第五話「街道の影」7 真相と対策
翌朝。
伯爵様は、盗賊たちを尋問した。
旅商人を装っていた男が、すべてを話した。
「俺たちは、賭博で騎士を負けさせて恩を売り、情報を聞き出していた」
「どうやって?」
「『娼館の帰りに職務質問されたくない』と言えば、たいていの騎士は教えてくれる」
盗賊は、冷笑した。
「男同士、そういうことは分かり合えるからな」
伯爵様の顔が、険しくなった。
「...なんと狡猾な」
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その後、伯爵様とテレジア奥方様が、執務室で話していた。
私も、お茶を淹れながら同席していた。
「トーマスをどうするか」
伯爵様が、難しい顔で言った。
「厳しく罰すれば、他の騎士たちは怖がって何も言わなくなるでしょう」
奥方様は、静かに言った。
「でも、何もしなければ情報管理の意識が緩みます」
「バランスが難しいな」
「厳重注意と一ヶ月の減俸。ただし、今後は必ず報告すること」
奥方様が提案した。
「これを条件にしてはどうでしょう」
「なるほど」
伯爵様は、しばらく考えてから頷いた。
「それで行こう」
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トーマスが、執務室に呼ばれた。
彼は、うつむいていた。
「トーマス」
「...はい」
「お前の軽率な行動が、今回の事件の一因となった」
伯爵様の声は、厳しかった。
「申し訳ございません...」
「だが、悪意はなかった。それは分かっている」
伯爵様は続けた。
「今回は厳重注意と一ヶ月の減俸とする」
「ありがとうございます...」
「ただし」
トーマスが、顔を上げた。
「今後、何か怪しい接触があれば必ずすぐに報告しろ」
「隠すな。一人で抱え込むな」
トーマスは、深く頷いた。
「...はい」
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部屋を出た後。
ハインリヒが、トーマスを待って廊下にいた。
「トーマス」
「...はい」
「なぜ、俺に相談しなかった」
ハインリヒの声は、ぶっきらぼうだった。
「...申し訳ございません」
トーマスは、小さな声で答えた。
「がっかりされると思って...」
「馬鹿野郎」
ハインリヒが、トーマスの頭を叩いた。
でも、優しく。
「お前が一人で抱え込む方が、よっぽどがっかりだ」
トーマスが、顔を上げた。
「次から、何かあったらすぐ言え」
「いいな」
トーマスの目に、涙が浮かんだ。
「...はい」
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数日後。
伯爵様は、騎士全員を広間に集めた。
私も、端の方で見ていた。
「今回の件で、一つ明らかになった」
伯爵様の声が、広間に響いた。
「我々の巡回システムは優れているが、それを知られれば無意味になる」
「情報管理の重要性を、改めて認識してほしい」
騎士たち、居住まいを正した。
「ただし」
伯爵様は続けた。
「もし誰かに怪しい接触をされたら、隠すな。すぐに報告しろ」
「早く報告すれば、対処できる」
「隠して後で発覚すれば、その時は重く罰する」
「だが、正直に相談してくれれば、我々は必ず力になる」
騎士たちが、頷いた。
「そして」
伯爵様は、一人の騎士を見た。
「ハインリヒ」
ハインリヒが、前に出た。
「お前を、副団長に任命する」
広間が、どよめいた。
ハインリヒは、深く頭を下げた。
「騎士団長は厳格で頼もしいが、お前たちには少し近寄りがたいかもしれん」
伯爵様は、若い騎士たちを見渡した。
「だが、ハインリヒなら気軽に話せるだろう」
「困ったことがあれば、遠慮なく相談しろ」
騎士たち「ハインリヒさんなら...」
若い騎士たちが、安堵の表情を浮かべた。
「以上だ。解散」
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その夜、奥方様のお部屋で。
奥方様は、窓辺に立っていた。
「奥方様、うまくいきましたね」
「ええ」
奥方様は、振り返った。
「でも、これで終わりではありません」
「これから、このシステムが機能するかどうか」
奥方様は、優しく微笑んだ。
「ゲオルク様は、相談できなかった」
「そして、取り返しのつかないことになった」
前の騎士長のことだ。
「だから今度こそ、騎士たちが気軽に相談できる仕組みを作りたかったのです」
私は、深く頷いた。
「ハインリヒ様なら、きっとうまくやってくれます」
「ええ。そう思います」
奥方様は、また窓の外を見た。
月が、静かに輝いていた。
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事件が解決してから、数日が過ぎた。
城には、また穏やかな日常が戻ってきた。
ある日の午後、私は廊下を歩いていた。
「アンナ」
ハインリヒ様が、声をかけてきた。
「はい」
「良い仕事をしたな」
「ありがとうございます」
「お前の親父も喜ぶだろう」
ハインリヒ様は、ぶっきらぼうだが優しい声で言った。
「今度、一緒に飯でも食いに行くか」
「はい、ぜひ」
私は、嬉しくなった。
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中庭に出ると、若い騎士たちが集まっていた。
トーマスもいる。元気そうだ。
「なあ、この前カイザーに触れたよな」
一人の騎士が言った。
「ああ、あれは良かった」
「もう一度触ってみようか」
トーマスが、提案した。
「でも、今日はアンナがいないぞ」
「大丈夫だろう。この前触れたし」
私は、少し離れたところで見ていた。
(ああ、それは無理だと思うけど...)
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カイザーが、日向ぼっこをしていた。
白い毛並みが、陽の光を受けて輝いている。
騎士の一人が、恐る恐る手を伸ばした。
「カイザー、おいで」
カイザーが、ゆっくりと目を開けた。
じっと、騎士を見る。
「ほら、この前は触らせてくれただろう?」
騎士が、もう少し手を伸ばす。
その瞬間。
シャーッ!!
カイザーが、威嚇の声を上げた。
「うわっ!」
パシッ!
前足で、騎士の手を叩いた。
爪は出ていない。でも、警告だ。
「ひぃっ!」
騎士たちが、一斉に後ずさった。
カイザーは、ふんっという顔で、また丸まって目を閉じた。
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私は、くすくすと笑った。
(やっぱり、カイザーはキャットニップがないと機嫌が悪いのね)
(奥方様以外には、簡単には触らせてくれない)
中庭では、騎士たちがまだカイザーを遠巻きに見ている。
「やっぱり、アンナがいないと無理だな」
トーマスが、苦笑いした。
「あの時は、何か特別なことをしたのかな」
「さあ...奥方様の秘密じゃないか?」
私は、そっとその場を離れた。
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奥方様のお部屋の窓から、奥方様もその様子を見ていた。
微笑んでいる。
「カイザーも、手厳しいわね」
伯爵様も、窓辺にいた。
「あの猫は、賢いな」
「ええ。誰にでも優しくしないところが良いのです」
奥方様は、また本に目を戻した。
伯爵様も、微笑んで執務に戻った。
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カイザーは、中庭で静かに眠っている。
春の日差しの中で。
白い毛並みが、風に揺れている。
メーレスブルクに、穏やかな一日が過ぎていく。
街道の影は、消えた。
そして、また日常が戻ってきた。
騎士たちには、今度は相談できる人がいる。
ハインリヒが、副団長として見守っている。
カイザーは、相変わらず気まぐれだ。
でも、それが良い。
それが、メーレスブルクの日常だから。




