第五話「街道の影」1 父の疑問
春の午後、私は久しぶりに父の店を訪ねた。
城下町の商店が並ぶ通りに、父の店がある。
伯爵家の船が運んでくる品々を扱う商人だ。
店先には、遠い国からやってきた香辛料や布地が並んでいる。
「アンナ、よく来たな」
父は荷物を整理していた手を止めて、私を迎えてくれた。
「お父様、お忙しいところすみません」
「いや、ちょうど一段落ついたところだ。お茶でも飲もう」
店の奥の小さな部屋で、父と二人で温かいお茶を飲んだ。
「城の仕事は、どうだ?」
「はい、順調です。奥方様はとても良い方で」
「そうか。良かった」
父は嬉しそうに笑った。
「最近、この辺りは治安が良くなったな」
父がふと、そんなことを言った。
「そうなんですか?」
「ああ。少し前までは、街道で盗賊に襲われるという話をよく聞いたもんだが」
父はお茶をまた一口飲んだ。
「この頃は、そういう話をとんと聞かない」
「騎士の巡回のおかげでしょうか」
「だろうな。でも、不思議なんだ」
父は首を傾げた。
「騎士たちの巡回、いつ来るか読めないんだよ」
「読めない、ですか?」
「ああ。昨日は昼頃に来たと思ったら、今日は朝早くに来たり」
父は指を折りながら続けた。
「夕方に来る日もあれば、全然来ない日もあったり。気まぐれなのかと思ったが」
「気まぐれ、ですか?」
「それがな、気まぐれにしては妙にきちんとしてるんだ」
父は不思議そうな顔をした。
「騎士たち自身は、ちゃんと予定通りに動いているように見える。でも、外から見ると全然パターンが読めない」
「いったい、どういう仕組みなんだろうな」
私は、その話を心に留めた。
(父の疑問...奥方様に聞いてみようかな)
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その時、店の扉が開いた。
「ヨハン、いるか?」
がっしりした体格の男性が入ってきた。騎士の装備をしている。
「おお、ハインリヒ。久しぶりだな」
父が立ち上がった。
「商売の方はどうだ?」
「まあまあだ。お前の方こそ、騎士団は?」
「若い連中の面倒を見るのは大変だが、まあ、悪くないさ」
ハインリヒという騎士は、ぶっきらぼうだが優しそうな声で答えた。
そして、私に気づいた。
「おお、アンナか。大きくなったな」
「ハインリヒ様、お久しぶりです」
私は立ち上がって、挨拶した。
ハインリヒ様は、父の幼馴染だ。
小さい頃から、よく家に遊びに来ていた。
ぶっきらぼうだが、優しい人だと知っている。
「城での仕事はどうだ?」
「はい、順調です」
「テレジア奥方様は良い方だからな。しっかり学べよ」
「はい、ありがとうございます」
父とハインリヒ様は、しばらく世間話をしていた。
私は二人の話を聞きながら、お茶を淹れ直した。
久しぶりに見る父とハインリヒ様は、昔と変わらず仲が良かった。
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城に戻ると、私はすぐに奥方様のお部屋に向かった。
「ただいま戻りました、奥方様」
「お帰りなさい、アンナ。お父様はお元気でしたか?」
「はい。とても元気でした」
奥方様は、窓辺の椅子で本を読んでいた。
「あの、奥方様」
「なに?」
「父がこんなことを言っていました」
私は、父の疑問を伝えた。騎士の巡回が、いつ来るか読めないけれど、妙にきちんとしている、という話を。
奥方様は、本を閉じて微笑んだ。
「お父様の疑問、もっともです」
「実は、巡回のスケジュールは私が組んだものなのです」
「え?奥方様が?」
「ええ」
奥方様は立ち上がって、机に向かった。
紙を取り出して、簡単な図を描き始める。
「A班は3時間ごと、B班は5時間ごとに巡回します」
紙に、時間と班の名前を書いていく。
「違う間隔で巡回させることで、二つの班が同じ時刻にいることが少なくなります」
「だから、少ない人数で広い範囲をカバーできるのです」
私は図を見つめた。
「なるほど...それで効率的に」
「ええ。そして、外から見るといつ来るか予測できない」
奥方様は続けた。
「盗賊たちが『隙』を見つけにくくなります」
「でも、騎士たち自身は『3時間ごと』『5時間ごと』と分かっている。だから、規律は保たれます」
「それで父は『パターンが読めない』と...」
「そうです。それが狙いでした」
奥方様は窓の外を見た。
「本当に気まぐれに巡回させたら、騎士たちは混乱します。いつ出発すればいいのか分からない。それでは、規律が乱れてしまいます」
「でも、外から見ると気まぐれに見える。そういう仕組みが必要だったのです」
私は感心した。
(奥方様は、本当にすごい)
「お父様に、治安が良くなったと言ってました」
「それは、このスケジュールがうまく機能している証拠ですね」
私の言葉に、奥方様は微笑んだ。




