冷戦終結直後の軍事力2
『次は陸軍である。大日本帝国陸軍はソマリア戦争後に、空中機動師団2個と機甲師団・機械化歩兵師団各1個の合計4個師団を増強した。それはソマリア戦争で空中機動師団が大活躍した事に加えて、機甲師団と機械化歩兵師団が戦争全般を通して活躍したからである。
これにより大日本帝国陸軍の総師団数は50個師団(機械化歩兵師団27個、空中機動師団4個、機甲師団15個、空挺師団3個、近衛師団1個)に拡大して編成される事になった。
増強された4個師団は本土戦略予備軍に配備され、万が一の事態に備えた即応体制は極限までに高められていた。
総兵力約115万人。
イタリア王国駐留イタリア派遣軍(2個方面軍12個師団:機械化歩兵師団8個、機甲師団4個約24万人)及び各種支援部隊の合計約26万人。
太平洋地域3個師団(ハワイ諸島に機械化歩兵師団と機甲師団を1個ずつ、アリューシャン列島に機械化歩兵師団を1個)及び各種支援部隊の合計約7万人。
トルコ共和国駐留トルコ派遣軍(2個方面軍12個師団:機械化歩兵師団8個、機甲師団4個約24万人)及び支援部隊の合計約26万人。
本土戦略予備軍23個師団(機械化歩兵師団9個、空中機動師団4個、機甲師団6個、空挺師団3個、近衛師団1個)約50万人及び各種支援部隊の合計約53万人
その他教育訓練、管理部門、留学生など(合計約3万人)となる。
4個師団の増強があったが、大日本帝国は海軍を最優先にしており陸軍は大東亜共栄圏加盟国に任せており、最低限の外征陸軍として整備されていた。その能力はソマリア戦争に於いて発揮されており海軍陸戦隊と合わせて、地上部隊を18個師団各種支援部隊合計約40万人を派遣し尚且つ大東亜共栄圏合計で約300万人にも及ぶ地上部隊をソマリアに輸送し投入したのである。
ヨーロッパ共同体が中央アフリカ共和国侵攻に10万人強を派遣したが、大日本帝国はソマリア戦争に約300万人を派遣したのだ。そもそも遠隔地に大軍を派遣出来る事自体が、覇権国家しか持ち得ない特殊技能だが大日本帝国の遠隔地派遣能力は異常だった。
次は個別の兵器を見ていく。まずは陸戦の華であり象徴となる、第3世代主力戦車である[45式戦車 禍津日神]から見ていく。大日本帝国陸軍は冷戦終結直後には、第3世代主力戦車である45式戦車禍津日神を配備していた。1985年に実用化され大日本帝国陸軍は保有する全ての戦車を、45式戦車禍津日神に更新していた。禍津日神は日本神話に登場する神であり、厄災の神の名前である。西側諸国に厄災を齎す事を目的に名前が付けられた。
45式戦車禍津日神は別名を[大東亜標準戦車]と言われる戦車であり、その別名通り大日本帝国が開発主体としてロシア連邦・中華民国・満州帝国・インド連邦の共同開発が行われ、大東亜共栄圏加盟国全てが採用するという驚異的な配備数となった。
大日本帝国が開発主体となり開発費は全て負担するという大盤振る舞いで、大東亜共栄圏で陸軍主力を担うロシア連邦・中華民国・満州帝国・インド連邦が技術者・ノウハウを注ぎ込んで、開発し実用化された贅沢な戦車だった。そうして実用化された45式戦車禍津日神は全長9.88メートル、全幅3.6メートル、全高2.3メートル、速度70キロ、航続距離483キロ、全備重量60トン、乗員4名、武装55口径130ミリ滑腔砲1門・13ミリ重機関銃2門・8ミリ主砲同軸機銃1門という規模を誇っていた。
21式戦車埴安姫神より全長は一回り小型化されたが、半導体や電算機の小型化による技術的成果であり将来的な発展性は確保されていた。ロシア連邦・中華民国・満州帝国・インド連邦という陸軍国家が共同開発に参加した事により、ヨーロッパ共同体の戦車と真正面から勝負する事を優先されて開発された。
まず何と言っても目を引くのが、55口径130ミリ滑腔砲であった。55口径という長砲身であり130ミリという大口径の主砲であった。製造は日本製鋼所が担っていた。そしてその55口径130ミリ滑腔砲から発射されるのが、装弾筒付翼安定徹甲弾であった。タングステンを豊富に使用した砲弾であり、貫徹力は世界屈指のものだった。
そして45式戦車禍津日神は強固な装甲も有していた。車体と砲塔の全面が重金属の劣化ウランを用いた分厚い装甲に守られており、その表面にまずは炭素繊維やセラミックスを用いた複合装甲を装備している。セラミックは硬度があるぶん割れやすい素材だが、装弾筒付翼安定徹甲弾などのように、セラミックが割れる速度より高速で衝突してくる物体に対してはその硬度を防御力に転換でき、劣化ウランなどの重金属装甲よりも軽量化することが出来るのである。
更に複合装甲の表面に[結晶粒微細化鋼板]と呼ばれる新型の鋼板が採用されていた。この鋼板は多結晶体である鋼板内の結晶粒を微細化することで、結晶粒界の面積を増大させて敵弾による応力を分散させている。また粒界面積の増大は粒界に偏在する不純元素の濃度を薄め、敵弾命中によるへき開型の亀裂伝播を粒界が阻止する効果がある。
これにより防御力を維持したまま軽量化を図っている。45式戦車禍津日神は強固な実質的に3層にも及ぶ重装甲を身に纏った、世界屈指の防御力を有しているのである。複合装甲はモジュール装甲にされており、着脱が可能で破損時の交換や新型装甲への換装が容易であり、結晶粒微細化鋼板も取り外しが容易である。その為に非常に整備性が高くよほどの破損でない限りは、現場の整備部隊で修理可能である。
また45式戦車禍津日神は砲塔正面装甲が垂直面で構成されていた為に、避弾経始上の欠陥と揶揄されたが、特殊砲弾技術が発展した今日において主に使用されている戦車砲弾の装弾筒付翼安定徹甲弾は、装甲を傾斜させても跳弾しないため避弾経始は過去のものとなったと言える。
45式戦車禍津日神はエンジンやトランスミッション他の補器類も含めてパッケージ化されており、[一体型機関部]と呼ばれる形状を採用している為に整備性は極めて高いがそれでも全備重量60トンの車体は長距離を走行させると履帯や足回りに負担がかかる。その為に45式戦車禍津日神を含めた全ての装甲車輌は、長距離移動の際は戦車運搬車等で輸送される事になっていた。
国内での演習や軍事パレードでは自走しているが、長距離移動時は戦車運搬車で移動され更には国鉄に専用の運搬貨車も存在しており、長距離輸送が行われる。
45式戦車禍津日神の他はまず、5式自走155ミリ榴弾砲があった。世界でも5式自走155ミリ榴弾砲のみの装備となる、自動装填装置を搭載していた。22式自走砲と同じ155ミリ榴弾砲ながら、砲身長は30口径から55口径に延長されている。その為最大射程は35キロへと延長された。弾種も通常弾以外に最大射程50キロの長射程榴弾、散布式の子弾を有する榴弾集束弾の2種類を運用可能であった。榴弾集束弾の子弾は成形炸薬であり、軽装甲車両に対しても有効で、被害範囲は200メートル四方を有する。そして目玉の自動装填装置は毎分6発の発射速度を誇り砲弾のみならず装薬も装填可能な自動装填装置は、世界でも85式のみの装備であった。
そして面制圧兵器として大日本帝国陸軍が保有しているのが46式自走多連装ロケット砲であった。180ミリロケット弾を12連射可能な2式多連装ロケット砲の後継であり、250ミリロケット弾12連装発射機を搭載している。
ロケット弾発射機に特徴があり車体後部には、ロケット弾なら6発、地対地ミサイルなら1発を収容し発射筒を兼ねるグラスファイバー製のランチャー装置と呼ばれるコンテナを2つ収める箱型の旋回発射機を搭載している。このランチャー装置はロケット弾搭載型なら円筒形のロケット弾発射筒6本が内蔵されており、アルミフレームで支えられている。
発射時の車体安定化のための支えは備えない。ロケット弾の発射間隔は約4.5秒で、全弾発射後はコンテナを入れ替えて再び発射可能となる。数種類あるこのロケット弾の弾頭の多くは、集束爆弾のように高度1000メートル程で装置が小爆発によって分解し、中の多数の子爆弾を地上にばら撒く。これらの子爆弾の爆発によって200メートル×100メートル程度の範囲の保護されていない兵員や軟装甲の車輌を一度に殺傷・破壊する能力を持つ。46式はロケット弾なら12発、地対地ミサイルなら2発が発射可能で2種は混載できない。
1輌の46式で投射される弾量はロケット弾12発で約1600キロとされる。旋回発射機には迅速な再装填を可能とするクレーンが内蔵されているほか、ランチャー上にホイストが内蔵されており、コンテナの交換に3分、第一波攻撃から第二波攻撃には8分かかる。
地対地ミサイルは800キロ弾頭とクラスター弾頭の2種類が存在しており、かつて弾道弾軍団が管理し野戦砲兵隊によって運用される車輌搭載型弾道弾の内、短距離弾道弾・戦術弾道弾・戦域弾道弾の3種類を兼ねる事になっていた。
これにより専用車輌に搭載する車輌搭載型弾道弾で運用されるのは、準中距離弾道弾だけとなっていたのである。
そして20式装甲兵員輸送車・18式装甲車・23式対空砲というこれまでに配備された装甲兵員輸送車と装甲車・対空砲を全て代替する目的で開発され、それらを統合する後継車として完成したのが4式歩兵戦闘車であった。90口径35ミリ機関砲2門・13ミリ重機関銃1門・対戦車ミサイル4発・短距離対空ミサイル4発を装備し、8名の人員を搭載可能という性能を誇っていた。
35ミリ機関砲は対地射撃だけで無く、対空射撃も可能で短距離対空ミサイル4発を搭載しており、対空車輌の役割も代替された。対戦車ミサイルと短距離対空ミサイルは4連装発射機が35ミリ機関砲の砲塔両側側面に設置されている。
90口径35ミリ機関砲は日本製鋼所製であり、発射速度は1分間に550発にも達する。使用する弾薬は35x228ミリ弾、装弾筒付徹甲弾や焼夷榴弾等の弾種が用意されており、非常に高い貫徹力を持っている。
対空車輌の代替もする為に4式歩兵戦闘車は世界で唯一90口径35ミリ機関砲を連装で装備しており、世界各国の歩兵戦闘車の中では、ずば抜けて高い攻撃力を誇っていた。更には対戦車ミサイルと短距離対空ミサイルの4連装発射機が35ミリ機関砲の砲塔両側側面に設置されている。この為に歩兵戦闘車としては世界一高額な車輌となってしまった。
3式対空ミサイル発射機の後継は47式自走地対空ミサイル発射機であった。神雷対空ミサイル6連装発射機1基を搭載し、対空戦闘指揮装置の搭載車体には大型トラックを使用し、幹線無線伝送装置、幹線無線中継装置及び射撃管制装置の搭載車体には高機動車を使用、捜索兼射撃用レーダー装置車、発射装置車、運搬・装填装置車及びレーダー信号処理兼電源車の車体には重装輪回収車と共通の重装輪車両が使用されており、高い機動展開性によって有事に即対応できる。
操作に必要な要員も省力化され、20人体制で運用することができるようになった。これに伴い装備する中隊は運用上の編成が改められている。システム一式の完全車載・自走化により、機動力が向上した。
ミサイル本体は発射筒を兼ねた角型コンテナに収められた状態で、発射装置及び運搬装填装置に各6発ずつ搭載されており、発射機は垂直に展開される垂直発射方式である。このため、陣地展開に必要な土地面積が従来方式に比べ少なくて済む様になり、展開用地確保が容易になっている。レーダーはアクティブフェーズドアレイレーダーであり、100目標を捕捉し、12目標を追尾可能である。レーダーは1基で標的捜索のほか、目標の追尾および射撃管制も行う。また、高度な対電子妨害対処能力と多目標同時対処能力を持ち、空対地ミサイルのみならず巡航ミサイルによる遠距離攻撃に対処する能力も有している。
神雷対空ミサイルは弾道ミサイル迎撃能力も付与されており、広域防空ミサイルとして弾道弾迎撃を任務として、帝都防空のみならず主要都市部や軍事基地に配備されている。この事から47式自走地対空ミサイル発射機は、戦術任務にも戦略任務にも投入可能であった。
ソマリア戦争を受けて大日本帝国陸軍が大量配備した回転翼機で世界にその名を轟かせたのは、48式戦闘回転翼機八岐之大蛇であった。35ミリ多銃身機関砲1門を装備し、懸架点8箇所に兵装搭載量3450キロを誇る戦闘回転翼機だった。
その他の回転翼機は59式汎用回転翼機八咫烏の改良型である輸送回転翼機も兼ねた8式汎用回転翼機八咫烏改を筆頭に、7式大型輸送回転翼機 大太法師、6式観測回転翼機 天邪鬼を保有していた。
銃火器として20式自動小銃の後継として1990年に実用化されたのが、[50式自動小銃]だった。50式自動小銃は20式自動小銃の全長1005ミリ、重量3.6キロ、口径7.7ミリ、使用弾薬7.7✕58ミリ弾、装弾数30発、発射速度880発/分、有効射程730メートルという性能から、全長855ミリに短縮した20式自動小銃の直系の派生型であり、20式自動小銃とは約8割の部品互換性を持っている。
50式自動小銃は20式自動小銃と比べて小型軽量で取り回しや使用時の疲労の少なさが優れており、近接戦闘時や空挺降下時の使用に留まらず戦闘車輌の乗員や将校、陸軍や警察においても幅広く使用されるようになっていった。』
小森菜子著
『帝國の聖戦回顧録』より一部抜粋




