ソマリア戦争2
『地上部隊の大規模輸送作戦が行われている間も、海軍と空軍による北爆は続けられていた。特に15式戦略爆撃機轟天は大日本帝国空軍の性癖でもある絨毯爆撃を行い、圧倒的な兵装搭載量を活かして第二次世界大戦で投下された爆弾を大きく上回る量の絨毯爆撃を行い[死の鳥]と恐れられた。
何せ15式戦略爆撃機轟天は富嶽改の後継機という事もあり更に巨大だった。全長68メートル、全幅90メートル、最大速度1009キロ、武装は懸架点24箇所に爆弾倉を含めて兵装搭載量42800キロ、航続距離30000キロ、実用上昇限度19800メートル、乗員5名という化け物のような性能を誇っていたのである。
空軍の戦闘機や海軍空母艦載機の戦闘機に護衛され、ヨーロッパ共同体が北ソマリアに供与した戦闘機を一切受け付けずに絨毯爆撃を行った。ヨーロッパ共同体が北ソマリアに供与したのは、ライトニング・ミラージュIIIであった。両機種共に超音速ジェット戦闘機であり第3ジェット戦闘機だったが、大日本帝国とは違いミサイル万能論の申し子的機体だった。
この当時西側諸国、ヨーロッパ共同体とアメリカ合衆国はミサイル万能論に染め上げられていた事から、格闘戦軽視だけでなく機体によっては機関砲すら装備していない機種が多数あった。これについては大日本帝国だけは別の考えを持っていた。伝統の格闘戦重視思想とも呼べる戦闘機に対する考え方がそれだ。
大日本帝国空軍と海軍空母艦載機どちらもがその思想の寵児であり、高速重戦闘機も大日本帝国を基準としてであり、西側諸国の基準からすればどれもが異常とすら言えるほど格闘戦を重視したもので、日本的な流麗さでまとめあげられた空の侍たちは、ソマリアの空を飛ぶヨーロッパ共同体の義勇パイロットにとっては、自分達とは全く違う存在として恐れられていた。
しかも誘導弾よりも機関砲を重視するような戦闘は、ジェット時代の戦闘を一昔前のレシプロ時代へと逆行させたかのような錯覚をヨーロッパ共同体のパイロット達に味あわせていた。もっとも戦線に投入された大日本帝国の空軍と海軍空母艦載機操縦士からすれば、どうしてヨーロッパ共同体の戦闘機は高速だがああもまっすぐしか飛ばないのか、当りもしない遠距離から誘導弾ばかり無駄に射ってくるのかが非常に疑問だったのだ。
当初は戦略爆撃機の投入は被害を受ける可能性が危惧されたのだが、それまで格闘戦訓練に明け暮れていた空のサムライたちにとっては全く問題にならなかった。
その為に大日本帝国以下大東亜共栄圏の地上部隊がソマリアに展開するまでに、北爆は一切の妨害を受ける事無く実施されこの時点で第二次世界大戦の総爆弾量を遥かに凌ぐ爆撃が行われたのであった。それはまさに開戦直後にマスコミが例えた[象と蟻]の巨大な国力差による、絶対的な物理差が生み出した地獄の業火だった。
そんな中で先にソマリアに送り込まれたのは、少数精鋭である事から大日本帝国統合幕僚作戦司令本部直轄である、特殊部隊だった。
指揮系統としては統合幕僚作戦司令本部直轄であるが、元々は陸海空軍の各軍が創設保有しておりその為に各陸海空を主な任務遂行現場としていた。そして各特殊部隊は陸軍系統の、特殊戦闘連隊・特殊戦任務部隊・帝国特殊作戦群・特殊航空連隊。海軍系統の特務陸戦作戦部隊・長距離斥候群。空軍系統は特殊作戦航空団。以上合計で7個の特殊部隊を保有している。
陸軍系統の特殊戦闘連隊は、[特戦連が道を拓く]を部隊規範とする特殊部隊である。第二次世界大戦末期に前身部隊が創設され、第二次世界大戦終結後に特殊戦闘連隊として正式に創設された。
代表的な任務は、空挺降下による強襲や爆破工作、隠密偵察、目標回収任務などがある。他には大日本帝国や同盟国の常備軍の支援なども行う。また敵後方での任務にあたる縦深偵察小隊、特殊訓練を施された水中工作員を保有している。
次に特殊戦任務部隊は戦闘部隊であると共に、友好国の軍や親日軍事組織に特殊作戦や対ゲリラ戦の訓練を施す訓練部隊でもある。[陸軍の歩兵200人に相当する戦力を、特殊戦任務部隊の隊員一人が保有している]とされる程に練度が高い。戦時には人心獲得作戦や現地人で構成されたゲリラ部隊の編制および訓練、指揮など不正規作戦が主な任務である。主任務である不正規作戦の他、陸軍特殊戦部隊には外国国内防衛、特殊偵察、直接行動、対テロ作戦、戦闘捜索救難、 人質救出作戦等の幅広い任務を付与されている。実際に彼らが戦闘に参加する際は、対ゲリラ戦、敵地や敵部隊の偵察・斥候、正規部隊の先導といった突入任務、空挺部隊の降下地点の選定誘導、爆撃機や攻撃機の爆撃誘導など、最前線で後続を確保するための血路を開くことが主な任務となる。また、敵の後方攪乱や破壊工作なども行う。
特殊戦闘連隊と特殊戦任務部隊よりも更に練度が高い特殊部隊として、帝国特殊作戦群が存在する。サラワク革命や国内での共和主義闘争により対テロ部隊の必要性を提唱したのが、創設のきっかけである。通常は4人一組で行動する。近接戦闘等のほか、現地の語学に精通するなど頭脳面でも高い水準が要求される。演習時には他部隊の一般の兵士に容易に作戦内容を知られぬようにパシュトー語や語ヒンディーを使って作戦会議を行うなど、隊員の語学水準は非常に高い。任務の中では民間人に偽装する必要もあるため、頭髪は他の部隊に比べて自由度が高い。また、服装も任務の性質によっては必ずしも軍服を着るとは限らないようで、民間軍事会社の警備要員のように私服に近い服装に武装して任務に当たる。
特殊航空連隊は大日本帝国軍及び友軍特殊部隊の回転翼機を用いての輸送・回収・救出等を主任務とした特殊部隊(航空支援部隊であるが、任務の性質上特殊部隊)である。陸軍の回転翼機輸送連隊とは違い、更に高度な操縦技術を要求される為に入隊資格や選抜訓練は厳しい。
海軍系統の特務陸戦作戦部隊は海軍陸戦隊に創設された特殊部隊である。陸海空問わずに偵察、監視、不正規戦等の特殊作戦に対応出来る能力を持っている。高度な水泳と潜水スキルを持っており、危機的状況において[水のある所へ逃げる]ことで難を逃れた事例も多い。輸送部隊などを除き落下傘訓練が必須となっているため、空挺作戦も可能である。落下傘降下時にゴムボートも降下させて海に着水し、空から水上作戦を展開することができる。また海や河川が存在しない地域でも活動している。極限的な環境である北極圏の水中でも作業できるため、陸上の過酷な環境での作戦従事も多い。任務は通常2名から4名で行動する(場合によっては2の倍数で増員される)。一個小隊は14人〜16人で編成。士官2人、兵曹長・先任下士官各1人、下士官・水兵10人〜12人の編成とされる。武器・装備は、任務内容や役割に応じて適意自由に選択される。
次に長距離斥候群は、主に敵地における威力偵察(どちらかと言えば斥候部隊に近い)を主任務とする部隊であり、本隊上陸前の偵察や敵地攻撃を行うことで敵戦力を把握する特殊部隊である。だが戦闘斥候だけで無く、本格的な急襲も長距離斥候群が行う。戦闘能力が高く近接戦闘戦術、射撃、爆破等に長けており、その実力は特務陸戦作戦部隊にも匹敵するとされる。またさらなる交戦を余儀なくされた場合、彼らには艦砲射撃や戦闘機、爆撃機を使用した攻撃の権限まで与えられており、加えて油田・船舶への奇襲、人質救出、敵陣地破壊などの強襲攻撃型任務も可能である。
空軍系統の特殊作戦航空団は、特殊部隊員の潜入・回収支援、対テロ作戦、偵察・監視・観察、近接航空支援、戦闘捜索救難等の実施のほか、ラジオ・テレビなどを用いた心理戦も行なう。空軍系統の特殊部隊である為に、地上戦よりも航空機を用いた特殊作戦が主任務になる。
以上の7個の特殊部隊がソマリアに派遣されたのだ。この大規模な特殊部隊投入は当然、地の利を利用して戦っていたはずの北ソマリア兵に対しても大きな効果を発揮し、実数において一気に千の単位の人数で投入された事は、この戦場に破滅的な効果を発揮することになった。一騎当千とまでいかなくても、彼らが帰国するまでの平均的な[戦果]が損害比率1対40以上とされていたのだから、それのすさまじさが分かると思う。しかも、彼らのほぼ全員が(死傷者は僅か数%である)無事に帰国しているのだ。
つまり1000人の特務部隊が投入されたと仮定した場合、完全編成の師団が丸々2つ地上から消滅しているという事になる。まあさすがにこのような単純な算術的な事はなかったが、それに似た効果をソマリアの大地で立証していた。
そして大日本帝国海軍と空軍による北爆、特殊部隊による殲滅戦が行われている中、1965年4月11日大日本帝国と大東亜共栄圏加盟国から派遣された地上部隊がソマリアに到着した。更に大日本帝国海軍連合艦隊の空母戦闘群もソマリア近海に到着した。これによりソマリア戦争は新たな展開を迎える事になったのである。』
小森菜子著
『帝國の聖戦回顧録』より一部抜粋




