南米戦争
『コロンビア共和国が態度を軟化させないまま撤退期限が過ぎたのち、現地時刻で1993年1月17日未明より、多国籍軍による攻勢作戦が開始された。この攻勢作戦は大日本帝国統合幕僚作戦司令本部が、[熱帯雨林の嵐作戦]と命名していた。
熱帯雨林の嵐作戦の開始時、戦域には2890機の固定翼機がいた。 作戦開始時刻は、現地時刻で1月17日午前3時と定められた。これは南米危機が始まってから絶えず行われてきた電子傍聴活動を踏まえて、コロンビア共和国の防空装置の活動が最も低調になる時間として策定されたものであり、この時刻を基準として各部隊は行動を開始したのである。
その半日近く前の1月16日15時32分に、大日本帝国の硫黄島・択捉島・グアム島・ディエゴガルシア島の各空軍基地から戦略爆撃機である、39式戦略爆撃機轟天改・43式戦略爆撃機銀河改・48式隠行戦略爆撃機飛鳥が離陸していた。
そして1月17日午前3時と同時にコロンビア共和国首都ボゴタに、大日本帝国海軍連合艦隊空母打撃群による空爆と巡航ミサイルが開始された。大日本帝国海軍連合艦隊は南米戦争に8個空母打撃群を投入しておりベネズエラ共和国沖合に、鳳翔空母打撃群(攻撃空母に原子力空母鳳翔、補助空母に中型空母東京)、長門空母打撃群(攻撃空母に原子力空母長門、補助空母に中型空母大阪)、榛名空母打撃群(攻撃空母に原子力空母榛名、補助空母に中型空母福岡)、比叡空母打撃群(攻撃空母に原子力空母比叡、補助空母に中型空母姫路)山城空母打撃群(攻撃空母に原子力空母山城、補助空母に中型空母仙台)赤城空母打撃群(攻撃空母に原子力空母赤城、補助空母に中型空母千歳)加賀空母打撃群(攻撃空母に原子力空母加賀、補助空母に中型空母千代田)、蒼龍空母打撃群(攻撃空母に原子力空母蒼龍、補助空母に中型空母神戸)が展開しており、8隻の原子力空母から47式艦上戦闘攻撃機極光改と45式艦上攻撃機閃光改が、8隻の中型空母から45式垂直離着陸機旋風と電子戦機が出撃していた。
そしてブラジル連邦共和国に展開していた大日本帝国空軍は、40式戦闘爆撃機疾風改・42式戦闘攻撃機隼・41式隠行攻撃機闇龗神・38式攻撃機火龍・早期警戒管制機・電子戦機が出撃し、大日本帝国陸軍の48式戦闘回転翼機八岐之大蛇も大挙出撃した。
圧倒的な空爆であった。空を覆い尽くすような数の巡航ミサイルがまずは降り注ぎ、コロンビア共和国の軍事基地・レーダー基地・発電所等の重要拠点を破壊した。それを各種航空機が誘導爆弾や対地ミサイルにより補完した。
特に巡航ミサイルは全地球測位装置(通称:みちびき)による驚異的な命中精度を誇り、新時代の戦争を世界中に印象付けた。何せ報道機関によるリアルタイムの報道映像は、ミサイルによる空爆をテレビゲームのように映し出し、世界的には[ニンテンドー戦争]とも呼ばれた。大日本帝国国内でも「テレビゲーム戦争」と報道され、任天堂のゲーム機であるスーパーファミコンが爆発的な売り上げを記録し、更にゲームボーイが従軍する陸軍将兵の慰問品として重宝され生中継された映像で楽しむ姿が大日本帝国中に報道され、ゲームボーイも爆発的な売り上げを記録した。これを受けて当時の任天堂山内溥社長は、軍にゲームボーイとスーパーファミコンを提供した。
これ以後任天堂は東京通信工業株式会社(南米戦争翌年の1994年12月3日に初代プレイステーションを発売しゲーム市場に参入)にと共に、世界のゲーム市場を事実上独占する事になった。
話を戻す。
一連の空爆と巡航ミサイル攻撃によりコロンビア共和国は開戦から僅か数十分で、指揮・通信・統制能力を喪失した。軍事力に自信を持っていたコロンビア共和国には大きな衝撃だった。あまりにも一方的だったのである。海軍連合艦隊の艦載機と巡航ミサイルは圧倒的な破壊力を見せ付け、空軍の中で特に41式隠行攻撃機闇龗神は驚異的な能力を見せ、コロンビア共和国に奇襲的打撃を与えた。
戦略爆撃機である、39式戦略爆撃機轟天改・43式戦略爆撃機銀河改・48式隠行戦略爆撃機飛鳥による空爆は、コロンビア共和国の軍事基地を廃墟に変えた。早期警戒管制機により飛行中の海軍と空軍の航空機は精密な航空管制を受け、電子戦機によりコロンビア共和国の通信は全て封殺されていた。
大日本帝国は[熱帯雨林の嵐作戦]の第一段階として[戦略的航空作戦]を策定していた。全部で四段階に策定された作戦の第一段階は、大日本帝国の圧倒的な戦力により順調に進んでいた。
そして1993年1月17日夜、大日本帝国石原慎太郎総理が首相官邸記者会見場から全世界に向けて[砂漠の嵐作戦]に関する演説を開始した。世界に南米戦争の軍事行動開始を宣言するものであった。
そして以下に、石原慎太郎総理による南米戦争開戦を伝える演説の全文を抜粋する。冷戦終結直後の大日本帝国の断固たる決意が、石原慎太郎総理による口調から表れていた。
「国民の皆様。
たった今から2時間前、大日本帝国軍および多国籍軍の空軍は、コロンビア共和国および占領下のベネズエラ共和国内の軍事目標に対する攻撃を開始した。これらの攻撃は、私が今話しているこの瞬間も続いている。地上部隊はまだ本格的な交戦には入っていない。
この紛争は、昨年8月2日、コロンビア共和国の指導者が、小さく無力な隣国であるベネズエラ共和国を侵略したときに始まった。ベネズエラは踏みにじられ、その国民は残虐な行為を受けた。5ヶ月前、コロンビアはこの不当な侵略を開始した。そして今夜、戦いの火蓋が切って落とされた。
この軍事行動は、大東亜共栄圏特別会合の決議に則り、また帝国議会の同意を得て行われている。これは大東亜共栄圏、大日本帝国、そして多くの国々による、何ヶ月にもわたる絶え間ない外交努力の末に行われたものである。関係国が平和的解決を模索し続けたにもかかわらず、コロンビアの指導者はそれをすべて拒絶した。
南米に軍を派遣している各国は、平和的解決に向けたあらゆる合理的な努力を尽くした結果、コロンビアを力によってベネズエラから撤退させる以外に選択肢を持たなくなった。我々は失敗しない。
コロンビアは最終的に、大東亜共栄圏の関連決議をすべて遵守することになるだろう。そして平和が回復された暁には、コロンビアが諸国の一員として平和的かつ協調的に生き、それによって南米地域の安全と安定が高まることが我々の希望である。
なぜ今行動するのか? なぜ待たないのか?と問う者もいるかもしれない。その答えは明白である。世界はこれ以上待てないのだ。経済制裁は一定の効果はあげたものの、その目的を達成する兆しは見えなかった。制裁は5ヶ月以上にわたって試みられ、我々と同盟国は、制裁だけではコロンビアをベネズエラから撤退させることはできないと結論づけた。
世界が待っている間にも、コロンビアの指導部は、何の脅威も与えていない隣国に対して組織的な暴力と略奪を繰り返した。彼らはベネズエラの人々に言語に絶する行為を加え、その中には無残な罪なき者たちも含まれていた。
私は、帝国議会が毅然とした態度を示したとき、コロンビアが自らの優勢ではないことを悟り、決議に従って撤退することを期待していた。しかし彼らはそうしなかった。それどころか、時が自分の味方であると信じ込み、頑迷な態度をとり続けた。
我が軍を戦闘に投入するにあたり、私は軍の指揮官たちに対し、可能な限り迅速に勝利を収め、大日本帝国および同盟国の将兵の安全を最大限に確保するために必要なあらゆる措置を講じるよう指示した。私は以前にも国民に伝えたが、今夜ここであらためて言明する。これが泥沼の戦争になることはない。我々の軍隊には最高水準の支援が与えられ、片腕を縛られた状態で戦わされるようなことは決してない。この戦闘が長く長引き、犠牲者が最小限に抑えられることを私は願っている。
今は歴史的な瞬間である。冷戦の時代を終わらせた我々の前には、我々自身のため、そして将来の世代のために、秩序ある世界を築く機会が開かれている。それは、力の支配ではなく、法と責任が諸国の行動を律する世界である。我々が成功すれば——そして我々は成功するのだが——信頼できる国際的な枠組みがその役割を果たす秩序を築く現実のチャンスが訪れる。
我々はコロンビアの国民に対して異議を唱えているわけではない。我々は誇り高く豊かな歴史を持ち、その指導者によって人質に取られているコロンビア国民に敬意を抱いている。
どの総理にとっても、我々の若者を戦争に送り出すことは容易ではない。彼らはこの国の精鋭である。我が国の軍隊は見事に訓練され、高い意欲を持っている。兵士たちは、自分たちがなぜそこにいるのかをよく理解している。
今夜、大日本帝国および世界は、勇敢に任務を遂行するすべての軍人たちに深く感謝している。
そして今夜、戦闘に赴く軍人たちとその家族に祈りを捧げる。彼ら一人ひとり、南米で我々と肩を並べる多国籍軍、万歳。我々の祖国大日本帝国、万歳。天皇陛下、万歳。」
非常に石原慎太郎総理らしい、断定的で力強い口調の演説だった。この演説は世界に大日本帝国の決意を見せ付け、南米戦争の正当性を打ち出したものだった。』
小森菜子著
『帝國の聖戦回顧録』より一部抜粋




