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続・帝國連合艦隊〜世界最終戦争〜  作者: 007


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イタリア戦争4

ヨーロッパ共同体陸軍の義勇軍による人海戦術は、怒涛の如く南下し続け一気にイタリア王国を蹂躙した。大日本帝国陸軍とイタリア王国陸軍は後退を続け、ターラント周辺のいわゆる『ターラント橋頭堡』に追い詰められていた。

大日本帝国空軍戦略爆撃機富嶽改と、大日本帝国海軍連合艦隊秋津洲機動艦隊は各地を空爆したがイタリア王国領内になった為に、徹底的な空爆は難しくなっていた。そんな絶望的な状況を打破するように、大日本帝国本土からの援軍と大東亜共栄圏加盟国の義勇軍が到着したのである。

大日本帝国陸軍は戦後軍縮により総師団数を33個師団(機械化歩兵師団20個、機甲師団10個、空挺師団2個、近衛師団1個)に縮小しており、トルコ防衛線とイタリア防衛線に1個方面軍6個師団(機械化歩兵師団4個、機甲師団2個)ずつ、太平洋防衛線に機械化歩兵師団を2個と機甲師団を1個配備していた。その為に本土配備師団数は機械化歩兵師団が10個、機甲師団が5個、空挺師団が2個、近衛師団が1個であった。

そして大日本帝国陸軍は儀仗部隊的役割が強い近衛師団以外の、本土師団の全てをイタリア戦争に投入する事を決定したのである。それは国防省統合幕僚作戦司令本部での作戦会議の結果、ヨーロッパ共同体陸軍義勇軍の人海戦術に対抗する為に必要不可欠な措置であった。万が一の本土防衛や災害派遣の為には予備役召集した師団を投入する事にしていたが、本土防衛に関してはアメリカ合衆国に現時点で渡洋作戦能力が無い為に全く問題無いとして、国防省統合幕僚作戦司令本部でもあまり懸念されていなかった。

その陸軍を支援するべく大日本帝国海軍連合艦隊は予備役にしていた正規空母大鷹級(大鷹・沖鷹・神鷹・隼鷹・龍鷹・千鷹)を筆頭に、巡洋艦と駆逐艦の現役復帰を開始し、ハワイ諸島真珠湾に展開する大鳳機動艦隊(超弩級空母大鳳級3隻大鳳・神鳳・天鳳を配備)はアメリカ合衆国警戒の為に移動させる事は無かったが、それ以外の機動艦隊は全て地中海への派遣が決定し第二次世界大戦以来の大規模展開を行った。

その大日本帝国海軍連合艦隊機動艦隊がイタリア王国沿岸部に到着した。イタリア王国駐留の秋津洲機動艦隊(重装甲空母秋津洲を主力とし、正規空母雲龍級昇龍・赤龍と軽空母千歳級大分・博多を有する)に合流したのは、大和機動艦隊(超弩級空母大和・武蔵・信濃を配備)、雲龍機動艦隊(正規空母雲龍級雲龍・海龍・天龍を配備)、神龍機動艦隊(正規空母雲龍級神龍・轟龍・雷龍を配備)、地龍機動艦隊(正規空母雲龍級地龍・黒龍と軽空母千歳級千歳・千代田を配備)、姫路機動艦隊(軽空母千歳級姫路・神戸・仙台を配備)、函館機動艦隊(軽空母千歳級函館・高松・下関を配備)、大鷹機動艦隊(正規空母大鷹級大鷹・沖鷹・神鷹を配備)、隼鷹機動艦隊(正規空母大鷹級隼鷹・龍鷹・千鷹を配備)という強力な布陣であった。艦載機総数は3065機を誇り、第二次世界大戦を彷彿とさせる規模となっていた。

そして大東亜共栄圏加盟国の義勇軍は保管艦とされていた戦標船を大量に現役復帰させ、分乗し大日本帝国海軍連合艦隊に護衛されて地中海に到達した。義勇軍を派遣した大東亜共栄圏加盟国は、中華民国・満州帝国・インドネシア共和国・ベトナム王国・ビルマ連邦・フィリピン共和国・タイ王国・インド連邦・オーストラリア共和国・ニュージーランド共和国・イラン帝国・イラク王国・トルコ共和国となった。

その大日本帝国陸軍と大東亜共栄圏加盟国義勇軍は、国防省統合幕僚作戦司令本部が立案した『アンツィオ上陸作戦』に投入される事になった。国防省統合幕僚作戦司令本部が立案した作戦は、ローマ近郊のアンツィオに奇襲上陸することで北イタリア軍の補給路を断ち、これに連携してターラントを守っている大日本帝国陸軍とイタリア王国陸軍を進撃させ南北より北イタリア軍部隊を挟撃する作戦であった。

そしてアンツィオ上陸作戦は大日本帝国海軍連合艦隊と大日本帝国空軍による圧倒的な支援により開始された。上空は戦略爆撃機富嶽改を筆頭に空母航空隊と空軍が、文字通り空を埋め尽くし空爆を行った。あまりにも圧倒的な規模であり、海上の船舶から眺めていた大東亜共栄圏加盟国の義勇軍将兵は、大日本帝国に付き従う事の正しさを再認識したのである。

そしてアンツィオ上陸作戦は一切の反撃を許さず実施され、上陸した大日本帝国陸軍と大東亜共栄圏加盟国義勇軍はアンツィオを確保し、続いてローマを北イタリア軍から奪回することに成功した。イタリア半島南部への大攻勢で疲弊していた北イタリア軍とヨーロッパ共同体陸軍義勇軍は補給路を絶たれ、全部隊に北への後退を命令した。戦場離脱に失敗した北イタリア軍は部隊行動に著しい混乱が起こり、それまで守勢であった大日本帝国陸軍とイタリア王国陸軍が攻勢に転じることになった。そのためイタリア戦争における重大な転換点の一つであると考えられている。






『アンツィオ上陸作戦により形勢は逆転し、大日本帝国陸軍とイタリア王国陸軍そして大東亜共栄圏加盟国義勇軍は、北上を続けた。北イタリア陸軍とヨーロッパ共同体陸軍義勇軍は、精鋭部隊が全滅した事により劣勢となった。更に大日本帝国が第二次世界大戦後に陸軍と海軍で創設した、特殊部隊が北イタリア陸軍とヨーロッパ共同体陸軍義勇軍に浸透して破壊工作や暗殺を行った。それにより部隊指揮官を多数失い、指揮系統の混乱による部隊単位での降伏も北イタリア陸軍とヨーロッパ共同体義勇軍には増えていた。

北イタリアとヨーロッパ共同体にとっては崩壊を続ける戦線を前に、『戦争』そのものを失いつつあったが、もはや建て直しは不可能に近かった。特にヨーロッパ共同体にしてみれば採算が合わなかった。北イタリアへの軍事支援や経済支援、義勇軍として派遣した軍の被害等々が見積もり以上になっていた。

アメリカ合衆国による航空支援と巨額の資金援助があり、西側全体の威信をかけた支援体制を構築したがそれを考慮しても採算が合わなかった。全ては大日本帝国が第二次世界大戦を彷彿とさせる軍事力を再動員した事により、当初の想定以上の兵力を東側陣営が投入して来たからだ。その為にヨーロッパ共同体とアメリカ合衆国は極秘裏に特使を派遣しての会談で、北イタリアを見捨て戦争勃発前の状態にする事を決定した。

そしてそれは大日本帝国によるイタリア半島とコルシカ島に囲まれているジェノヴァに面する、リグリア海への核攻撃により決定的となった。その核攻撃は大日本帝国空軍戦略爆撃機富嶽改により、一気に4発もの100キロトンの核爆弾が投下された。

この当時核兵器を開発し量産していたのは、世界で唯一大日本帝国だけだった。ヨーロッパ共同体とアメリカ合衆国は必死になって核兵器開発に取り組んでいたが、国内と占領地域の復興に予算が必要不可欠であり開発は難航していた。それに対して大日本帝国は大規模軍縮は行ったが核兵器開発予算は別枠としており、既に水素爆弾の実用化も目前だった。

更に海軍連合艦隊の伊400級潜水艦の43式弾道弾に、15キロトン級核弾頭を搭載しており戦略的な優位性も確保していた。ミサイルサイロとしての弾道弾開発も進んでおり、種類の豊富さも特徴であった。

そんな中での戦略爆撃機富嶽改による核攻撃は、大日本帝国による恫喝だった。イタリア王国から撤退しなければヨーロッパ共同体本国に、核攻撃も辞さない構えだったのである。この大日本帝国による核の恫喝もある種ヨーロッパ共同体とアメリカ合衆国は利用し、極秘裏の会談の結果も踏まえて北イタリアを見捨てて戦争前の状態に所謂『白紙講話』とする事を、主に大日本帝国に表明した。

これを大日本帝国は受け入れると表明し大東亜共栄圏加盟国各国にも通達し、1950年12月1日、イタリア王国ローマにおいて、大日本帝国・イタリア王国・大東亜共栄圏各国代表と、ヨーロッパ共同体・アメリカ合衆国代表が集まり、講和条約に調印した。これによりイタリア共和国臨時政府は解散し、イタリア王国は再び統一国家として回復した。

こうして東西冷戦最初の本格的代理戦争であるイタリア戦争は、東側陣営の圧倒的大勝利で幕を下ろした。この勝利は、大日本帝国の核優位と迅速な決断力、そして共栄圏全体の結束力を世界に示すものとなったのである。

しかしこの[勝利]は、同時に冷戦のさらなる激化を招くことになった。西側陣営は核開発の加速と再軍備を急ぎ、東西対立はより危険な段階へと移行していった。』

小森菜子著

『帝國の聖戦回顧録』より一部抜粋

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