は数を頼みに反撃を試みた。レオパルト1の長砲身105ミリ砲とM60の105ミリ砲が斉射され、草原に火柱が上がる。しかし45式戦車禍津日神の装甲は容易には抜けず、逆に130ミリ砲が彼らの戦車を貫通して爆発させた。熱源探知装置とレーザー測距儀を駆使した大日本帝国陸軍戦車兵は、敵が砲塔を旋回させる前に正確な射撃を完了させていた。

戦闘は数十時間にわたって断続的に続いた。コロンビア共和国陸軍と共和国防衛隊は夜襲や煙幕を用いた近接戦闘を試みるも、大日本帝国陸軍の赤外線装置と夜間戦闘能力の前にことごとく失敗した。共和国防衛隊の精鋭部隊ですら、45式戦車禍津日神の前ではただの的に過ぎなかった。

特に激戦となったのは、オリノコ川支流沿いの一帯であった。ここでコロンビア共和国陸軍は残存する機甲部隊の大半を投入し、包囲殲滅を図った。しかし大日本帝国陸軍は空中機動師団を側面に投入し、攻撃回転翼機の支援を受けながら反包囲を完成させた。結果、コロンビア共和国陸軍の戦車約1000輌以上がこの一帯で撃破・放棄され、生き残った車輌は燃料と弾薬を尽きて投降するしかなかった。

リャノス大戦車戦は、結果として一方的な勝利に終わった。大日本帝国陸軍の損害は戦車数輌と兵員数百名程度に留まったのに対し、コロンビア共和国陸軍と共和国防衛隊は保有戦車の大半を失い、地上戦力の中核を完全に粉砕されたのである。

この戦いは、単なる戦車戦を超えて[技術と組織の差]を世界に印象づけた。第2世代戦車の集団が、第3世代戦車と航空優勢を前にいかに無力であるかを、リャノスの草原は残酷なまでに証明したのであった。

南米戦争の天王山は、こうして大日本帝国を中心とする多国籍軍の圧倒的勝利で決着した。コロンビア共和国に残された選択肢は、もはや限られていた。



南米諸国はコロンビア共和国内への侵攻や政権の解体までは望んでいなかったうえに、大日本帝国の報道機関は、退却するコロンビア共和国軍に対して多国籍軍が空爆を続けていることを[死の高速道路]として無差別殺戮であるかのように報道しており、これを憂慮した石原慎太郎総理は早期の戦闘停止を志向するようになっていた。そして28日深夜には、コロンビア共和国政府が大東亜共栄圏に対して決議660の受諾を通告し、戦争継続の大義名分も失われた。1日午前1時57分、石原慎太郎総理は戦闘の停止を決定し、戦闘停止を命令した。


そして3月3日午前11時より停戦交渉が始まった。コロンビア共和国側は、大東亜共栄圏決議686が要求した事項及び多国籍軍側の代表団が要求した事項の全てを受け入れ、両陣営は停戦に合意した。これにより東西冷戦終結直後に勃発した南米戦争は、大日本帝国を主力とする多国籍軍の勝利に終わったのである。』

小森菜子著

『帝國の聖戦回顧録』より一部抜粋

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。