イタリア戦争2
イタリア戦争勃発により大日本帝国は、第二次世界大戦以来の動員体制に入った。大日本帝国は戦後軍縮により軍の規模は第二次世界大戦時より縮小していたが、とはいえ東側陣営の盟主として相応しい軍事力を保有していた。
当時大日本帝国は主要な防衛線として、大きく3方面に展開していた。まずは『太平洋防衛線』だった。アメリカ合衆国に真正面から対抗する為に、アリューシャン列島(アッツ島・キスカ島・ダッチハーバー)とハワイ諸島に特に海軍と空軍を配備していた。第二次世界大戦終結の東京覚書によりアメリカ合衆国は太平洋のハワイ諸島を筆頭とした全諸島を大日本帝国に割譲する事になった為に、大日本帝国は太平洋に於いて絶対的な制海権を確保していた。そしてハワイ諸島には海軍連合艦隊の1個機動艦隊を配備し、陸軍も機械化歩兵師団と機甲師団を1個ずつ配備し、空軍も5個航空群を配備していた。アリューシャン列島には陸軍は機械化歩兵師団を1個配備し、空軍は5個航空群を配備していた。
2つ目が『トルコ防衛線』であった。ヨーロッパ共同体の脅威を受ける為に、そこに大日本帝国は陸空軍を展開させていた。トルコ共和国に駐留していた大日本帝国軍はババエスキ周辺に、陸軍1個方面軍と空軍10個航空群を展開していた。
そしてイタリア戦争勃発により即座に活躍する事になったのが3つ目の『イタリア防衛線』であった。イタリア王国に駐留していた大日本帝国軍は、ベネベント周辺に陸軍1個方面軍を、シチリア島に空軍10個航空群を、ガエータ軍港に海軍連合艦隊1個機動艦隊を展開していた。これらの部隊は即座に国防省統合幕僚作戦司令本部の命令を受け、北進を開始した。
さらに帝国本土では、陸海空三軍の緊急増援を決定。海軍は機動艦隊の地中海派遣、空軍は戦略爆撃機富嶽改の出撃準備、陸軍は師団の動員体制がそれぞれ急ピッチで進められていた。
北イタリアによる攻撃により被害を受けたイタリア王国は駐留する大日本帝国軍と共同で反撃を開始した。その先鋒は大日本帝国空軍が務めた。ジェット戦闘機火龍改と震電改が主力となり、制空権を確保した。両機種共に第二次世界大戦末期に後退翼を装備する先進的なジェット戦闘機であったが、第二次世界大戦終結後に石川島播磨重工業が実用化した新型のターボジェットエンジンのネ38を搭載しており、性能は更に向上していた。だからこそ火龍改と震電改という、『改』を名称に有する改良型になっていたのだ。
その為にヨーロッパ共同体が北イタリア空軍に供与したジェット戦闘機MD.450ウーラガンを大日本帝国空軍は圧倒した。
その制空権確保に同じく石川島播磨重工業製ターボジェットエンジンのネ38を搭載した、重爆撃機連山改と重陸上攻撃機深山改が北イタリア陸軍に対して爆撃を開始した。そこにガエータ軍港から出撃した重装甲空母秋津洲を主力とする秋津洲機動艦隊を発艦した、空母航空隊が北イタリア陸軍に対して空爆を開始した。
秋津洲機動艦隊は重装甲空母秋津洲を主力とし、正規空母雲龍級昇龍・赤龍と軽空母千歳級大分・博多を有する強力な機動艦隊であった。何せ重装甲空母秋津洲は全長290メートル、最大幅68メートル、速力33ノット、武装10センチ連装両用砲12基24門・40ミリ4連装機関砲40基・20ミリ4連装機関砲80基・10センチ20連装対空噴進砲20基、搭載機135機、満載排水量70000トンを誇る巨大空母であり、正規空母雲龍級も全長280メートル、最大幅68メートル、速力33ノット、武装10センチ連装両用砲12基24門・40ミリ4連装機関砲40基・20ミリ4連装機関砲80基・10センチ20連装対空噴進砲20基、搭載機130機、満載排水量68000トンを誇り、軽空母千歳級は全長170メートル、最大幅28メートル、速力30ノット、武装10センチ連装両用砲2基4門・40ミリ4連装機関砲20基・10センチ10連装噴進砲16基、搭載機40機、満載排水量11000トンを誇る強力な空母機動艦隊だった。艦載機総数は475機を誇り、それだけで一国の空軍に匹敵する戦力を有していた。
艦載機のジェット戦闘機は空軍と同じ石川島播磨重工業製ターボジェットエンジンのネ38を搭載した改良型である、ジェット戦闘機烈風改が圧倒的な能力を見せ付けた。ジェット戦闘機烈風改は全長14メートル、全幅16メートル、速度990キロ、武装30ミリ機関砲4門・13ミリ機銃6門・50キロ噴進弾14発、航続距離3850キロ、実用上昇限度12000メートル、乗員1名となり、ヨーロッパ共同体が北イタリア空軍に供与したジェット戦闘機ホーカーシーホークを圧倒した。
そこに北イタリア陸軍に空爆を行ったのが『最後にして究極のレシプロ機』と言われる、艦上戦闘機陣風改二型と艦上攻撃機流星改だった。両機種は戦略爆撃機富嶽が搭載していた石川島播磨重工業製排気タービン過給器エンジンのハ58を搭載した。大馬力3520馬力を誇るハ58は、レシプロエンジンの究極的存在であるといわれたハ45を更に凌駕する馬力を誇っていたのだ。そのハ58を搭載し機体を徹底的に改良強化したのが、艦上戦闘機陣風改二型と艦上攻撃機流星改だった。
艦上戦闘機陣風改二型は全長14.2メートル、全幅14.8メートル、速度885キロ、武装30ミリ機関砲2門・13ミリ機銃6門・50キロ噴進弾20発もしくは1トン爆弾1発、航続距離7500キロ、実用上昇限度13500メートル、乗員1名を誇り急降下爆撃が可能になった重戦闘機となっていた。
艦上攻撃機流星改は全長17.58メートル、全幅18.95メートル、速度680キロ、武装13ミリ機銃6門・爆弾搭載量4.5トン(作戦に応じて長魚雷・爆弾・噴進弾を搭載可能。機動性が著しく低下する為に作戦運用は禁止されているが、長魚雷・爆弾・噴進弾を同時搭載が可能である。)、航続距離6500キロ、実用上昇限度12900メートル、乗員2名となっていた。
この圧倒的な航空兵力による攻撃は北イタリア陸軍を圧倒し、イタリア王国陸軍と大日本帝国陸軍1個方面軍は防衛線の構築を行った。イタリア王国陸軍自体の動員体制と、大日本帝国本土からの増援を待つ戦略であった。
それに応えるべく大日本帝国は第二次世界大戦以来の動員体制を開始し、陸軍は予備役召集まで開始した。空軍もインド連邦から租借しているディエゴガルシア島に駐留する戦略爆撃機富嶽改の出撃を急いでいた。そんな中で海軍連合艦隊は予備役にしていた正規空母大鷹級(大鷹・沖鷹・神鷹・隼鷹・龍鷹・千鷹)を筆頭に、巡洋艦と駆逐艦の現役復帰を開始した。ハワイ諸島真珠湾に展開する大鳳機動艦隊(超弩級空母大鳳級3隻大鳳・神鳳・天鳳を配備)はアメリカ合衆国警戒の為に移動させる事は無かったが、それ以外の機動艦隊は全て地中海への派遣が決定し第二次世界大戦以来の大規模展開が開始されていた。
この時点ではイタリア戦争は大日本帝国の圧倒的優位に推移していた。




